after dark


夕日が射し込むミーナの執務室。だいぶ体調を持ち直してきた四人が、先日の件で集まっていた。
「結局、例のネウロイはシャーリーとエイラ以外見ていないのか」
うーむ、と唸るトゥルーデ。
「ずっと雲と怪しげな霧に隠れていたからな」
当事者達から事情を聞いた美緒が簡単に説明する。
「けど、そんなやり口のネウロイなんて聞いた事ないよ。……私達だったらちょっとやばかったかもね?」
エーリカは悪戯っぽく笑うとトゥルーデの小脇をつついた。
「なっ! 私はあんな無謀な事はしない! ぞ?」
妙にムキになって反論するトゥルーデを、ミーナがたしなめた。
「とにかく、今後また同種のネウロイが出現した時の為に、対抗策を考える必要が有りそうね。
一度全員で話をしたいところだけど……」
「暫く先だな」
美緒がぽつりと答えた。
「あいつら……何をやってるんだ一体」
軽いいらつきを覚えるトゥルーデ。

その“大尉殿”から名指しされた“あいつら”は、何も出来ていなかった。
そもそも魔力の限界ぎりぎりまで戦闘と飛行をしていた上、エイラとシャーリーは風邪をおしての強行軍。
この二人は風邪をこじらせてしまい、自室ではなく、医務室のベッドにしっかりと寝かしつけられていた。
「……だるいナ」
「あたしも」
氷枕で頭を冷やしつつ、ぐったりとベッドに沈むエイラとシャーリー。
シャーリーは氷嚢の位置をずらしながら愚痴をこぼした。
「なんであたしらだけ医務室に隔離されてんだよ?」
「具合が特に悪いからダロ? だから医務室で寝かしてくれてるんじゃナイカ?」
「そういうもんかね? あたしは自分の部屋でゆっくり寝てたいよ」
「氷枕とか氷嚢の替えはすぐ来ないゾ?」
「……それは困る」
「薬も飲んだし、今日は休めヨ」
しばしの沈黙。
「暇だなー。誰か遊びに来てくれないかな~」
誰に聞こえるとでもなく、シャーリーは口にした。
「みんなまだ風邪治ってないんダ。それに任務も有るし、無理に決まってんダロ」
「あー、暇過ぎる」
「じゃあ、タロットでもやろウ?」
「遠慮しとく」
「なんで即答なんだヨ」
「誰か来ないかなあ~」
シャーリーからは、エイラのタロットから出来るだけ話を遠ざけたい感じが伝わってくる。
「そんなに言うならルッキーニでも呼んだらどうダ」
「それがさ。何処にも居ないんだって」
「大尉のとこにならすぐにでも飛んで来そうなモンだけどナ」
「風邪ひいたから避けられてるのかな~。まあ、来てうつしちゃったりしたらそれこそ可哀想だけどさ」
寂しそうに呟くシャーリー。ぼけっと天井を見つめ、ふとエイラに質問する。
「そう言えばサーニャは来ないのか?」
「魔力を使い果たして寝てると思う。来ないナ」
「あーぁ。お互いはぐれモノ同士かー」
「そんなんじゃネエヨ。で、洗濯当番の交代はどうなったンダ? だいぶ貸しが有るゾ?」
「治ったらね……」
適当にだらだらと会話しているうちに、薬が効いてきたのか、ゆるゆると眠気がやって来る。
やがて二人とも口を閉ざし、瞼を下ろし、静かになった。

「エイラ、ねえ、エイラ。エイラったら」
うん? と目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。
部屋の中は、ほのかにランプが点いている以外は暗く、窓の外も闇に覆われている。
思わず寝惚けて「キョウダケダカンナー」と言いかけ、ぎくりとする。
目の前に居るのはルッキーニ。湯気たちのぼる鍋を脇のテーブルに置き、手にはスープ皿を持っている。
「なんだ、ルッキーニかヨ。何の用ダ?」
「シャーリーに食べて貰おうと思ってがんばって作ったのに、起きてくんないんだもん」
シャーリーに目を向ける。熱でうなされていた。ルッキーニに無理矢理揺さぶられたのか、妙な寝言も呟いている。
「ば、バカ。あの状態で起こす奴があるカ? ちょうど薬も効いてきて、ようやく眠って……」
「一緒に起こそう?」
「やめろっテ。死ぬほど疲れてるんダ。そっとしといてやれヨ」
「えーっ。せっかくがんばって作ったのにィ。特製のスープ……」
指をくわえていじけるルッキーニ。
「後で起きたら、食べさせてやれよ。喜ぶゾ」
「ダメなの!」
「何がダヨ。大声出すなっテ」
「いっぱいいっぱい、おいしくなーれ、風邪なおれーっておまじない込めたんだよ?
今すぐ食べなきゃダメなのぉ!」
「だから人の話聞けヨ。病人はそっとしておかないと治りも……」
「じゃあエイラ。これエイラが食べてよ」
「何でそうなるんダ……私も病人なんだゾ一応」
うう、と呟いてベッドに倒れ込むエイラ。
数秒の沈黙。
戦闘の先読みではないが、何となく次にルッキーニがやりそうな事が分かる。
「つぅまぁんなぁ~い!」と医務室中で騒ぎ出すんだきっと。
ルッキーニの顔を見る。確かにつまらなそうな顔をしてはいたが、どこか悲しげで、
寂しさが漂っていた。
「んもう、しょうがないナァ」
エイラは重い身体を起こすと、ルッキーニと向き合った。

