無題


むじょうけんにこうふくだよ、もう。

朝の光にきらきらと、きみのかみが輝いている。起き抜けのきみはぼんやりとわたしのベッドに座り込んだまま、
どこか虚空を眺めているのだ。
愛しさが募ってつい、手を伸ばした。猫みたいにふわふわの髪の毛が右手に触れる。きみが顔を上げる。
どうしたの、といわんばかりにわたしを見上げて首をかしげる。
それだけでもうノックダウンだ。白旗上げて無条件降伏だ。ああもうなんて可愛いんだろう、きみは。
どんなに抗ったってきっと敵いやしないさ。どんなに不幸な事だってその一瞬で溶けて消えてなくなって、
温かい気持ちだけが残るんだ。この気持ちの名前をわたしは知ってる。恋をしてるとひとはいう。

サーニャ、
エイラ、
同時に互いの名前を紡いで、その瞬間何となく恥ずかしくなって目を逸らした。きみはどんな顔をしてるかな。
みたいけれども顔を直視するのさえ照れくさくて出来ない。顔なんていつも会わせてるのに不思議だ。きみの
目を見て話せないんだ。部屋にある水晶玉よりもよっぽど、きみの翠色の瞳は真実を映し出す。きみに
見つめられてうろたえて、どうしようもなくなってる自分の姿を描き出す。大馬鹿者と笑われてもね、やっぱり
どきどきしてしまうんだ。
きみがわたしの名前を呼んでくれる。囁くように、でもはっきりと。
それはわたしの心と鼓膜とを優しく柔らかく震わせて胸を快い波で満たしてゆく。ああなんか眠くなって
きちゃったな。何だか夢の中みたいだ。無我じゃないけど夢の中。夢状圏で恋う福を、ただただひたすら
噛み締めてる。

エイラ。
もう一度名前を呼び掛けられて、夢見心地から目を覚ます。けれどもきみは相変わらずで、眠そうな顔を
してひとあくび。ばくばくと暴れてる心臓は、きみに聞こえてやしないだろうか。
もしかして、知っているのに素知らぬ顔??どうでもいいかな、だってほら、きみはふわりと笑うんだ。だから
わたしも微笑み返す。ごまかすためじゃなくて、なんだかとってもうれしいから。

わたしね、えいら。
眠たそうに言いながら、すりすりと体を寄せて来る。きみはまるで猫みたいだね。耳元でごろごろと喉を
鳴らす代わりに、わたしの名前を何回も何回も囁くんだ。えいら、えいら、えいら。聞きなれた、でもいくら
たってもなれない、その響きに心臓は容易く呼応して踊りだす。
何かをねだっているような気がしたから背中に腕を回して抱き締めた。どきどきとやかましく鳴っている
心臓の音なんて構うもんか。なんだかきみからも同じく早くて強いリズムを感じる気がするよ。気のせいかな。
そうでないといいな。わたしとおんなじこと思っていてくれたら、たぶんわたしは幸福すぎてどこまでも行ける。
それはきっと無上圏まで届くほどの幸福なんだ。

さーにゃ、わたし。
抱きしめる手に力を込めながらわたしは言う。きみの体がびくりと跳ねる。どうしたの、びっくりしているの?
たずねたらふるふると、腕の中で首を振る。きみの言葉は少ないから、きみの気持ちはつかめない。けれど
きみがわたしの服を握り締めてくれるから、たぶん嫌われてはいないんだと実感できる。今のわたしには
それだけだって十分で、その喜びを表したくて腕に力を込めるのだ。
寝巻き代わりの衣服は薄く、肩も腕も腹も足もありとあらゆる肌が触れ合うばかりだ。すべすべのきみの
肌は心地よくて、通う体温は温かい。きみが手を伸ばしてわたしの頭をそうっとなでた。ひと房とって口付けて
いる。なんだかどきどきしてしまう。

温かいね。
柔らかいね。
気持ちいいね。
可愛いね。
綺麗だね。
きゅうと胸をしめつける、愛しい愛しいこの気持ち。


触れ合うだけでそうして伝えることが出来ればいいのに、臆病なわたしは言葉にしないからきっときみ
には伝わっていない。それはきみを寂しがらせたりしてるだろうか。この想いを伝えたら、きみはどんな顔する
だろうか。笑ってくれたらとても嬉しいけれど、それでもわたしは口に出来ない。
もしかしたらそれはきみも同じだ。だってこうして何度も何度も抱きしめるのに、きみは何ひとつ言葉をくれない
んだ。ねえわたしのことどう思ってる?尋ねたら答えは返ってくるのかな。そう思案していてもいつのまにか、
聞き出せないままに時間が過ぎてしまう。

それでも二人でいれば無条件に幸福で、それいじょうはなにもいらない。そうとさえ思えてしまうわたしはもう、
どこかの回路が焼ききれているのかもしれない。頭はとっくにショートしていて、きみのこと以外何も考えられない。
出来ることなら今すぐに、この気持ちを言葉にしたい。飾りなんてつけずに贈りたい。だってたぶんお互いに、
いつも言いかける言葉のあとに続くのは同じ言葉だ。確信めいたその気持ちで、なんとなくもうわかってるんだ。

きみがすきだよ。

けれどやっぱり言葉に出来ないから、体を少し離して、名残惜しそうに見上げるその頬を包んで唇を寄せる
ことにする。そうしたら口にしなくても、直接そこから思いが伝わる気がしたんだ。
むじょうけんこうふくだ。静かに口付けを終えた後、ぽつりと呟いたらきみはくすりと笑って、仕返しとばかりに
顔を近づけてきた。そのまま体重をかけられてベッドに倒れこむと、言葉の代わりにたくさんの想いのカタチが、
せきを切ったように降りかかってきた。


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