無題
女の子は複雑怪奇なもんだなあ。
自分の性別は棚においておくことにして、エイラはひたすら思う。
「サーニャ…それ、楽しいのかー?」
おそるおそる、彼女に押し付けられたペンギンなのだかネコなのだかよくわからないそのぬいぐるみを
抱きしめながら、尋ねた。
もともと口数の多いほうでないところのサーニャは黙ってただ頷くだけで、何がどう楽しいのかと言った
答えをその行動からは全く推測させてはくれない。
目の前で、サーニャの小さな手がゆっくりと動いている。触れているのはエイラの髪だ。さらさらとした
その髪をなでて、サーニャはうっとりとその髪を編みこんでいた。もちろんのこと、エイラにその感覚は
全く理解できていない。
確かに自分の髪の毛は長いほうであり、そういったことをすることにも適しているとは思う。まっすぐに
さらりと伸びていて、癖など全くなくて、エイラはいいなあ、と何度言われたことか。
けれどもいかんせんエイラはそういったことに全くといっていいほど興味がなかった。切るのが面倒
だから伸ばしている。出来ることなら切りたいが故郷でもそれを口にするたびに周りが「いやだ」やら
「やめろ」やらと繰り返すものだから仕方なしにそのままにしていたのだ。
とにかく、エイラにはわけのわからないことだが、女の子というのは総じて髪いじりが好きな傾向にある
らしい、と言うことは別に今に知ったことではなくて。実際に今までだっていろんな同僚に髪の毛をいじ
られてきた。そのまま出撃をする羽目になって、いつもとは違う感覚にひどく戸惑ったことがあるのも
事実だ。もちろん、そんなときでさえエイラは一弾も被弾せず、傍から見れば悠々と敵機を撃墜して
帰ってくるのだから更にその名声は高まるわ、いつもと違う髪形をした彼女のプロマイドが男に女に
バカ売れするわだったわけだが、そんなこと当のエイラがあずかり知ったところではない。
「♪、♪、♪」
ふん、ふん、と。鳴らすのは果たしてどこの国の歌だろう。サーニャの父親が創った曲だろうか。芸術に
対する興味もからっきしであったエイラが分かるわけがなかったが、ただ、彼女とのそれなりの期間の
付き合いのおかげでとにかくサーニャがいまとても機嫌が良いのだと言うことを知る。
エイラはサーニャの歌を聴くのが好きだった。それがどこの国のなんていう曲だろうが、ただたったいま
サーニャの頭をよぎっただけの何の意味もない節だろうが関係ない。サーニャの声が音を奏でる。エイラに
とってはそれだけでも十二分に神秘的だったからだ。
はあ、と小さくため息をついた。それはサーニャの理解不能な態度に呆れたからと言うよりも自分にとって
は意味不明なことをされて身動きを取れなくなっているのに、なぜだかとても嬉しい自分が照れくさかった
からなのだけれどもたぶんサーニャの耳には届いていないだろうからどうでも良い。
「キョウダケダカンナー」
そう呟くのも、もちろん単なる照れ隠しだ。そんなこともちろんサーニャは知っているが、その事実にエイラは
気付いていない。だからエイラはその一言を言うことで非常に満足した。
今度の休日には二人で髪飾りを買いに行こう。ただ自分がつけるのは嫌だからサーニャに似合いのリボン
だとかを。…問題はどうやって誘うか、だが。
目を落とすと腕の中のぬいぐるみと目が合う。ふてぶてしい顔のそれに「このドへたれめ」と叱咤されている
気がする。ウルセー、とばかりにその腹を叩いてやった。中に入った綿に跳ね返るばかりで何の手ごたえもなかったけれど。
さて、どう切り出そうか。
夢中になって自分の髪をいじっているサーニャを横目で見やりながら、エイラはしばらくの間そんな思案にふけることにした。