ようやく言えた
冬を間近に控えた針葉樹の森。 我が愛するスオムスの空が、赤い赤い戦火に染まる。
「上だナ!」「うん……。」
私の声に従って、正確無比の銃弾が次々とネウロイを貫いていく。
ほんの一瞬先の未来が視える。 それが私のチカラ。 私とサーニャが組めば、怖いものなんてない。
私の脳裏に閃いていく光景に従って身を翻す。
"v―へ/`ー―"
!? なのに。 その力が垣間見せたその映像に、わずか。 ほんの瞬き程の間。 私の体は硬直した。
そして、私が動き出すよりも早く。 今が未来に追いすがって……。
「サーニャァぁぁぁぁっ!!!」
ガバッと上体を起こして飛び起きる。 浅い呼吸が激しく横隔膜を揺さぶる。
心臓があまりに早く打ちすぎて、今にも口から飛び出てしまいそう。
吹き出る汗で張り付いた寝巻が不快で仕方ない。 ……って、あれ? 寝巻?
半狂乱になった私の頭に残った、ほんの1パーセントほどの正気。 それが周りの状況を把握してくれた。
スオムス国産の木材で作られた、ひなびた部屋。
501部隊にいた頃よりもずっと質素なそれは、ようやく見慣れてきた、ワタシとサーニャの仮住まい。
スオムスの対ネウロイ前線基地だった。
「ゆ……夢…………。」
体中から力が抜ける。 底知れない恐怖。 安堵。 腹立ち。 不快感。 自己嫌悪。
分類できないほどに混ざり合ったそれらが、緊張の解けたばかりの心に容赦なく襲い来る。
くん。 ふと、私の手に重なってきた温もり。 生きた心地を忘れていた冷たい体に、血の気を戻してくれるそれは。
「エイラ……どうしたの?」
心配そうな顔で覗き込んでくる瞳。 あぁ。 また鼓動が早くなる。 でも、今度は嫌じゃない。
「オハヨ、サーニャ! ……何でもないヨ!」
サーニャに笑い返したその時、警報が響き渡った。 知らず、顔が引き締まる。
ネウロイだ。
ほんの一瞬先の未来が視える。 それが私のチカラ。 なら、今朝視てしまったアレは。
ただの夢? それとも……。 ぶんぶんと頭を振る。 燃え上がる炎が霧を照らす。 寒々しい大気を人工的な爆音が引き裂く。
ネウロイが襲ってきてから今まで。 一度見終わった映画をもう一度見せられてるのかのような光景。
起きれば夢を忘れてしまうように。 今朝見た映像は既に私の中でぼやけていた。
……でも分かってる。 次は右から3発。 思った通りの場所を光が突き抜け、避けざまに放ったこちらの銃弾が射手を撃墜した。
敵はステルス型のネウロイ。 視界は霧。 こうまで位置を確信できるなんて、普通だったら考えられない。
もしこれが、予知によるものなら、最後は。 赤く染まるサーニャが頭にちらつく。
目を閉じたまま敵の攻撃をかわす。 予感は確信に変わり、私は一つの決心を固めた。 サーニャを必ず守り抜くと。
冬を間近に控えた針葉樹の森。 我が愛するスオムスの空が、赤い赤い戦火に染まる。
私の声に従って、正確無比の銃弾が次々とネウロイを貫いていく。
鼓動がうるさくてたまらない。 もうじき。 もうじき、あの予知のシーンに辿り着く。
「そこだッ!」
運命の刻。 予知夢では動けなかったけれど、実戦では違う。 弾丸はネウロイにヒット! 倒した! サーニャを守ったんダ!!
