無題


今日だけだから。その言葉に彼女はあまりにも弱い。
だからら私は直前まで困惑したような表情を浮かべて、どちらかと言うと否定の方向へ気持ちを追いやって
いた彼女を、私はその言葉を以って引き戻したのだった。

お姫様を見送るためにハンガーにいた彼女を、普段決して表に出さないような強引さで彼女の手を引いて
自室に連れ込んで、ベッドに押し倒してその唇を奪った。なにすんだ、ともらす彼女などお構いなしにもう一度
唇を合わせて、何かを言いよどもうとする彼女の口内に舌を差し入れて犯す。

「リーネッ!落ち着ケ!!」

口を離した瞬間に下から肩を掴んで、彼女は叫んだ。彼女の生まれた国特有の平坦な口調はその声音に
必死さを帯びさせない。一緒の場所で過ごしたことなんて一日や二日じゃないからそれでも彼女は本気
なのだと知っていたけれど、私はあえて知らない振りをすることにした。
私はにこりと笑って彼女の制服のボタンを丁寧にはずし、今度は彼女の首筋に顔をうずめる。歯を立てて
後をつけると「ヤメロ」とたしなめるように言われてしまった。見えないから大丈夫ですよ、と囁くと「ソンナ
問題じゃない」と返って来る言葉。眼下に広がるのは透き通るように白い肌だ。それはまるで白いクリームを
表面一杯に塗りたくったケーキのようで、見ているだけでくらくらする。気持ちがはやって、私も上着を脱ぎ捨てた。

「私はリーネが話があるっていうから来たんダッ!こんなことされるためじゃナイ!」
「…あれで何も思わなかったんだったら、あなたは相当の天然ですよ」
「何か言ったか?」
「さあ?」

こうして彼女を誘い込んで襲うなんて初めてのことじゃないと言うのに、彼女は私が何でこんなことをする
のかわからない、と言った様子でいるのだった。私が自分に何かをするなんてありえない、と言わんばかりの
態度で「しょうがないなあ」と頭をかいて、黙って手を引く私についてくる。

「じゃあ、お話をしますね」
「…その前に上からどいてくれないカ?」
「イヤです」
「…なんなんだよ、話って」

私はまた笑って、彼女の頬を片手で包み込む。銀色の髪が窓から差し込む月の光にきらきらと光っていて、
はだけた衣服と相まってとても淫らだ。…と思うのは、私が今とても邪な感情でいるからなのだろう。
剣呑な顔をしている彼女などお構いなしに、単刀直入に私は告げる。

「抱いてください」
「イヤだ」

数秒のやり取りだと言うのに、条件反射のごとく彼女は否定の意を示した。口にしたあとで自分の言葉を
理解した、と言った様子で顔をしかめる。

「いやだ」

重ねるように、もう一度。その顔は頑なで、もしかしたら『今日こそは』騙されるものか、などと考えている
のかもしれなかった。いままで何度同じようにしてあなたを連れ込んだかわからないのに、毎度だまされる
あなたの学習能力のなさが悪いのだ、と思うと同時に私に対してそこまでも、どこまでも無防備な彼女が
愛しい。
けれど私はその堅固な扉を開く鍵を、ちゃあんと持っているのだった。心からじゃらりと引っ張り出して、
今度は彼女の胸に顔をうずめて、左胸に届くようにゆっくりと見えないそれを差し込んでいくのだった。一言
一句、すべて彼女に届くように。

「今日だけですから。……寂しいんです」

びくりと、彼女の体が身じろいだのを感じて私は勝利を確信する。容易いものだ、と思う。だってどんな無茶な
願いだって、「今日だけだから」、その一言を口にするだけで彼女はこんなにも簡単に陥落してしまうのだ。
普段から言葉遣いといい、態度といい、ぶっきらぼうな節のある彼女が本当はとても心優しいひとだという
ことは私だけじゃなくてこの部隊に所属する皆が知っていることで、その優しさにつけ込むのは少しコツを
掴めば全く難しいことではないのだった。
きょうだけ。うわ言のように口にする彼女をぎゅうと抱きしめる。ちらりと罪悪感が募ったけれど、今は何よりも
この人が欲しかった。この人で満たされたかった。

「…今日だけだかんな」
「ええ、今日だけです」

ふらふらと右手を伸ばして、ふっと力を抜いたようにそれを私の後頭部に落ち着かせる。ゆっくりと動かして、
三つ編みになっているそれの結い紐を引っ張って、上、下と取り外すとふわりと癖のある私の髪が広がった。
ありがとうございます。呟いてもう一度、彼女の唇にキスをした。

「ふ、あ、あ」
豊かな胸に、彼女のほっそりとした白い手が沈んでいく。普段は嬉々として触れて、揉んでは私を驚かせる
くせに今の彼女のそれと来たらひどく優しげで柔らかくて、何かに恐れているかのようだ。もっと強くしても
いいんですよ。口にしようと思ったけれど十分だと思ったから止めた。
頂をこねくり回して、口を寄せて吸う。それだけで高くなってしまう私の鳴き声に彼女は焦ったように囁き
かけてきた。

「…宮藤に聞こえるダロ。…いいのカ?」
「でも、そこっ、あ、あ…あん」
「…肩噛んでいいからもうちょっと静かにしろヨ」
そうして自分の肩を指して言うので、私は恐る恐るそこに口を寄せることにする。微かに残る、かつての
行為の跡が同じ場所にある。誘うのはいつも私の方で、彼女はいつも仕方なくそれに応じているはずだと
言うのにこの人と来たら行為の最中はひどく紳士的なのだ。溺れてしまいそうなほどに温かいのだ。私の
想いを十二分に知っている。だから隣の部屋に聞こえないように気を遣う。…そんなことを気にしているなら
最初から誘ったりはしないはずなんて考えもしない。

