芳佳の未練
崖の上、海に面したそこで一人の少女が遠く海原を見据えていた。西、かつて少女の戦場であった方角である。
遠く水平線の向こうに思いを馳せる彼女の瞳には苦悩が見て取れた。
「宮藤、姿が見えぬと思ったらこんな所でどうした」
びくり、小動物のように反応する。いつの間にか彼女の背後にその人は迫っていた。
元ストライクウィッチーズ坂本美緒その人である。
「全く、背をとっても気付かんとは。空の上だったら今頃撃墜されているぞ」
何やらおかしな様子の芳佳に気を使ったのか軽口を叩くも、それを聞いた芳佳の表情は固いものとなった。
ふむ、と一人息を吐くと美緒は芳佳に並び西の空を見た。
今日は良く晴れている、青い空に青い海、漂うは白い雲。それらを眺めたまま美緒は訥々と語り出した。
「なぁ芳佳、私の右目でも人の考えは読めん。悩みがあるなら私にも共有させてくれないか」
芳佳の瞳が揺れる。
「ネウロイとは人類の敵なんですよね」
「あぁ、我等は奴等と長い間戦って来た」
「私、そう思いたくないんです」
眼帯の内側の瞳が一瞬険しく細められた。
しかし、芳佳の表情は揺るがない。真直ぐ前を、かつて戦った場所へ思いを馳せる。
「私に色々教えてくれたネウロイ。あのこはウォーロックにやられました」
あの黒いウィッチのようなネウロイ。芳佳を悩ませ、考えを見出ださせた。
「あのこみたいに、良いネウロイも居たんじゃないかって思うんです。
ネウロイだって好きで戦ってた訳じゃ無かったのかも知れません。
どちらも被害が少なくて済むやり方があったんじゃないかって」
芳佳とて今更言っても無駄だとは理解している。そもそもこんな事、聞こえる所に聞こえたら大変な事になる。
それが分かっているから美緒も何も言わない。ただ黙って芳佳の言葉を受け入れる。綺麗な戦は無いのだ。
ふっ、と芳佳の肩から力が抜けた。前を見ていた視線が自然と足元へ。
「それに……」
悲しい目をしている。ウィッチではなく一人の少女の顔。
「おっぱい触りそびれたんですよ!」
「宮藤……?」
ぐん! と急に紅潮した顔が跳ね上がる。
「だってネウロイのおっぱいですよネウロイの。もうちょいだったのにあとほんの数ミリだったのにですよ!
やっぱり柔らかさもちゃんと真似してるのかなぁって気になって気になって未だに仕方無いですよ!
しかも変幻自在なら大きさだって意のままであまつさえそんな私に対して協力的なネウロイが他にもいたらハーレム作れます。全く研究してたのにウォーロックなんて下品なもの作ったあの人達が信じられません!」
「……」
「あのこ私に触らせたがってたみたいですし本当に惜しくて」
「宮藤」
「何ですか坂本さん」
「……お前は学校のトラック80周だ!」
世は天下泰平、ネウロイだってこんな光景を見たらきっと笑ってしまうだろう。
芳佳の間抜けな悲鳴が青空に響いた。