「エイラ! 危ない!!」
え? 認識するよりも先に、衝撃。 バリアを張る間もなく、鈍痛。 油断していた。
そうだ、夢はさっきのシーンで終わっていたのだ。 そこから先を私は『視て』いなかった。 そして今、『視えた』のは。
なんて締まらない最期だろう。 サーニャ。 守ってあげられなくてゴメン……。
でも、私は墜ちなかった。 墜ちていったのは……サーニャ。 なんで。 どうして? ……私を、庇って。
「サーニャァぁぁぁぁっ!!!」
高速の降下。 地面に墜ちたサーニャを抱き起こす。 喋ろうとしたのか、口を開いたサーニャは、沢山の血を吐いた。
ネウロイの攻撃だけのせいじゃない。 落下の衝撃が、サーニャの人生に確実に幕を下ろそうとしていた。
なんで。 なんで私の能力は治癒じゃないんだ。 なんで。 なんで愛しい人ひとり救えないんだ。
「サーニャ! 大丈夫、すぐ救護班が来るヨ! 帰ったら町に行こうぜ! ネコペンギンを買って、それで、それで……」
とりとめの無い言葉が口をつく。 私にできる事は何ひとつない。 けれど、喋り続けていないと。
そこで全てが終わってしまう気がして。 うろたえるだけの私の頬にサーニャがそっと手を触れた。 彼女は、微笑んでいた。
一体、どうしたら人はここまで優しくなれるのだろう。 今際の時に。
自分を嘆くではなく、他人を憂いていられるのだろう。 サーニャの口が動く。 声は出なかった。
かわりに、赤い液体が流れ出て。 サーニャはゆっくり目を閉じた。
そこから先の事はもう全然覚えていない。 味方もネウロイも、今は誰ひとり残っていない。 サーニャでさえも。
ここにいるのは私ひとりだけ。 その私も下半身の感覚がまるで無い。
脊髄がやられたんだな。 それさえも、もう他人事にしか思えていない私がいた。
傍らに眠るように横たわるサーニャに視線を移す。 あぁ、遠い。 30センチも離れていないのに。
もう動かないんだ、手が。
なんて綺麗な顔。 でも、もう二度とこの目が開く事は無い。 私に微笑みかけてくれる事も無い。
冷えきったままのサーニャに何もしてあげられない。
あぁ。 目の前が歪む。 赤く歪んで、いまにも視神経が焼き切れてしまいそう。
悲しさのせいじゃない。 それは怒り。 頭がどうにかなってしまう程の、行き場の無い怒りのせい。
自分が許せなかった。 予知の力。 この力で、サーニャを守りたかったのに。
気だるさが全身を支配する。 私の体も致死量の失血をしているようだ。 寒い。 眠い。 でも、もう、どうでもいい。
予知すれば、自分の末路も視えるかもしれない。 けど、もうそんなもの興味が無い。
いや。 しなければならない事がある。 やっていない事がある。 このまま目を閉じてしまうわけにはいかなかった。
サーニャに向けて、這いずる。 ……重い。 動かない下半身が、鎖のように私をその場に繋ぎ止める。
でも、上半身だけでいい。 サーニャに寄り添えればそれでいい。
思えばずっと先送りにしていた。 サーニャの笑顔を失いたくなくて。 未来を変えてしまうのが怖くて。
私は言っていない。 ずっと暖めていたその言葉を、まだサーニャに伝えていない。
もう意識を繋ぎ止めるのが精一杯になってきた。 それでも1ミリずつ。 1ミリずつ。 サーニャに近付いていく。
その間もゆっくりと、ゆっくりと私の血は失われていく。
もう。 もう時間が無い。 サーニャの頬と私の頬が触れる程の位置に来た時に、私は自分の最期の時が来た事を悟った。
サーニャの頬がとても冷たい。 ふと。 麻痺していた心が溶け出して。
私の両目から涙がとめどなく溢れ出した。 このまま何もかも流れ出してしまえばいい。
何もかも流れて無くなれば。 こんな私でも、サーニャと同じ場所へいけるかもしれないから。
サーニャ。 私のせいでゴメンナ。 ずっと聞いてほしかった事があるんだ。 ずっと伝えたい事があったんだ。
意を決して口を開く。 あの時のサーニャのように、私の口からはもう声など出てこなかった。
永遠にも思えた、わずかの間。 口を動かし終えた私。
あぁ。 ようやく言えた。
