無題


グラスに入った氷がバーボンに解けてゆく。
ゴルフボール大だったはずのそれは、今や細かいガラスの破片のようになっていた。
私はグラスを月明かりに透かしてみせ、溜め息をつくと薄まったバーボンを一気に飲み干した。
最近酒を飲む機会が増えた、と自覚している。
美緒が扶桑に出向いた際も、寂しさが胸に押し寄せるのをごまかすようにしてバーボンを手に取った。

そう、寂しいのね。私は。

宮藤さんが来てからというもの、美緒は彼女につきっきりだった。
もちろん新人の彼女を一人前にすることは隊の事を考えると重要な事だ。
だけど、私のワガママから言わせてもらえば・・・もっと側に居てほしい。
階級や歳の差など無視して、私と一緒にいてほしい。

「・・・なーんて、ね」

呟いた言葉は暗い部屋をさまよい、誰に届くわけでもなく消え失せた。
今日も美緒は来ない。これで四日目。
以前なら二日に一度は共に夜を過ごしていたはずなのに。
わかっている。子供じみたワガママだと。
現実は階級も、こなすべき役割も異なる。
それぐらいの線引きは出来ている・・・少なくとも皆の前では。

でもね、美緒・・・本当の私はワガママなのよ?

面と向かって言ってやりたい。あの鈍感な扶桑の魔女に。

鈍感でがさつで、そのくせ人一倍かっこよくて・・・
キスだってした。私は彼女が好きだから。
同じ時間を、同じ経験を、共有したい。

ほらね・・・私はまだ子供なの。
だから、美緒・・・側にいて・・・お願い。

部屋は、いや基地は物音一つしなかった。
グラスにまた氷を入れ、バーボンを注ぐ。
飲むなら強い酒のほうがいい。明日に響かないのならそれでいい。
そもそもこうして部屋で一人寝酒をするなど誰にも話していないから、たしなめる人は現れないのだが。
それに唯一たしなめてくれそうな人は来ないから。





疲れを残さぬよう早めに床に就いたはずだったが、ミーナのことが妙にひっかかって眠れぬままだった。
最近ミーナの部屋に行っていない。
いつだったか、ミーナはああ見えて寂しがり屋なんだ、とバルクホルンは言っていた。
私はそんな一面を見たことがなかった・・・いや、見せてもらえなかった。
バルクホルンの言うことが見当違いならいい、だが本当なら何故ひた隠しにするのか。
うーん、と小さく唸って、私は起き上がり眼帯を手に取った。

直接聞いてみるか・・・




「ミーナ、私だ。」

もう寝ているのだろうか、ノックをしても返事はない。
最近は夜に会っていないから、ふて寝でもしているのかと一瞬思ったが、ミーナはそこまで子供じみていない。
職務と私生活の割り切りなど出来て当然だろうと思い直した。
出直すか、と踵を返した刹那、部屋からガタンと音がした。

「ミーナ?」

再度呼び掛けても返事はない。
だがここで退いてしまうのは扶桑軍人の名折れである。
静かにドアノブに手をかけて扉を押し込んだ。
月明かりで照らされた部屋の奥に、制服姿のミーナは立っていた。
イスに片手を置いたまま俯いていて、表情が読み取れない。

「どうした?何かあったのか?」
近寄って肩に手をやると、ミーナはふにゃりと身体をくねらせ膝から崩れ落ちかけた。
膝が床につく寸前で、私がミーナを抱き留める。
身体に力が入っていないのか、彼女は私に全体重をあずけてきた。

「おい、しっかりしろ。どこか悪いのか?大丈夫か?」

やはり返事はないのだが、そのかわりに嗅いだことのある匂いに気付いた。
甘ったるく纏わり付くような木の香りと、微かなアセトアルデヒドの匂い。
視線を机のほうに移すと、液体が半分ほど残っているらしい瓶とグラスが並んでいた。
真っ先に思い付いた発想をすぐさま否定したが、どう考え直してもこれしか考えられないのだ。
ミーナは酔い潰れている、と。

酒など飲むのか・・・

今までそれなりの時間を隊で、そして二人で過ごしてきたが、ミーナが酒を飲むとは思いもしなかった。
そんな素振りも見えなかったし、伝聞した訳でもなかったから。
私は胸がなにかざわついている事に気付いたが、ひとまずこの酔っ払いをベッドに寝かし付けることにした。
ミーナのさほど重くない身体を抱き上げ、ベッドに沈める。
起きているのかそうでないのかは分からないが、すぅすぅと小さく呼吸が聞こえる。
起こさぬようにそっとミーナの頭を撫でてやった。
思えば、二人で夜を過ごす時は酒が間に入ることなどなかった。
真っ暗の部屋で他愛のないことを語り、契りを結ぶだけでよかったのだ。
だがやはり、そんな私の気持ちとミーナの気持ちにはズレが生じているのだろう。
自制心をしっかりと持った者が酔い潰れるなど、ましてそれがミーナなら有り得ぬことだと思う。

どうして言ってくれなかったんだ?

寝返りをうって背を向けてしまったミーナに問い掛ける。
いや、こちらが察するべきだったのだ。
宮藤の訓練にかまけて、こういう所を疎かにしていた私が悪いのだ。

「すまない・・・」

部屋はミーナの呼吸しか聞こえない。
返事は、今はしてほしくなかった。

こんな気分の時に酒を飲みたくなるのだな・・・

ベッドの傍らを離れ机の瓶に手をかけると、瓶の下に一枚の便箋が敷いてあった。
グラスに酒を注ぎ、便箋を手に取ると少し歪んだミーナの字でこうあった。

『坂本美緒少佐 上記の者は本日より一週間、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐の寝室で謹慎処分とする』
もやついた胸がすぐに晴れやかになった。
勿論こんな便箋に文字を書いただけでは何の効力もない。
すぐに酔った勢いで書いたのだろうと察しがつく。
そしてなんとなく、この内容がミーナの願望そのものだと思える。
なるほどな、と一人合点がいった私は机の端に転がっていたペンで自分の名前をサインしておいた。
これで一週間謹慎だな・・・

やれやれと小さく肩をすくめ、グラスに口をつけると舌がえぐられるような味がした。


続き:0308

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