無題
考え付いたらその場で行動してしまわないと気が済まない。次の瞬間には機会はもう失われてしまう
気がする。そう言う状態のことを猪突猛進と、私の国では昔から言う。前しか向いていないから、
右にも左にも曲がれない。猪のようにひたすらに、前へ前へと進むだけ。「あなたは本当にまっすぐ
ですね」と、その頃はまだそこまで親しくもなかった彼女に言われたことがある。年下の上官である
ところの彼女は私よりもよっぽど大人びた表情を浮かべて、まるで小さな子供を諭すかのように
そう言い放ったのだ。
今にして思えばそれはもしかしたら精一杯の嫌味だったのかもしれないけれど、私はさほど気に
留めなかった。たぶんいつもどおりに笑みを浮かべて、うっかり礼までも述べてしまったのかもしれ
ない。そう言う風に当て推量できるのは、直後の彼女の表情をよく覚えているからだ。「仕方のない
ひと」と言わんばかりに肩をすくめて小さく微笑んだ彼女のその顔は、歳相応に柔らかくてそれは
それは綺麗だったから。
それからまた時を経て、私と彼女との距離はそのころよりもぐっと縮まった。それは階級の近さや
部隊での立場上と言ったところもあるのかもしれない。それでもその、真面目で堅実な彼女の表情が
崩れて幼くなる瞬間を目の当たりに出来るようになったことは私にとっては何よりも幸福だった。
いつだって厳しく自分を律しているようでもあった彼女が、私がファーストネームで呼びかけた途端に
まるで重い外套を脱ぎ捨てたかのように甘えたような態度を示してくれることも、なんとなく、嬉しかった。
そしてたぶん、私も彼女に対してだけははばからずにわがままを言うようになったのであろうと思う。
今日一日の仕事を終え、部屋での瞑想を終えた後ふと彼女のことを思い出した。そう言えば今日は
まだ朝礼以外で顔を合わせていないなと思う。昨日書類がたまっているとこぼしていたから、今日は
一日それに追われていたのかもしれない。
会いたい、と思った瞬間と、自室をあとにした瞬間が多分、同じだった。
思い立ったらすぐ行動するばかりか、私は行動したあとに物事を思い立つのかもしれない。そうおどけ
て言ったなら、彼女はまた仕方のなさそうに笑むのかもしれないと思った。だってしょうがないじゃないか、
私は本当にまっすぐなんだから。
迷うこともなく通路を歩いていって、すぐに彼女の部屋にはたどり着く。ノックをすると向こうから、
『どうかしましたか』と仕事仕様の彼女の声。なんでもないんだが、と私は答える。
「何をしているところだ?」
「もう、寝ようと思って」
「そうか、わかった」
答えたのと、有無も言わさず扉を開いたのが、またしても同時だった。サイドチェアの上に据え置かれた
ランプがぼんやりとした明かりを放って、彼女の美しいシルエットを映し出している。
「やあ」
私は笑った。
「…こんばんは」
一拍置いて、彼女が答える。
「無用心だな」
「いま鍵をかけようと思っていたんです」
「その格好でか?」
「もう、すぐ、寝るところだったんです」
言いながらうつむくのは、羞恥に顔を染めているからだろうか。暗がりでよく見えないから、そう言う
ことにしておく。
ベッドの脇に立っている彼女は、彼女がいつも寝るときにそうであるようにその体に一枚の衣服も
身につけておらず──端的に言ってしまえば裸、だった。
「いけないな。鍵はきちんと閉めなければ」
言いながら後ろ手で、鍵を閉めた。がちゃん、と鍵の掛かる音が静かな室内にやけに大きく響く。
「誰かが入ってきたらどうするつもりだったんだ」
ゆっくりと部屋の奥に入り込んでいって、彼女の目の前まで行って。
顔を見やる。赤い瞳が戸惑いに揺れている。けれどどこか、何かを期待しているようでさえある。私は
