shattered skies
その日は珍しく、501統合戦闘航空団は開店休業状態だった。
ごく数名を除いて、隊員のほぼ全員が酷い風邪にかかってしまったのだ。
だがそんな時に限って、ネウロイの行動は活発化する。
「最近、夜間におけるネウロイの動きに変化が見られるわ」
マップを示しながらミーナが言った。言葉の所々に咳が混じる。
「と言う事は、また暫く夜間戦闘を想定したシフトを組む方が良いか」
扶桑から持ち込んだどてらをがっつり着込んだ美緒がミーナに問う。
「と言いたいところだけど……」
ぐだぐだの一同を見回して、指揮官ふたりは溜め息をついた。
そして咳き込み、ぶるっと震えた。
「でさー、あのぺたんこったら酷いんだよ。シャーリーのストライカーの
チューンがイマイチだとかなってないとか文句たれてさー」
「……」
ブリタニア近海の上空を飛行する、ルッキーニとサーニャ。
現在体調万全でまともに動けるのはこの二人だけ……と言う事で、
ミーナは仕方なく臨時のシフトを組んだ。
他の者はあらかたベッドの上で風邪と格闘中。
寝ている訳にもいかないミーナと美緒も無理矢理厚着し
身体を震わせながら司令所で指示を出していた。
そんな惨状にお構いなしのルッキーニはせわしなくサーニャの周りをくるくると
回りながら話し掛けていたが、サーニャの反応の無さを見て、一言。
「ねえサーニャ聞いてる?」
「……うん」
つまんな~い。ルッキーニは大きなあくびをしながら心の中でそう呟いた。
いつもそう。サーニャは無口で、無愛想で。構ってるのは変わり者のエイラ位じゃん。
あー、シャーリー居ればなあ。思わず声に出しかけたが、サーニャの何処か寝惚けた
様な、それでいて真剣に何かを探す顔つきを見て、思わず言葉を変えた。
「ねえ、ネウロイ何処? あたしには見えないけど」
「今は雲の中。動いてる」
「どっちの方角?」
「ここから北北西……いま、北に進路を変えた」
ミーナからの無線で追跡する様指示を受ける。ネウロイに合わせて進路を変更する。
夜戦に慣れない、そもそもあまり夜更かしをしないルッキーニには、直接戦闘の無い
夜間哨戒は酷い眠気と退屈の塊でしかない。
「う~ん……あたしも一緒に飛ぶ意味あったのかな~」
思わず口にする。サーニャの返事は無い。
「ねえ、聞いてる?」
「待って」
「?」
突然フリーガーハマーの安全装置を外し、構えるサーニャ。ルッキーニの真横で
吹かされるバックブラスト。一発、二発と立て続けに撃ち込んだ。
雲を裂き、弾頭ははるか先で爆発した。
「ネウロイ? やった?」
「ダメージは与えた。でも様子がヘン」
「ヘンって?」
「ちょっと待って」
サーニャは無線を呼び出すとミーナに報告をした。
「ミーナ中佐。敵にダメージを与えました。でも動きが……」
『サーニャさん、こちらでも動きをある程度把握しているわ。今からそちらに
増援を出すから、それまで持ち堪えて。増援が付近に到着したら、
改めて指示を出すから』
「はい」
『深追いは禁物だぞ、いいな。くれぐれも注意しろよ』
ミーナと美緒から指示が飛んでくる。
「了解しました」
「ねえねえサーニャ。様子がヘンってどう言う事?」
「それは……」
とっさにうまく説明出来ないサーニャに、ルッキーニは苛立った。
「もう、わかんな~い! もうちょい近付いて、とどめさそうよ」
「え、でも」
「大丈夫、あたし射撃うまいんだよ? ちょっと先行くだけだから平気」
ルッキーニは躊躇うサーニャの腕を取り、ネウロイの後を追った。
突然、二人の周囲を濃い霧が包んだ。
「?」
「なにこれ? 辺りが全然見えない」
「私も……レーダーの反応が……」
「え? どう言う事? 戻る?」
「位置が……」
「ウニャ? ……あれ? さっきまで見えてた星が……」
