北アフリカ1944 陽炎のミーティア
正直な所、実は結構ずっと悩んでた。
飛ぶ事は好きだし、中でもスピードの限界に挑戦する喜びは何者にも変えられないと思ってる。
でも、考えてみるとあたしにはそれだけだったりするんだよな。
航空機動歩兵としてはどうなんだろう?
P-51Dの高性能ぶりに助けられている癖に、501の尉官以上クラスの中じゃ撃墜数は一番少ない。
カールスラント組と自分を比べようとなんて真似は出来ないけど、実際の所ペリーヌやサーニャ、ルッキーニよりも撃墜数が少ないのは事実だ。
大尉って階級だって、多分にリベリオンの影響力のおかげだろう。
私にはスピードがある。
でも、スピードしかない。
で、そんなあたしにだってプライドがあるから、弱気な事は言えない。
相棒に打ち明けたらどうだろうと何度か思った事もある。
あいつの事だから笑い飛ばして気にしないんだろうけどさ……。
まぶしく輝く太陽の横に立ち続けるってのは、意外と気力の要る作業なんだよな。
そんな想いは、501が改選した後にここ北アフリカに転戦した後でも変わらなかった。
「ねぇねぇシャーリー、テスト飛行だって~、付き合って~」
そんなことを考えつつ物憂げに日光浴をしていると一緒に転戦したルッキーニが来た。
にゅは~、とかいつもの良く分からない言語というか擬音を発しつつあたしの胸にダイブ。
「おっと、コラコラ。そこに飛び込まれたらあたしが立てなくなっちゃうだろ~」
「飛ぶ前の景気付け~」
いつものじゃれあい。
これであたしも元気を貰ってたりする。うん、やっぱり太陽の近くってのは暖かくっていいもんだ。
ルッキーニの明るさもたいしたもんだよな。
「はいはい、お二人さん。じゃれ合うのも良いんだけど回りに気を使ってよね」
あたしの頭の上から声がかかる。
「ん? ああ、マルセイユ大尉か。いーじゃない、減るもんじゃないし」
「減らないけど増えるのよ。ホラ」
と親指で遠くの方を指す。
柵があってこの区画は男子禁制になってたりはするんだけど、その向こうから双眼鏡でこっちを見てるロマーニャの歩兵分隊がいた。
こちらから見たのに気付くと連中は慌てて解散して行った。
「ただでさえロマーニャの連中には苦労してる上に、あんたのおっぱいは大人気なんだからもうちょっと自重しなさい」
「アハ、ウチの連中はあれが生きがいだから仕方ないよ~」
「別に実害があるわけじゃないだろ~」
「航空機動歩兵は尉官以上で固めてるけど、陸の連中はそうも行かないのよ。気の弱い下士官だと小隊指揮官より階級低かったりもするからね」
マルセイユ大尉が眉間に皺を寄せて言う。
「あなたの痴態で増えたリビドーを放出する先がそうなったら、まずいでしょ」
「ハイハイ、わかったよ~」
ったく、カールスラントの連中はハルトマン以外みんな堅物だな。
「別にわたしは堅物なんかじゃないわよ。ロマーニャとリベリオンが柔らかすぎるから相対的にそう見えるだけ」
む、思考が顔に出てたか?
「考えが顔に出てたとかじゃなくて、こういう台詞を言ったときの一般的に抱くだろう感想を口にしてみたのよ。ふふん、図星?」
ま~確かに、バルクホルン辺りと比べるとこいつはいろいろ冗談が通じそうな雰囲気とかあるんだけど、真顔で言う辺りその辺りの間合いがつかみ難くて困る。
「あーあー図星だよ。あとアンタが堅物なんかじゃ無いってのも分かったさ。よし、行こうルッキーニ」
「アイアイサー」
小言に来たマルセイユ大尉から逃げるように、あたし達はハンガーへと向かった。
途中、ルッキーニが唐突に口を開いた。
「ティナさんいい人だよ~」
「ん?」
一瞬誰だろうと思ったけど、ティナていうのはさっきのマルセイユ大尉、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユの愛称だ。
着任間もないあたしとしてはまだその愛称で呼ぶほどの仲じゃないと思ってたんだが、ルッキーニの順応性はほんっとに高いな。
「さっきね~、二人でトロピカルジュース飲んだ~」
むむむ? 二人でって!?
