学園ウィッチーズ 第15話「よくばり」


 サーニャは瓦礫の合間から差し込む光で目を覚ます。
 破れた服の隙間から白い肌と、その肌をくすませる血が覗く。
 瓦礫に挟まれたストライカーを脱ぎ、なんとか瓦礫から這い出したが、そこには街を形作っていた残骸以外は見当たらない。
 頭にできた小さな傷から流れる血が濡らした銀髪が顔に貼り付く。
 眼下に広がる自分が住んでいた街――があったであろう地点にたどり着き、彼女は焼けたグランドピアノを見つけた。
 父は、母は、無事だろうか。
 そして、共に闘っていた仲間達は――
 空を見上げる。
 青い空。
 そこには敵はいなかったが、仲間であるウィッチ達も、いない。

 サーニャは、自分の涙で濡れた枕に気づいて、目を覚まし、涙を拭った。

 朝もやの中、寮の中庭で、坂本は、真剣を振るい、体に適度な熱さを残していく。
 しばらくして手を休め、考え込み、また、剣を振るい始める。

 ペリーヌは、目を覚ますと、さっそくメガネをかけ、窓の外の中庭に目を向け、鍛錬中の坂本を見つけると、頬を緩めた。
 彼女は、すっくと立ち上がると、すぐに服を着替え、髪を整え、部屋を出て行く。

 手が止まり、次の動作に移れなくなっている坂本の背後から、声がかけられた。
「剣先に迷いが生じているわよ、美緒」
「醇子か……」
 と、坂本はつぶやいて、止まっていた手を大きく握っていた刀とともに振り上げ、刀を鞘に収め、振り返る。
 醇子はすでに据えつけられたベンチに座り、上品な微笑を差し向ける。
 坂本は、その微笑に吸い込まれるように、静かに隣に座った。
 鳥のさえずりもまばらな、早朝の中庭。
 二人の扶桑の魔女は、姿勢正しく、背筋を伸ばし、その静穏の中に身を預ける。
 坂本が、自身の膝に置いていた手を、静かに握り締めた。
「この間、ハッキネン主任教官にいただいた話、受けようと思う」
「そう。じゃあ、これからは特別教官と生徒という間柄ではなくて同僚ね」
 にっこと微笑む醇子を見、坂本は、わずかに腰を浮かせかけるが、視界で何かが動いた気がして、すとんと座りなおした。
「ああ、そうだ。これからは、同僚だ」

 建物の陰から、坂本と醇子の姿を眺めていたペリーヌは、踏み出そうとしているローファーのつま先をどことなく恨めしく見つめ、きつく目をつぶると、踵を返して寮へ戻っていく。

 目が覚めたエイラは、ベッドの上で、白い腕を天井に向け、うんと伸ばす。
 先日怪我をしたゲルトルートも順調に回復しているし、サーニャとも、毎日が平板でありながらもささやかな幸せを感じて共に過ごしている。今日は何をしようか、話そうか。
 ベッドに体育座りをして口元を緩ませた瞬間、がちゃっとドアが開いて、エイラはびくんと肩を揺らし、身構える。
「ぺ、ペリーヌ……、なんだよ?」
 エイラの声に、ペリーヌははっと顔を上げて、見回し、ようやく部屋を間違えたことに気がついたといった面持ちであるが、気が抜けたような顔で、珍しくあっさりとごめんなさいと言うものだから、エイラはとんと床に足をついて、歩み寄り、ペリーヌを覗き込む。
「坂本先輩がらみか……?」
 エイラは珍しく真剣な顔つきで言うものだから、ペリーヌの瞳が動揺に揺れ、見つめるエイラの瞳から逃れるように顔を横に向ける。
「どんぴしゃか…」
 と、エイラは、頭をかき、ついこの間届いた椅子の後ろに回りこみ、嫌味にならない程度の口調で言う。
「話ぐらいなら聞いてやるよ」

 教官宿舎の大広間に、コーヒーカップを片手に、ビューリングはかったるそうに現れる。
 ふとソファを見ると、ブランケットがこんもりと山を作っている。
 テーブルにはおびただしい資料の山。
 ビューリングは、テーブルにカップを置いて、膝をつき、ブランケットを静かに引き上げる。
 中には、メガネをつけたまま丸くなったウルスラがすうすうと寝息を立てていた。
 ビューリングは、ふっと、笑みをこぼすが、

