学園ウィッチーズ 第11話「降りしきる雨の中で」


 主任教官室の一室で、ゲルトルートはぴんと背筋を伸ばし、後ろで手を組んで、目の前の執務机に座って書類に目を通す主任教官であるハッキネンの言葉を待っている。
 ハッキネンが書類を机に置き、メガネを指先で持ち上げた。
「報告書を読む限り、ストライカーには問題がないことから、今回の墜落事故は人的要因により引き起こされたものとみて間違いないですね?」
「はい。間違いありません」
 ゲルトルートはきっぱりと、嘘偽りなく、答える。ハッキネンは、ゲルトルートを熟視した後、椅子にもたれる。
「それでは、処分を言い渡します」
 ゲルトルートの表情にかすかに緊張が走り、後ろで組んだ手を思わず握り締める。
「本日より、放課後に、同行者を必ずつけて飛行訓練を行ってください。訓練報告書も、同行者のサインを入れて、忘れずに提出するように」
 ゲルトルートは意表をつかれたのか、目を白黒させながらも、言葉を搾り出す。
「お言葉ですが……それは……、処分なのですか?」
「不服ですか?」
「いいえ、また飛べるのは嬉しいですが…」と、本音を言いかけ、ゲルトルートは口をつぐむ。
「バルクホルンさん。この学園の目的はご存知ですか? この学園はすべて生徒の"可能性"を探るためにあります。
あなたもウィッチであるとはいえ、例外ではありません。報告された内容だけを見れば、あなたの魔力が失われつつあったことは明白ですが、今のあなたからは、確かな魔力を感じます。
よって、それに賭けてみたいと思ったからこその処分です。訓練は必ず行うように」
「承知しました」
 ゲルトルートはこみ上げる喜びをなんとか胸にとどめ、凛とした態度で返答すると、勇ましい足取りで部屋を後にした。
 ハッキネンは立ち上がり、窓を開けると、桟に手をつき、視線を落とした。
 ただようタバコのにおいに顔をしかめる。
「盗み聞きとは、悪趣味ですね」
「学園内じゃ禁煙とうるさいからここで吸っているだけだ」と、しゃがんだビューリングは悪びれた様子も見せず、また煙を吸い込む。
「本当は心配していたくせに、素直じゃない」と、ウルスラが持っていた本でタバコの煙をあおいだ。
 ビューリングは否定するでもなく、ふん、と鼻だけ鳴らす。
 ハッキネンは、呆れながらも、真一文字に引き結んだ唇をほんの一瞬緩ませながら、「今後は、学園敷地内での禁煙も検討します」とだけ、いたずらぽく言うと、窓を閉じた。
「弱ったな。もう空で吸うしかないな……」
「禁煙すれば」
「そうだな。ハルトマン姉妹の仲が良くなったら止めてみるかな」
 ウルスラは、苦々しい顔をビューリングに向けると、くるりと背を向けて、校舎へ戻っていく。
 ビューリングはその様子を眺めて最後の一息を吸い上げると、空に向かって吐き出した。
「お前だって素直ではないじゃないか」


