mix-turegret 後日談もどき─北の空はいつも晴れ晴れ


不思議な色。
ふわりといい香りのする彼女の銀髪に触れながら、私は思った。単純な銀色じゃなくて、微かに柔らかな
黄味を帯びている。かといって眩しいほどの金色というわけではなく、やはり少しくすんだ、ぼんやりとした
輝きを放っているのだ。

一見すると硬質な冷たさを感じるのに、よくよく触れると温かさを秘めている。それはまるでこの人のようだ、
と私の目の前で座って足をぶらつかせているこの人を見ながら、私がいつもそんなことを思っているのを、
きっとこの人は知らないだろう。誰かを思いやったり、気遣ったり。その気持ちは人一倍にあるのにそれを
表に出すのをひどく嫌がる。そう言うのは私には似合わないだろ、なんてひょうひょうと笑んだり、そんなん
じゃねーよ、と怒ったように口にしたりして。私もこの部隊に配属された当初は彼女の真意がつかめずに
相当うろたえたものだけれど、そうして混乱するたびにみんなに「エイラは素直じゃないんだ」と励まされて、
ようやっとこの人はそう言う人なんだ、と理解することが出来たのだ。

…そうなんだよ、エイラさん。みんな、みんな、あなたの知らないうちにあなたのことをちゃんと見てたり
するんです。見ていて、心配して、もしも様子がおかしかったらどうにかしてあげたい、って思うんです。

昨日までの落ち込みぶりはどこへやら、今はひどく楽しげに調子はずれの鼻歌を歌いながら、たまに
ゆれたりしているエイラさん。今日はサーニャちゃんとお出掛けするのだと、満面の笑顔で言っていた。
エイラさんはサーニャちゃんが大好きだ。でもあまり一緒にいられなくて、ましてやお出掛けなんて滅多に
出来ることじゃないから嬉しいのだろう。昨日ハルトマン中尉の部屋の中でペリーヌさんとしていたやりとりと
いい、何だか本当にもう、『心配して損した』気分だ。それはあんな世界の終わりみたいな顔をされている
よりもずっと、今浮かべている幸せそうな顔のほうがよっぽどいいけれど。
そんなことより、ねえ、頭を動かさないでくれませんか。梳かせないじゃないですか。

いつもはさらさらとまっすぐなエイラさんの髪は、今日はいつも以上にひどい寝癖がついてしまっている。
少し長引いてしまった夜間哨戒から返ってきた私と芳佳ちゃんはちょうどこれから出かけるところだという
エイラさんとサーニャちゃんに出会って…そして私は即座にエイラさんを「ちょっと来てください」と部屋に
引っ張り込んだのだった。サーニャちゃんのことは、私の考えを読んだらしく苦笑いをしていた芳佳ちゃんに
任せておくことにして。今頃きっと、シャーリーさんやルッキーニちゃん辺りに着せ替え人形にされている
かもしれない。

「…エイラさん昨日、髪乾かさないで寝たでしょ」
「アー……いろいろあってソンナ暇なかったんだヨ」
「もー、ぼさぼさですよお。こんな髪で出掛けようとするなんて、サーニャちゃんが可哀想です!」
「?ナンデ?……いてっ!!ナニすんだよリーネッ!」

椅子に座った自分のすぐ後ろにいる私を見ようとしてエイラさんが顔を上げて、そして心底訳がわからない
といったように首をかしげた。ああ、もう、だから頭を動かさないで下さいってば!そんな気持ちと彼女の
発言になんだかおなかの辺りがむずむずして、思わず手に持っていたブラシのでエイラさんの頭を軽く叩く。

「エイラさんって、デリカシーがないってよく言われませんか?」
本当にもう、この人は。自分だっておんなじ女の子なのに、乙女心が全く分かってないんだから。思いながら
尋ねる。答えはすぐに返ってきた。
「サーニャに言われたことは無イ」
「…それは、おめでとうございます」

