mix-turegret 幕間-交錯の外側


「おい」
「んー?」

格納庫から逃げ出して、とりあえず、あたしの部屋までたどり着いた。今日は出撃予定もないみたいだし、
一日部屋でおとなしくしていよう、と柄にもなく思ったのだ。
扉を開いて迎え入れる。そしてパタンと閉めてようやく、『そいつ』に呼びかけた。

「なんでハルトマンがあたしの部屋まで付いて来るんだよ」
「……なりゆき?」
成り行きってなんだ成り行きって。どう考えてもお前自分からにこにこひょこひょこついてきたろう。その
一言は、とりあえず飲み込んでおくことにした。そう言えば一緒に逃げ出していたはずのエイラがいない。
今はハルトマンよりもエイラに用事があるんだ、あたしは。
「って言うか、エイラはいつの間にいなくなったんだ?」
「さあ?知らない。そんなことよりシャーリー!私喉が渇いたよ、なんか出して!」

ちゃっかり私の部屋に居座ったハルトマンは私のいすに座して私の机をバンバンと叩いた。

「私はさっきの発言をまだ根に持ってるんだからね。すっごい傷ついたんだからさ!」
「傷ついたって…あんなの陰口にも入んないだろ、事実じゃん」

だいたいカールスラント軍人らしからぬぐらい自分がズボラだってことを一番分かっているのはハルトマン
自身なんじゃないのか?むしろ自分からその『国民性』とやらに反するようにわざとしているんじゃないかと
あたしは踏んでいるんだけれど、もしかして違うんだろうか。
…まあ、聞いたってどうせこれは答えないだろうからあえて聞かないけどさ。

しかたなしに、戸棚からジュースのビンを取り出して投げてやる。ルッキーニ用に置いてあったのだけど
これもまた放置しておくと面倒なことを私はバルクホルンを見て散々学んでいる。ハルトマンがハルトマンが
ハルトマンがハルトマンが、などというやつの愚痴に何回つき合わされたか分からないからだ。…あれ?
あたしなんか中間管理職的なポジション?いやだなあ、あたしにはそう言うのあってないはずなのに。

わーい、ありがとー。
なんていいながらハルトマンはオレンジジュースのふたを開けてごくごく飲み始めた。そして一気に飲み
干して「ぷはー」なんて一息ついて…お前はいったい何歳なんだと突っ込んでやりたくなる。この顔で実は
私と同い年なんていうんだからたまに私は自分が老け込みすぎているんじゃないかと不安になるのだ。
…それともあたしは将来ミーナ中佐みたいな立場になるのかな。バルクホルンは一番上に立つの嫌い
みたいだしなあ。…部下が年上なのにわっはっはだったり同い年なのにシスコンだったり黒い悪魔だったり
エトセトラなこの隊をしっかりと取りまとめている中佐の気苦労を考えて今から胃がキリキリと痛んできた。
いけない、いけないぞあたし。

「…で、そっちのほうはどうだったんだ?」
ベッドの上に座り込んで、あたしは尋ねた。ハルトマンはにっこりと笑って指を一本立てる。
「いち?」
ふるふると首を振るハルトマン。笑顔が満面過ぎてむしろ怖い。
「…おかわり?」
「ああ、よくわかったね!優秀な上官を持って私は幸せだよ」
「…ついこの間まで同じ階級だったじゃないかよ」
「ただの同僚から昇進したんだ、ありがたく思うべきじゃない?」
「へいへい、ありがとうありがとう」



もはやこれに付き合うものか、と思いながらもう一本ジュースを取り出してやる。ストックはもう少ない。
あとでまた厨房から持ってこなくちゃなあとひとりごちる。
ハルトマンはと言うと「それにしてもシャーリーの部屋は落ち着くねー」なんてのんびりいいながらやっぱり
早くしろと言わんばかりに机を叩いていた。それはあたしの部屋が散らかっていると言いたいのかよろしい
ならば戦争だ。…まあ、否定は出来ないけれど。散らかってるって言っても程度があるだろ。10段階で
評価したら私はまだ3段階そこそこ、ハルトマンのとこなんて10振り切って100いってるぞ。…という
のは実はバルクホルンの弁で、以前部屋に上がりこんで愚痴に付き合わされたときにすすけた背中で
言っていた。

