Convallaria


ノックもせずにその部屋に入り込むと、部屋の真ん中でエイラが夕陽の赤に染まっていた。だだっ広い
部屋の真ん中で座り込んでいたエイラは私の来訪に気がついて顔を上げると「サーニャ、」ゆっくりと
穏やかに微笑む。

ゆっくりと視線をめぐらす。何もない。何も、ない。

エイラの部屋には水晶球とか、こっちに来てから買ったのだという変な石像だとか…とにかく不思議な
ものがたくさんあって、それら一つ一つがこの部屋がエイラのものだと言うことを主張していたのに、
それらが何ひとつ、もう、この部屋にはないのだった。

がらんどうになったその部屋は、何だか私の部屋によく似ている。無機質で空虚な、睡眠をとるため
だけの部屋。誰でも受け入れる代わりに、誰ひとり認めない。ただ人と人との移り変わりだけを期待
していたその居住空間は、私が荷物をまとめても何も代わり映えしなかった。強いて言えば窓の覆いを
なくしたせいで、ひどく明るくなったことくらい。
だから私は数日前に一度去ることになったときも、そしてつい先ほども、何の感慨も感じなかったの
だった。異分子であった私がいなくなってせいせいしたよ、と言われているような気がしていたたまれ
なくて、だから隣にある、エイラの部屋にやってきた。

どうしたの、と。

エイラが首をかしげた。どうしてそんなところにいるの。こっちに来ればいいのに。そう言って容易く私を
部屋の中まで誘う。たぶん昼間からそのままなのだろう、明かりをつけていない部屋は夜に近づくに
つれてだんだんと薄暗くなっていく。
だまってエイラのすぐ隣に座り込んで体を寄せた。エイラの肩に額を乗せてぎゅうと腕を抱きしめると、
確かに血の通ったエイラの気配を体一杯に感じることが出来る。どうしたんだ?と優しい、けれど落ち
着いた声でエイラは呟いた。悲しいくらいに、エイラは冷静だった。

さみしいと言ったらきっと困った顔をするんだろう。そんなこといったって仕方がないじゃないか、と優しく
私を諭すのだろう。
だって、明日にはもう、私たちはまたそれぞれの場所に戻らなくちゃいけない。

ガリアのネウロイは消滅した。この場所はもう、恐らくは安泰だ。
けれどネウロイの巣はまだ、世界中に点在している。それは、私たちの故郷にも。
だから戦わなくちゃいけない。守りたいものがある。取り戻したい場所がある。だから私はウィッチに
なったんだもの。芳佳ちゃんが思い出させてくれた。強い瞳で『守りたい』と繰り返す彼女に、私は何度
力づけられたことだろう。私にしか出来ないことがある。それを待っている人がいる。それなら、できる
だけのことをしたい。
そしてそれは多分、エイラも同じ。

アカギ-ウォーロックとの戦いの後、私たちは一度基地に帰還した。けれどそれはそこで再び過ごす
ためではなくて、今度こそ別れを告げるためだって、分かっていた。

昨日の晩はささやかながら祝勝会をした。私はピアノを弾いて、ミーナ隊長は歌を歌って。芳佳ちゃんの
料理は美味しくて、シャーロットさんとルッキーニちゃんは面白くて、ハルトマン中尉はにこにこしていて、
バルクホルン大尉は人が変わったように大笑いしていた。坂本少佐はいつものように私たちみんなの
肩を叩いて、わっはっはと元気な笑顔を見せていたっけ。
そして私のすぐ横にはエイラがいて、楽しそうに私のピアノに耳を寄せてくれていた。いつか『音楽なんて
わからない』とばつの悪そうな顔をしたエイラの、『でもサーニャのピアノは好きだ』という言葉がどれ
だけ私を喜ばせたか、結局言うことが出来なかった。でも嬉しかったんだよ、エイラ。そう思いながら私は
指を動かしていた。いつだったかエイラが好きだと言ってくれた曲を、エイラのために奏でていた。



そんな夢のような夜が明けて、今日。基地はとても静かだった。することと言えば荷造りくらいで、それも
一度済ませたようなものだからすることなんてほとんどなくて。けれども誰もはしゃぐ気持ちにはなれ
ないようで、ほとんど会話も交わさずにひたすら部屋にこもっているようだった。…と言うのは私がそう
だったからなので、もしかしたら他の人たちは誰かと一緒にいて、どこか別の場所で思い思いに過ごして
いたのかもしれない。

