学園ウィッチーズ 第14話「雨上がりの夜空の下で」
軍用トラックが何台かやって来て、ビューリングは不思議そうに思いながらも、
近づき、運転席から顔を出した人物に驚嘆する。
「ルーデル……大佐?」
「たまたま通りかかってね。怪我人は、私の後輩だけか?」
「ええ……。少し、待っていてください」
と、ビューリングは運ばれていくゲルトルートのもとへ向かった。
アーデルハイドがぽつりとつぶやいた。
「事故が起きた事を傍受して、地元の軍を半ば脅しつけて応援を取り付けたのに"たまたま"ですか…」
「……黙れ、アーデルハイド」
と、ほんのわずかだけルーデルは照れを見せる。
アーデルハイドは上官の珍しい態度にふっと笑いながらも、視線の向こうの惨状に唇を噛んだ。
「世界を人類の手に取り戻したとはいえ、今度は人間側の身勝手さに呆れることが多くなりそうです」
「まあ、そう言うな。戦時であれ、そうでなかれ、ウィッチが世界――人々を守るという思いは変わらんよ。
愚かな者もいるだろうが、そうでない者もいるんだ。どちらであれ、守るべきものは守らねばな」
ビューリングは、トラックに乗せられるゲルトルートを見守るミーナの肩に手を置いた。
「お前も一緒に乗るんだ」
「でも…」と、ミーナは、事故の被害者や彼らを介抱する仲間のウィッチたちに目を向けた。
「行ってきなって。言ったろ、あいつには、あんたが必要だって」
ビューリングの背後から、シャーリーが顔を出し、ウィンクする。
「そのとおりだ。気にするな」
ミーナは、小さく会釈をし、後ろ髪を引かれつつも、トラックに向け、駆けていく。
その様子を見届けて、ビューリングから離れかけたシャーリーに、ビューリングが語りかけた。
「お前がフォローするとはな」
「仲間なんだから、当然だろ…」
ビューリングは、シャーリーの言葉尻に悲哀を感じ、それ以上の追求を避け、ルーデルたちのほうへと戻っていった。
夜になり、雨が上がって、空に星が輝き始めた頃、ルーデルの応援のおかげもあってか、
事故の被害者たちは平静を取り戻し、軍用トラックに乗り込み、各々の家へと帰っていった。
残りの軍用トラックもエンジンをふかし始める。
ビューリングが、ルーデルの乗ったトラックのドアに手をかけた。
「地元のものは皆感謝しておりましたよ」
「礼には及ばん。たまたま聞きつけただけだからな」
ビューリングは、奥にいるアーデルハイドと顔を向き合わせながら、微笑み、トラックから手を離した。
「またお会いしましょう、大佐」
ルーデルは、さっと手をひと振りして返礼すると、Uターンして、走り去っていった。
事故現場に程近い、決して大きいとはいえない病院の一室にて、ゲルトルートは、頭に包帯を巻かれ、
外れた肩を固定され、ベッドに横たわっていた。
ミーナはじっと彼女を見つめ、規則正しいその呼吸音に、飽きることなく耳をそばだてた。
ゲルトルートが首を動かし、包帯でふさがれていないほうの目を開け、ミーナを見つめた。
互いに、微笑みあい、ゲルトルートは左手をわずかに上げる。
「すまない。そばに行きたいんだが、体が動かないようだ」
ミーナは、立ち上がって、腰を折り、ゲルトルートの額にそっと口づけて、怪我した体を圧迫しない程度に体を押し付けた。
ゲルトルートは、左手を、ミーナの背において、安心したように、息を吐いた。
救急箱を片付け終えて、一息ついた芳佳に、リーネがスープを差し出し、二人は、折りたたみ椅子を引っ張り出すと、
夜空を見上げながら、飲み始める。
「そういえば、バルクホルンさんが目を覚ましたって」
「本当!? よかったぁ……」
リーネは、久々に間近で見る芳佳の笑顔に胸を熱くする。
「ねえ、リーネちゃん」
「な、なに?」
「もう少しあったかくなったら、一緒にピクニック行こうよ。最近、忙しくって全然ゆっくりできなかったし」
リーネは、スープ皿を落としそうになり、慌ててキャッチする。
芳佳は、そのナイスキャッチに驚きながらも、また夜空を見上げた。
「11人分……、いや、五色ちゃんや疾風ちゃんも誘ったらもっとかな……。お弁当作り大変だな~」
「よ、芳佳ちゃん、ピクニックって……その……二人きりじゃなくて…」
「あ、でもバルクホルンさんの入院ってどれぐらいだろう。
ウィッチだから人よりは治るの早いだろうけど、私が魔法を使えばもっと早くなるかな」
と、一人ごちモードに入る芳佳に、リーネは思わず涙目になりかけながらも、今は自分のそばにいるのだからと、
励ますように心の中で思って、芳佳に身を寄せた。
ペリーヌは、ゲルトルートの、片方だけになったストライカーを持ち上げ、ルーデルが置いていったトラックに積み込み、
振り返って、驚きに肩を跳ね上げた。
坂本が腕組みをして、穏やかな眼差しを向ける。
「素晴らしい活躍だったぞ、ペリーヌ」
「そ、そんなこと…」
「いや、あれはお前にしかできないことだ」
ペリーヌは、言葉が見つからず、口元を引き結んでしまう。
今、大好きな人が自分だけを見てくれているというのに。
言ってしまおうか、いや、仲間が大怪我をしたばかりだと言うのに、不謹慎すぎる。
「魔力を使い切って、具合が悪くなったか?」
と、気がつけば、坂本がだいぶ接近してきていて、ペリーヌは、後ろに引いて、トラックに体をぶつける。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…」