「それで何の話だったっけ?」
「そっちはどうだったんだって聞いたんだよ」
「こっち…ああ、ペリーヌのほうね」

やる気のなさそうに返事をするハルトマン。おいおい、しっかりしてくれよ。昨日の談話室での相談を思い
起こしながら確認するように事の顛末をもう一度言ってやる。…あくびをするなハルトマン。

「最近エイラたちの様子がおかしいから、あたしとルッキーニでエイラ、ハルトマンとバルクホルンでペリーヌ、
 宮藤とリーネでサーニャを担当して、この何だかわけのわからなくなってる状況を上の二人にばれない
 ようにさっさと解決しようって手はずだったろ!」
「あーハイハイハイわかってる。それはそうなんだけどさあ」
言いながらメモらしき紙をポケットから取り出す。覗き込むと、
「…白紙じゃん」

何も書かれていなかった。何かを期待していたかというとそりゃ期待なんて寄せてなかったけどここまで
とは思わなかった。落書きに犬の絵でも書かれていたほうがまだマシだってもんだ。
もちろんメモの中身を把握していたハルトマンはけろりとした顔だ。見れば分かるじゃないかといわん
ばかりに言い張る。

「白紙だよ?なーんも書いてないもん」
「おいおい…」
脱力してベッドに倒れこんだ。拍子にその上に放置していたスパナが後ろ頭に思いっきり当たる。痛い。
ジュースを飲み終えたらしいハルトマンがそのビンを床に転がす音が聞こえた。これだから散らかる
んじゃないかと思っていたらそしてベッドの上、私の隣に座り込んでくるのを感じたあと、一応言い訳らしい
言葉が上から降ってきた。同時に手を伸ばして自然に毛布をとって包まっている辺り、こいつはここで
シエスタと決め込むつもりらしい。
「だいたいトゥルーデって言うのが人選ミスだったんだよ~。出会い頭にブリーフィングリームに引っ張って
 いってどうするんだと思ったら『何があった。さっさと吐け』なんて尋問してるの!あんなことされたら
 誰だって口開けないさ」
「ははは…バルクホルンのヤツ…」

のんきにこんなことを言っている時点でハルトマンもその脇で面白おかしく傍観していただけなんだろうな、
というのは簡単に想像できる。大体そのバルクホルンを抑えるためにお前を充てたんじゃないか、と
内心で文句を言うけれどそんなことしたってプリンに釘を打つようなもんだ。逆に指を叩いて涙目になる
んだろう、恐らくは。

「でも、格納庫に向かう途中で宮藤たちに会ってさ、とりあえずそっちの話も聞いといた」
お、やるじゃないか。宮藤たちならカールスラントコンビのようなへまはやらかしてないだろ、と耳をそば
だてる。
「…そっか。どうだって?」
「サーニャは何にも知らなくて、むしろ混乱してるっぽい。…けどエイラの様子がおかしくなったのは
 正確には4日前からじゃない。5日前の夜から、だったって。」

5日前の記憶を掘り起こそうとする。うーん、よく思い出せない。もともとエイラはみんなと行動時間の
ずれてるサーニャに合わせて生活しているせいであたしたちともすれ違いが多いんだよな…っていうのは、
もしかしたらここ数日エイラがあたしを避けていただけなのかもしれない。
…相当突っ込まれるのが嫌だったのかもな。今日格納庫に来たときもかなりばつの悪そうな顔してたし。