「連絡が取れないだと?」
叫んだ直後に豪快なくしゃみをかます美緒。
「今度のネウロイもやっぱりおかしいわ。この動き、絶対何か有る」
ごほごほ、と咳混じりに答えるミーナ。
「呼び戻せるか?」
「無理よ」
「なら、増援組に警告を……まさか、既にこっちも?」
「う~、寒いナ」
「当たり前だろう? 雨の中を飛んでるんだから。スオムスじゃこの程度の寒さ
なんて普通じゃないの?」
「そう言う寒さじゃナイ。……て言うか大尉こそ顔赤いけど大丈夫カ?」
「見ての通り、熱くて仕方ないよ。そう言うエイラは顔真っ青だけど」
後発の増援組、エイラ、シャーリーの二人は隊員の中では
比較的症状が軽い(と無理矢理に自己申告した)ので、
ミーナから指示を受け、迷走するネウロイを追撃する段取りで飛行を開始した。
だが激しい雨中、そして二人共風邪っぴきと言う事で、飛行状態は普段に比べて
かなりルーズだった。
「もうすぐネウロイの居るエリアだナ」
「さっさと終わらせて、早く帰って寝たいよ。身体だるいったら」
「……ン? 今指揮所から何か通信が無かったカ?」
「いや? 何にも? エイラには何か聞こえたのか?」
「……おかしいナ。空耳かナ」
通信機の状態を確認する。通信機自体は正常に動いている様だが、肝心の通信……
司令所や遠方の味方との連絡が通じない。
「ただの雨ならここまで通信状況が悪くなる筈無いんダケド」
考えを巡らせるエイラ。思わずぞくぞくと身体を震わせる。
「やっぱ寒い?」
つつと手を握るシャーリー。エイラの手はぞっとする程冷たかった。
「冷たっ!」
「大尉の手が熱いんダ!」
「じゃあ、二人合わせればちょうどよくならないか? どうよ」
「どうよって言われてもナー」
「ほら、おでこもこんなに温度違う」
飛行しながらおでこを合わせる。
確かにエイラの額は冷たく、シャーリーのおでこは真逆だった。
ちょっとキモチいいかも、と錯覚するふたり。
「だあっ! 何やってんダ私達? 早くサーニャと連絡取って」
あたふたと頭を振って慌てふためくエイラ。
「連絡……つうか、隊長から指示が出るから、先行してる二人と合流して
追撃するんじゃないの?」
素に戻って肝心の事を思い出すシャーリー。
「そうソレ! その後!」
「その後? サーニャがやっぱり気になる?」
ふふーん、とハナで笑うシャーリー。
「な、なんだヨ。ルッキーニも一緒だろ? 大尉も心配とかしなくていいのカヨ」
「あ、そうだった! あいつ夜戦あんまし得意じゃなかった気がするんだよなー」
「尚更じゃないカ」
「でも、心配はしてないよ。あいつはあいつで、やるときゃやるからさ」
「ほう。まるでルッキーニの全部を知ってるみたいな言い方ダナ」
ニヤリとするエイラ。
「あんたら程じゃないよ」
気丈に会話しつつも、シャーリーは若干目のかすみを感じていた。雨のせいか、
霧のせいか、風邪のせいか。
ふと見ると、エイラも目をごしごしとこすっては、辺りをしきりと気にしていた。
「エイラどうした」
「いや、何か、いつもの雨と違わないカ?」
「確かに、あたしも妙な感じがする」
「このままでは方位が分からないナ。一旦雲の上に出ヨウ」
「了ぉ解」
二人は勢い良く上昇を始めた。
サーニャはじりじりとノイズばかり拾うレーダーから、“動き”を捉えた。
「居た」
「どこ? どっちの方角?」
「ええっと……」
星も見えない。いつの間にか方位も見失っている。言葉で指し示す手段が無くなった
サーニャは、ルッキーニに近付くと、指さした。
「ここからまっすぐ、こっちの方角。距離、4500。加速した。上昇してる」
「全然見えないよ~」
「もう少し上を狙って。私も一緒に撃つから」
「分かった」
「そう、その辺り……あと3秒」
「当たれ~!」
