スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 エルマ来店 


喫茶ハカリスティ、本日開店。

 缶の臭いはバッチリとれて、二人ともお店での服にお着替え。
 ちょっと恥ずかしいけど、わたしはサーニャの勧めでウェイター姿。
 男物のズボンなんて似合わないよ~って思ったけど、一緒に買いに行ったサーニャに押し切られて渋々試着。
 で、姿見でサーニャと一緒に並んでみたらなんだか思わず自分で言うのもなんだけど似合いすぎちゃって即買い決定。
 サーニャはベルトが長めのウェイトレス。
 今まで着てた服とデザインは似てるけど、ポイントとして入るのはオラーシャの赤い星じゃなくてスオムスの青十字。
 サーニャは何を着ても似合うなぁ……うんうん。

 お客様第一号はご近所の一家。
 その他にもお店の立ち上げを手伝ってくれた比較的近所のおっちゃんやらおばちゃんやらその家族やらが来店して、朝から昼過ぎまでは大忙し。
 みんながサーニャの料理を褒めてくれて、ちょっとだけ私のコーヒーや料理も褒めてくれて、サーニャも笑顔で最高に幸せ。
 心残りと言えばちょっと忙しすぎてサーニャのピアノとか歌声とかを披露できなかった事くらいカナ。

 まぁ立地が『閑静な』場所だけあって近所組みが帰っちゃうとお客さんはグッと減る感じ。
 一応街道沿いではあるんだけど、まだ復興の進んでないオラーシャ側とスオムスを結ぶ街道なんてそんなに人通りが多くないんだよナァ。
 でもきっといつか、呼の街道も人通りを取り戻すって、そう信じてる。


 そんな気だるい昼下がり。
 見知った顔がやってきた。
「こんにちはエイラさん。お元気してますか?」
 店内に入るなり笑顔で挨拶する短めの薄色の金髪の20歳過ぎの女性。
 私服でサマーセーターを着てたけど、思い出の中にあるいつもの軍服じゃないだけで、その優しげな声も顔も忘れたりなんかするもんか。
「エル姉ぇ!」
 わたしはその来客、エルマ・レイヴォネン、スオムス空軍少佐に抱きつこうとした矢先、
 すってーん!
 エル姉は盛大にコケた。勿論何も無い所で。
 寸前でピンときたわたしは抱きつこうと広げた腕のままもう一歩踏み込んで、姿勢を低くして抱き留めるアクションへとシフト。
 最終的にはわたしよりちょっとだけ背の高いエル姉をお姫様抱っこ状態になる。
「ごめんなさぁい」
「モ~相変わらずダナ~エル姉は~」
 年上で上官なのにドジで気弱な可愛い人。
 でも扶桑のアナブキ中尉から学んだって言う航空指揮はとっても的確で、幾つもの戦闘で勝利を得ている。
 地味に撃墜数とかも稼いでて、スオムスでは3番目に多くネウロイを撃墜してたりする。
「そんなエイラさんは相変わらず勘も動きも鋭いですね~」
「ソンナンジャナクテ、魔法なんて使うまでも無く知ってる人なら誰でもピンとくるって」
 そのままサーニャの居るカウンターに向いて、その姿勢のままエル姉を紹介。
「サーニャ、この人わたしのスオムス空軍の先輩のエルマ・レイヴォネン……今は少佐でよかったよね」
「あ、あのちょっと、恥ずかしいですから降ろしてくださぁい」
「見ての通り年上だけどドジッ娘。リーネといい勝負、いやエル姉の勝ちカナ?」
「はい、あの、サーニャ・リトヴャクです。その、エイラ、降ろしてあげたら」
 サーニャはちょっとこちらから目線を逸らしつつ控え目な自己紹介。
 ん?なんだか久しぶりに人見知りモードかも。
 エル姉は誰にでも優しいからそんなに緊張すること無いのにナ。
 あ、少佐って聞いてサカモト少佐を思い出したのかな。
 方向性ぜんぜん違うから大丈夫なのに。
「ホラ、エル姉、座った座った」
 言いながら直接カウンターの椅子に座らせる。
 わたしは久しぶりに会ったエル姉と思い出話。
 で、エル姉が大人しいのをいい事に、いろいろ悪戯なんかして、酔っ払っても優しく叱ってくれるエル姉に少し甘えてみたり。
 ニパやハッセ、その他の仲間たちの近況を確認してみたり。