暗闇に落ちていく部屋の真ん中で、エイラは微動だにしない。何を考えているのかな?…普段から
ちょっと不思議なエイラ考えていることは、部屋の暗さで表情が隠れてしまうとますますわからない。

前にこの基地に別れを告げたときはただただショックで、突然だったから感慨にふけっている暇も
なかった。不安な気持ちを抱いたまま寝て起きて、たぶんエイラに導かれるままに列車に乗ったの
だろう。あの時はとにかく、心にも時間にも余裕がなかった。
でも、今は違う。今日一日たっぷりと、私たちには時間があった。余計なことをいっぱい考える時間が
有り余っていた。戦いに駆りだされる危惧もなく、訓練もなく、もちろん夜間哨戒のために眠る必要もない。
言付けられた予定もない、真っ白の一日。…そんなの、ひどく久しぶりだ。もしかしたらウィッチになって
からは初めてかもしれない。

目頭が熱くなってきて、エイラの私服であるパーカーに顔を押し付ける。鼻から大きく息を吸い込むと、
清潔な石鹸のにおいとその奥からする何だか優しいエイラの香り。
もう、こうすることもないのかもしれない。こうして二人で同じ部屋で、何をするでもなしに一緒に過ごす、
なんてこと。
だって、エイラはもう、この部屋の住人ではないのだ。悲しいくらい夜の暗闇に慣れた目は、いつもと違う
その部屋の様子を胸が締め付けられるくらいに伝えてきた。

「なあ、サーニャ」
エイラがぽつりと口にする。なあに、と私は小さく答える。顔を押し付けているせいで何をしているかは
わからないけれど、きっと先ほどまでと同じように窓の外を眺めているんだろう。
「………月が綺麗ダヨ。見に行こうか」
うん。私はまた、短く答えた。
エイラとならどこまでも行きたい。そんな気分でさえ、あった。





空に行きたい、と。言ったら整備の人たちは二つ返事で了承して、一度は片付けたストライカーをすぐに
用意してくれた。いつもどおりの黙々とした作業だったけれど、こんなわがままを聞いてくれたことが
すごく嬉しくて何度もエイラとお礼を言った。あちらはと言うとつばを掴んで頷くだけだったけれど、たぶん
そうでなくてはいけないのだろうから仕方がない。

慣れた手つきでストライカーを装備して、飛び上がる。このために先ほど着替えたいつもの軍服は、
まだ体温を返してはくれなくて少し肌寒い。

「懐かしいな、」
くるくると回りながら、エイラが言った。何を?首をかしげると「ほら、ミヤフジと一緒に夜間哨戒にやった
ときのこと」と言う答えが返って来る。まだ1ヶ月もたっていないのに『懐かしい』なんて思うのはひどく
おかしな感覚だったのかもしれないけれど、確かにエイラの言うとおり、想像したら懐かしさがこみ上げた。

「…て、つなぐ?」
「な、なんでダヨ!!」
「…つながない?」
「………つなぐ。」



エイラが近づいてきて私に手を伸ばしてきた。私はその手を組むようにぎゅっと握り締める。
月の光の前に明らかになっているエイラの頬はほんのりと赤くなっていて、けれど目が合ったらすぐに
逸らされてしまった。大丈夫だよ、私もきっと、同じ顔してるよ。そういつも言いたくなるのだけれど、私も
恥ずかしいから言えない。

きょうだけだかんな、って、言って欲しかった、なんて。
言えるはずがない。言ったらたぶんエイラは悲しい顔をする。そしてたぶん「ごめん」とだけ言う。
だってエイラがそう言うのは、私がまた同じことをすると知っているからだ。夜間哨戒のあとはエイラの
部屋で眠るし、服も散らかすし、寂しいと思ったら傍によるし、構って欲しかったら服を掴む。…もっとも、
エイラはそれらすべてを私の無意識の行動だと思っているようだけれど。
もう、そうしてエイラにわがままを言うことなんてない。だからエイラはその言葉を言わない。今日で
最後だから、何をしても許してくれるつもりなのかもしれない。