サーニャちゃんにまで言わせるようだったらあなたはもう人でなし同然ですよ、わかってるんですか。そう
言ってやりたくなったけどすんでのところでこらえることにした。サーニャちゃんには言われたこと無いん
だったら、他の人はどうなんだろう?例えばスオムスでの仲間とか。尋ねてみようと思って、やっぱりやめて
おく。だって寂しいじゃない。どんなにエイラさんがそのことを話したって「うん、そうですね」って笑い合えない
んだもの。だからかな、そう言えば私たち皆、『今』以外の話はあまりした事がなかった。正確にいうと、この
部隊に配属される前の話は。

…まあ、そんなことは今はいい。それよりも思ったことが私にはあった。


(やっぱり、サーニャちゃん基準なんだ)

今まで誰にそれを言われたかということよりも、今のこの人にとったらサーニャちゃんひとりがそれを言ったか
どうかが問題なのだと。
エイラさんは基本的に誰にでも優しい。たとえば誰かが目の前でぽろりと落とした物を拾ってやるような軽い
感覚で、何気ない優しさを振りまくことの出来るような人だ。そのぐらいのさりげなさで、なんてことないと
いった顔で、ひょいとエイラさんはその手を差し出すのだ。
そしてそれだけで満足して礼も言わせずに去っていくような、そんな人でもある。お礼を言ったら顔を背けて
口を尖らせてしまうような、そんな人だったりする。もちろんそんな態度をしたって内心はとても喜んでいるの
を私は知っているけれど、いかんせんこの人はそれを表に出すのを『カッコわるい』と思う性質らしいのだ。
…私には全然理解出来ないところけれど。

とにもかくにもそんな人だから、必要以上に他人に好かれようとも思っていないらしい。好かれるとも思って
いないらしい。…だから、きっと、エイラさんはサーニャちゃんひとりに好かれていればそれだけでとてもとても
幸福なのだろう。そのほかの人が自分にどんな気持ちを寄せているかなんて興味がないから、気付こうとも
しない。ある意味とてもわがままな人。

「ああ、そうダ」
ふと思い立ったようにエイラさんが呟いた。私の中でもやもやとくすぶり続けるこの妙な気持ちなんてお構い
なしに、彼女の中で先ほどまでの話は完全に完結してしまったらしい。

「アリガト、リーネ」

にこ、と微笑まれて、少し頬が熱くなった。…普段は大抵ぼんやりとした顔をしているくせに、突然こんな
子供みたいな顔をするのはずるい。それでも平静を保っていられたのは夜間哨戒から帰ってきたばかりで
少々頭がぼんやりしているからだ。ほわん、と頭の中でエイラさんの特徴的な声が反響していくだけで、
上手く物事が考えられないからだ。
なんのことですか、と尋ねたら怒ってくれたことだ、と言った。先ほどとは別の意味でまた顔が熱くなる。
あ、あれはその。答える言葉はしどろもどろ。だって、蒸し返されるとは思っていなかったから。出来れば
忘れて欲しいとまで思っていたから。

「サーニャを心配して怒ってくれたんダロ?…ごめんナ」
「…そんなこと、別にいいですよ。だって仲間じゃないですか」
「でも、アリガト」

ここで否定しても彼女は譲らないのだろうから、私はそれ以上何も言わずにブラシを動かす作業に戻る
ことにした。先ほど温かくしたタオルで少し湿らせた髪は、だんだんと普段のまっすぐさを取り戻していく。
癖の掛かった私やサーニャちゃんの髪と違ってエイラさんの髪は惚れ惚れするくらいのストレートだ。それは
いつだって落ち着いていて、大切なものばかりを見ているこの人の性格に良く似ている気がする。

可哀想だと思ったのは、サーニャちゃん。許せなかったのは、あなた。
けどそれはサーニャちゃんのためじゃなくて、ただひたすら私自身のためだったと、この人はいつか気付く
だろうか。…考えるまでもなく、気付くことなんてないだろう。この鈍感な人がそんなことに興味を持つわけが
ない。