「喉乾いたたって言ったらマティルダさんが用意してくれたのっ」
にぱっと笑いながらルッキーニが楽しそうに言う。
「もしかして、一つの器から二人でストローさして飲んだのか?」
なんとなくトロピカルジュースと言うイメージから引っかかるものがあったんで一応確認してみる。
「にゃっは~。シャーリー大当たりぃ!」
くっ! マルセイユめ! なんて羨ましい事をっ!
「ルッキーニ! 今度はあたしとトロピカルジュースだ。約束だぞっ」
「うんっ! そう言うと思った~」
するとルッキーニはあたしの腕に絡み付いて胸に頬を寄せながら、
「だからシャーリー大好きっ!」
と言った。
っていうかあたしもしかして乗せられたか? ま、ルッキーニに乗せられるならいっか。
格納庫についたあたしとルッキーニは、それを見ると微妙な気分になった。
ロマーニャの新型飛行脚の北アフリカ環境でのテスト、との事でルッキーニが飛ぶ事になっていたんだが、止めたくなった。
ユニットは木で出来ていた。
しかも、仕上げが悪いのか所々木が反ったり歪んだりして、合わせ目があっていない様にも見えた。
これ飛ぶのかよ? と聞いてみたけど技術者は大丈夫の一点張りで、木製のストライカーの利点について主張するばかり。
「ま~、頼まれてOKした試験だし~飛ぶよ……」
明らかに楽しくなさそうなうんざりしたルッキーニの一言でとりあえず飛行する事にはなったけど、地上からの支援だけじゃなくてあたしの同行をとりつけた。
「あたしも一緒に飛ぶからさ、ストライカーに不安があってもいいから思い切りぶん回して、さっさと評価を終了しちゃおうぜ」
「ウンッ」
飛び立つ空は快晴。
アフリカの日差しは強いし、砂漠の砂にはうんざりさせられるけど、澄み切った乾いた空気は最高に気持ちいい。
はずなんだけど、ルッキーニの危なっかしい飛行を見ていると気が気じゃなかった。
「アゥゥゥゥジュジュジュ……フニャっ…………ンヌヌヌヌ……」
通信機越しに聞こえるルッキーニの擬音は、相当難儀している事をあたしに教えていた。
「おいルッキーニ、ぜんぜん飛行が落ち着かないぞ。降りた方がいいんじゃないのか?」
「ウジュジュ、大丈夫っ! これくらいあたしなら乗りこなすっ!」
あ~、ちょっと意地になってるな。
ルッキーニ、いくらお前が天才でも飛行脚の体を為していない物を乗りこなせないのは恥じる事じゃないぞ。
と思ってもルッキーニの気持ちも分かるので口には出さない。
大体、物事をはっきり言うあいつが嫌だと言ってないって事は、なんだかんだでこの状況を楽しんでたりもするんだろう。
だからあたしにできる事は、あれがいきなり壊れて飛べなくなった時にルッキーニを助けたり、ツマンナイと言い出したルッキーニをエスコートして連れ帰ったりする事くらいだよな。
そう思いながらよく観察していると右の翼が異常なフラッターを起こしている。
「ルッキーニ、右翼が変だぞ」
「わ、わかってりゅりゅりゅっ」
翼の振動につられてルッキーニがバランスを崩し始める。
あたしがフォローに入ろうと距離を詰めた瞬間、それは起こった。
フラッターが激しすぎて思わぬ右ロールを打つルッキーニ。
そしてロール中に不規則な振動をしながら右ストライカーが左のそれと接触。
一瞬の後に右ストライカーユニットの外板が剥がれ魔道エンジンが脱落。
左だけになったストライカーユニットのトルクに引きずられ、右ロール状態から左ロールへと急激に転換。
あっという間に失速して錐揉みに陥る。
刹那の出来事だった上に発生したロールの鋭さにフォローの判断が遅れたあたしは、急激に高度を落とすルッキーニを追いかける羽目になった。
「ルッキーニッ!」
