ひとりじゃできないもん!


~act1~
《コンコン》
ドアをノックする音が聞こえる
私(ゲルト)はドアの向こう側へと向け入室を促す
「お邪魔しまーす」
エーリカだ、やけに丁寧ではないか
普段ならドカドカと部屋に押し入るものを、しかもこんな夜更けにだ
いったい何を企んでいる?
エーリカはそんな私を余所に、足早に進むとベットへと腰を下ろした
「お願いがあるの」
ほら来た、予想通りではないか
こいつの頼み事を聞いて、ろくな目にあった例しなどない
私が間髪入れずに断ると、エーリカは直ぐ様切り返す
「ひとりじゃできないもん!」
ひっ、一人で出来ない事とはいったい何だ?
あれか?あれなのか?あれしかないよな…
エーリカは続けてこう言った
「トゥルーデにしてほしいの」
…無理な申し出だ!自分で何とか処理しろ!
エーリカは更に続けて怪しい小瓶を差し出す
「入れて…」
!!!
何処に入れろと言うんだ!

「目に…」
目に?
小瓶には‘Eyewash’と書かれている
よく見るとそれは目薬だった
エーリカは左手に摘んだスポイトを上下させながらニヤリと笑う
こいつは…わざとだな!わざと思わせ振りな態度を…
いやいかんいかん、ここで逆上して墓穴を掘るのが私の悪い癖だ
私は素直に小瓶を受け取る
早く済ませて帰ってくれ、そんな気持ちからだった

~act2~
「ねぇトゥルーデ、ひざまくら…膝枕して」
しまった!私は悔いた
チェスに例えるならキング単身で敵陣に乗り込んだ様なものではないか
頭に描かれた盤上をただ突き進む、私に残された手筋は他になかった
私は無言でエーリカの隣に腰を下ろし、自分の腿をパシパシと叩いた
ブロンドがふわりとなびき、その柔らかい髪が私の腿に降り注ぐ
ひゃっ!私はくすぐったくも心地好い感覚を押し殺す
そして碧い円らな瞳がこちらを見上げている
ううっ落城は近い、チェックメイトまであと何手だ?
いや目薬を点すだけではないか、早急に済ませてしまおう
私はスポイトへと液体を流し込み、その雫を碧い瞳へと垂らす
ポタリ…雫は目蓋の上へと落下する
ポタリ…ポタリ…それは二度三度続いた
一人では目薬を点せないというのは真実なのだ
案外…いや、ここはやはりと言うべきか、こいつは子供っぽい
ふふっ、かわいい所もあるんだよな
目をつぶるなと言っても恐らく無理な話であろう
私は左手でエーリカの目蓋を抉じ開ける
ぷぷっ、結構まぬけな顔だ
普段かわいい顔をしているという意味では断じてない、断じてない
「ちょっとさ、なに笑ってるの真面目にやってよ」
気付くと私は声に出して笑っていた、いつもの二人の雰囲気だ
私のいらぬ妄想は全て吹き飛んだ、この駆け引きどうやら私の勝ちらしい

~act3~
点眼を終えてもエーリカは帰らなかった
私の膝から起き上がると鏡台からブラシを持ち出しベットの上に膝立てした
「髪梳かすね」
エーリカはそう言いながら既に私のリボンを解いてる
そして私は黙ってそれに従った
私の髪は結構硬い、梳かさずに寝ると翌朝ひどい事になる
就寝前に髪を梳かすのは私の習慣なのだ
髪を梳かすくらい一人で出来る、とは言わなかった
なぜならエーリカにこうして貰うのが好きだったし、
エーリカもそれを知っていたのだから
そういえばこの様な事いつ以来だろうか、かなり昔の事に思える
「明日は雨かな」
ふいにエーリカが呟く
「さあどうかな」
私は答える
「雨だと思うよ」
エーリカはそう返し、私はただ頷いた

~act4~
「ねぇトゥルーデ…このままここで寝てもいい?」
本当のお願いとやらはどうやらこの事だったらしい
やっと切り出して来たか、毎度の事だがずいぶん回りくどい奴だな
「仕方ない…ただしおまえの枕はない、部屋から取ってこい」
「枕ならあるよ、ここに」
そう言いながらエーリカは私の腕にしがみ付く
「今日だけだからな!」
私は無愛想にそう答えた
私は既に奴との駆け引きに負けていたのである

~act5~
私達は服を脱ぎベットへと潜り込む、そしてエーリカは私に擦り寄って来た
こうやって肩を並べて寝そべるのもいつ以来だろうか、かなり昔の事に思える
私がそんな思いを巡らせる中、エーリカが口を開く
「ねぇパジャマパーティー、今度みんなでやろうよ、きっと楽しいよ」
「構わないが私達はパジャマなど持ってないだろ」
不意な提案に私は面食らいながらも
口から出る言葉はひどく論理的な回答だ、自分の思考を疑う
「だったら買いに行こう、ミーナと三人でさ」
「私達三人一緒に休暇を取るなんて無理だ、だから…」
私は一呼吸置いて続けた
「私達二人で選んでやろう、ミーナに似合うパジャマをさ、な?」
「うん、そうだね」
幾分エーリカの声のトーンが上がったので私は思いを切り出した
「何かあったのか、エーリカ?」
「ううん、なにもないよ…なにかなきゃダメ?」
「そんな事はないさ」
「うん、そだよね」
そして暗闇の中静寂が続き、私は眠れぬ夜を覚悟した

…いや静寂は長くは続かなかった、途端に轟音が鳴り響く
出所は私の腕の中、エーリカの鼾、呑気な奴だ…
その轟音は不思議と心地好いものであり、私は深い眠りへと落ちていった

~act6~
いつもと変わらぬ時間、私は目を覚ました
なにやら夢を観た気もするが覚えてはいない
窓から差し込む光は薄暗く、それにやたらと髪がごわつく
今日は雨か…
窓枠に雨粒がへばりつき、くっついてははなれ不規則に流れ落ちていた
窓枠から視線を手前に引き戻すとエーリカの寝顔が目に入る
おまえの予報は当ったよ、そう言いながらエーリカの頬に口付けをした
どうせこいつは寝起きが悪い、暫く起きはしないだろう
…そういえばこいつ、寝起きは悪いが鼾をかくような奴だったか?
私はエーリカの顔を覗き込む、頬は赤澄み呼吸は荒い

こいつ…起きている!
しかも頬とは対象的に目の下には青黒い隈が出来ているじゃないか
つまり一睡もしていなかったのか…
眠れもせずにおまえは何の為に私の部屋で寝たんだ…
いやすまんな…分かり切った事だった
とりあえず、どうする私?
今日は休暇だ、たまには寝坊も悪くない
頭に浮かんだのはひどく非論理的な回答だ、自分の思考を疑う
左腕の感覚は失われているが、抱き抱えたエーリカの体温は不思議と感じられる
憂欝でも快適でもない、このアンニュイなけ怠さをもう少しだけ楽しもう
リベリアンは驚くだろうな、あいつの驚愕した顔を眺めるのもまた一興だ
エーリカ…おまえはどう思う?
やはり私は変わったと言うのだろうか?
なにも変わってなどいないよ、ただ少し昔の私に戻っただけさ
~おしまい~


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