それを、自分勝手にも前向きに捉えることにした。
「…こんな時間に、無理やり押し入ろうとするのなんてあなたぐらいだわ、坂本少佐」
「今は勤務時間外だ。階級付けで呼ばれるいわれはないぞ、ミーナ」
でも。
何かいい応えようとしたその唇を自分のそれを持ってふさぐ。歯列を舌で叩いて開くように促したら、
いとも容易く最後の扉は開かれた。舌を入れて更に深く口を吸う。どうしてって、そうしたいと思った
からだ。
唇が離れると、ミーナの瞳は潤んで熱っぽくなっていた。そのままへなへなとこちらに倒れこんで
くるのを見やってそれを抱きとめて、そしてそのまますぐそこのベッドに横たえる。
みお。ミーナが私の名前を呼んだ。よくできましたとばかりに軽く口付ける。離したら今度はあちらの
ほうから口付けてきた。
「どうしたの?」
尋ねる声は、何だか甘くて、幼い。それは私の耳が今どうかしているからだろうか。そんなことはどう
でもいい。私にはそう聞こえるんだから関係ない。
「なんのことはないさ」
笑いながら応えた。私の体の下で、一糸まとわぬ姿でミーナが荒い息をついている。これでもう一目
瞭然ではないかとさえ思う。
「君を抱きたくなったんだ」
それは当初の目的と多少ずれている気がしたが、それは非常に瑣末な問題のよう気がした。右手で
豊かな胸に触れれば、それはひどく柔らかく温かく心地よく手のひらの中で形を変える。別にどこかの
誰かのように大きな胸に対する特殊な嗜好があるわけではないと思うがこれは良いものだ。なにより
も、触れるたびに変わる表情が、びくりと敏感に震える体が、ひどくいとおしくていじらしい。
私もまた、ベッドに横たわってミーナと向かい合う。胸を揉みしだきながらその頂を指で引っかくと、
声にならない声を上げて彼女の体が大きくのけ反った。イッたのか、と尋ねるとぷいと顔がそらされて
しまった。その顔は真っ赤に染まっているのに、実際のところ彼女の手は私の首に回されていて、
離すまいとしているのだ。
それだから、やめて、と可愛らしい声を漏らしているその口は、唇でふさいでしまう。
「みお、み、お…」
そう繰り返す頃には彼女はすっかり出来上がっていて、甘くとろけた声でむしろ私を求めてきているの
だった。
普段は毅然として、それでも包み込むような優しさを持ってこの部隊を取りまとめているこの少女が、
夜はこんなにも乱れて可愛らしい姿を見せることを一体他の誰が知っているだろうか。誰も知りは
しないだろう。そして私も誰にも教えはしない。
すべすべの肌を堪能しながら、ゆっくりと片方の手を下のほうに伸ばしてゆく。すでに濡れそぼった
そこに触れたら、嬌声がひときわ大きくなった。いやいやと首を振って「やめて」とそこに触れる私の手を
押さえる。
「だめ、へんになっちゃ、う、から」
「なればいいじゃないか」
「や、そんな、はずか…あんっ」
残された手で顔を覆いながら、そんなことをいうミーナのなんと可憐なことだろう。こんな情事のその
最中に、彼女は一番幼く見える。
蜜壷に指を差し入れた。かきまわすと先ほどの口付けとはまた違う色をした水音が部屋中に響き渡る。
ミーナはと言うともう答える気力もないようで、私の指の動きに呼応してひたすら喘ぎ声を上げるだけだ。
その間にも口で彼女のふくらみのひとつを愛撫して、もうひとつのふくらみは空いた手で揉みしだいて
弄繰り回すことはやめない。彼女の体と来たらどこまでも柔らかで温かで心地が良くて、触れている
だけでもひどく快い気分になれる。
みお。
彼女がまた、私の名前を呼んだのでどうしたんだと口に耳を寄せた。触れるほどに近づけると、荒い
息が耳に掛かってぞくぞくする。