飛行が不安定で高度を上げられていなかったのが災いし、あっという間に地上が迫る。
あたしは迷わずに固有魔法の高速機動を発動した。
全身を魔道エンジンから溢れた淡い色の青い輝きが包み、世界が減速する。
いや、あたしが加速している。
高速化対応し、視界も変化する。
彩度を失い、モノトーンとなった世界の中で急速にルッキーニの体が迫ってくる。
手を伸ばす。
微妙なバランスをとりながらのアクション。
動作の中で末端部分が音速を超え、乾いた空気から水蒸気を搾り出して糸を引く。
あの時の感触を思い出す。
音速を超えた瞬間の、何物にも変えがたい爽快感。
今のあたしでは届かない、越えられない壁の向こうの領域。
でも、今手を届かせなければいけないのは、目の前でくるくる回りながら堕ちゆく小さなあたしの太陽だ。
そして手は届く。
だけど加速のつきすぎた状態のあたし達は立て直すだけの高度が無い。
「クッ……」
なんとか姿勢を水平に持ち込んでシールドを全開。
胸にルッキーニを抱え込んで背面から砂丘に不時着。
相当な衝撃を覚悟したんだけど、ルッキーニの方でもシールドをはってくれたお陰でたいしたダメージを受けずに済んだ。
「あはっ、ナイスフォローだ、ルッキーニ」
「それはこっちのセリフっ。助けてくれてアリガトね、シャーリー」
言いながらあたしのほっぺにキスするルッキーニ。
「ウジュ……すなっぽい」
「あっはっは。キスは基地に帰ってシャワー浴びてからだなっ」
「ウンッ」
「で、そこまで終わったらロマーニャの技術者連中に文句言ってやろうぜ」
「ウンウン、さすがにバラバラはないよっ! けちょんけちょんにいってやるっ!」
「うん、じゃ、帰ろうか。あたしのP-51Dはまだ飛べるからさ」
そういいながら、ルッキーニを抱えて立ち上がる。
「しゅっぱつしんこ~」
こんなひどい目の後でもルッキーニは底抜けに明るい。
あたしはそんな様子に安心しながら離陸すると基地へと向かった。
うん、撃墜数のことに目をつぶれば、やっぱりあたしってすごいウィッチだよな。
この加速の力があればいつか公式記録で音速だって超えてやれるさっ!
果たしてたどり着いた基地はシャワーどころじゃなかった。
幾つかの陸戦部隊駐屯地に対してネウロイの爆撃が行われているらしい。
既にマルセイユ大尉も他の航空歩兵も出撃済み。
帰還したあたし達にも出撃命令が下ったんだけど、
「イタタ……」
ルッキーニは左足の付け根を押さえてびっこを引いている。
さっきの急激な左ロールで傷めたようだ。
「ルッキーニ少尉は残って安静にしてろ」
「エ~、あたしも行く~」
案の定駄々をこねる。
「その脚じゃ無理だって。上官の命令って事でちゃんと従っとけ」
「ヴ~」
不満そうに頬を膨らますルッキーニ。そんな仕草も可愛いぞ。
「ささっと片付けてすぐ戻ってくるさ。だから脚治して待ってろって」
「きっとだよ。気を付けてね」
心配そうにルッキーニが見上げてくる。
その頭をくしゃっと撫でると少しだけ笑顔が戻ってくる。
「ああ、行ってくる」
そしてあたしは、慌しく装備を受け取ると青空へと飛び立った。
なんだかマーリンの吹き上がりが悪い。
さっきルッキーニを助けに不時着した時に砂を被ったのが原因かもしれない。
防砂フィルターつけてても半分砂に埋まっちゃ意味が無いか……。
戻ったらすぐに分解整備してやら無いとな~とか考えつつ回転を抑え気味にして巡航。
すると行く先に黒煙があがっているのが見えてきた。
被害がでてるのか、急がないと……。
この区画の救援に入ったのはあたし一人だったと言うことを思い出す。
さっきの固有魔法発動で魔力も消耗してるけど人の命には代えられない。