 ――手、出すなよ
 ――保証はできないな
 
 この間のエーリカとのやりとりを思い出し、自戒するように、つぶやいた。
「くだらない。生徒の挑発に乗るなんて……。色恋なぞ…」
 大広間に向けてずんずんという足音が聞こえ、ビューリングはブランケットを戻し、コーヒーカップを持って立ち上がる。
「ビューリング、グッモーニーン!」
 と、オヘアがあくびをしながら、やって来て、ウルスラのいるソファの前で膝に手を当てて、腰を折り、ため息をついた。
「ウルスラ、結局ここで一晩明かしたねー」
「最近、やたらと没頭しているな……。どこかの研究所に頼まれごとでもされたのか?」
「それはないと思うけど、ウルスラが相談なんてありえないから、わかんないねー」
 オヘアは肩をすくめて、大げさに首を振った。
 ビューリングは盛り上がったブランケットをちらりと見て、コーヒーをすする。

 エイラは、ベッドに胡坐をかき、椅子に座るペリーヌを眺める。
「で、何があったんだよ?」
「……別に、どうということはありませんわ。坂本先輩が朝の稽古をしていらしたから、お話でもしよう思ったら…」
「先客が?」
 ペリーヌは、こくりと、うなづいた。
「お隣の寮の竹井教官と並んでベンチに座っておりましたわ」
「……そんだけ?」
 拍子抜けしている様子のエイラに、ペリーヌは頬を熱くし、立ち上がって部屋を出ようとドアノブに手をかける。
「ま、待てよ…」
「……あなたに怒ったわけではございませんわ。ただ、こんなに些細なことでいちいち落ち込む自分が情けないだけです」
 と、ペリーヌは珍しく、そして自分でも驚くほどに本心を吐き出す。
 エイラは、振り返る彼女を見て、指で頬をかいた。
「うーん、確かに些細は些細なんだろうけど、けど、そんだけ好きなんだって事の証じゃん。そういうの大事なんじゃ……ナイカ?」
 不器用そうにしながらも、言葉を選び、空色の瞳で見つめ返すエイラ。
 ペリーヌはエイラの言葉に一応の納得を示したのか、ドアノブから手を離して、しおらしく、ドアに背をもたれた。
 エイラは、白い歯を見せてにかっと笑い、立ち上がると、服を引っつかんで着替え始めた。
「ああ、腹減った~飯飯~」

 ゲルトルートは、病室で目を覚まし、体を起こす。
 頭の傷は浅く、包帯は数日で取れたが、腫れた目は眼帯で覆っているので、慣れない視界に戸惑いながら、首を回して、窓から見える風景を眺める。
 開くドアの音に反対側を向いて、目を見張る。
「ミーナ? こんなに朝早くから…」
 ミーナは、目を細め、朝食を用意し、ベッドの脇に座った。
「肩の調子はどう?」
「魔力のおかげか、かなり回復してきている。医者も、早ければ来週には退院できると言っているよ」
「じゃあ、それまでは極力通うわ」
「し、しかし、それでは学業がおそろかに。カールスラント軍人たるもの…」
「今は学生でしょ? 学業も大事だけど、戦時中は青春を過ごしたくても過ごせなかったんだから、ね?」
 と、ミーナは、パンをちぎり、ゲルトルートを見つめ返した。
 この状況と青春がどう結びつく?
 ゲルトルートは、そう思いながらも、つい、つばを飲み込んでしまい、言葉が出なくなり、仕方なく、うなづいた。
「はい」と、ミーナは小さくちぎったパンをゲルトルートの口元に近づける。
「はぁ……、え? ひ、一人で食べられるんだが…」
 ゲルトルートは顔を真っ赤にして、後ずさる。
 ミーナの眉が寂しさを表すように下がった。
 ゲルトルートは、その表情に、雨の日の約束を思い出したのか、恥ずかしそうにしながらも、差し出されたパンを、口に含んだ。

 501号の食堂に、人が集まり始め、ほぼ全員が席について食事を始めた。
 辺りを見回す芳佳に、リーネが首をかしげた。
「どうしたの?」
「ミーナさん、来ないね」
「ああ、ミーナなら病院だ」と、坂本が噛んでいたものを茶で流し込む。
「え? どこか、悪いんですか?」
「にゃはは、何言ってんだよ宮藤ぃ。トゥルーデの見舞いだよ」と、エーリカがからからと笑う。
「ラブラブだな」
 エイラはカップから口を離してにやりと笑った。
 自然、一同もつられて笑い出す。
 一人を除いて。
 笑っていたルッキーニは、ちらりとシャーリーを見て、どこかうつろな瞳の彼女の肩を揺らした。
「シャーリー、具合悪いの?」
 シャーリーは、慌てて、笑顔を作り上げた。
「ははは。そんなんじゃないよ、寝不足だって」
 

第15話 終わり



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