Nachtkerzen


「……うっわ」
 ハンガーに出ると、風が吹き付けてきた。雨はもう上がったみたいで、雲が切れ間から月の光が漏れてきているけど、強風はまだ治まらない。
 多分海も荒れている。断崖の下から、波が砕ける音が何度も聞こえてきた。
「こりゃーみんなしばらく帰ってこないわ……」
 ……やめやめ。いつ帰ってくるかも分からない相手を、こんな所で待つもんじゃないねー。
 頭の後ろで手を組み、きびすを返す。立ち去り際にもう一度だけ滑走路の方を見て、私は足を止めた。
「……ん?」
 開けっ放しになっているガレージの扉。そのすぐ側に誰かいる。
 暗くて見えづらいけれど、資材の箱に座って外を見ている人影。今基地に残ってるのは、シャーリーとルッキーニと……あと誰だっけ。興味がわいて足を向けた。


「(……あー、そういうこと)」
 ハンガーの出口近く、ぎりぎり雨の直撃を免れた木箱の上に座って、エイラが外の空を見上げていた。吹き込んでくる風に、わずかに色の入った銀髪がなびく。
 エイラは一心に荒れ模様の空を見ている。私にはまだ気づいていない。
「(……ふふん)」
 足音をしのばせて背後に近づく。エイラはまだ気づかない。私はにやりと笑って、エイラの肩を叩いた。
「……どしたの?」
「~~~~!!」
 うひゃぇ、というか、うひぁえ、というか。
 言い表すのが難しい声をあげて、エイラの背中がのけぞった。
「……ハ、ハルトマン中尉カヨ……」
 振り返ったエイラが、心臓のあたりを押さえながら言った。……あ、耳出てる。
「もう寝たんじゃなかったノカ?」
「まだ早いじゃん。私夜型だし。
 ……で、何してんのかな?」
「べ、別に。いいじゃんカヨー」
 私が聞くと、エイラはばつが悪そうに目を背ける。
「(……ははーん)」
 内心ほくそ笑む。やっぱりというかなんと言うか、エイラはサーニャを待ってたみたい。
「ここ、いい?」
 私はエイラの隣に空いたスペースを指差す。
「……何だよ? 何の用ダヨ?」
 不審100%の目で私を見ながらエイラ。
「別に用って訳でもないんだけどねー」
 私はエイラの隣に腰をおろし、海の向こうを見る。
「……待ってる君が見えたから」
 私がそう言うと、エイラははぁ? と変な声をあげた。

 ネウロイの迎撃に、ミーナたち何人かが出撃して行ったのが今日の夕方。基地で留守番をしていた私達の元に、天候不良のために接触が遅れている、という連絡があった。
 別に心配してるわけじゃない。みんなの腕は信用してるし。でも、問題はこの天気なわけで。
 もし追撃の途中で深入りし、悪天候に捕まった場合、どこかに着陸して魔力を温存するぐらいの判断はしてるのかもしれない。
 こっちは、天気は悪いがどうせそのうち帰ってくるだろ、と思っていた上に、風呂に夜食の缶詰まで用意していたので、なんだか肩すかしを食わされた気分で。
 居残り組は落ち着かない気分で基地内をうろついていた。エイラも、多分そうだったんだろう。

「……心配?」
「ナニガ?」
「大丈夫じゃない? どーせいつもどおりだってー?」
「べ、別にソンナンジャネーヨ」

 エイラは言う。言葉に詰まりながら、あくまで否定しようとするのが面白くて、私の顔に笑いが浮かぶ。
 つっついてみよっかなー。悪戯心が沸いた。

「じゃー何で待ってんの」
「待ってネーヨ。ほら、すごい風のときってなんか興奮するじゃナイカ」
「……なにそれ」
「……あーいや、そういうワケデモ……」
「ふーん。でもまー、サーニャはきっと大丈夫だよねー」
「……だからソンナンジャないって言ってるダロ」

 ……うーん。
 水を向けて見ても、エイラはサーニャを待ってる事を認めない。
 ……ていうか、待ってるんじゃないって言い切れる、その自信はどっから出てくんだ? 変な闘志がわいてきた。