些細なミスと、どじばかりの私。いつも落ち着いていて、悠然としているあなた。嫉妬は羨望へ、羨望は
憧れへ。憧れは…恋情へ。ゆっくりと時間をかけて、自分でも気がつかないうちに抱いていたこの気持ち。
届くわけがないって、気付いた瞬間から分かってた。だからせめて幸せでいて欲しいと願った。割り込んだり、
ましては引き裂くなんて考えられないくらいで仲良しでいてくれれば、私は生まれて初めて抱いたその想いを
ゆっくり、またゆっくり、過去のものにしていけるだろうと。
だから、サーニャちゃんを泣かせたエイラさんに怒りが沸いた。私自身の身勝手な押し付けに過ぎないと
分かっていても、二人には、サーニャちゃんとエイラさんには、いつも幸せでいてくれないと困る。困るから。



「あとエイラさん、もしかしてその格好のまま出掛けようとしてたんですか?…ブリタニアまで」
「ん?だめなのカ?」
話題を変えるように、気持ちを切り替えるように、彼女の格好を指摘すると再び首を傾げられた。すっかり
落ち着いた銀髪の下に、見慣れた水色の軍服が見える。

「だってサーニャちゃんとお出掛けですよ。ふつうもっと、おしゃれしようとか思いませんか?」
「どうしテ?…アアアアア、イタイ、痛いってバ!」

「エイラさん、デリカシーがないってよく言われるでしょう?」
「…ついさっきリーネに言われタ」
「サーニャちゃんは私服だったでしょ!それで、エイラさんはなんでいつもと同じ格好なんですか!」
「いーじゃん、別にいつもの格好デモ……アダダダダ、だから、痛いって!ブラシで叩くナ!!」

振り返ってにらみつけてくるけれど、もちろん本気じゃないから全然怖くない。目じりに浮かんだ涙がまるで
子供みたいだ。
「なんかリーネが私に対してひどくなった気がスル…」
「エイラさんがサーニャちゃんに対してひどいからですよ。ほら、私の服を貸してあげますから脱いでください!」
「エー!いいダロ別にー!」
抗議の声を上げるエイラさんのことなんて放っておいて、私は前に回り込んで彼女を立たせるとその服の
ボタンをはずし始めた。そう、実家にいた頃弟や妹にしてあげていたのと同じように。それと変わらない作業
だと、言い聞かせながら。ぶつくさ文句を言っていたエイラさんがおとなしくなる。どうやら昨日で強引なときの
私に逆らうのは面倒だと学習したらしい。

「ところでエイラさん、」
「ンー?」
「…ペリーヌさんと、何があったんですか?」

途中でたどり着いたベルトを先にはずしながら(こんなものもデートに持ってくなんて本当にデリカシーがない)、
何気なくを装って私は尋ねた。訳知り顔のシャーリーさんにいくら聞いても教えてくれなかったことだ。
う、とエイラさんが小さく唸る。いや、それはダナ。そういい淀む辺り、やっぱり単純な喧嘩ではないらしい。いい
じゃないですか、終わったことなんだから。重ねて尋ねてみた。…いつも落ち着き払っているこの人をなにが
あんなにまでうろたえさせたのか、私には興味があったのだ。

「…まあ、リーネにならいいか。シャーリーには言うなヨ。ハルトマン中尉にもだからナ!」
「はーい」
ハルトマン中尉の部屋の前でのあのやり取りを見るに、二人とももう内情を知っているんじゃないかと思った
けれど…私はあえてそれは言わないことにした。何よりも『リーネになら』と言われたのがちょっと嬉しかった、
だなんていうのは絶対に口にはしないけれど。

「ペリーヌにサ、」
「はい」
「…キスされタ。」
「そうですか」
「……………オイ、そこ、鈍器を探すな、ヤメロ」

思わず振り返ってこの人でなしを叩くための何かを探したけれど、残念ながら手の届く範囲には何もなくて。
昨日と同じように、ううん、眠気でぼんやりしているせいか、それとももっと別の理由なのか、とにかくそれ
以上に頭に上ってくる血をそのままもてあます。

「だってなんでそーなるんですか」
「ペリーヌにもイロイロあったんダロ?…だから手を振り上げるなッテ!私がしたのは、」

瞬間、何かひどく温かいものに包まれて、私は体をびくりと強張らせた。ああ、抱きしめられてる、エイラさんに。
そう気づいたのは「こうしてやったダケ。」と耳元でエイラさんが呟く声を聞いたときになって、ようやくで。
とく、とく、と。落ち着いた心臓の音がする。きっとエイラさんのものだ。それに対して私のそれは色んな意味で
ばくばくと、情けないくらい大きな音を鳴らしている。届いていないといいけれど、と思う。けれど届いたとしても
きっと気にしないのかな、とも思う。