「…というお話だったとさ。 ちゃんちゃん! これで紙芝居『ようやく言えた』は終了です! ご清聴ありがとうございました!!」
…………。 宮藤がカミシバイを置く。 なるほど、これが扶桑の名物、紙芝居ね。
絵もうまいじゃないか。 話もちゃんとできてる。 ……許せないほどにナ。
「うっうっ……二人がかわいそうすぎるよぉ……。」
「何を泣く事がありますの? 彼女たちは最後まで勇敢に戦い抜きましたのよ! 誇り高い方達でしたわ!」
「びぇぇぇっぇぇぇっ! シャぁ~~リぃ~~~~!!」
「ほら、ルッキーニが泣いてたら二人とも安心して眠れないよ? もう、ゆっくり休ませてあげよ。 ね?」
「うぅぅぅ~……あ、あたしが絶対に二人の仇をと、取ってあげるからねぇ~……ひぐっ。」
「そうだ! カールスラント軍人の誇りにかけて誓う!! ネウロイ共め、一体たりとも生かしてはおかん!!!」
隊員は皆一様に大粒の涙を流している。 どうやらこのレクリエーションの反響は上々だったようだ。
私を除いて、だけど。 サーニャは今どんな顔をしてるんだろう。 とてもじゃないけれど、怖くて見られない。
あぁ、怒りが全身に行き渡って。 もう爆発せずにはいられない。
「……っっっ宮藤ぃぃぃ!!! ざけんじゃネーーーーーヨ!!!!」
ドカン! 椅子を蹴り飛ばしたその音に、一同がビクリと静まり返る。 やってしまった。
みんなの少ない自由時間を壊してしまった。 それでも、もう止まれなかった。
「お前どういう神経してんだヨ!? よくもこんなストーリーにできたナ!! ちっとも笑えネーンダヨ!!!」
「え、エイラさん!? 違うんです! こ、この話にはテーマがあってですね……!」
スパン! 諍いの空気の中、突然宮藤の後頭部にニューズペーパーが振り下ろされた。
「まったくだ宮藤ッ! 不謹慎にも程がある! 確かに死を冗談にして無常を紛らわす習慣はどこの戦場にもある。
あるのだ、が! 私はそれを好まない!! ご尊父や散っていった先達の英霊にも礼を失していると思わんのか!!!」
「さ、坂本さん!? 違うんです! こ、この話にはテーマがあってですね……!」
「話は反省室でゆっくり聞こう。 本日の自由時間はここまで! 総員撤収!」
事態はそれで収拾という事になり。
題材はどうあれ、盛り上がっていたはずの自由時間はすっかり冷え切って終了となり。
私の振り上げた拳は行き場を失くしてただ震えるだけなのだった。
「あぁー、思い出すだけでムカツク! 見損なったヨ宮藤!」
枕を軽く放り投げてハイキックでふっとばす。 期待に反して枕は大した威力も出ず、頼りなく布団に落下する。
「エイラ落ち着いて……。」
「ムリダナ!! サーニャは腹立たねーのかヨ!? 扶桑人のジョークセンスを疑うヨ!!!」
枕に左右のパンチを雨あられと叩き込む。 様にならない私のパンチはぽふぽふと音を立てるばかり。
でも続ける。 動いていれば、疲労が怒気を逃がしてくれる。 逃がさなければならない。
そうしなければいけないほど、真剣に腹を立てていた。
宮藤の事が好きだったから。 人を傷付けるなんて絶対できない奴だと信じていたから。 それなのに。
あれでは私たち、ただの晒し者だ。 宮藤はサーニャに対する私の気持ちを知っていたのだ。
それを分かった上であんな筋書きにしやがったのだ。 囃し、冷やかし、見世物にしたのだ。
みんなにはお涙頂戴シナリオのキャスティングとして、たまたま私たちが抜擢されただけと見えるかもしれない。
実際レクリエーションとしては受けてたし、少佐の言う通り、戦場ではよくある冗談なのかもしれない。
イェーガー大尉やハルトマン中尉もそう言って慰めてくれた、けど。
でも、確実に、私にだけは、その本当の意味が伝わると宮藤は分かっていたはずなのだ。
これを恥辱と呼ばずに何と言うのか。 胸の奥から次々に怒りが生まれてきて、とてもこらえきれない。
いや。 こらえてもよかった。 でも、私はともかく。 サーニャまでこんな目に合わせたのは、絶対に許せない。
「……芳佳ちゃんは、冗談でやったわけじゃないと思う。 そんな人じゃ、ないよ。」