二人は射撃を開始した。
エイラは激しい悪寒を感じた。横を飛んでいたシャーリーの腕を強引にひっつかむと、
急下降した。
「ちょ、ちょっと、エイラどうした?」
慌てるシャーリー。しかし直後、二人が居たであろう場所に、数発のビームと実弾が
飛来し、通り過ぎ、やがて爆発した。
「な、なんだ?」
「ネウロイ?」
“的”にされぬ様、そのまま腕を組んだ状態でジグザグに飛行する二人。
「とりあえず、礼を言っとくよ」
熱のせいか顔が紅いシャーリーはにやっと笑った。
「ひとつ貸しだからナ」
エイラも青白いながら、いつもの戦闘の時に見せる、精悍な顔つきに変わっていた。
「外した」
「え? マジで?」
驚きを隠せない二人。夜戦で腕を鳴らしたサーニャ、元々遠距離射撃には
絶対の自信を持っていたルッキーニの二人がかりでも、弾はかすめもしない。
「警戒して、不規則な動きに変わった。距離ほぼ変わらず、4400」
「サーニャ、どうする? もう一回撃ってみる?」
「動きをよく見てから……待って、また上昇しようとしてる。そこを狙う」
「もしかしてさ」
「?」
「さっき、指示のタイミングがずれたから外したとか?」
「そ、それは無いと思う」
「わかんないよ?」
ルッキーニは悪戯っぽく笑うと、サーニャと肩を組んだ。ぴくりと肩を
一瞬震わせるサーニャ。
「こうすれば、タイミングもバッチシ。いけるっしょ」
「う、うん……」
「サーニャは」
「?」
「エイラとこう言う事したりしないの?」
「え?」
「肩組んだり、おんぶしたり、だっこしたり、肩車したり」
「……しない」
「まあ、普通に戦う時はフツーに飛んでればいいけど、そうじゃない時もあるし」
無邪気に笑うルッキーニをぽけっとした眼差しで見るサーニャ。
(そう……だから、ルッキーニちゃんはイェーガー大尉と)
少しだけ謎が解けた気がする。
「じゃあ、もう一度行くよ。……方角はあっち、距離4300、次に上昇に転じた所を
狙う……今!」
フリーガーハマーとM1919A6が同時に火を噴いた。
エイラはシャーリーの手を取り、上昇から突然のロール、そして急降下に移った。
「エイラって案外過激な機動するねえ……うわっ」
念押しのループ。またしても、数発の散発的なビーム、そして数発の実弾が
すぐ脇をかすめる。背後で爆風を撒き散らす実弾があった。
「またかよ?」
「上昇しようとすると狙われる。しかも正確ニ」
「ずっと雲の中に押し留めとくつもりかよ?」
とりあえず回避運動を続けながら周囲を旋回する。
「ありゃなんだ?」
「ネウロイなのカ?」
「でも、実弾も有ったよな?」
「さっきのあれ……、サーニャのフリーガーハマーなのカ?」
「一緒に飛んで来た曳航弾も、なんかどっかで……まさか」
青ざめるシャーリー。
「もしかしてあたし達、ネウロイと、先行してる二人の戦闘に巻き込まれてる?」
「うーん」
「なら離脱した方が良いんじゃない? このままだと誰にやられるか分からないよ」
「それが、妙なんダ」
「何が?」
「私達の方向にばかり来る。ビームもそうだけど、何故か必ず実弾が飛んでくる。
おかしいとは思わないカ?」
「どう言う事だ?」
「この霧と雨……」
エイラに言われて辺りを見回すシャーリー。
「敵も味方も見えない。方角も分からない。おまけに通信もダメ。
そして攻撃だけやってくる。さて、どうするか」
う~ん、と首を回して少し考えた後、シャーリーは唐突に提案した。
「試しに撃ってみるか?」
M1911A1の銃口を諸々の弾が来た方向に向ける。
「ま、待っタ!」
エイラが腕を引っ張る。
「? なんで?」
「同士討ちの危険が」
「そんな、まさか……」
「私達は、私の先読みの能力があるから、今まで無傷で済んでるんダ。
でもあの二人にはそんな能力は無い。もし当たったら」