「……でもさー」
 話しかける私に、じとっと鬱陶しそうな目を向けるエイラ。かまわず続ける。
「もしへんなところに流されたりして、飛んでるうちに魔力が尽きて着陸しちゃったら、あと大変じゃない? ストライカーも滑走路がないと飛べないし」
「……大丈夫だろ? ミーナ中佐も少佐も一緒だし」
「まーね。でもほら、もしガリアの山の中に降りて、吹きっさらしの所に放り出されたら、きっと寒いよ。山小屋で一夜明かしてるとか」
「……ソレハナイダロ」
「どーかなー。ほら、もし落ちた所が雪山だったらさー、人肌で暖とるって言うじゃん」
「ネーヨ! 何言ってんだオマエー」
「『サーニャちゃんの肌綺麗』『ほら、冷えちゃうからこっちおいで』って。何とサーニャ大人気」
「ナ、ナニイッテンダヨ! ダイタイ今ハ冬ジャネーヨ!」
 私が一言言う度に、上がっていくエイラのテンション。
「まーそれはないか」
「……ダロ?」
「……でもこういうピンチの時ってさー、一緒に苦労した思わぬ人と仲良くなったりしないー?」
「……エ?」
 エイラが私の顔を見る。あは……なんか情けない顔。
「『行軍ご苦労だったな、ゆっくり休むといい!』『はい……あ……でも、少佐がいたおかげで助かりました……ありがとうございます……』『そうか、まあ気にするな! はっはっは!』とかさー、顔を赤らめたサーニャと坂本少佐。
 もしさー、そんな事になってたらどうする?」
「……ソンナワケ」
「……そんな様子を私ら横で見てるしかないんだよ? 寂しーよねー」
「ソ、ソンナワケネーッテ!」
 たまらなくなったのか、エイラが叫んで立ち上がる。
「……」
 エイラの体の両脇で握った拳が、ぶるぶる震えている。
「……さっきからナニガしたいんだ、アンタ……」
 顔をそらして吐き捨てるように言う。
「いちいちサーニャの事言って、あんたそれで楽シイノカヨ」
 じわ、と目に涙が浮かんでる。あ……泣かせちゃった。
「いや……言い過ぎた。ごめんごめん」
 笑いながら謝るけど、エイラは私をにらみつけたまま。
「……大体なにしに来たんダヨ。私をからかいに来たノカ?」
「……ごめん、私は別に……」
「別に、ナンダヨー」
 今にも泣きそうなエイラの顔。そこから目をそらし、海の方に顔を向ける。
「……悪かったって」
 エイラはまだ立ち尽くしている。
 はぁ。と私はため息をついた。膝を抱えて海の方を見る。
 こういうのはらしくないとは思うけど。悪いことをしたのは確かだし。このまま喧嘩してエイラを置いて帰るのもつまらないし。
 だから、正直に言うことにした。
「……エイラと同じ」
「?」
「……私もトゥルーデを待ってるだけ」
「……え?」
 エイラの驚いた声。ナンダソレ、って不思議そうに言って、私の方を見ている。
「エイラがサーニャを待ってるように、私はトゥルーデを待とうかなーって思ったの」
 本当のことを認めるのは、確かに照れくさい。私は拗ねたような顔をしてるかもしれない。なんだか恥ずかしい。
 ぽんぽん。さっきまでエイラが座っていた場所を手で叩いた。
「……ごめん。座ってよ」
「……フン」
 エイラは腰を下ろす。膝を抱え、海を見つめてふくれっ面。
「……私は別に待ってる訳じゃナイカラナー」
「だからいーって。無理しなくても」
 私がそう言うと、エイラはウルセーナ、と呟いた。

 強い風が滑走路の上を吹き渡っていく。吹き込んできた風になびく私とエイラの髪。
 傾きかけた月の下、二人で空を見る。雲が吹き払われ、次第に星が見えてくる空。私は何度目かの大あくび……トゥルーデ、まだかな。

 どちらからともなく、ぽつりぽつりと話をし始めた。私はトゥルーデの事。エイラはサーニャの事を。

「……ねむ。トゥルーデが帰ってきたら、一緒にお風呂行くかなー」
「……サーニャは無理カナ……。いっつも出がけに入てくし、飛んだあとはすごく眠くなるみたいナンダ」

 よく考えたら、私はトゥルーデのことをあまり人に話したことはない。基地内でもあまり突っ込んだ話はしないし(トゥルーデ達はどうだか知らないけど)、ミーナやトゥルーデ相手でも、長い付き合いだから、今更トゥルーデがどんな奴かなんて言う必要もなかったわけで。
 それで満足かって言うと、満足でもあり、ちょっとだけ不満で。でもそれは誰にも言えなくて。
 だから、他の誰かにトゥルーデの事を話せるのはうれしかった。