その言葉に思わずムッとする。 サーニャはいつも宮藤の味方をする。 それがずっと面白くなかった。 今回で限界。
冗談じゃなかったら、何なんだよ! そんなに宮藤が……。
勢いこんで振り返ったものの、言いたい事がありすぎる。 うまく言葉が出てこない。 こんな時はいつもそう。
「芳佳ちゃんは、言葉にはできなかったんだと思うの。 相手が大切な人であればあるほど。
面と向かって本音を言ったり、ストレートに感情を伝えたりできなくなってしまう。
それが、相手に受け入れられるかどうか分からない内容だったら、なおさら。 ……私もそうだから。」
「…………だからあんなマンガにしたってのかヨ。」
我ながらなんとぶすくれた声だろう。 唇がとがっているのが見なくても分かる。
納得いかない気持ち、収まらない気持ち、でも宮藤ならやりかねないという気持ち。 俯いたままのサーニャ。
理性がついてくる前に感情に振り回されて、思考がうまくまとまらない。
「百歩譲ってそうだとしたってさ。 あの話で何が伝わるっていうんだヨ。 私はこの通りムカついただけなんだけどナ!」
またまた枕を投げてハイキック。 空振り。 ズダンとこけた私は諦めたように目をつぶる。
「エイラが怒る気持ち、分かる。 坂本少佐も言ってたけれど、私たちにとって死は絵空事ではないから。
あした、本当に誰かが欠けてしまうかもしれない。 そんな題材で、実名でお話に出されて。
私も、さっきまで思ってた。 芳佳ちゃん酷い、って。 芳佳ちゃんがこんなことを、って。
そう思ったら凄く凄くショックで。 ……でも、それでも。 芳佳ちゃんを信じたかった。
だからもう、凄く凄く考えて。 それで、気付いたの。」
たどたどしい喋り方。 それが私に、少しずつ頭を冷やしながら考えるだけの時間をくれた。
そっぽを向いたままだけど、早く次の言葉を聞きたいと思っていた。 ……だって、やっぱり。 私も宮藤を嫌えないから。
サーニャが答えをくれる。 全然予知でも何でもないけれど。 その予感にすがっていた。
「芳佳ちゃんって、お父様亡くされてるよね。 会いたくて、会いたくて。 言いたいこと、ずっと溜め込んで。
でも結局会えなかった。 もうどんなにしたって。 泣いても、怒っても、二度と会えない人になっていた。
芳佳ちゃんはその悲しみを知っているからこそ、いつも誰かを守ろうとしてる。
今を全力で生きている。 だから芳佳ちゃんは人を悲しませる悪ふざけなんて絶対にしない。」
サーニャが熱っぽく宮藤を語るのは癪だけれど。 そうだ。 宮藤はそういう奴だった。
やり方はへったくそだけど、目標は好ましい。 そんな奴だった。 頭に上った血が、少しずつ降りていく。
「……私、思ったの。 私たちも同じじゃないかって。 あした、この命がどうなっているか分からない。
だから大切な人がいるなら。 暖かい気持ち、寂しい気持ち、ありがとうの気持ち。
言葉にする事を避けていたら駄目なんじゃないかって。 後悔になってしまわないように。
……芳佳ちゃんが言いたかったのはそんな事なんじゃないかって。 私はそう思ったの。 だって……。
エイラの力は、未来を『視る』力じゃなくて、未来を『変える』力だから。 そんなエイラだから、伝えたんだと思うの……。」
振り向けなかった。 いま私はきっとどうしようもなく変な顔をしているだろう。
サーニャの言葉。 それが例え真実じゃなかったとしても。 私はそれを信じたいと思った。 ううん。 信じなければいけない。
だって、サーニャは言った通りの事をしたんだから。 言葉にする事を避けずに、私に教えてくれたんだから。
サーニャの言葉は私の心を揺さぶった。 ありのままの自分で、感傷的な言葉を口にした。
自分の心を見せるのに慣れていないサーニャにとって、それはどれ程大きな勇気が必要だったことだろう。
それでも、言葉にしてくれたのだ。 宮藤のために。 そして。
わたしのために。
胸が詰まって言葉が出てこないから、ウン、って一言だけ答えて。 そのまま気の済むまで寝転んでいる事にした。