「ま、まさか……」
固まる二人。
はっとするエイラ。咄嗟にシャーリーの腰に腕を回して精一杯右に逸れる。
またしても、ビームと実弾が襲い来る。
「大胆な事するね」
感心するシャーリー。なにせエイラが腰に腕を回してひしと抱きしめた状態に
なっている。誰かが見たら明らかに勘違いするであろう格好だ。
「うう……仕方ないダロ。何回貸しが出来たと思ってるんダ?」
「はいはい。感謝してますよっと。今度エイラのストライカー、チューンしてやる
からさ」
「洗濯当番の交代でいいゾ」
「なんかやけに現実的な要求だな……基地に帰ってから決めない?」
「当たらない」
焦りの色を隠せないサーニャ。その顔色を見て心なしかうろたえるルッキーニ。
「どうしよう。何も見えないんじゃサーニャだけが頼りなのにぃ~」
「どうして? 反撃してこない……」
思わず呟く。
まさか前と同じ手を? サーニャは、以前芳佳とエイラとの三人で経験した
夜間戦闘を思い出す。同じネウロイだとしたら……。
「ねえねえ、どうしたの? なんか分かった?」
「前に交戦したネウロイも、最初はやっぱり何もしてこなかった」
「じゃあ今度のネウロイもそいつと同じって事?」
サーニャは、分からないとばかりに首を振った。
「もう、どうすんの? その時はどうしたの?」
「色々有って、最後には倒したけど……」
「それじゃ答えになってない!」
「とにかく、私達も、頑張って当てないと。じゃないと……」
「分かった。もう一度撃ってみる? 残り弾数大丈夫?」
「あと四発」
「あたしも残り少ないよ。よく狙おう」
こくりとサーニャは頷いた。
息を整える。サーニャの呼吸が、ルッキーニにも伝わる。
ふと、ルッキーニはサーニャの顔をまじまじと見つめ、声を掛けた。
「サーニャ、何か少し変わった?」
えっと言う顔をするサーニャ。
「昔よりも、少し力強く見えるって言うか……」
よくわかんないけど~、と最後を締めくくるルッキーニ。
「私達、チームでしょ? ……負けられないから。絶対に」
少し前の出来事を思い返しながら、サーニャは言葉を選んだ。
いつ攻撃を受けるか分からない状況の中、エイラとシャーリーは
お互いに抱き合った格好で回避運動を続けながら、考えを巡らせていた。
「で、どうすれば良い?」
「私は、反撃には反対ダ。さっきの見たダロ? あの弾、どう見てもサーニャと
ルッキーニのじゃないカ」
「もしかして、ネウロイに操られてるのかもよ? だとしたらどうするんだ」
「ビームも撃って来るのカヨ? そもそも、ネウロイに操られるなんて事……」
ここではっと思い出すエイラ。
数年前、スオムスのカウハバ基地で起きたとされる、ネウロイ絡みの“噂”。
あくまでも噂だが、もしも同じ様な事がサーニャ(とルッキーニ)の身に
起きているとしたら……。もし噂通りの事が起きているなら、サーニャを……
「だ、ダメだ、私は……」
「情けないヤツだなあ」
「じゃあ、大尉は撃てるのかヨ? 仲間を」
エイラの、困惑を超えてある意味懇願の顔で見つめられるシャーリー。
「そりゃあ……その……」
尻すぼみな返事になってしまうシャーリー。ルッキーニの弾ける様な笑顔を
思い出すと、トリガーを引く気にはなれない。気が進まない。微妙、かも。
押し黙ってしまう二人。うつむき、どうするか困惑する。
ちらりとエイラはシャーリーを見た。シャーリーもつられてエイラを見た。
二人は、お互いの表情を見ると、なんだかおかしくなって小さな笑みをこぼした。
同じ顔をしてる。
「あたし達、意外と似たモノ同士かもね~」
「な、なんダいきなり?」
紅潮したシャーリーの顔には、いつしか、ひとつの決意がみなぎっていた。
「よし、分かった」
「?」
「この雨と霧に包まれててもラチが開かない。一気に距離を詰めよう」