 エイラ、サーニャ、ペリーヌ、リーネの4人は、屋上でランチボックスを開いて、昼食を囲んでいた。
 ひとしきり食べ終わったエイラはごろりと寝転がり、曇天の空を見上げると早速ペリーヌがため息をついた。
「まったくお行儀が悪い」
「かたいこと言うなって。ていうか、宮藤呼ばなくていいのか、リーネ?」
 カップにお茶を注いでいたリーネの手が止まり、わずかに目元を引きつらせながらも、笑顔を向けた。
「うん。今日は医療研修で忙しいみたいだから。邪魔しちゃ悪いかなって」
「そっか。あいつ治癒魔法使えるし、実家も診療所だって言ってたな。いつかは扶桑に…」
 と、言いかけてエイラは起き上がり、リーネが注いだ紅茶に口をつけ、火傷する。
 ペリーヌはいつものように呆れ、リーネは苦笑し、サーニャはくすくすと笑った。
 エイラはサーニャにつられて笑いながらも、学園生活が終わり、いつかはサーニャと離れる日が来るということ、目の前のペリーヌとリーネもいずれはそれぞれの想い人と離れてしまうことを漠然と思い出し、つい、瞳を伏せる。
 サーニャは、そんなエイラの想いを気取ったのか、彼女の口元に指を置いた。
 緑の瞳がじっとエイラを射抜いて離さない。
 目の前にいるリーネとペリーヌも思わず息を呑んだ。
「痛いの痛いの飛んでけ~…」
 頼りない、そよ風のような声が奏でた言葉に、エイラは目を点にし、頬を真っ赤に染めた。
「こ、子供扱いすんなよな!」
「だって、芳佳ちゃんがとっても効くおまじないだって…」
 リーネとペリーヌはかわいらしい二人のやり取りに声を上げて、笑い、エイラはそんな二人を制止しようとあたふたする。
 サーニャは、三人を見つめながら、エイラの口元に置いた指先で自分の唇をそっとなぞった。

 エーリカは廊下を駆け抜け、生徒会室のドアを開け、ぱっと瞳を輝かせる。
「おー、いたいた」
 机に肘をついていたゲルトルートが振り返り、また前を向いた。
「何か用か」
「ミーナが探してる」
 ゲルトルートは、立ち上がると、ドアに施錠をした。エーリカの顔から電灯が消えたように、笑顔が失せ、わずかに厳しさが透けた。
「どうしたのさ?」
「エーリカ。お前はミーナがこの学園に来た理由を、知ってたんだな」
「ご名答。なに? 責任感じて、ミーナから逃げ回ってるわけ?」
 図星をつかれたゲルトルートは眉間にしわを寄せ、拳を握り締めた。
「私なんかのために、無為な時間を…」
「それは、違うんじゃないかなあ? そりゃ、音楽も好きだろうし、でも、ウィッチとして人の役に立ちたいってのもあるだろうし、なによりトゥルーデを…」
「私を、なんだ?」
 エーリカは、本当に何もわかっていなさそうなゲルトルートの表情に、呆れつつも、にやっといたずらっぽく笑い、ゲルトルートの肩を
叩いた。
「残りは本人に聞きなよ。あんまり逃げ回ってると、魔法使われて常に位置把握されちゃうぞ」
「……努力する」

 ミーナは廊下の曲がり角で、つい余所見をし、ちょうど歩いていた坂本とぶつかり、よろける。
「ごめんなさい」
「随分あわただしいな。どうした?」
 髪を耳にかけ、視線をそらすミーナに、坂本はすぐに合点がいったのか、ふと微笑んだ。
「バルクホルンを探しているのか?」
「そんなところね…」
「あいつの処分は事実上なしみたいだ。ただし、しばらくは、放課後に飛行訓練をしなければならないそうだ」と、言いながら、坂本は窓の外の格納庫に目を向ける。
 ミーナは、坂本の言葉に胸をなでおろし、息を吐いた。
 坂本はその様子を視線のすみで追いながら、窓の外を指差した。
「飛行訓練には、同行者が必須だ。一緒に飛んであげてはどうだろう」
 ミーナは、ちょうどゲルトルートが格納庫に入っていくのを見ると、弾かれたように駆け出した。