 でも、何度水を向けても、サーニャ微笑を浮かべて相槌を打つばかりで、話に混ざってきてはくれなかった。

 途中夕方になってお客さんが入り始めた。
 ちゃんと喫茶店のウェイターをしてるうちに、飲ませすぎてしまったらしいエル姉は寝息を立てていた。
 途中気付いたサーニャが毛布をかけて置いてくれたんだけど、当のサーニャはなんだかちょっと様子が変だった。

 開店初日で疲れたとか、そんなのとは違う気がした。

「エイラ、レイヴォネンさんを送ってあげて。その間にサウナの準備をしておくから」
 なんとなくその言葉に逆らえなくて、「うん」とだけ頷いてまだむにゃむにゃいってるエル姉を抱き上げた。
 その瞬間、サーニャが少し悲しそうな表情を浮かべた。

「え!? ちょっと、サーニャ!」
 でもサーニャはすぐに背を向けると「気をつけてね」とだけ言い残して奥へ引っ込んでしまった。
 もやもやしたまましばらく突っ立ってたけど、幸せそうな表情で頬を染めて身じろぎするエル姉の重みを思い出したわたしは、裏手のシュトルヒに向かった。

 シュトルヒの後席にエル姉を押し込んで、固定して離陸。
 少し離れた航空基地で教官をやってて、今日は非番なんで足を延ばしたって言ってたから、そこまで置いてくればいいと思うんだけど……。
 問題は突然軍の基地に行っていきなり試行機下ろさせてくれるかだよな。しかも時間遅いし。
 そんなことを考えながら転針していると、エル姉が起きる気配がした。
「エイラさんおはようございます。あ、これ自家用のシュトルヒですね。すごいですね~」
「あ、エル姉起きた? ヨカッタ。これでいきなり対空砲で撃たれるのだけはなさそー」
「エイラさんて、本当に変わらないですね~」
「ナニガ?」
 なんだか、記憶にあるエル姉以上にほわほわした感じがする。まだお酒のこってるのかな。
「自分の気持ちに不器用なところとか、そんなところに自分で気づいてるのに踏み出せないところとか」
「え、エル姉まだ酔ってるダロ~」
「はい、酔ってますから普段できないこととかしちゃいますよ~……、エイッ」
「ひゃっ!?」

 唐突にエル姉が私のおっぱいをもみ始めた。
 シュトルヒが蛇行するけど、流石は元航空歩兵だけあって普通の人なら悲鳴をあげるところで平然と揉み続ける。
「エル姉ノンケじゃなかったのかよー!」
「私にだって揉む権利があると思うんですっ!」
 しかもなんか揉み方がいやらしい感じ。ンッ……なんか、だいぶ手馴れてナイカ?
「ヤメロ酔っ払い!」
「ふふ、じゃ、やめます」
 あっけなく手を離す。ちょ、ちょっと興奮しちゃったじゃナイカ。
「全くモー……何なんだよ、エル姉」
「エイラさんが余りにも幸せそうで、余りにも鈍感で、余りにも残酷なんでちょっと意地悪したくなっちゃったんですよ」
「チョットの意地悪で墜落しかけたぞー」
「今のはチョットの悪ノリです。意地悪はもう済ませました」
 ジト目で抗議するけどあっさりとかわされる。
「うぇ、やっぱりエル姉変わった~。昔はもっといい人だったよ」
「それでですね、サーニャちゃんですけど、」
「サーニャが何っ!?」
 まさかサーニャに何か意地悪したのか!? まさか様子が変だったのはエル姉のせいなのかっ!?
「わ……食いつきが凄すぎですね。その、多分ですけどエイラさんが自分を律しすぎてるんじゃないかな、って思います」
 え?
「もう少し……その、自分の欲望みたいなものをうまくサーニャさんにぶつけてみるとか、うーん、うまく言えませんね」
 いっ欲望!?
「わ、わたしがっ、その、そんな事したら……サーニャに嫌われちゃうよ……」
 でも、わからない。
 そして、頭の隅に追いやってたことを思い出してしまった。
 さっきのサーニャのなんだか変な、よそよそしい感じの、突き放した様子。
「エル姉、わたし、サーニャに何か悪いことしちゃったのかな?」
 ああ、なんか思い出したらわたし気弱どころか涙声になってる。
「はい、してましたよ」
「えええっ! なに?なに?なに?わたしいったい何シチャッタ?」
「多分答えだろうと思うものはわかってますけど……それを言わないのが今日はちょっと意地悪な大人のエルマです」
「ひどいよエル姉っ!」
 うう、本当に意地悪だ。
「あ、飛行場ですね」
 そういうとエル姉は窓から身を乗り出して地上に手を振っていた。
 程なくして誘導員が出てきて着陸。
 別れ際、「ヒント:お姫様」とだけ言うとエル姉はさっさとシュトルヒを離れて手を振り始めてしまった。
 仕方なくタキシングして離陸。
 考える暇も与えてくれないほどあっという間に飛び上がるシュトルヒの性能が、このときだけは恨めしかった。