「ネウロイに向かって突進するのカ?」
「エイラは攻撃を先読み出来るから、あたし達は大丈夫だろ?」
「まあネ」
「それにこっちが撃たなければ、少なくともあいつらはあたし達の銃弾では
傷付かないだろう。多分」
「楽観的だナア」
「それに、もしかしたらこっちが急激に動く事でネウロイの動きを逆に攪乱させる
事だって出来るんじゃない?」
「ナルホド。そうしたら、……そうか、サーニャ達の弾もネウロイに当たるかも
しれないって事カ?」
「いや、そこまでは考えてなかった」
苦笑いするシャーリー。
「考えて無かったのカヨ。ネウロイの遠隔操作だったらどうすんだヨ」
「その時はその時で、ネウロイとは別に二人に会えるだろうから良いじゃない」
「まあ……確かにそうだけド」
「あたしは音速を超えたんだ。どんなネウロイでも追いついて突っ切ってみせるよ」
「でも、サーニャ達と正面衝突だけは勘弁するんダナ」
「それはエイラが先読みしてくれよ」
「それは多分無理ダナ……」
「じゃあ決まりだな。良いよな?」
「どうせ返事は聞いてないんダロ?」
「ご名答! そのまま掴まって! いっくよ!」
シャーリーとエイラは抱き合ったまま、ビームと銃弾が飛んで来た方向へ
一直線に加速した。
「回避は任せたよエイラ! 一気にひとっ飛びだ!」
今までに無いスピードで、シャーリーとエイラは霧の中、突っ込んで行った。
「!」
「どうかした?」
「こっちに向かって来る。この速度……やっぱり通常の航空機じゃない」
「じゃあ、ネウロイ?」
「この前のと、同じ……」
フリーガーハマーを構えるサーニャ。
しかし、レーダーは奇妙な違和感を捉えていた。
焦点が、かすんで、ダブる。
「違う」
「なにもう、どっちよ?」
「ルッキーニちゃん、こっち。構えて」
「え? こう?」
「距離3500……3200……速い……2800……」
サーニャは“胸騒ぎ”を覚えていた。嫌な予感と言うか、ある種の直感が頭に響く。
違う。
この前のネウロイじゃない。
もしかして……仲間?
考えていたつもりが思わず声にでてしまう。
「仲間ってどう言う事よ?」
「音速に近い速度で飛べる飛行物体って、ネウロイの他に……」
「いるよ! シャーリー、この前音速を超えたんだよ?」
はっとする。そして、思い出す。
いつも、そばにいるあのひとの顔。
突然、目の前が赤く染まる。
反射的に回避するも、禍々しい赤色の光線に撃たれ、サーニャのストライカーが
一部破損する。
「サーニャ! 大丈夫!?」
「これくらい平気」
「やっぱりネウロイじゃん!」
サーニャは攻撃される瞬間、今までレーダーで捉えていたものとは“別”の何かが
同軸線上にある事を感知していた。今はまた反応が消えているが、間違いない。
サーニャは慌てるルッキーニに言った。
「目の前に居るのは、ネウロイだけじゃない」
「え?」
「私達を狙ってるのは、確かにネウロイ」
「ジャジャジャ、どうすればいいの?」
「距離2000……1800……構えて、もう少し下を狙って」
「え? こう?」
サーニャはルッキーニに片腕を沿え、直接照準を指示した。
「今よ、撃って」
訳が分からないまま、ルッキーニは弾丸を連続発射した。
「良いの? もし……」
「大丈夫」
コンマ数秒遅れてフリーガーハマーを全弾発射したサーニャには、ある確信があった。
「エイラなら」
エイラはシャーリーに的確な指示を出していた。
「チョイ右、下、次左」
紙一重で、ビームと曳航弾が脇をかすめ通って行く。
前方で、激しい爆発音が聞こえた。唐突に霧が晴れる。
「おお!」
「出タ!」
円形の、サラダボウルを重ねた様な不思議な物体。明らかにネウロイだった。
それが目の前で突然裏側から激しいフリーガーハマーの攻撃に晒され、