「ふうん…サーニャの様子は?」
「相当いじけてるみたい。宮藤たちの目でもわかるんだからよっぽどなんだな」

まあ、当のエイラはそれどころじゃないみたいだけどねえ、とため息を付くハルトマンは、まあこれでも
こいつなりに仲間の心配をしているんだろう。日常生活が多少あれだとは言えハルトマンが仲間想いだと
いうことはみんなの知るところだ。実際、ハルトマンと一緒に出撃したときは誰も大きな怪我をしない。
それは仲間が危険な目にあわないようにやつが気を配っているからだ。
にしても、こんなにわかりやすくハルトマンが仲間を気遣うのは珍しいんだぞ。雪が降ったらどうしてくれる
んだ、エイラ。お前は北国育ちだから強いのかもしれないがあたしは嫌だ。

「…ナイトウィッチになるつもりなら、お姫様の世話は責任持ってやって欲しいよなあ」
「あははっ、騎士ウィッチ!それいいな、洒落てるぅ!」

夜と騎士に掛けた冗談が通じたんだろう。ハルトマンが笑い出す。あたしも笑う。状況は全く好転の兆しを
見せないけれど、だんだんとつかめてきた。こういうときに忘れちゃいけないのは笑うことだ。楽しんでれば
きっと世界は前向きに動いていくもんだよ、な?
ぼす、とハルトマンもベッドに倒れこむ、あ、その辺りには工具箱がだな…と言おうとしたら、ガツン!と鈍い
音がして脇でハルトマンが頭を抑えていた。ざまーみろ。

「こっちは結構つかめたよ。どうやらなんかあったのはエイラとペリーヌの間らしい」
「…ああ、なら話はつながるね」
答える声は涙声。あえて何も見なかったことにして話を続けるあたし。
「エイラをつついてみたところによると」
「…よると?」

「ペリーヌと浮気した、感じ?」
「うっわー、ありえなさ過ぎて言葉も出ない…」
「…だよなあ」

ペリーヌとエイラとで何かがあった。コレだけは確かだ。ケンカ?けどあいつらって割とよく言い争いはして
いるからなあ。いたずら好きのエイラが反応のいいペリーヌをからかうのはいつものことだし、それに
キャンキャンとペリーヌが噛み付くのもまた然り、だ。

「なあハルトマン、お前の妹ってほら、あのサーニャのごっつい武器作ったりして…頭良いんだよな?
 こういうのどうなんだ?聞いてみたらスパーンと名探偵みたいに解決してくれたりして」
んー、と考え込むハルトマン。まさか妹の存在を忘れてるんじゃないだろうな、と思いかけたところで、その
妹らしき名称は割とあっさりとハルトマンの口からこぼれ出た。
「ウーシュはこういうの苦手だろ。あの子が得意なのはもっと数字とか記号とかそんな感じのもんだから。」
私にはよくわからないけどね!と自慢げに言うハルトマン。それ威張って言うことかあ?

「…ふうん」
それ以外に返答が浮かばなかったのは、言葉の割にハルトマンの口調が楽しげだったからだ。食べること、
遊ぶこと、寝ること。欲求以外のことでここまで機嫌の良いハルトマンはあたしからするとひどく珍しい。
「話しかけても構ってくれないし、没頭するとなりふり構わないし…ま、そういうところもウーシュらしくて私は
 好きだけどさ」
「…そういうもんか」
「そう言うもんさ。…て言うか面白すぎること言わないでくれよ、今名探偵のウーシュ想像したら…くくっ、
 笑いが止まんなくなっちゃっただろ!」
あははははは、と、お腹を抱えてハルトマンは笑う。実際のところ伝聞程度でしかその『ウーシュ』とやらを
知らないあたしは横で笑いこげるハルトマンを肩をすくめて見やることしか出来ない。

姉妹の、それも双子のウィッチ。見た目はよく似ているけれど、性格はぜんぜん違うと聞いた。マニュアルに
則ったことなんてひとつもしない姉と比べて、マニュアル通りにしか動けない妹だと。でもきっと、そうして
比べて妹のことけなしたりとかしたら、ハルトマンはやっぱり怒るんだろうなあ、と思う。さっきの陰口
(のようなもの)とはまた別の怒りをもって。あたしにはよくわからないけれど、そんな気がしたから言わない。
たぶん、『そういうもん』なんだろう。
…これ以上この話をしても仕方がないな。あたしはとりあえず話題を変えることにした。