 煮え煮えになりながら帰宅。
 サーニャは笑顔で「お帰りなさい」って迎えてくれたけど、なんだかちょっと無理してるような気がした。
 わたしもエル姉のくれたヒントの事でいっぱいいっぱいになってて、気の聞いた返事もできずに「タダイマ」とだけしか返せなかった。
 お姫様……。
 サーニャがわたしのお姫様なんて、私の中では当たり前だし。
 いやそれだけじゃなくて天使とか妖精とか女神とか……たいていのものは当てはめられちゃう自身はあるぞ。
 ん~でも、エル姉のいうお姫様って一体なんなんだろう?

 二人でサウナ。
 身を寄せ合うようにしてるのに、なんだか心が遠いようで辛い。
 本当はもう少し言葉を交わす時間なのに、二人ともずっと何も喋れなくて、ただずっと静かな時間だけが過ぎて。
 多分わたしたちは、いつもよりも長く、サウナにいた。

「あがるね」

 そんな長い時間の中で、初めて発された言葉。
 サーニャはそういうと立ち上がるんだけど、のぼせてしまったのか、足をふらつかせた。
 ああ、もう!
 ナニヤッテンダ! わたし!
 こうならない様に、いつものぼせないようちゃんと時間を計ってたんじゃないのか!? わたしのバカ!
 自分を罵倒すると同時に、最悪の状況を回避すべく反射的に踏み出したわたしは、しっかりとサーニャの体を抱きとめた。
 咄嗟だったから気を回していられなかったんで、二人の体からはらりとタオルが落ちる。


 火照った肌の接触。
 すべすべの感触。
 細くて可愛らしい身体。
 そんな腕の中の存在に崩壊寸前の理性を?ぎ止めてくれたのは、何時間かぶりに見る心からのサーニャの笑顔だった。
「こうして欲しかったの」
「えっ!?」
「ごめんなさい。私、エイラにこうやって抱っこしてもらえるエルマさんに嫉妬してたみたい」
 え?え?え?どういうこと!?
「私ももうちょっとドジだったりしたら、もっと早くこうしてもらえてたのかな」
 何気にサーニャ真剣な表情でちょっとひどい事言ってるゾ。
「その、言ってくれればこれくらいの事は……」
 いや、まてよエイラ、これはまずい。
 裸でこんなおっぱい同士が触れ合うほど接触してるなんてっ! こんなんじゃ私がどうにかなっちゃうじゃナイカッ!
「お願いがあるのっ!」
 思考が沸騰する前にサーニャが強く言った。おかげで少しだけ冷静に。
「サウナから水浴び場まで、毎回こうやって抱っこして欲しいの」
 いや! そそそそれはまずいよサーニャ! わたしが獣になっちゃうよ!
 でも、サーニャの頼みを断るわけにはいかない!
 そうだ、今日だけ、今日だけならきっと耐えられるっ!
 耐えられるに違いないっ!!
「キ、キョウダケ……」
「エイラ……」
 上目遣い。反則ダロ。
 で、でも精一杯サーニャの願いをかなえるのがわたしの使命ダロ!
「アシタマデ……」
「…………」
 今度は目を伏せる。
「コ、ココダケッ、ダカンナー」
 多分のぼせたときよりも真っ赤になったわたしは、叫んだ勢いで水浴び場までサーニャをお姫様抱っこ。
 後はそんな幸せな状況に頬は緩むままに任せ他愛の無い会話。

 明日以降の理性なんてその時がんばればいいさ。
 何よりも、昨日より笑顔が輝いて見えるんだから。
 それがとっても幸せ。

 そんなわけで、ちょっとばたばたはしたけれど、喫茶ハカリスティ開店初日はまずまずの仕上がり、カナ?
 エル姉アリガトネッ! 



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