コアが露出し、砕け、爆発した。
「うわッ!」
慌てて防御シールドを張るシャーリーとエイラ。二重になった強固なシールドは
ネウロイの破片を弾き飛ばす。
「た大尉、止まレ! ぶつかる!」
「え? ……うひゃああああ」
「ウワアアアアアアアアアア」
二人とも声にならない声を出した。ネウロイの破片を突き抜けた先に、
サーニャとルッキーニが居る。
シャーリーは止まろうと急制動を試みたが速度に負けてしまい急に止まれない。
それを見越していたエイラは何とか衝突を避けようと目一杯急反転を試みた。
二人の無理な機動が功を奏したのか、ぎりぎりの速度で……体当たりに近いかたちで
……スピンしながら、二組は交錯した。
エイラはルッキーニの腹に頭から突っ込んでいた。シャーリーは肩をサーニャの胸に
押しつけるかたちで停止していた。
「エイラ、いきなり酷い! 痛いよ!」
「私のせいじゃないんだナ……」
怒りを爆発させるルッキーニ。霧の中、いきなり爆発したネウロイの真っ直中から
猛スピードで直進し(しかも直前に機動が乱れて)ぶつかった衝撃は
かなりのものだ。元居た場所から数メートル以上も後退していた。
「大尉……それ私の武器」
「え? あ、ああ」
一方のシャーリーは、何とかしようともがいた挙げ句、身体をサーニャに預け、
何故かサーニャのフリーガーハマーをがしっと握りしめていた。
それぞれが抱きかかえられ、何とか体勢を元に戻す。
ここではじめて、四人がそれぞれの顔を、落ち着いた状況で見る事が出来た。
はあ、と安堵の溜め息を付く暇もなく、ルッキーニがシャーリーに詰め寄る。
「シャーリー! 何で連絡くれなかったの!? 何でこんな無茶したのよ?」
「いや、仕方なかったって言うか……お前らも通信途絶えてただろ?」
「だからって……」
「ごめんよルッキーニ。この通り」
「心配したんだからぁ」
すねるルッキーニを優しく包み込むシャーリー。
端で二人のやり取りをみていたエイラとサーニャ。
サーニャがそっとエイラの袖を引っ張る。
「うん? どうしたサーニャ? どっか悪いのカ?
……て言うか被弾してるじゃないカ! 大丈夫カ!?
さっきのネウロイにやられたのカ?」
「私は平気。エイラ」
そっと腕を回し、エイラを抱きしめる。エイラの胸に顔を埋め、
大きく息を吸い、吐いた。吐息がエイラの服を通して、暖かく伝わる。
「エイラならきっと……って信じてたから」
「そっか。良かっタ」
エイラは少し震える手で、サーニャの頭を撫でて、呟いた。
「私達の方が撃たなくて、ホント良かっタ」
『……ぇるか? シャーリー、エイラ、サーニャ、ルッキーニ、応答せよ!
繰り返す、シャーリー、エイラ、サーニャ、ルッキーニ、返事しろ!』
所々にくしゃみが混じる怒号が四人の通信機に響く。
「少佐……今頃かよ」
ルッキーニをハグしていたシャーリーは苦笑いした。
つられて、エイラとサーニャも笑顔を見せた。
「今回のネウロイは、明らかに同士討ちを狙ったものだった」
「そうね。外部との通信、位置情報を遮断した上で別方向からの攻撃を
同士討ちへと持ち込むとは……」
「相当に高度かつ変則的なネウロイ、と言わざるを得ないな。
……上の連中には、この事を何処まで報告する?」
「そうね……今回は本当に偶然で倒せたから良かった様なものの」
「偶然、か?」
「必然と言いたいの?」
「私はそう信じたい。ミーナは?」
「同感だわ」
「ともかく、うかうかしてはいられない、か」
「早く治さないとね」
ミーナは同じベッドで隣に寝転がる美緒に声を掛けた。
「八度四分か……少しは下がった」
「私は八度三分……」
「私こそ、うかうかしてはいられないな」
美緒はミーナに苦笑いした。ミーナは美緒に向かい、微笑みかけた。
end