「おいしい?」
身を乗り出してしきりに質問するルッキーニ。
「おっ、薄味か? これは胃に優しいゾ。ちゃんと病人の事考えてるんダナ」
感心するエイラ。
「えっ? シャーリー濃いめの味付け好きだから、すっごい濃くしたんだけど」
「……舌が鈍ってるのか私ハ」
エイラの皿から一口すくって味見したルッキーニは「ウニュッ」と言って一瞬顔をしかめた。
「お前……どんな味付けしたんダヨ」
「普通の作り方だとね、もうちょっと味薄いんだよ?」
「今の私には分からない……困ったナ。でもとにかくな、ルッキーニ。
病気の時はあんまり濃い味の料理は良くないンダゾ」
「シャーリーなら大丈夫だもん。普段から濃い味好きだもん」
「そう言う問題じゃないし……私はシャーリーじゃないんダナ」
さっきまで何ともなかったみぞおちの部分が急激に重く、焼ける感じになる。
「なんか、胃が痛くなってきたゾ……うう」
青白い顔になったエイラはもぞもぞと毛布にくるまり、ぐったりとベッドの上にのびた。
「ちょっとエイラ! なんで寝ちゃうのよ! ……つまんなーい!」

「……あれ? ルッキーニ? お前何やってるんだこんなとこで?」
「あ! シャーリー起きた!」
ちょっとした騒ぎに気付いて上半身を起こしたシャーリーの胸にすかさず飛び込むルッキーニ。
いつもの様に顔をこすりつけて、満面の笑みを浮かべる。
「さっきね、シャーリー起こそうってエイラに言ったんだけど、エイラがダメだって言うから」
「あたし、寝てたのか……全然気付かなかったよ」
「そんでね。シャーリーのために、がんばってスープ作ったんだよ! 食べて!」
「おお、嬉しいね。ちょうど腹減ってたんだ」
「少し冷めたけど、いい?」
「ルッキーニの作ったものならなんでも」
弾ける笑顔を見せるルッキーニ。
「ジャジャーン! あたし特製、麦と香味野菜のスープ、シャーリー専用スペシャルバージョンだよ!
シャーリー元気にな~れって、おまじないいっぱい込めたんだよ?」
「楽しみだなあ。どれどれ? お、うまそうな匂い」
「たくさん食べて元気になってね!」
「ありがとう。……うん、うまい。おいしいよルッキーニ」
「ホント? うれしい!」
「わ、飛びつくなって、スープこぼれる」
「だって、エイラったら、濃すぎるとか文句ばっかり言うんだもん」
あはは、と朗らかに笑うシャーリー。
「あいつには少し合わないかもなぁ。あたしに味合わせてくれたんだろ?」
「なんでわかったの?」
「そりゃ、見て分かるし、匂いでも味でも分かるし、ルッキーニの顔見ればすぐに分かるさ」
それにさっき“あたし専用”って言ってたし、と内心呟くシャーリー。
「やったー! さすがシャーリー!」
満面の笑みを見せるルッキーニの横で、シャーリーは食欲を満たすべく、スープを無心でかきこみ、
何杯もおかわりをした。何度かスープ皿がシャーリーと鍋の間を往復した後、ルッキーニが言った。
「シャーリー、もうないよ」
「あれ、全部食べちゃったか」
「もう少し作れば良かった~。ごめんシャーリー」
「良いって。あんまし食べ過ぎても良くないし。ありがとな、ルッキーニ」
スープ皿を横のテーブルに置く。
ルッキーニはそれを見るやぴょんとベッドに飛び乗り、シャーリーに身体を預けた。
「ねえシャーリー。いつ風邪治る?」
「じきに治るさ。おいしいスープももらったし。あとは一晩も寝れば大丈夫」
「すぐ元気になれるおまじない」
ルッキーニは肩に腕を回し、少し背を伸ばすと、シャーリーのおでこにキスをした。
その後少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、シャーリーの懐に顔を埋めた。
「早く元気になって。お願い」
「ありがとう。やっぱりルッキーニは最高だ。もう元気になった」
「ホント?」
「あたしは嘘は言わないよ。ほら」
ルッキーニを両腕で抱えると、改めて自分の身体の上に乗せ、そのままそっと唇を重ねた。
ほんのりとした軽いものだったが、二人の気持ちを確かめるには十分だった。
「シャーリー、大胆~」
「もうこんだけ出来るって事さ。心配要らないよ」
「うん。シャーリー大好き」
ルッキーニはシャーリーに抱きついた。シャーリーも優しく抱き留める。
二人だけの時間が流れていく。
ずっとこうしていたいけど、このままだとシャーリー治らない。ルッキーニは軽い矛盾に戸惑いながらも、
シャーリーの落ち着いた笑顔を見て、改めて笑顔を見せた。
シャーリーも、同じ事を考えていたのか、きゅっとルッキーニを抱く力を強めた。
しかし壁に掛かる大時計はとても残酷で、刻の鐘でふたりの時の終わりを告げる。
「……あ、もうこんな時間」
「あれ、いつの間に」
「じゃ、そろそろあたし戻るね。また来るからね」
「大丈夫、明日にはあたしの方から行くよ」
ルッキーニは部屋から去る間際、シャーリーの顔を見ようと何度も振り返った。