 ゲルトルートが格納庫を訪れると、そこにはすでに彼女のストライカーを準備するシャーリーの姿があった。
 他の整備スタッフは見当たらない。
 シャーリーはゲルトルートに気がつくと、大きく手をあげた。
「よぉ」
「お前だけか」
「ああ。誰かさんのおかげでスタッフの休日返上させちまったからなあ」と、シャーリーはにやついた。
「……そうだな、すっかり迷惑をかけてしまった」
 昨日までの棘だらけだったゲルトルートがすっかりしおらしくなっているものだから、シャーリーは、少し考えた後、持っていた工具をがっしゃんと工具箱に戻した。
「一緒に飛ぶか? 同行者、必要なんだろ」
「そうしてもらえると、助かる」
 あっさりと同意され、今度はなぜかシャーリーがどぎまぎし始め、なにより、彼女自身が、自分の胸の高鳴りに困惑を始める。
「……で、でも、私よりミーナ先輩のがいいんじゃない?」
「いや、ミーナは……その……今は…」
「ケンカでもしたのか?」
 シャーリーはいつの間にやらゲルトルートの目の前に立ち、わずかに腰を折って、彼女に詰め寄る形となっていた。
 ゲルトルートが、話してよいものかどうか、迷っているうちに、格納庫の屋根をてんてんと雨が叩き始め、次第に本降りとなる。
「これじゃ、今日は無理そうだな…」
「……ああ」
 バシャバシャと足音が聞こえ、二人が入り口のほうへ視線を向けると、ちょうどミーナが駆け込んできた。
 ミーナが顔を上げる前に、シャーリーはゲルトルートから離れ、工具を片付け始めた。
 濡れた髪を撫で付けるミーナに、ゲルトルートは勇気を振り絞ったように近づいて、ハンカチを差し出した。
先日ミーナが渡したものである。きっちり糊付けでもされたのかという具合に、しわが伸ばされ、たたまれた状態に、ミーナはゲルトルートの生真面目さを見て取って、くすっと笑った。
「ありがとう」
 シャーリーはそんな二人を見、傘を掴みあげると、ゲルトルートに向かって放り投げた。
 ゲルトルートはしっかり受け取るも、怪訝な顔を向けた。
「一本だけか?」
「もう一本は私とルッキーニの。予備なんだから贅沢言うなって。飛行訓練はまた明日な。ほら、今日はもう店じまいだから出てった出てった」
 ゲルトルートはしぶしぶといった様子で傘を広げると、ミーナを伴って格納庫を出て行った。
 入れ違いで、ルッキーニがビシャビシャになりながら入ってきて、体を震わせ水を弾いた。
「うえぇ、風邪引いちゃうよぉ~…」
 一人ごちるルッキーニは、ぼおっとするシャーリーの前に立って、手を振った。
「おーい、シャーリー? どしたぁ?」
 シャーリーは、まるで今目覚めたかのようにルッキーニに気がつくと、取り出したハンカチでルッキーニの濡れた顔を拭いた。
 ルッキーニは、八重歯を見せ、嬉しそうにその状態を愉しむ。
 シャーリーはそんな彼女を真剣な眼差しで見つめ、抱きしめ、格納庫の入り口から見える雨の風景を、じっと見据えた。

 ゲルトルートとミーナは、1つの傘に身を寄せ合って入り、寮へ向かっていた。
 傘を持つ、ゲルトルートの冷えた手に、ミーナが自分の手を重ねた。
「明日の飛行訓練だけど、同行者はもう決めたの?」
「一応、リベリア……シャーリーに頼んだが……」
 ミーナはひときわ寂しそうな瞳をゲルトルートに向けて、また、正面を向いた。
 ゲルトルートは、ミーナの視線に気づかぬまま、じっと前を見つめ、昔もこんな風に1つの傘で雨の中を二人で帰ったこと、そして、数日前に見た夢の光景を思い出す。
 幼い頃に、ミーナの両親は立て続けに亡くなって、その頃のゲルトルートにできたことは、ただ傘を差し出して、抱きしめて、そして言葉をかけてあげることだけで。
 あの時、私は――
 ゲルトルートは、大きく目を見張って、立ち止まった。
 ミーナがそばにいてくれたのは、あの日の約束の――
 ミーナも立ち止まり、ゲルトルートを覗き込んだ途端、片手で抱き寄せられる。
「すまない。私は……。馬鹿なのは私だ。ミーナの両親の墓前の前で……約束したのに…」
 ミーナは、ゲルトルートの背中に手を回し、きつく抱きしめた。
 ゲルトルートの手から傘が離れ、二人の上に容赦なく雨が降る。
「……トゥルーデ、今のあなたはまたあのときの約束をしてくれる?」
 ゲルトルートは、両手でミーナを抱きしめ、耳元でささやいた。
「ああ。いつまでも、そばにいる」
 

第11話 終わり



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