学園ウィッチーズ 第13話「救出」
担いだ人々を安全な場所に下ろしたエイラは、空に上がり、岩でつぶされ、土砂でふさがれたトンネルに絶句し、降下しようとするが、ミーナが痛いぐらいに腕を掴んで、引き止めた。
「離せよ! まだ中に人が……、バルクホルン先輩がいるんだぞ!」
エイラは、そう言った瞬間、ミーナの表情が悲痛に包まれるのを見て取って、口をつぐんだ。
ミーナは、エイラに悟られまいとするように、表情を引き締めた。
「……必ず、助けるわ。でも、まずは私たちが冷静にならなければいけないの」
エイラの腕からミーナの手が離れる。
雨に混じり、遠くから一同を呼ぶ声がして、振り返ると、雨を弾きながら、ビューリング、そして、手を振りながら、芳佳が近づいてくる。
異常に気づいたビューリングは芳佳を追い抜き、ミーナの前で止まる。
「バルクホルンはどうした」
トンネルに視線を向けるミーナに、ビューリングは冷静に言う。
「埋まってから何分だ?」
「5分です」
「バルクホルンのストライカーの波長は感じるか?」
「ええ、彼女はまだ生きています」
まったく視界の利かない暗闇の中で、ゲルトルートは、目を覚ます。
落石でも当たったのだろうか、額に冷たい感触があり、片方のまぶたは痛みで開かない。
インカムは抜け落ちてどこかへいったようだった。
片足は、ストライカーが壊れ、脱げたのか、実体化している。
もう片方のストライカーは生きているが、反応は微弱。
右腕は、いや、右肩は、外れたのか、気がついた途端、痛みが伝わり始め、ゲルトルートは顔をゆがめる。
両手に温かい、しかしながら、震える肩の感触を感じる。
子供たちが、ゲルトルートにかぶさるような状態でしがみついていた。
「二人とも、無事か?」
ゲルトルートの優しい声に、子供たちは泣くのを押し殺したような声で無事だと答えた。
手探りでポケットの中からマッチを取り出し、子供に渡すと、子供はもたつきながらもマッチに火を灯した。
小さな火ではあったが、ゲルトルートは状況を確認する。
トンネルの両側は土砂でふさがれ、落石もあったのだろう、足の向こうには、トンネルを貫くように落ちてきた岩が居座っており、天井に空いた穴は他の岩が塞ぎ、今のところ、抜け道は見当たらなかった。
火が消え、子供たちはまた慄き始める。
幸い、空気はまだあるようで、ゲルトルートはひとまず安心し、子供たちに語りかけた。
「いいか。今、トンネルの向こうには私の仲間たちがいる。だから、安心して待とう」
ゲルトルートは、動かせる手で子供たちの頭をなで、天井を――その先にいるはずであろうミーナを見上げ、目をつぶった。
「応援を呼んだ。揃ったらすぐに助け出す」
ビューリングが振り返り、他のウィッチたちに伝えると、ミーナの隣に並ぶ。
「バルクホルンの、より正確な位置の把握はできそうか?」
「美緒の能力とあわせれば…」
「よし。チャンスは一回だ」
と、ビューリングは移動しかけたが、留まり、ミーナの肩をつかむと、自分に振り向けた。
覇気のうせたミーナの表情に、ビューリングはわずかに唇を引き締めて、眉間にしわを寄せる。
「……そんな事では困る。仲間を、そしてなによりも、バルクホルンを信じろ」
ミーナは、ビューリングの言葉に目を見張り、そして、首を縦に振った。
「シャーリー、ハルトマン、落ち着かんか」
気が急いているのか、どんどん隊列から離れようとするシャーリーとエーリカに、坂本がインカム越しに伝えると、二人は顔を見合わせ、坂本の後列に戻る。
最後列のルッキーニがインカムを叩く。
「でも、急がないとバルクホルンが…」
「戦場でも災害現場でも冷静にだ。あと数分で着く。それまでに心を落ち着けておけ」
ルッキーニの隣にいるサーニャは言葉を発さず、じっと坂本の言葉に聞き入って、前方を見据えた。
ビューリングは、トンネルの周りを飛び回り、観察する。
落石はトンネルの中間あたりに穴を空けながらも、土砂をせき止めている。
落石を排除すれば、すぐにでもトンネルには入れそうだが、山の土砂はまだまだ余力を残しているといった様子で、落石を取り除いた瞬間、あっという間にトンネルに流れ込むであろうことは容易に予想ができた。
落石の排除は難なく行えるだろう。
しかし、土砂は……。
ビューリングは、止みそうにない雨を恨めしそうに見上げ、つぶやいた。
「必ず成功させる…」
ゲルトルートは、体中の痛みに耐えながら、考えをめぐらせる。
ストライカーはまだ片方は生きている。
トンネルは、両側を土砂で塞がれているし、出口になるとすれば、トンネルの天井に突き刺さるように落ちた岩が作った穴からだろう。
片手は無傷で、まだ動く。
「そばにいると約束したばかりなのだから、守らねばな…」
ゲルトルートは、拳を握り締めた。
坂本達が到着し、ミーナはさっそく、彼女と手をつなぐと、ゲルトルートの正確な位置の把握をし、ビューリングに伝えた。
「彼女は、あの岩の真下付近にいます」