もうすでに取り払われて、ご丁寧に机の上に畳み込んである私と彼女の衣服が視界の端に見えた。一見
おとなしくて綺麗な女の子のように見えてその実ひどいいたずらっ子で無邪気で、それなのにこういった
ところはひどく几帳面で繊細で。私は彼女がたまに分からなくなる。不思議な人だ、と思う。私と同い年
なのに、この人はもうすでに立派なスオムスのトップエースで、その特殊能力を差し引いても余りあるくらいに
逸脱した戦闘センスを持っていて。私はひどく羨ましくてかつて、彼女に対してあまり良い感情を抱いて
いなかったのだった。

だけど今はどうだろう。なぜ私は彼女を求めてしまうのだろう。断続的に与えられる快楽に溺れて、鼻に
掛かったあえぎ声を上げながら私は思う。私にはもう好きな人がいる。彼女にも好きな人がいる。それ
なのにどうして私たちはこうしているのだろう。きっと魔法にかけられているのだ、と思う。とろとろと体の
奥から染み出してくる温かいものの存在を感じながら、思う。そうして言い訳することにする。好きとか嫌い
ではなくて、ただただ私はこの人のすべてが欲しかった。一瞬で私の心を掻っ攫っていった隣室の彼女でも
埋められない何かを、この行為は持っているような気がしていた。愛でもなくて恋でもなくて、ただひたすら
この人が欲しかった。

「エイラさんっ」

彼女の名前を呟いて、私の胸のところにある彼女の手をとると濡れそぼったそこに導いた。我慢できなくて
押し付けて自分で腰を動かすと、小さく彼女が息をつくのを聞いた。ため息だろうか、それとも別の何か
だろうか、私には分からない。ただただ気持ちよくて、意識が飛んでしまいそうだと思った。
わかったよ、やればいいんだろ。そのぐらいの気だるさで、彼女の指が動き出す。もうすでにぐしょぐしょに
濡れてシーツにはしたなく染みを作っているそれをかき回していく。

愛なんてない、ここにあるのはきっと情だけだ。そうだと分かっているのに狂おしく想って仕方がない。求め
てしまう、やめることなんてできない。大きく声を上げたくて、でもそれはいけないと言われたから仕方なく
言われたとおり彼女の肩を噛むことにした。先ほどつけた赤い跡がまるで華のようにぽつりとある。ごめん
なさい、ごめんなさいエイラさん。ここにも跡、残っちゃうね。残しちゃうね。
だいすきです、ずっとまえから。言いたいけれど、もう、言うことなんて出来ない。

「~~~~~~ッ!!」

彼女の指が私の一番敏感な核を掴むと、かつてないほどの快楽がそこからどっとあふれ出てきて私の
頭の中を白い何かで一杯にしていった。それでもまだ足りないとばかりに与えられる刺激に、休むことなく
私は何回も、何回も連続でイかされる。薄れていく意識の中で、私は必死の思いで彼女の肩から口を
はずして、再びその唇に口付けた。深く深く、舌を差し入れるその行為を受け入れてはくれるのに、応じては
くれない。それをとてもとても悲しいと思ったけれど、いつもどおりの秘めた温かさで私を見やる彼女の瞳の
ほうがよっぽど泣きそうな色をしていて、何も言うことが出来なかった。




そうして、私たちの行為は終わる。少し仮眠をとった後、空が白み始める前に彼女が部屋を出て行くことを
私はちゃんと知っていた。だからいつも私は眠った振りをしてそれに気付いていないかのように振舞う。
ほら、今日も。まだ昇らない太陽を待たずに衣擦れの音が部屋に響く。だって早くしないと彼女の大切な
大切な、お姫様が夜の舞踏会から帰ってきてしまう。何も知らないあの子は可愛そうに、何も知らずに
今日もまた彼女の部屋に潜り込むのだろう、きっと。彼女の首筋に、肩に、残ってしまった跡を見るだろう
か。それを見て何を思うだろうか。

「今日だけだから」は、エイラさんの気持ちの扉を開く鍵だと、私は知っている。
けれどエイラさんはきっと、サーニャちゃんに求められても扉を開かないだろう。そんな気がする。たぶん、
本当に大好きなものはとことん大切にする人なのだ、エイラ・イルマタル・ユーティライネンと言う人は。それ
こそ傷つけるのが自分であったとしても彼女は許しはしないだろう。自分だからこそ、許すことが出来ないだろう。

これから風呂に入って身を清めて、眠りに就きながら彼女は私のことを想うだろうか。きっと何も想わない
だろう。彼女は私を仲間として大切には想うけれど、きっと好きにはなってくれない。私が欲しいと思った
ときには彼女はもうあの子のことばかりを見ていた。その彼女が今朝も来るのだろうかと思いながら、
眠りに就くのだろう。
本当におばかさんだ、あの人は。想いと行動が全くの裏腹だ。人は好きだから愛を営むのに、あの人は
好きだからこそその気持ちを必死で封印する。そのくせなんとも思っていない人にはこんなにも容易く扉を
開いて。馬鹿だ、本当に、馬鹿だ。…そうと分かっていて鍵を使ってしまう、私も。

それでもあなたの体に私の跡が残るのなら、こんなちっぽけな私でもこの世に存在している気になれるのです。
胸をよぎる言い訳じみた気持ちを、伝えたら彼女はいったいどんな顔をするのだろうかと、情も無く扉の
閉まる音を聞きながら私は思った。


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