エンジンの調子を心配しつつ出力を上げていく。
近づくにつれ地上の様子も見えて来る。
対空戦車や対空銃座が間断なく火線を打ち上げ、立ち込める黒煙の中を車両や人が走り回っている。
良かった、基地はまだ無事だ。
どうやら歩行脚装備の装甲歩兵も少数ながら配備されているらしく、爆炎の中に青白いシールドも見え隠れしていた。
この分なら見た目の雰囲気よりも被害は少ないかもしれない。
よくがんばった。後はあたしの仕事だ。
心の中で陸の連中にGJと親指を立てつつ仕事に取り掛かる。
爆撃コースに入った中型のネウロイの鼻先に機銃を打ち込んでけん制。
こちらの目論見どおり相手は回避機動の為にコースを外れる。
そのまま背後につけて爆撃型ネウロイへの攻撃に入ろうとすると、地上掃射を行っていた護衛の小型ネウロイ数機が上昇してくる。
そちらに気をとられると今度は爆弾を投棄して身軽になった爆撃型が対空攻撃に移行。
敵は撤退に入りながらもあたしへの攻撃の手を緩めなかった。
あたしは数に物を言わせて順繰りに攻撃位置については離脱する小型機のせいで爆撃型への攻撃位置につけなかったが、小型機が地上掃射を続ける可能性がある限りは爆撃型への圧力を弱める事ができなかった。
もう少し基地から引き離すまではこれを続けるしかないか。
ルッキーニがいればどっちかを任せて余裕で全部叩き落とせるってのになぁ……と、愚痴ってもしょうがない。
エンジンの吹き上がりも悪くて瞬発力が出ない、一人ぼっちのあたしにできる事はけん制に徹して基地から敵を引き離す事くらいだ。
緊張を強いられる飛行が暫く続く。
無心で機動を繰り返し、火線を避け、隙を見て射撃位置につける。
地平線から黒煙を視認出来なくなるまで離れた所で攻撃の手を緩めて離脱。
案の定ネウロイもこちらを追っては来なかったんで一安心。
気がつくと陽は傾きかけていた。
「こんだけ頑張って撃墜0ってのは滅入るよなぁ」
一日中飛び回ってクタクタになった身体に「帰ったらルッキーニとシャワーでキャッキャッウフフ」だっ!と気合を入れて方位を確認しようとした矢先、エンジンが息をつき始めた。
オイオイちょっと待てよ。帰ったらしっかり整備してやるんだからこんな所でヘソ曲げるなよな。
と、文句を言っても始まらない。
どうにかしてエンジンの回転を上げようとするけどなんだか込めた力が空回りしているような感じだった。
徐々に高度が落ちて300フィートを割る頃には流石のあたしも焦ってくる。
「くっ……回れ、回れ、回れっ!」
ボフッ、と嫌な音がして煙を吹いた。
がむしゃらに魔力を注ぎ込んだのが災いしたみたいだ。
エンジンが息を吹き返したのはいいけど、同時に魔力供給過多に陥って弱っていた右エンジンがブロー。
何とか体勢は維持するもさっきからギリギリの飛行をしていたあたしとP-51Dはあっという間に高度を落とす。
地面が30フィートまで迫った辺りで覚悟を決めてシールドに集中。
そして、シールドが地面を削る途中でエンジンが止まり、シールドが消失する。
「!!!」
あたしは何十フィートも無様に砂丘をを転がり、半分砂に埋まって停止した。
「ぶはぁ、一日に二度も不時着なんてついてない」
本日二度目の不時着でズボンの中まで砂だらけ。
転がってきた方を見るとかなりいいかんじに砂をえぐった跡がついてる。
まぁあれだけ転がってちょっと体が痛い程度で済んでるんだから不幸中の幸いって奴かな。
そこではたと気付いた。
ぶちまけられた装備品が転がった後に散らばってる。
慌てて確認する。
通信機、無い。
コンパスも、無い。
これはちょっとついてないどころの話じゃなくなってきたぞ……。
あたしは途方にくれて夕暮れの空を見上げた。