ビューリングは、その言葉を聞くと、一同を一列に並ばせ、声を上げた。
「作戦は単純だ。土砂をシールドでせき止めつつ、岩を排除し、トンネル内の残りの3人をただちに救出して離脱する」
エイラが、眼下の家々に目を向けた。
「住人は避難させたのか?」
「避難については醇子たちに任せてある、安心しろ」と、坂本が差し挟んだ。
「よし、質問はもうないな? それでは、ルッキーニ、サーニャ、エイラ、宮藤の4人は、土砂崩れに供えてシールドを張ってくれ。
坂本、ミーナ、ハルトマン、リーネ、ペリーヌと私は岩を排除するぞ。シャーリー、お前は岩の排除が済んだら直ちにバルクホルンと子供たちを確保しに行け」
シャーリーの表情に緊張が走り、不意にミーナの横顔に目を向けるが、気づいたミーナから逃げるよう、また前を向いた。
「では行くぞ」
ビューリングの号令とともに、ウィッチ達がトンネルに向け、降下を始め、それぞれの位置につく。
一番外側に、ルッキーニ、サーニャ、エイラ、宮藤の4人が立ち、シールドの展開を開始する。
彼女たちのシールドを確認し、坂本、ミーナ、ハルトマン、リーネ、ペリーヌそしてビューリングは、岩に手をかけ、ストライカーの出力を上げ始めた。
シャーリーは彼女たちを見上げる位置でホバリングし、イメージトレーニングをしながら、岩の排除を待つ。
岩が徐々に持ち上がり始めるが、それにより崩れた均衡が、ただちに土砂に侵攻を許し始める。
シャーリーがインカムに向け叫ぶ。
「おい。ひとまず私も加わったほうが…」
「だめよ。あなたには万全の状態でいて欲しいの」と、すかさずミーナが伝えた。
シャーリーは、場違いながらも、昼間の、ミーナへの態度に恥ずかしさを覚える。
この人は、どこまでも、仲間を、あいつを――それなのに、私は。
シャーリーが口を開きかけると、インカムからミーナの戸惑いの声が響いた。
「トゥルーデのストライカーが!?」
トンネルから魔方陣がつき出し、岩が一気に持ち上がり始めるが、大量の土砂も同時に滑落する。
ルッキーニ、サーニャ、エイラ、宮藤の4人は持てる限りの魔力でシールドを張り、持ちこたえた。
岩がさらに持ち上がり、トンネルから離れると、岩を下から持ち上げるゲルトルートが姿を現す。
子供二人を背にかかえ、左手と片方のストライカーだけで上昇をする彼女はじっと目をつぶったままだった。
シャーリーは、その姿につばを飲み込んでしまうが、我に返り、すかさずミーナの後ろに回った。
「シャーリーさん!?」
「ここは任せて、早く下にいるあいつを!」
ミーナは、シャーリーがなぜ自分と代わったのか、考えかけたが、それどころではないと判断し、言われたとおり、岩の下に回り、ゲルトルートと子供たちをかかえた。
顔を血だらけにしたゲルトルートに言葉を失いながらも、温かさの残る彼女の体を抱き寄せ、子供たちに笑顔を向けた。
「確保しました!」
ミーナの声を合図に、岩を持ち上げたウィッチたちは、岩を移動し、ビューリングが叫んだ。
「離脱しろ!」
シールドで弾き損ねた土砂を受け、体をどろどろにしながら、ルッキーニ、サーニャ、エイラ、宮藤の4人は離脱した。
その途端、土砂がトンネルを丸々飲み込み、そして、止まった。
一足先に地上に降り立ったミーナは、子供たちを下ろし、ゲルトルートを横たえる。
残ったストライカーが、足から離れ、ミーナはゲルトルートの頬を撫でた。
「……トゥルーデ、目を開けて」
指先で触れた首もとの脈はきわめて弱い。
ゲルトルートは、だらりと首をたらす。
ミーナは、ゲルトルートの上着のボタンを外すと、心臓マッサージを施し始めた。
ミーナ以外のウィッチ達が降り立ち始め、ストライカーを外すと、駆け寄ってくる。
ビューリングが膝をつき、ミーナを見やる。
「もうすぐで車が来る。それまで持たせるぞ。ペリーヌ!」
ペリーヌが自分で自分を指差し、戸惑いながらも、ゲルトルートを不安げに見つめながら、その場にしゃがんだ。
「ビューリング教官、治癒なら私ではなく宮藤さんが…」
「心肺蘇生は宮藤の治癒魔法よりお前のほうが適任だ。前に二回ほど、お前の魔法で心臓を蘇らせたことがあったろう」
「あ、あれは……。調整も難しいですし…」
「ペリーヌ、お前ならできる。訓練していたじゃないか」と、やってきた坂本が肩に手を置いた。
ペリーヌは頬を熱くし、ビューリング、ミーナに交互に視線を移す。
ミーナの、今にも泣き出しそうな、乞うような眼差しを無視できるはずもなく、眉を引き締め、ビューリングの腰元のナイフに目を向けた。
「着衣を切りますので、貸して下さい」
雨の中、ペリーヌは集中力を高め、ゲルトルートの胸元に手をかざし、ささやくように、魔法の言葉を唱えた。
ゲルトルートの体が大きく跳ね上がり、彼女は苦しそうに咳き込み、うっすらと、片目を開き、ぼけた視界の中にミーナを見つけると、安心したように、目をつぶる。
ミーナは、すかさず脈を診て、周りのウィッチに向け、微笑んだ。
第13話 終わり