Ansio ajaksi Paradoksaalinen


「今まで中隊長任務ご苦労様です。これからはあの扶桑のエースに、
スオムスのウィッチの名に恥じぬよう、万全なサポートをお願いします。」
「り、了解しました!」

────────

私に代わってトモコが中隊長に任命された。
いやまあ、元々私の提案だから嫌というわけじゃないけど、
こうもあっさり降格されるとやっぱりちょっとは凹むというか……。

「はあ……。」

氷に覆われた飛行場を眺めて、溜め息。
外気でキンキンに冷えた窓ガラスからは、
閉まっていてもなおヒヤリとした冷気が漂ってくる。
暖炉に当たり過ぎて火照った肌を冷ますにはちょうど良かった。

「元気ないねー、中尉」

後ろから間の伸びた声がした。キャサリンだ。

「これからトモコの昇格パーティーでもやろうかと思ったんだけど、
 そのトモコが全然その気じゃないね。困ったねー。」

どうやら今のところやる気なのはキャサリン、ウルスラ、ハルカの三人だけらしい。
正直私も今はそんな気分じゃない。
食欲もないし、お酒を飲んだら悪酔いしそうだ。
そんな私の心の内など知るよしもないキャサリンは、
相変わらず楽しそうな笑みを浮かべている。
その無邪気な視線がなんだか酷く疎ましい気がして、
つい無意識に愚痴をこぼしてしまった。

「いいですね、気楽そうで。」
「うん?」
「どうせ私に、中隊長としての資格なんてなかったんですよ。」

ああ、私はいやなやつだな。
楽しいお誘いに来た友人に、こんな鬱々とした気分をぶちまけるなんて。

「でも、トモコを中隊長に推薦したのはエルマ中尉だったね。
 さっきも自分で推薦しまくってたね。」
「そりゃそうですけど……。」
「気にすることないね。トモコがすごすぎるだけで、エルマ中尉は今でもミーよりずっと優秀ね。」
「でも、役立たずには変わりないじゃないですか。
 さっきハッキネン少佐にトモコをサポートしろって言われたけど、
 そのトモコさんはついこの前私に"戦闘に参加するな"って言ってるんですよ?
 だったら私がここにいる意味なんて……。」

キャサリンは黙ってしまった。きっと呆れていることだろう。
背中に痛いほどの視線を感じて、振り向かないようにしながらもう一度溜め息を吐く。
ぼんやりと変な形に曇ったガラスはまるで、このやるせない気持ちが外に出てきたようだった。

────────

「ミーはエルマ中尉が好きね。」

長い沈黙が続いたあと、不意にキャサリンが言った。

「だからヘソ曲げないね。いらん子呼ばわりはミーも一緒ね。
 ミーたちにもきっと何かできることがあるね。トモコもそのうちわかってくれるね。」
「……。」

私は何も言えなかった。窓の隅についたゴミをじっと眺めていると、
突然後ろから温かくて柔らかい感触に包まれてハッとなった。

両手でぎゅっと、抱き締められたのだった。

「トモコにとってはいらん子でも、ミーたちには必要な仲間ね。
 だから元気出すね。そんなところで泣いたら涙が凍ってパリパリになるねー。」
「なっ、泣いてなんていません。」
「でも、涙が出てるねー。強がりはカラダに毒ねー。」

言われるまで気付かなかった。私は泣いていたらしい。
私はどうしたかったんだろう。
どうしてこんなに悲しいんだろう。
何で泣いていたんだろう。
わからないけど、今はただ──胸が苦しい。
ずっと引き摺り続けてきた荷物を、急に肩にずっしりと載せられたような、
空虚な重圧が心を押し潰しているようだった。

「わたし……なんで泣いて……」
「エルマ中尉は自分を必要としてくれる人がいなくなるのが怖いねー。」

私を後ろから抱き締めたまま、キャサリンは耳元で囁いた。
それは、大雑把で日和見主義的な普段の彼女とは違う、
私を心から心配した、真摯な言葉だった。

「ミーはフネの上でもいらん子だったね。
 いつか海の真ん中に放り出されるんじゃないかと思ってずっと怖かったね。
 でも誰もそんなことしなかったね。ミーのこと嫌いなんだと思ってた仲間が、
 フネを出る時"本当はもっと仲良くしたかった"って教えてくれたね。
 だからエルマ中尉も自信持つね。ユーにいなくなって欲しくないのは、ミーだけじゃないねー。」
「キャサリン……」

彼女の言う通りだ。
私は多分、怖かったのだろう。周りのみんながどんどん先に進んでいくのに、
上官であるはずの私はずっと止まったままな気がしたからだ。
このままフラッといなくなっても誰も気付かないような、
そんな存在に自分がなってしまうのを恐れていた。
私にしかできない何かが欲しくて、持っていたものを取り落としてしまいそうだった。

「私には仲間がいたんですね……。」

腕を振りほどいて向き直ると、キャサリンは私の顔を見ていつもの笑みに戻った。
屈託のない、とても魅力的な笑みだった。

「さあ、そうと決まったらパーティーねー!部屋でみんな待ってるねー。」
「あ、はいっ!!」

キャサリンは照れくさそうに私の手を引くと、大手を切って歩き始めた。
危うく引き摺られそうになりながらも、横に並んでついていく。

繋いだ手の温かさを感じながら、今度は別の溜め息をついた。
まったく、どうして面倒事っていうのはこう次から次へと降ってくるんだろうか。
胸のつかえが取れたと思ったら、今度は別の意味でどきどきしてるじゃないか────


endif;


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