暫く経って、医務室に現れた影がひとつ。
ぴくりとも動かないエイラのベッドを見つけると、音もなくそばに寄る。様子を伺う。
「あれ、エイラ……」
返事がない。ぐったりと寝込んでいる。
隣のベッドからもそもそと起きたシャーリーがサーニャの姿をみとめ、声を掛けた。
「あー、悪い。ルッキーニが何かしたみたいでさ。エイラ死ぬほど疲れてるんだ」
少し落胆した表情をつくるサーニャに、シャーリーは詫びを入れた。
「ごめんな」
「別に大尉が謝る事でも」
「いや、なんか、ね」
苦笑いをするシャーリー。
「お、その小鍋。もしかしてエイラに?」
うつむくサーニャ。
「優しいな。エイラ起きたらきっと喜ぶよ」
「冷めたら、美味しくなくなる」
「また温め直せば良いじゃないか」
こくりと頷くサーニャ。
「エイラが起きるまで、そばにいてあげたい」
うはー見せつけてくれるねーと内心思ったが、先程のルッキーニとの手前、
そんな事が言える筈もなく、シャーリーはベッドの横にある椅子を指した。
「まあ、立ってるのもなんだから、座りなよ」
サーニャはエイラの横にちょこんと腰掛けた。
黙ったままのサーニャに、シャーリーは問い掛けた。
「今日のスケジュールは?」
「この後、夜間哨戒」
「そっか。昨日の今日でもう夜間シフトか。きついなー。誰か援護は付かないのか?」
「私一人」
「ええっ? そりゃないよ中佐。あんなネウロイが居たって言うのに」
「他の人、まだ皆調子良くないから」
「サーニャだってヘトヘトになってたじゃないか。幾ら風邪引いてないからって酷いな」
「私が言ったの。一人でいいからって」
「なんで? また例の奴が出て来たらどうするんだ」
「この前倒したから、暫くはネウロイも出てこないから大丈夫だろうって、坂本少佐も言ってた」
「それとこれとは話が違うよ。出る出ないの問題じゃなくてさ」
「でも良いの」
そう言ったきりうつむくサーニャを見て、シャーリーは感心と呆れが混ざった表情を作った。
「いつもなら、何があっても一緒に飛ぶって奴が居るんだけどな、そこに」
言われた当の本人は起きる気配もない。
「あたしが飛べたら一緒についてやるんだけどな……さすがにちょっと今はまだきついかな」
「無理しなくて良いから」
「悪いね」
「あの」
唐突にサーニャから話を切り出されて、うん? と首を傾げるシャーリー。
「この前の戦闘……エイラを守ってくれて、ありがとう」
「サーニャは何を言ってるんだ? 守ってもらったのはあたしの方だよ」
きょとんとするサーニャに、シャーリーは言葉を続けた。
「エイラの予知能力が無ければ、あたしは今頃蜂の巣だったろうし」
「でも、大尉の速度が無ければ」
「とにかくさ、いいじゃない。みんな無事に帰ってこれてさ」
笑顔を見せるシャーリー。まだ何か言いたそうなサーニャに向かって、言った。
「エイラには貸しが有るくらいさ。ま、それも洗濯当番の交代で済むらしいけどね」
サーニャの顔が少しほころんだところを見計らって、シャーリーはベッドに潜った。
「悪いけど、少し眠いから寝るわ。エイラはそのうち起きると思う」
「ありがとう」
「じゃ、おやすみ」
シャーリーはそのまま静かになり、安らかな寝息が聞こえてきた。
サーニャはエイラの傍らで、静かに待った。