「わたしだけっ、はあ、こんなかっこう、で、ずるい、みお」
「ずるいも何も、君は最初からそうだったじゃないか」
「でもっ」
「…やれやれ、仕方がないな」
中に挿入していた指を抜いて、ふうとひとつため息をついて体を起こした。彼女の蜜で濡れた指を
一舐めするとミーナの顔がまた羞恥に染まる。
それから、私も衣服を脱いだ。寝巻き代わりの着物は、帯を緩めればすぐに脱ぎ捨てることが出来る。
「これでいいのか?」
答えを聞く前に、ミーナに覆いかぶさった。胸と胸、腹と腹、足と足。直接に触れ合うと、先ほどよりも
ずっと心地よい。膝を彼女の股間にこすり付けると熱い蜜で濡れた。切ないのだろうか、無意識に腰を
動かすミーナ。
私は再び右手を舌に下ろしていって、指をそこに挿し入れた。…今度は、二本。ひゃうっ、と言葉に
ならない声を上げてミーナが私にすがりついた。体と体とかこすれる。それがまた私に、恐らくはミーナにも、
快楽を連れてくるのだった。
「みお、や、だめ、わたし、もお…っ!!」
その叫びを以って、私は彼女の絶頂の近いことを知る。ぎゅうと体を抱きしめて、深く深く口付ける。
そして彼女の中にある指で、その天井を引っかく。
その瞬間、ミーナは大きな声を上げて、ぶるる、と大きく体が震わせて。
私の腕の中で、果てた。
*
小鳥のさえずる声が聞こえる。目を覚ますと空はすっかり白んでいて、朝の訪れを告げていた。
ああ、訓練に向かわなければならない。そう思って体を起こした瞬間、自分が何も身につけていない
ことに気がつく。そう言えばここは自分の部屋ではない。
視線をめぐらせて、最後になってようやっと、私は自分の傍らにある温かいものを見やった。灯台
下暗しと言うやつだ。大切なものはいつだってそばにあるのだ。
そこには赤毛の少女がいて、すうすうと穏やかな寝息を立てているのだった。『少女』といったら
もしかしたら彼女は「もうそういわれる歳じゃないわ」と反するのかもしれないけれど、私からして
みれば彼女はまだまだ幼い、少女そのものだ。だってこんなにもあどけない寝顔をしているのだ。
小さく笑って、その額に口付けた。その瞬間に彼女の目が開いて、赤い瞳の中に私の姿が映る。
「おはよう、ミーナ」
「……おはようございます、坂本少佐」
「不機嫌だな」
「誰かさんのおかげで、体がとてもだるいのです」
「さあ、だれだろうな、それは」
肩をすくめて笑いながら今度は口にキスをする。けれどもミーナの表情は憮然としたままだ。
「…あなたは、ずるい。人を弄んでばかりで、いつも余裕ぶっていて」
「私はいつもまっすぐに生きているよ。それは君が一番よくわかっていることだろう?」
「だから、やっかいなんです。誰にでも同じことをするくせに」
「ひどいな、それは」
君だけだよ、と繰り返しても恐らくミーナは信じてはくれないのだろう。ミーナだからあんな夜でも
会いたいと思ったし、受け止めてくれると思ったから部屋に行ったし、それが嬉しかったから抱いた。
胸をよぎったその劣情さえも、ミーナならば受け入れてくれるだろうと確信していたから。
「君ももっとわがままになればいい。私も遠慮なくわがままを言うから」
「…本当に、仕方のない人」
「はっはっは、それも、受け止めてくれる人がいてくれるからこそさ」
じゃあ、ひとつだけわがままを聞いてくれる?
尋ねられて、迷わず「いいとも」と返した。子供のような無邪気なその顔がひどく愛らしくて、思わず
頬に口付ける。ここまでして愛情を示しているのに、どうして彼女はそれを疑うだろう。
「もうすこしだけ、ここにいて」
身を寄せて唱えられた彼女の精一杯のわがままを、まあ今日くらいはきいてやろうと私は再びベッドに
体を滑り込ませた。