ペリーヌは腰をおさえながら、その場に手をついた。
坂本は、手を伸ばしかけて、しばらく考え込んだ後、背を向けて、しゃがんだ。
「ほら、運んでやる」
ペリーヌも、考え込んだ後、坂本の首に手を回し、体を預けた。
道路の真ん中に仁王立ちし、浮かない表情で夜の景色を眺めるシャーリーに、ルッキーニが後ろから抱きついた。
「シャーリー、ご飯食べないの?」
「んー、食欲なくてな」
ルッキーニがシャーリーの前に回りこんで、笑顔で見上げた。
「そだ。バルクホルン先輩、目覚ましたって!」
「そうか」
「なんか、あまり嬉しくなさそう」
と、ルッキーニは首をかしげる。シャーリーは、はっとして、いつもの笑顔を作ろうとするが、頬が思うように緩まない。
ただ、言葉でそんなことはないと否定してみるだけで精一杯だった。
シャーリーは、その場を離れようとするが、ルッキーニが手を握って、制止する。
「ねえ、辛いことあるなら話してよ……」
シャーリーは、一人にしてくれと叫びだしたいのを必死にこらえる。
今、目の前にいるルッキーニごと、自分の中にある、もやもやとした嫌な感情すら振り払ってしまいたいぐらい、
そんな気持ちだった。しかし、ルッキーニを傷つけることができるはずもなく、シャーリーは、ルッキーニに目線をあわせ、
ひとまずはその場を収めるしかできなかった。
「辛いことなんて何も無いよ」
「隣、いいか?」と、ビューリングは紫煙をくゆらせながら、エーリカの背後に立った。
「半径50メートル以内禁煙~」
と、エーリカはすたすたと離れようとする。
ビューリングはタバコを足で消し、エーリカの隣に並ぶ。
「バルクホルンが目を覚ましたようだ」
エーリカは、朗らかな笑顔を、ビューリングに向ける。
ビューリングは、その笑顔に、彼女の妹である同僚の姿を重ね、自分でも驚くぐらい無意識につぶやいた。
「ウルスラのことだが…」
エーリカは途端に表情が消え、やや不機嫌そうに口をとがらせる。
「なに?」
「最近、あまり話していないようだから気になってな。お前、何かしたのか?」
「してないよ。多分…」
「あいまいだな。お前らしいといえばらしいが…」
「こっちだって何度も何度も思い返したけど、見つからないんだよね、原因。そっちこそ何か聞いてないの?」
「あいつが、そんなことを相談してくるように見えるか?」
「それも……そうだな。うん、ウーシュならしないな…」
話が途切れ、ビューリングは空を見上げ、癖で、またタバコの箱を一振りして、中身を出すと、咥える。
エーリカは、横目で彼女を見て、頭の後ろで腕を組んだ。
「手、出すなよ」
ビューリングは、エーリカの言葉に驚きつつ、そんなことするはずもないと言い返そうと思ったが、
なぜか少しだけカチンと来て、ぷいっと背を向け、火をつけた。
「……保証はできないな」
事故車両をひとしきり片側に寄せて整理を終え、エイラとサーニャは車両のひとつに寄りかかり、エイラは土砂が落ちて、
壊れた家々を見つめる。住人たちに被害はないとは聞いているが、夜風の冷たさと相まって、エイラの心は寒くなる。
次の瞬間、サーニャの指先がエイラの頬に触れて、エイラはひっくり返りそうになる。
サーニャはエイラの手を取って、体を起こさせ、指先の泥を見せる。
「ついてたから…」
「サーニャだって」
エイラは、高鳴った心臓をおさえるよう努めながら、袖をぐいっと引き上げて手を覆い、
サーニャの顔についた泥を丁寧に落としていった。
気がつけば、サーニャの翠瞳が、じっとエイラを見返している。
エイラは、引き込まれそうになりながらも、ぐっとこらえ、また、土砂に覆われた家々に目を向け、嘆息する。
「どうしたの?」
「予知能力持ってるくせに、なんも役に立てなかった。戦闘にしか向かないんだよ、私の能力」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「ない」
「ある」
「ない」
エイラは、頑固なサーニャを言いくるめることもできそうになくて、ぷいっと顔を背けた。
サーニャに当たっても、どうしようもないのに。
馬鹿だ、私。
エイラは、頭をかいて、冷えた雰囲気を暖めなおすために、言葉を探し始める。
サーニャは壊れた車の歪んだドアに手をかけ、少しばかり魔力で筋力を強化し、無理やりこじ開け、中に入り、シートに座った。
「おい、壊れてるけど人の車だぞ」
「ちょっとだけ」
サーニャは、目を閉じると、頭から魔力に拠るアンテナを出し、拾った音を車のスピーカーに出力する。
ノイズまじりに、音楽の切れ端が拾われ始め、徐々に形を帯びていく。
サーニャは静かに目を開け、エイラに笑顔を差し向ける。
エイラはサーニャの笑顔に負けて、助手席に座り、しばし、音に聞き入る。
しだいにノイズがうせ、鮮明な、クラシック音楽が車内に、そしてあたりに流れ始めた。
サーニャが、エイラの手を握って、覗き込んだ。
「私の能力も、戦闘以外では役立たずって思ったこともあったけど、こういうこともできるんだよ」
これは、励ましなのだろうかとエイラは戸惑いつつも、サーニャの言葉に素直に耳を傾け、彼女の肩に頭を置いた。
「ありがとな…」
第14話 終わり