ブリタニア1944 くらやみのそらつなぐてのひら


「当直じゃないってーの!」
 と、文句言ったところで警報が鳴り止むわけじゃない。
 ベッドから飛び起きた私は引っつかんだ上着の袖に腕を通しながらブリーフィングルームへ。
 中佐と少佐とバルクホルン、それとエイラは既にブリーフィングルームにいた。
 あたしに遅れて他の連中も部屋に入ってくる。
 一番最後のルッキーニが入るが早いかバルクホルンが口を開いた。
 っていうか、寝起きの悪いサーニャと根本的におきてこないハルトマンがいないと集合早いな~。
「状況を説明する。現在501基地はレーダーと通信の妨害を受けている。他の沿岸レーダーサイトも同様だ」
 バルクホルンは委員長モードだ。
 ハルトマンとの連絡が取れてないってのに冷静なもんだ。
「この状況を受け、北部に展開する他飛行隊がロンドン上空のエアカバーに入っている。我々は脅威の元を断つ事になる」
 ヒュウ、とあたしは口笛を吹いた。
 なかなかご機嫌な対応じゃないか。
 てっきりパターン的に状況が判明するまであたしらはここで待機かと思ってたよ。
 口笛に顔をしかめつつ、バルクホルンが支持を続ける。
「通信は不能、レーダーによる誘導も無しの出撃となる。各自、心して飛べ!」
 そんなバルクホルンを引き継いでミーナ中佐が命令を下す。
「今回は私が空中指揮を行います。総員、出撃準備」
『イエス、マム!』
 あたしたちは声を揃えて了解。ハンガーへと駆け出した。

 通信機からはノイズに混じり、時折ネウロイの歌声らしきものも聞こえてくる。
 ストライカーを装着する。
 ノースリベリオンP-51Dが私の脚を包み、固定する。
 今日もマーリンの吹き上がりは上々。
 誘導も無い夜空ってのは多少不安ではあったけど、エンジンの轟きだけで不安が消えるなんてあたしも案外単純じゃないか。
「芳佳ちゃん……」
「大丈夫」
 見れば夜空に怯えたらしいリーネの手を宮藤が握って勇気付けてる。
 あいつも大分サマになってきたよな。
「シャーリー!」
「お、何だ? ルッキーニ」
「あたしたちもつなごっ」
「よし、そうするかっ」
 こいつの場合は怖いとかそういうんじゃなくて、単に手を繋ぐのが楽しそうとか面白そうとかそんな感じだよな。
 そんなあたしたちを見て思いついたのか、中佐がロッテ同士で手を繋いで飛ぶようにって指示を出した。
 確かに、通信が出来ない状態で雲の中に飛び込みでもしたら性能の違う機体でペアを組んでるロッテはあっという間にバラバラになるかもしれない。
 そういうわけであたしとルッキーニ、宮藤とリーネ、少佐とペリーヌ、バルクホルンとエイラがロッテを組み、手を繋いだ。
 中佐は自分の能力を使って全体を把握するって事で単機で最後尾。
 ペリーヌは憧れの少佐と手を繋げて舞い上がりきってるな。
 仲間がピンチかもなんだからもうちょっと緊張感持てよな~。
 バルクホルンとエイラのロッテっていうのも珍しいな。
 こいつら共通点ってあんまりないもんな~……って、そうか。今はあるか。

 二人とも、いつもの自分のパートナーがいないんだ。

 低く低く雲の垂れ込めたドーバー夜空は、思ったより暗く、狭い。
 雨は上がっていたけど、依然高い湿度のせいで左右の翼端から流れる薄明かりを湛えたヴェイパーが、あっという間に夜空に吸い込まれていく。
 繋いだ左手の先。
 ルッキニーニの小さな手のひら。
 こんな暗闇の中で見失ったら、あたしはどうなってしまうんだろう?
 無意識にルッキーニの横顔を見つめる。
 翼端灯の弱い赤と緑に照らされたルッキーニの表情は、いつもと変わらず明るい。
 私と手を繋いでいることが嬉しいのか、こんな暗闇の中でも能天気に変な鼻歌を奏でていた。