そう、今日で、全部、最後だから。

「…ラジオ、聞かないのか?」
尋ねてきたから首を振った。そして答える。
「…今日は、いい」
「…そ、そっか」
「エイラと、話したいから」
「………ウン。」
つないだ手が少し強まって、エイラのほうに引き寄せられた。それは無意識のものなのかもしれない
けれど、それだけで私は飛び上がりそうなほどに嬉しくなる。
私がこうして遠くの電波を拾ってラジオを聞くことが出来るのを、一番最初に話したのはエイラにだ。あれ
は二人で一緒に夜間哨戒に出掛けた初めての夜のことだった。

「今でもよく覚えてる。スオムスのラジオが聞こえた」
「…うん」
「嬉しかったんだ、スゴク」
それは本当に、偶然だった。あわせた方向と、その波長が彼女の故郷のものだったのだ。どんな内容
だったのかなんてもう覚えていないけれど、ただ、エイラがすごく嬉しそうに笑ってくれたことだけは
覚えている。そして、今もそれは変わらない。私がおどおどと差し出すすべてを、エイラは本当に嬉しそう
に受け取ってくれる。

ひとつきっかけを導き出したら、あとはぽろぽろと、零れ落ちるように思い出が頭の中に蘇ってくるの
だった。エイラと出会ってから、私はたくさん笑った。たまにちいさなちいさな諍いを起こしては二人で
落ち込んだりもしたっけ。
それはちがうよ、とか、あれはよかったよね、とか。紡いできた思い出一つ一つを刻む込むように語り
合った。どれもこれも思い出話でしかないのに、まるで昨日のことのようにさえ感じるのが不思議だった。
ふふふ、あはは。笑い声が夜の風に溶けていく。こんなに楽しい夜の空は初めてだわ、と強く強く思う。
尽きることを知らない話題に、もしかしたら永遠はあるのかもしれないと思った。

「それで──…」
けれど、そんなことはなくて。
何かを言いかけたエイラが途中で口を止めて、うつむいた。それだけでなんとなく分かる。ああ、もう話す
ことがなくなってしまったんだ、と。私たちの『いままで』の話はすっかり終えてしまった。『いま』は一瞬で
過ぎてしまうから、残る話題はもうひとつしかない。

「…──それで、サーニャは、どこまで遠くのものを見渡せるの?」
ああ、やっぱり。不意に話題が提げ返られる。伺うような物言いがひどく切ない。
「…わからないけど、ずっとずっと、向こうまで」



坂本少佐にかつて『お前なら地平線の先まで見えるだろうな』と言われたことがあった。実際に地平線の
向こうからネウロイが来た事なんてないからわからないけれど、たしかに私の索敵範囲はとても広い。
ネウロイほど大きくて、特徴だったら、少佐の言うとおりそれこそ地平線の向こうにあっても見つけることが
出来るのだと思う。

「…そしたら、離れテテも、私のいる場所、わかるかなあ」
そのつぶやきはとてもとても小さいものだったから、エイラは私に呼びかけたつもりはなかったのかも
しれない。けれど、どんなに離れていても耳の中に取り付けられた通信機はどんなに小さな声も相手の
耳元に届けてしまうことを、エイラは失念していた。それはつい先ほどまで普段と何も変わらない、
むしろ普段よりもよっぽど落ち着いた様子であったエイラがこぼした、初めての弱音だった。

つないだ左手に力を込めて、軽くこちらに引き寄せる。はっとしたらしいエイラが「聞こえチャッタ?」と
恥ずかしそうに尋ねてくる。つないだ手を更に強めることで、私はそれに答えた。
けれど、エイラの呟きには答えない。答えることなんて出来ない。確かに私は魔法を使えばどこまで
だって見られる。けれど『どこ』に『なに』があるかなんて詳しいことはわからない。私に分かるのは
『なんだかわからないもの』が『どのあたり』にあるか、と言うことくらいだ。それはネウロイを見つける
のにはとても役立つけれど、人探しには全く向いていない。

わかるよ、エイラのことなら、どこにいても。
たとえ嘘でもそう言うことが出来ればエイラは微笑んでくれたのかもしれない。けれど私には言えな
かった。そんなこと自分にはできないと、実感するのが嫌だったから。
これからふたり、別々の列車に乗って。これからふたり、べつべつの場所に戻っていって。そして
これからふたり、また以前と同じように、別々の人生を生きる。もしかしたらどこかで偶然会えるかも
しれないけれど、遠く遠く離れてしまったらこれからは『今まで』どおりではいられない。