「ところで、さっきの話なんだけど、どこまで本当だったんだ?」
「っくくく、あははは…へ、さっき?」
「格納庫で、『部屋が散らかりすぎて追い出された』とかそう言う話してたじゃないか。あれ全部本当じゃないだろ?」
「ああ、あれかあ」

涙を拭いながら答えてくる。うーん、と唸っているのは、今朝の出来事を必死に思い出しているんだろう。
そして指折り数えながら、今朝の出来事ウソホントを話しはじめた。

「寝る場所がなかったのはホント」
「うん」
「トゥルーデの部屋に潜り込んだのは、半分ホント」
「半分?」
「トゥルーデの部屋に行ったのは行ったんだけどすぐに追い出されちゃってね。しょうがないからミーナの
 部屋で寝てたんだ。まあ朝になったら私を探しに来たトゥルーデに見つかって怒られたんだけどさ。」
「?ミーナ中佐じゃなくてか?」
「昨日の晩はミーナ部屋にいなかったからね。坂本少佐のとこいってたんだろー」
最近特に仲良いねえ、なんて、のんきに笑うハルトマン。けれど私はその瞬間、ハッと閃いてしまった。
そして頭を抱える。ばかだなあ、あたし。様子のおかしいやつら以外が知らず知らずのうちに関わってるって、
なんで思わなかったんだろう。

「で、トゥルーデが私の部屋の片づけしてるのもホントだけど、それはペリーヌへの『尋問』が上手くいかなくて
 拗ねてるからなんだよね。私はとんだとばっちりだよ」
「…なあ、ハルトマン」
「ん~」
「あたし、なんとなーく話が見えてきた気がしたよ…」
「ああ、それはよかったなあ!じゃあお祝いにジュースもう一瓶飲もう!むしろお酒にしよう酒さけサケ!
 カールスラントのビールはないのか?あるんだろ?」
楽しげに今度はベッドをバンバンと叩く。…ああ、もうコイツ話聞く気も考える気も気ないな、とため息をひとつ。
「…そんなもんないっての。ルッキーニが飲んだら大変だろ」

そこで思い当たる。ああ、ルッキーニも助けに行かないといけないな。きっと帰ってきたら散々文句言われる
だろうな。クッキーどれくらい焼いたら許してもらえるだろうか。
(そう言えば)
もうひどくおぼろげの、5日前の晩のことを思い出す。そう言えばあの晩、急に部屋にやってきたルッキーニが
なにやら言っていなかったか。その日出撃があって疲れていたあたしは話半分にしか聞いてなかったけど、
たしかこうだ。

──エイラとペリーヌは、よくけんかしてるけど本当はすごく仲良しなんだねっ!!

…ルッキーニは、あの晩に何かを見たのかもしれない。それ如何によっては…また、話が変わる。
「…ちょっとルッキーニ迎えに行って来るわ」
「いってらっしゃ!じゃあ私は寝る!」
「…ここでか?」
「もちろん。私は自分から虎の巣に入るほど愚かじゃないんでね」
虎ってのが掃除の鬼の化しているであろうバルクホルンのことなのか、それとも絶対零度の笑みを浮かべて
いるのかもしれないミーナ隊長のことなのか、あたしはあえて聞かなかった。
とりあえず、ルッキーニにも話を聞かないと。今頃警察に捕まっているであろう子猫をどうやって助け出す
かを頭の中で必死にシミュレートしながら、ぱたぱたと手を振って見送るハルトマンにドアの辺りから一言
こういった。
「…散らかしたら自分で片付けろよ」
返ってこない返事に、帰ってきたときの自分の部屋の惨状を憂く。

(…全部お前のせいだからな、エイラ)

このツケは絶対に払ってもらおう。3倍返しくらいで。



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