「あー熟睡するのは私も得意ー。
 でもさー、トゥルーデはどんな疲れててもきっちりかっちり身支度してから寝るんだよー。寝相もいいし、トゥルーデらしいでしょ?」
「……サーニャも寝相いいけど……時々寝返りで起こされるナ」
「あー。そうなの?」
「……い、いや、さ、サーニャが部屋を間違えて寝てるだけだからナ!」
「いや知ってるって。そういう事になってんのは」
「……」
「慌てて説明しなくてもいいんだよー?」
「……オマエナー……」
「でもさトゥルーデて、寝る前に服脱いでたたんで、明日の支度まですんだよ? 信じられる?」
「……いや、それ、普通じゃナイカ……?」
「そうかー?」
「サーニャは散らかしっぱなしだケドナ」
「……はーん」
「ナンダヨ」
「どーせそれ畳んであげるの君の役目なんだろ?」
「……い、いいんダヨ。サーニャ疲れてるんダカラ」
「愛だねー」
「ソンナンジャネーッテ」

 ぽつぽつ呟くエイラの横顔。
 エイラのサーニャに関する行いは隊のみんなが知ってる。みんなはそれを生暖かく見守ってるんだけど、エイラはエイラで一生懸命だよな……。
 さっきは茶化して言ってみたけれど、エイラはいつも必死だ。

 私が何かすると、トゥルーデは見てられるか! って感じで怒る。ミーナはダメよ、で許してくれる。ある程度までなら。
 でも、エイラは、サーニャが大変な時は、何が何でも助けようとする。まぁ、大変じゃないときも世話焼いてるけど。
 ……そこまでして後悔することはないのかねー。まぁ、しないところが、エイラのいいとこなのかもしれないけど。

「帰ってこないナ……」
 サーニャ、と、エイラが呟く。
「……幸せ者だねぇ。サーニャは」
 その横顔を見ながらしみじみと言うと、ナンダヨソレー、とエイラの返事。
「幸せじゃん、いつも思われててさー」
「ソンナンジャネーヨ、バカ」

 その上、あそこまで甲斐甲斐しくしておきながら、こうムキになって否定するのが、なんか可愛い。
 面白いな君は。その言葉は言わずににっと笑う。

「あんたもいいのカヨ? こんな遅くまで」
「私はいーの。夜型だし」
「ふーん」
「……あ、そういえば、トゥルーデってサウナ入るとなかなか出ようとしなくない?」

 出かけたみんなは、待ってればそのうち帰ってくる。ミーナたちがいる限り、そんな大したトラブルはない、それは分かってる。
 でも、何となく帰ってしまうのももったいなくて。

 やがて時間が経ち、ストライカーに灯るの赤と緑の灯火が空から降りてくるまで、私はエイラと二人で待ち続けた。

 翌朝。

「おあよー」
 洗面台でかしょかしょと歯を磨くエイラに声をかけ、あくびをしながら蛇口を捻る。冷たい水で両手で受けて顔を洗った。
「あ、ああ。オハヨ……って服ぐらいちゃんと着ろヨ」
 呆れたようなエイラの声。彼女の持っていたタオルを奪って顔を拭く。
「……あれからドウシタ?」
「『まだ寝てなかったのかハルトマン』って怒られてー……みんなでお風呂入って……」
「ふんふん」
「トゥルーデの部屋の前までついてって……」
「お、おおー。それで?」
「……『眠い。帰れ』で叩き出されましたー」
「……ふふん」
 エイラは笑う。……なんかへこむなその笑い。
「エイラの方はどうなんだよ?」
「わ、私ハナー……」
 言いかけてにへら、とエイラは笑った。
「お? 何だその笑いー? 何かあったのかー?」
 にやけながらエイラの腹をつつくと、かぁっと赤くなるエイラの顔。面白い。
「……い、イイダロ? 秘密ナンダナ」
「何だよ。言えってー」
「……だ、だから秘密ナンダナ!」
「あーそー」
「……ふふん」
 ニヤつくエイラ……これは、なんかむかつく。
 何かいい事あったのかもしれないし「寝てるときにサーニャが寝言で私の事をナー」レベルの事かもしれないけど。エイラだけに。
「……まー、幸せそーだねー。結構結構ー」
 ひらひら手を振りながら背を向け、食堂の方に向かう。
「……だから、ソンナンジャネーヨ!」
 後ろから聞こえてくる、昨日から随分聞かされたフレーズ。なんだかいつも必死なエイラ。

 寝呆けて乱れた服を直しながら、食堂のに向かう。
 トゥルーデは多分もう、黙々とジャガイモをつついてるだろう。「遅いぞハルトマン」って言いながら。仏頂面で。たまにはそんなトゥルーデに「疲れてないー? よく寝られたー?」ぐらいの事は言ってみようか。エイラとサーニャを思い出しながらふっと浮かぶ考え。
 トゥルーデは多分、「……何か悪い物でも食べたか?」って言うだろうけど。エイラに対するサーニャみたいなのは、間違っても見られないだろうけど。
 反応はひとそれぞれで。でもそれはそれで、何だか面白い気がして。

 必死なエイラの姿を思い出してもうひと笑い。おはよーと言いながら、私は食堂のドアをくぐった。


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