これから、これから、これから、これから。

『今まで』を全部話し終えて『今』を生きている私たちに残されているのはもう、『これから』の話題しか
なかった。これからどうする?なにをする?…けれどどんなにそれを口にしたって、その未来にエイラは
いない。これまで当たり前のようにすぐ傍にあった日常はもう壊れてしまったから、新しく組みなおす
しかない。私に、それが出来るだろうか。出来なくてもごまかして生きていくしかないのだけれど。

固く重ねあわされている手と手で、体温が通い合っている。まるでその部分が融けてふたつ、一緒に
なってしまったかのような感覚に陥る。
空を飛ぶことにすっかり慣れてしまっている私たちにとっては、その手の先にある相手の存在は手かせ
にしかならない。あの夜の芳佳ちゃんのように夜の空に怯えることなんてないし、ひとりきりのほうが
ずっと自由にこの空を飛びまわることが出来るから。
けれど、この手を離すことなんて出来るはずがなかった。だって離れたくなかったから。離れたくない
から、離したくなかった。

離れ離れなんていや。一緒に逃げてしまいたい。ネウロイのことなんて考えなくたっていいような遠い
遠い場所で、穏やかに二人で暮らすの。
そうできればどれだけ幸せだろう。私の胸は今、そんな気持ちで一杯だ。たぶん、エイラだってほんの
すこしでも、そう思ってくれているのだと思う。
けれど私たちはそれをあえて口にはしなかった。叶わないと知っていたから。叶えてはいけないと
知っているから。私たちがこのブリタニアに来たのはお互いに出会うためじゃない。戦うためだ。そして
それはまだ終わっていない。

今この瞬間にも、ネウロイの襲撃に怯えている人たちがいる。しかもそれは自分たちの故郷で。
それを分かっていてすべてを放り出せるほど私たちは子供じゃなかった。自分たちの今一番しなければ
いけないことぐらいわかっていた。
…でも、すべてを割り切って、何食わぬ顔で別れを告げられるほど大人にも、なれなかった。
もしかしたらエイラは努めてそうしようとしていたのかもしれない。感情をひけらかすと悲しくなると知って
いたから、冷静であろうとしていたのかもしれない。たった1歳の差でしかないのに、エイラは不意に
私よりもずいぶんと大人びたところを見せ付ける。



沈黙が、二人の間を通り抜けていく。月だけが清かで、いつもと何も変わらない。
遠く遠く離れていても私たちは同じ空を見上げて、飛んで、同じ月を見ることが出来るのに。…どうして
私たちはこんなにちっぽけで、一人では何も出来ないほど子供なんだろう。分別が分かるほどに
大人なんだろう。

「エイラ、お願いがあるの」
言いながら、体を寄せた。エイラは少し戸惑った顔をしたけれどもすぐそれを抱きとめてくれる。エイラの
体はいつだって柔らかくて温かい。なんだ?そう耳元で囁かれるとくすぐったくて、ちょっとだけどきどきする。

「ウィッチを引退したら、迎えに来て。…待ってるから、」
今の私にとって見たら、これが精一杯の告白だった。抱きついているせいでエイラの表情は見えない。
私の表情も見られていない。それはありがたいと同時に、もどかしくもあった。

「…おねがい。」

重ねて口にする。だってこうでもしないとエイラは私を縛り付けてはくれないだろう。私の心はとっくの
とうにエイラに絆されているのに、エイラはその臆病さと優しさで私と彼女とを結ぶ手綱を握り締めよう
とはしないのだ。
私は必死だった。彼女と自分とをつなぎとめておくための何かが欲しかった。形なんてなくたって良い。
たったひとつ、約束してもらえれば私はそれを頼りに生きていける。あえない寂しさにくじけたりなんか
しない。

耳を済ませてエイラの返事を待つ。なかなか耳に飛び込んでこない優しい声に、ひどく泣きたい気持ち
になったとき、突然強く抱きしめられた。ばかだなあ、と囁く声。
「そんなに待たなくたって、私が世界中のネウロイ全部やっつけて、会いに行くヨ。すぐに行ク。」
スオムスのエースをみくびるなよ。普段、冗談でだって自分が祖国のエースだとは絶対に口にしない
エイラがおどけたように言う。

ありがとう、とエイラが続けたのは、一体どうしてだったのかはわからなかった。
もしかしたら言ってはいけないのだと暗黙の了解になっている、あの言葉の代わりだったのかもしれない。

(大好きだよ、愛してる)

