もしサーニャがゲルトの部屋に間違って入ったら
どさっと誰かが布団に倒れ込む音と同時に肩に何か当たって私は目を覚ました。
「なんだ、エーリカ。いくらベッドに行きつけないほど片付いてないからといって
、ここで寝るな。自分の部屋へ行って……」
寝返りをうった私の目の前にある頭は、エーリカの明るい金色の髪ではなく、
雪を思わせる銀色に輝く髪だった。
「なっ!」
起きあがると顔をあちらへ向けすっかり眠り込んでいる
サーニャ・リトヴァク中尉の横顔が見えた。
「部屋を間違えたのか……」
ドアから彼女の通ったベッドまでの道は今まで着ていただろう制服が
点々と落ちていた。
中尉にしては意外だった。
まるでエーリカみたいだ。
彼女はピアノも弾けて、もっときちんと整理整頓ができる深窓の
令嬢だと私は思っていたんだが。
いやいや、それはこちらの思い込みというものか。
起こすべきか、それとも起こさず寝させておくべきか?
幸いもう朝だ。私は朝の訓練に行かなければならない。
その後は朝食にそのまま行くし、自分の部屋に戻るのは昼ごろになろう。
起こすのはそのときでもかまわないか。
夜間哨戒から戻ってきて、せっかく眠りについたんだ。
また起こしてしまうのは可哀想というものではないか。
それにしてもだ。
中尉は夜間に活動しているだけあって日の光を
浴びてないせいかとても白い。
そして華奢だ。
人に言わなければ、誰もネウロイと戦うウィッチーズ隊の一員とは思わないだろう。
ふとピアニストの手はどうなってるんだろうと変な疑問が浮かんで
布団から出ている彼女の手を見てみた。
白くて細くて指が長いきれいな手だった。
まるで何かの芸術品みたいだ。
彼女はもしかして大理石で出来てるんじゃないか?と一瞬頭に浮かんだ。
まさか。
そう思って恐る恐る彼女の手に触れてみる。
温かい。
やっぱり人の手だ。
変なことを考えた自分が馬鹿らしくなる。
ガチャッとドアの開く音がした。
「と、トゥルーデ!」
「!」
部屋の前にはドアを開けて、部屋の様子に驚いたエーリカがいた。
「トゥルーデ、ひどい!私というものがありながら!」
「ちょ、ちょっと待て、エーリカ。なぜそうなるんだ?」
「トゥルーデなんて知らない!」
エーリカはダッとかけ出すと部屋の前から去っていった……ように見えたが。
「エーリカ、ドアの影に隠れてるのはわかってるぞ」
「あ、ばれた?」
エーリカは隠れたドアからひょこっと身を出した。
「一体なにしに来たんだ、おまえは?」
「トイレに起きたんだけど、一人で寝直すのもつまんないかなと思って」
「……もう朝だぞ?」
「まだ6時。充分寝直せる時間だよ」
そう言うとエーリカはあくびをした。
「でもさ、中尉、よく寝てるよね」
言いながらエーリカは寝ている中尉の肩当たりをつんつんとつつく。
「こら、せっかく寝てるんだからやめろ」
「ふーんだ。トゥルーデは私が一緒に寝よって言うと自分の部屋で寝ろって怒るくせに」
さらに中尉をつつく。
「わかった、わかったから!」
「なにがわかったんですかぁ、バルクホルン大尉?」
「今日の夜は寝ていいから……ここで」
私の言葉にぱっとエーリカは笑顔になった。
「わーい、トゥルーデありがとう!」
まったく現金なヤツだ。
「あ、そうだ」
「今度は何だ?」
エーリカはぐいっとこちらに顔を近づけた。
「さっき中尉の手を握ってたけどなにしてたの?」
「へ?」
「襲おうとしてたとか?」
「な、な、なにを言うか!た、単にピアニストの手がどうなのか気になって……」
「だと思った。トゥルーデにそんな甲斐性ないもんね」
エーリカはくすくすと笑った。
「あとね、言い忘れてたけどユーティライネン少尉が中尉を探してたみたいだよ?」
私は服を着替え、リトヴァク中尉を探して基地内をうろついていた
ユーティライネン少尉を呼んだ。
彼女は手慣れた様子で中尉を起こして服を着せ、半分に眠ったような
中尉を操り人形のようにして手をつないで去っていった。
「起こせばよかったのか……」
「わたしがつついても全然起きなかったよ?なにか起こし方とかあるのかな?」
「さぁ……」
「やっぱり愛の力とか?」
「愛の力?」
「鈍いなぁ、トゥルーデは」
なにが鈍いんだか。
エーリカはくるりとこちらを向き期待に満ちた目を向ける。
「で、今日はトゥルーデの部屋で寝ていいよね?」
「……明日は自分の部屋で寝ろよ」
「えー!明日もー」
「だめったらだめだ。それよりもせっかく起きたんだ、訓練していくか?」
「いいよ。遠慮しとく」
『訓練』の言葉にそそくさとエーリカは逃げ出してしまった。
あれでカールスラントのエースだというのだから、まったく。
「さてと」
服を直し、私は部屋を出た。
窓から見える外はいい天気だ。
きっと空を飛ぶととても気持ちがいいに違いない。