「なんで抱きしめたんですか」
「ダッテ泣いてたんだもん、あいつ。ほら、親とかによく、そうやって慰めてもらわなかったカ」
「…そうですね」

夜間哨戒の疲れのせいか、抱きしめられた温もりがひどく心地よくて、とろとろとこのまま寄りかかって眠りたく
なってしまう。泣いてたら誰にでもするんですか。私が泣いてても?尋ねたらきっと淀みなく、当たり前だと
いった顔で「うん」と答えるのだろうと思った。

「私昨日、芳佳ちゃんと夜間哨戒に行ってきたんですけど、」
「ああ、そっか。お疲れサン。ねむくないか?」
「二人で、色んな話をして、すごく、すっごーく、楽しかったんです。私は夜の空、お化けが出そうであんまり
好きじゃないんですけど…芳佳ちゃんと一緒だったからすごく、楽しかった」

空も海も穏やかで、風の心地よい夜だった。二人で手をつないで空を飛んで、いろいろな話をしていたら
いつの間にか朝は来ていた。幸せだった。ほんとうに、すごく、すごく。
それは良かったなあ、とエイラさんが言う。きっと純粋に喜んでくれている。それは嬉しくて、けれどもやっぱり
寂しいことでもある。

「だからこんなこと、サーニャちゃん以外にはしちゃだめですよ。」
「どうしてそうナル」
「なんでも。絶対。…したら怒りますからね、私」
「えー。ペリーヌはともかく、リーネは柔らかくて抱き心地がいいのにナー。胸の辺りが特に、サ」
「…!?そうやってすぐからかう!!」

怒るなよー。笑いながら背中をぽんぽんと叩くその手は私がさっきエイラさんをブラシで叩いたような
それとは違って、とてもとても優しげだ。優しすぎてやっぱりちょっと、腹が立ってしまう。エイラさんにも、
ペリーヌさんにも、私自身にも。
二人きりの部屋。中途半端に脱がされたエイラさんの衣服。抱きしめられている私。この状況をサーニャ
ちゃんが見たら卒倒するんじゃないだろうか。きっとペリーヌさんも同じことを思って、それだのにこの人と
来たら「なんで?」なんて何もわかっていないような反応を返したのに違いない。本当にひどい人。

エイラさんはサーニャちゃんが大好きだ。でもそれと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、サーニャちゃん
だってエイラさんのことが大好きなのを私はみんな、よく知っている。浮気なエイラさんと違って、本当に
まっすぐ、誰よりも、エイラさんが好きなんだって知っている。それに気づいていないのは本人ばかりで
あることも。エイラさんはサーニャさんにとって自分が『特別』だなんて、全然思っていないのだ。自分だけが
好きなばかりだと、勝手に思い込んでいる。

「そろそろ離してください、エイラさん」
理性とか、眠気とか、いろいろなものが限界で懇願するように言うと、帰ってきたのは楽しそうな返事。
「どうしよっカナー」
「キスしますよ」
「…」

この数日間のことがよほどこたえたのだろう、エイラさんはぱっと体を離して身構えた。包み込んでいた
温もりがなくなって寂しく思うと同時にほっとする。いいんだもの。これで、いい。
とにかく着替えますよ。選んできますから服脱いで置いてくださいね。そう言って私はクローゼットへと足を
進めた。すらりとして余計な肉の少ない人だ、きっとどんな服でもあっさりと着こなすんだろう。ずるいけれど
仕方ない。だってそう言うひとだもの。

「うーん、キスも抱き心地も、やっぱりサーニャが一番だなあ。……ウワッ!」

しみじみと呟かれたその一言はたぶん独り言で、私に宛てたものではないと思ったのだけれど。
なんだかまた腹が立ったので、私は選んだ衣服をぽんとその後ろ頭に向かって投げつけた。



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