エイラは背後に何者かの気配を感じ、振り返った。
「ぅわ、サーニャ。どうした? 具合でも悪くなったカ?」
「エイラ、それ貴方」
「う」
自然と身体が跳ね起き、上体を起こしてサーニャと向かい合う。
「顔色良くない。まだ具合悪いの?」
「具合、悪くされたンダナ……いや、何でもナイ。サーニャ、悪いけど水くれないか?」
言われるまま、ベッドの横に置かれたボトルから水をコップに注ぎ、エイラに渡す。
自然と、手と手が触れ合う。
「サーニャ、手、冷たいゾ。どうした?」
「別に……」
「心配してくれるのは……スゴク嬉しいけど、サーニャは戻った方がイイ。私の風邪がうつるゾ」
「それで、いいの」
「な、なんで?」
「芳佳ちゃんが言ってた。扶桑の言い伝えで『風邪をうつすと、うつした方はすぐ治る』って」
「そんな迷惑な治し方が有るカ!? 私は嫌だかンナ。サーニャにうつすだなんて」
「エイラ」
サーニャに真正面から見つめられる。思わずどきりとするエイラ。
「早く、元気になって欲しいの」
そっと手を重ねる。
サーニャのてのひらは小さくて、冷たくて、力もか弱くて。でもエイラには分かる。
エイラの事を、何よりも大切に思ってくれるサーニャ。痛い程に分かる。
だから、エイラはサーニャの事が心配で、守りたくて……、でも言葉はいつも向こう側に跳んでしまう。
「そそそそう言えば、私も、どっかで誰かに聞いた事が、有ル。手が冷たい人は心が暖かい人だっテ」
じっと見つめるサーニャ。エイラはしどろもどろになりながら、言葉を続けた。
「だからサーニャ、その……」
「エイラの手、暖かい」
「風邪ひいてるから当たり前なんダナ」
「じゃあ、エイラは心が冷たいの?」
「そ、そんな訳あるカ! 私は……ええっと、その、ナンダ」
言葉に詰まる。あたふたと周囲に視線を彷徨わせる姿を見て、サーニャは微笑んだ。
「おかしなエイラ」
「と、とにかく、お見舞いアリガトナ。私は寝ル」
恥ずかしくなってベッドに横になろうとしたところを、ぐい、と予想外の力で手を引かれる。
ぎくりとするエイラに向かって、サーニャはぽつりと言った。
「ここに、ボルシチあるから……食べられたら、食べて」
席を立とうとするサーニャを、今度はエイラが押し留めた。
「まま待ってクレ」
「どうしたの?」
「そ、その……」
言葉が出てこない。自分の思いとはてんで違う方向の言葉が口に出る。
「ボルシチ食べたいんダ。……もう行くのカ?」
「もうすぐ、夜間哨戒の時間だから」
「そ、そっカ……」
行かないでクレ!
心の中でエイラは叫んだ。
でもサーニャの手はするりと抜け……
鍋を持ってサーニャは医務室から姿を消した。