 視線に気づいたのか、振り向いたルッキーニと目が合った。
 こちらの不安が表情に出ていたのか、ルッキーニは一瞬だけ表情を曇らせる。
「どしたの~? シャーリー……あ♪ わかった! 暗いの怖いんでしょ~」
 で、話しながらいつもの表情に戻るとこちらをからかい始める。
 ま、その様子に元気付けられてこちらの不安も吹き飛んだんで悪いことじゃないんだが、図星だったのは半ば図星だったのは確かなんで誤魔化しとく。
「そういうわけじゃないよ。二人が心配だっただけさ」
「にゃは、シャーリーやっさしー。やっぱり大好き~」
 言うが早いか繋いだ手を中心にして回転し、胸に飛び込んでくる。
 オイオイ、そりゃこの姿勢ならはぐれないだろうけどさ、後ろ飛んでるミーナ中佐に怒られるぞ……って……。
 前を見ればペリーヌは少佐の左手に腕を絡めてて少佐も諦めてる様子。
 横を見ればリーネも宮藤に半ば抱きつくような姿勢で飛んでいる。
 そして、後ろを見たらちょっと怖い顔のミーナ中佐が追いついてきて、丁度あたしたちに声をかける所だった。
 その更に後ろにはもっと怖い顔で睨み付けるカールスラントの堅物と、前を飛ぶあたしたちの様子すら目に入っていない様な、焦燥感に駆られて不安でいっぱいのエイラの顔が見えた。
「大尉、もう少し、真面目にお願いね」
 ミーナ中佐はそれだけ言い残すと今度は右方向の宮藤&リーネロッテへと声を掛けに行った。
 通信機が使えないから、注意するにしても直接声掛けないといけないもんなぁ。
 あたしとしちゃあ必要以上に緊張することを回避するのも重要なコンディション調整ではあったんだけど、まぁ後ろの二人に対する配慮が掛けてたのは確かだったな。反省。
「よし、ルッキーニ、元の位置へ」
 軽く頭をなでながら軍人口調で指示。
「はぁい……」
 ちょっとつまらなそうな声。それでも素直に言うことは聞いてくれた。
 っていうかミーナ中佐。

 緊張感とか真面目にって言うなら組んだロッテに手を繋がせた時点で敗北だろ!

 とか思ったけど、あたしにはルッキーニと違って口には出さないだけの分別があると自負できるんで言わない。
「ねぇねぇシャーリー。この組み合わせで手~繋いでたら、みんなgdgdになっちゃうよね~」
 言いやがった。
 通信できなくてあたしにしか聞こえないのが幸いだったな。
「あまりにもその通りなんだが、こうしてる間にも二人はどんな目にあってるか分からないんだ。真面目に行こう」
「うん」

 その時、ノイズとネウロイの歌しか伝えなかった通信機に変化が現れた。
 時折、何か違う声が聞こえてくるような気がする。
 先頭を行く少佐が翼を振って合図。
 速度を落として合流。
 大声張り上げれば声が届くところまで編隊を緊密に。
 後流に煽られて失速するような奴なんて501には……いた。
「わ、うわ、うわわわわっ! 芳佳ちゃん、バ、バランスがっ!」
「だだ大丈夫!? リーネちゃん!」
 リーネ、お前宮藤にしがみつきすぎだよ。
 くるりとロールをうち、一瞬だけ高度を落として後流を逃れ立て直す。
 坂本少佐の訓練がいいのかストライカーがいいのか本人のセンスか、まぁそのどれもなんだろうけど宮藤はこういう程よい緊張状態になると途端に動きがよくなってくる。
 リーネの飛行が安定したところを見計らって「ごめんなさぁい」と声を掛けながら改めて合流。