そう言葉に出来たらどんなに良かったろう。その言葉にエイラが応えてくれたなら私は天にも昇る気持ち
になれたんだと思う。けれどもそうして言葉にしてしまったら、もうこの人と離れることなんて出来ない
気がした。


戻ろうか。眠いだろ?尋ねるエイラの腕の中で、私は頷いた。本当はちっとも眠くなかったけれど、
エイラの体が少し冷えていたからそのほうがいいと思った。

「帰って、お風呂入って、寝よう?」
「……いっしょに?」
「…ウン、一緒に」

戻る部屋はもう、がらんどうだって分かっている。けれどもふたりでいっしょなら、たぶん満ち足りた
気持ちで眠ることが出来ると思った。
今日は最後の夜だから、ずっとずっとくっついていよう。どんなにエイラが恥ずかしがっても離して
なんてあげない。いくらだってわがままを言おう。いつものように無意識を装ってごまかしたりなんか
しない。私がエイラに出会えてどれほど幸せだったか、全部全部伝えたいのだ。

だって、きょうだけだかんな、の免罪符は、もう手札には残っていないんだから。



ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
列車が、心地よい振動を体に伝えてくる。
前に同じ列車に乗ったときは急ぎだったおかげで席がなく、「どうせなら空が見たい」と言うエイラの
意向で貨物部分に乗り込んでいたのだっけ。
けれども今回は比較的余裕があったせいか、私はエイラと二人でひとつのコンパートメントを割り当て
られていた。

「…眠イナア」
「…うん…」
ボックス状になった席の目の前に人はいない。荷物だけがぽん、と置かれていて、私のお気に入りの
ぬいぐるみがころんとひとり寝転がっていた。
ふわあ、と二人で大きなあくびをひとつ。なんだか気恥ずかしくなって少し、顔を合わせてお互いに照れ
笑いを浮かべる。

「…にしても隊長、ああ言う連絡はすぐにして欲しいヨナ…。『忘れてたわ、ごめんなさいね』って、出発
 したあとだったらどうするつもりだったんダヨー」
あの人もどこか天然入ってるよなー、なんてエイラがぼやくのは、今朝の朝一番にミーナ中佐が
にっこりと微笑んで私に手渡した一枚の書類が原因だ。それはいま向こう側の座席の上に無造作に
置かれてぬいぐるみの敷布団となってしまっている。
そこには私の、スオムス戦線への転属命令が書されているのだった。つまり私は今、エイラと一緒に、
エイラの故郷であるスオムスに向かっている。

口を尖らせているエイラとは逆に、私はそれからずっと頬が緩んでいて仕方がなかった。だって、
エイラの生まれた国に行って、エイラとまた、一緒に過ごせる。一度は失うと思った幸せが、今私の
すぐ隣にあるのだ。今の私だったら地平線の向こうはおろか、裏側までも見渡せるかもしれない。
上手く言葉に出来ないから何も言わないけれど、内心ではそれほど舞い上がっていた。

「アー、モー、落ち込んでソンした!!」
「…エイラ、落ち込んでたの?」
「あああ、あたりまえダロッ!!」

失言したとばかりにどもって、そむけるエイラの顔は真っ赤だ。と、それと同時にまた体を離そうとした
ものだから私はさらに窓際のエイラに身を寄せる。もう際の際にまで追い詰められてしまったエイラに
逃げ場はない。
私に抱きしめられていない左手で照れくさそうに頭をかいている。さみしかったよ、そりゃあ。もごもごと
付け足される言葉を何よりも聞きたかったのよだなんて、エイラは知らないだろう。

「でも、わたし、うれしかった」
昨日の晩のエイラはいつもよりもいっそう優しかった気がする。してくれたことも、掛けてくれた言葉も、
すべてすべて私の心を温めて溶かして、更に注ぎ込んで勇気付けてくれていた。
「いまも、すごく、うれしい」

とろとろと眠気が襲ってきて私はエイラの膝の上に頭を乗せて体を半分横たえる。ビクッとエイラの体が
跳ねて、下からその顔を見上げたら真っ赤で泣きそうな顔だった。だけどちょっと、微笑んでいるようにも
思える。

「き、きょうだけダカンナ!!」

私のすべての行動を許す免罪符を、再びエイラは口にする。次があると知っていながらも、『今日だけは』
許してくれる。
うん、また、明日も、あさっても、これからも、ずっとそうして私のわがままを許してね。
あやすように額を撫でる大好きなその手の甲を取って、何かを誓うように唇を寄せた。


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