キスしてほしい


「ウ、ウ~ン・・・」
眠りの底から意識が浮かび上がった瞬間、パッと目が冴えた。
一つ息を吐くと、白い煙が上って消えていく。
部屋中の空気が痛いぐらいに澄んでいる。
「ホントに帰ってきたんダナ・・・」
こんな風に寒さで目が覚めたのは本当に久々だった。
窓の外を見ると、陽の光を浴びて、凍った雪がキラキラと光っている。
昨晩、基地に着いた時には見えなかったが、今は辺り一面の白銀世界。
幼い頃から見慣れたこの光景が、ここが故郷のスオムスだという事を物語っていた。
「う、ん・・・」
不機嫌そうな声を挙げて、隣で小さく丸まったモノがモゾモゾと動いた。
白い華奢な手がゆっくりと這い出してきて、ずれた布団を被り直す。
「あと五分だけ・・・」
ぽつりと聞こえる消え入りそうな声。
子供がおねだりをするような。
子猫がミルクをねだるような。
そんな甘えた小さな声。
「・・・モゥ、サーニャってばァ」
いつものリアクションに思わず、苦笑してしまう。
普段は真面目で年齢に割に大人びているけど、朝だけは本当に苦手な彼女。
此処に来ても、ちっとも変わらないマイペースな彼女がちょっと羨ましい。
「ホラ、起きろサーニャ。朝ダゾ~」
「やだぁ・・・」
私から逃げる様に彼女は更に小さく身体を丸めた。
白くてモコモコしたその姿はハムスターみたいで凄く可愛い。
ここ数日間は列車での長旅だったし、昨日も基地の案内や部隊の説明で寝るのが遅かった。
本当なら気が済むまで、タップリと寝させて挙げたいけれど、そうもいかない。
今日は朝からやることが沢山ある。
ストライカーユニットの調整をしたり、この辺りの情勢についての勉強をしなければならないのだから。
「グズってもダメだゾ。起きた起きた!」
決心が鈍らない様に、彼女がくるまっている布団を勢い良く剥いだ。
冷たい空気に晒されて、彼女の小さな身体が小刻みに震える。
重たそうな寝ぼけ眼を開けて、恨めしそうに上目使いで彼女は私を睨む。
「・・・エイラのいじわる」
「いじわるじゃナイ」「いじわる・・・いじわるするエイラなんかキライ」
不満そうに、ふん、とそっぽを向くと彼女は枕に顔を埋めてしまった。

洗面所で簡単に身支度を整えて、部屋に戻ると、彼女はまた布団に潜り込んでいた。
時計の針はドンドン進んでいっている。
そろそろ起きて貰わないと本当に困ってしまう。
「・・・なぁ、サーニャ、頼むから機嫌を直して、起きてくれよォ」
「・・・やだ」
相変わらず、そっぽを向いたまま彼女は口を尖らせて言った。
悔しいけれど、拗ねた彼女の顔も凄く可愛い。
「サーニャぁ・・・」「ふんだ・・・」
何を言っても聞き耳もたず。
こういう態度を取られると正直、どうしていいか分からない。
ミーナ隊長みたいに優しい言葉を掛けて諭すのは恥ずかしいし、ペリーヌみたいに嫌味を言うわけにもいかない。
坂本少佐みたいに怒鳴り付けるなんて、とてもとてもだ。
「・・・てくれたらいいよ」
「・・・へっ?」
ポツリと小声で彼女は何かを言った。
よく聞き取れなかったけど、何か取引の条件を出してくれるらしい。
「何ダって?」
「・・・エイラがキスしてくれたらいいよ」
「なっ?!」
いきなり、そんな事を言われて心臓が破裂しそうになる。
血が昇ってきて、顔も熱くなっていく。
冗談だと思って、彼女の顔を見たけれど、相変わらず、拗ねた表情をしていてよく分からなかった。
「エイラがキスしてくれないなら起きない・・・」
「な、な、何言ってるダヨ?!」
「お姫さまは王子さまのキスで起きるのに・・・」
「だ、だからって・・・」
「してくれるの? してくれないの?」
彼女はじっと、私の目を見てくる。
眠たそうに細められた水晶の様な瞳。
子供のように純真無垢な綺麗な瞳。
「・・・エイラは私の事、キライなんだね・・・だから、キスもしてくれないんだね・・・」
悲しそうに表情を曇らせる彼女。
まるで捨てられた猫みたいで。
「・・・わ、わかったヨ」
そんな風に言うなんてズルすぎる。
嫌なんて言えないじゃないか・・・。

「私はサーニャの事、好きだから・・・キライなんかじゃないから・・・」
意を決して、彼女の枕元にしゃがみこむ。
彼女はちょこんと布団から顔を出して、そっと目を閉じた。
「い、いいカ?」
「うん。いいよ」
頷いたのを見て、少しずつ顔を近づけていく。
額に掛かるフワフワの髪の毛。
長い睫毛。
形の良い鼻。
そして、少しだけ開かれたピンク色の口唇。
何だか凄く恥ずかしい。
耐えられなくなって、私も目を瞑った。
あと少し・・・。
もう少し・・・。
「・・・ふふふっ」
お互いの吐息が触れ合うぐらいまで距離が近づいた時、彼女がクスクスと笑い始めた。
何事かと思って、私は笑う彼女の顔を覗き込む。
「な、なんだヨ?」
「ふふふ。エイラったら顔が真っ赤になってるよ?」
「なっ!?」
彼女は私の赤くなっている頬をツンツンと指でつつく。
「う、うるさいな。別にいいダロ」
「ふふっ、エイラは可愛いね・・・」
「か、からかうナヨ!」
怒っている私を余所に彼女はベッドから起き上がって、大きく伸びをする。
「笑ったら目が覚めちゃった。顔洗ってくるね」
そのまま、私の横をすり抜けて、ドアへと向かう。
慌てて、私は彼女の後を追う。
「ま、待てヨ、サーニャ!」
「あっ・・・」
何かを思い出したように彼女は振り返る。

ちゅっ・・・。

彼女は、私に触れるだけのキスをした。
「・・・はい。おはようのキス。じゃあ、私、先に行くね♪」
そう言い残して、彼女は鼻歌を歌いながら部屋を出ていってしまった。

私は、嬉しさやら恥ずかしさやらでしばらく動く事が出来なかった。
壁に掛かっていた鏡で自分の顔をチラリとみてみたけれど。
何だか腑抜けたような情けないをしていて。とてもじゃないけど、お姫さまを目覚めさせた王子さまには見えなかった・・・。


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