「妨害が晴れつつあるのかも知れん。各自エンジン出力を落として通信に集中しろ」
 少佐が指示を出す。
 緊迫した空気が流れる。
 考えられる可能性は二つあった。
 一つ目は二人がネウロイを落としたという事。
 二つ目は二人がネウロイに落とされたという事。
 そして、妨害が一気に晴れたのではないという今の状態は、二つ目の可能性を可能性を強く示唆していた。
 誰とも言わずそれに思い至ったのか、空気が重くなる。
 いつだって明るさを失わないルッキーニの表情さえも沈み、不安を湛えてる。
 横目でバルクホルン&エイラをみると、二人とも今にも泣き出しそうな顔だった。
「い、痛いよ、大尉」
 エイラがか細い声で抗議する。
「す、すまん」
 バルクホルンが繋いだ手に力を入れすぎてしまったんだろう。

 あたしにも、他の誰にも、今の二人に声を掛けられる奴なんていなかった。

 息を呑む声が聞こえた。
 ミーナ中佐だ。
「どうしたミーナ!」
 坂本少佐の声とともにみんなが中佐に注目する。
 案の定一番耳のいいミーナ中佐が一番に何かに気づいたようなんだけど、どうも様子がおかしい。
 あらあらあら、って表情で少し頬を赤らめて、なんだか戦場に似つかわしくない表情を浮かべてる。
 おいおい、いったいどうしたってんだよ。
「おいミーナ! 状況を報告しろ!」
 坂本少佐が強い口調で迫ったその時、唐突に大音量が降って来た。


「エイラッ! 大好きっ!!」


 ぶっ!
 ちょっと何だこれ!!
 普段の様子からは考えられないほど大きく、明瞭なサーニャの声。

 当のエイラは目を見開いて硬直している。
 エイラだけじゃなくみんな呆然。
 勿論あたしルッキーニも呆然。

 更に続けて声が降って来る。

「エイラ、好き。エイラ、愛してる。世界で一番エイラが好き。エイラ、大好き。エイラ、エイラ、エイラ……」

 ちょっとちょっとちょっと!!!
 いったい何が起こってるんだよっ!
 誰か説明してくれよっ!
「サーニャ、すっご~い!」
 ルッキーニは目をキラキラさせながら感心してる。というか楽しんでる。


「……サーニャはエイラの事が……大好きっ!」


 って、ああああああ! エイラが鼻血吹いた。

「おいっ! 大丈夫か! しっかりしろエイラ!」
 バルクホルンが介抱。
「だ、だだだ、駄目かも、わたし……」
 情けない声でへたれてるエイラ。
 まぁ、気持ちは分かる。
「こうしてる間にもハルトマンがどうなってるか分からんのだぞ! しっかりしないか!」
「そうね、バルクホルン大尉のいう通りよ。ハルトマン中尉の声が拾えないか、みんな集中して!」
 カールスラントの二人の言う事は正論だ。
 正論なんだけど、こうしてる間にもサーニャの告白は続いてる。
 こんな通信に集中したって赤面するだけだっての。
「サーニャちゃん! サーニャちゃん! 応答して! お願い!
 宮藤の呼びかけに応答は無い。こちらからの通信の呼びかけは通じていない様子だ。

「ミーナ、正直様子が分からん! 状況が理解できん!」
「そ、そうね」
「そろそろ二人が消息を立った空域だ。雲の上に出て確認しよう」
「分かったわ。雲の上に抜けるわよ! 総員、上昇!」
 中佐の号令一下、あたしたちは上昇を掛ける。

 同時に、突風と共に頭上の雲底が割れた。
「シュトルムかっ!?」

 答えは、空から降って来た。
 短い金髪、あたしと同い年の癖にルッキーニ並みに平板な体。
 武器は無く、Bf-109Gのストライカーは左足から煙を吹いていたけど、その表情は笑顔だった。。
 ハルトマンは何事かを呟いてこちらに軽く手を振ると、満足そうな表情で目を閉じた。
 後ろからは、やはり武器の無いサーニャが落下するハルトマンに追いつき、その体を抱きとめていた。

 そして、更にその後ろからはネウロイが追いすがる。
 あたしたちはさっきまでの緩んだ空気を、上昇することで入れ替えて、ネウロイへと立ち向かった。

 まぁ、換気に失敗した人も約一名いたんだけどね。


エーリカ視点:0290

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