嗚呼、と落胆するエイラ。幾ら考えても、心のつかえが取れない。じっと両手を見る。
最悪だ。せっかく来てくれたのに、何だかんだで追い払ってしまった……。
目の前が真っ暗になるエイラの傍らに、そっと湯気立ち上るスープ皿が置かれた。
驚いて振り向くエイラの横には、サーニャが立っていた。
「サーニャ? 何でここに? 夜間哨戒は?」
「お鍋温めて来たんだけど……どうかした?」
「た、頼みが有るンダ」
きょとんとするサーニャの手をそっと掴むと、エイラは、震える声、からからの喉を振り絞って、言った。
「私と、一緒に居てクレ。行かないでクレ」
言葉を聞くなり泣きそうな顔をするサーニャ。ぎくりとするエイラの傍らに腰掛け、優しく抱きしめた。
「何処にも行かないから。安心して」
「ほ、ホントカ? 良いノカ?」
「私も、エイラと一緒に居たい」
エイラは天にも召される気持ちで、サーニャを抱き返した。横でほのかに湯気を立てるスープ皿に目がいく。
「温めたのに、また冷めちゃう」
「サーニャが居てくれれば、それだけで良イ」
「それで良いなら」
「ああ、でも、食べるゾ。サーニャの作ったモノなら何でも食べるゾ」
「じゃあ、はい」
サーニャはスープ皿とスプーンを取ると一口すくってエイラの口元にそっと差し出した。
「じ、自分で食べられるから……その、……あーん」
抗しきれず、サーニャにスプーンで食べさせて貰う。嬉しさと興奮が混じり、心拍数が一気に跳ね上がる。
「お、美味しい」
「本当? 頑張って作って良かった……無理しないでね? はい、あーんして」
「あーん……」
サーニャに言われるがまま、子供みたいに口を開いたり閉じたりするエイラ。
エイラの妙に真剣で必死なさまを見て、サーニャは微笑んだ。
「急がないで。大丈夫」
そっとタオルで口の周りを拭いてあげるサーニャ。
「ありがとナ。なんか急に元気になってきたゾ」
スープ皿の中身が空になる頃、またしても大時計が大きな鐘の音で“とき”を告げる。
「時間じゃないノカ」
「エイラのそばに居る」
「嬉しいけど……ミーナ中佐に怒られるんじゃナイカ?」
「大丈夫。もう断ってきたから」
「うぇえエ!? いつの間に?」
「エイラ、とっても悲しい顔してたから」
表情で伝わってしまってたのか、と内心汗をかく。
「でも、何て言い訳したんダ? ミーナ中佐そんな簡単にシフトの変更許可してくれたのカ?」
「『無理しないで』って言ってくれた。替わりに他の人が飛んでくれる事になったの」
「そっか。替わってくれた人に今度お礼を……」
「ペリーヌさん……」
「なんダ、ツンツンメガネか。勝手に飛ばせとこう」
「エイラ、ひどい」
言いながらも、くすりと笑うサーニャ。食器を片付けると、エイラの横に座った。
エイラが手を伸ばし今度こそ肩を抱こうかと考えあぐねているところに、ぽふっと、サーニャの身体が預けられた。
軽さと柔らかさに、自然と肩を抱き寄せる格好になる。そのまま顔が近付き、胸が合わさる。互いの名を呼ぶ。
「サーニャ」
「エイラ」
お互いの鼓動が聞こえる。吐息が頬をかすめる。瞳の奥の深い部分に、吸い込まれそうになる。
寸前まで近付いて微妙な躊躇いを見せたエイラに、サーニャは迷わず、そっと口吻を交わした。
目を閉じる。
感じるのは、唇を通した、お互いの感覚。ふたりだけの空間。
五感を通じて伝わる、お互いのキモチ。
サーニャを抱くエイラの手は、少し震えていた。風邪のせいか、心の過敏さか。
サーニャはエイラに手を重ね、指を絡ませた。震えが不思議と止まる。
いつしか、ベッドに横たわり、抱きしめ合って、何度も口吻を重ね、心を確かめ合った。

夜明け前。
台所でひとり片付けをするサーニャ。
誰が先にやったのか、鍋がぞんざいにシンクに放り込まれ油まみれになっていた。
ルッキーニちゃんかな、と推測するサーニャ。鍋からほのかに漂う残り香は、ロマーニャの家庭料理を連想させる。
鍋と皿を綺麗に洗って、脇の棚に乾かす。ついでにもうひとつ片付けてしまおう。
きっと大尉も、ルッキーニちゃんの料理を食べて笑顔になったに違いない。
そしてきっと、二人ともすぐ元気になる。またみんなで空を飛ぼう。
そんな事を考えると、鍋洗いも楽しくなる。
「あらサーニャさん、早いのね」
ミーナだった。
美緒の朝は早い事で有名だが、ミーナも起床は早い方だ。たまに一緒のタイミングで姿を現す事もある。
慌てて返事をするつもりが、小さくくしゃみをしてしまう。
「あらあら。気を付けた方がいいわよ。みんな風邪ひいてるから、うつされない様にね?」
優しい笑顔で忠告をくれるミーナに、サーニャははにかんだ笑みを見せた。

end


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