何か柔らかくて繊細なものが、髪の隙間を通っていく。 それで私の意識は再び繋がった。
ワワヮ。 私、あのまま寝ちゃったのカ! 慌てて上半身を起こして、ごつん! イタイ!? ……って。
「痛い……。」
「ワ! ワ! ゴ、ゴメン、サーニャ!!」
どうやらアゴとおデコがぶつかったらしい。 サーニャが私を見下ろしてて、私がサーニャを見上げてて。
……という事はつまり。 ひざまくら。 唐突に顔が茹で上がっていくのが自分で分かる。
「ワ! ワ! ゴ、ゴメン、サーニャ!! 重いだロ! すぐどくから!!」
「ううん、平気。 もうちょっとこうしていよう? ……いつものお返し、させて。」
エイラ、さっきから謝ってばっかり。 そう呟いて微笑む姿は、まるで妖精の国のお姫さま。
あまりに綺麗すぎて、身動き一つできなくて。 ひょっとしたら、私はまだ夢の中にいるのかもしれない。
「ね、エイラ。」
「ウン?」
「……あとで、芳佳ちゃんと仲直りしに、行こ。」
「……………………ウン。」
サーニャの指が私の髪を優しくくしけずるたびに。 この世の中の何もかもを信じられる気になっていく。
宮藤もきっと少佐にこってり搾られた事だろう。 なら行こう。 宮藤の気持ちが伝わったって、言葉にしよう。
恐れがないわけじゃない。 丸く収まらない事を考えないわけじゃない。 でも。
サーニャと一緒なら、きっとできる。 優しい時間が過ぎていく。
「ね、エイラ。」
「ウン?」
………………。 長い沈黙。 なんだろう。 瞳を開けて、何かを言い淀んでいるようなサーニャをじっと見つめる。
「芳佳ちゃんのカミシバイ、結構よくできてたよね。」
「あぁ。」
まだちょっとブスッとした声になる。 掘り返されても笑い話にするには、もう少し時間が欲しい。 次の言葉まで、また少し沈黙。
「……カミシバイのエイラは、言いたい事、遅すぎたんだよね。 …………本物のエイラは、どう? そういうの…………ない?」
へっ。 思ってもいなかった事で水を向けられて、思わずサーニャの顔をマジマジと見る。
明かりを背負っていて、よく見えないから、勘違いかもしれないんだけど。 サーニャの顔…………赤い?
あまりに辺りが静かすぎて、サーニャの脈拍がよく聞こえる。 速い。
……コレは。 紛れもなく、自意識過剰でもなく。
「わ…………私は…………あのね。」
「まっ……! まっテまっテまテまテまテまっテまっテまっテ!!! アル! 言いたい事アル!! すごくアル!!!」
慌ててサーニャを制止する。 これは、こればっかりは。 女の子から先に言わせちゃ不甲斐ない。
先に言わなくちゃいけない! …………アレ? 私も女の子だから、別にいいのカ? ま! とにかく!
「さ、サーニャ……!」
「うん……。」
起き上がって、手を握って、サーニャの顔をまっすぐ見る。 サーニャも私をまっすぐ見る。 胸が苦しい。 あぁ。
言いたい事がありすぎる。 うまく言葉が出てこない。 こんな時はいつもそう。
何て言えば表現できる? アレでも足りない。 ソレとも違う。
そもそも勘違いじゃないよナ? 私だけが、勝手に勝負の時と思いこんじゃってるだけじゃないよナ!?
なんだか、緊張で逃げ出したくなってきた。 無理! やっぱり私には無理だヨーーー!!!
「…………待ってるから。 いつまでだって待ってるから……聞かせて。 エイラの言葉。 …………聞きたいの。」
サーニャの指と私の指。 優しく絡まりあったそれに、少しだけ力が入る。
あぁ。 あぁぁ。 私は馬鹿だ。 ほんとに馬鹿だ。 いつもサーニャから貰った後に気付くんだ。
この温もりが、いつだって私に笑顔をくれる。 予知なんかじゃ分からない、ずっとずっと確かな今をくれるんだ。
そうだ。 無理じゃない。 ちっとも無理じゃない。 サーニャが一緒にいるじゃないか。
思えば、出会った時から。 ずっと聞いてほしかった事があるんだ。 ずっと伝えたい事があったんだ。
でも、胸が、胸があまりにもいっぱいで。 恥ずかしいけど、ろくに声が出そうになくて。
だから、今はこれが精いっぱい。 これまで色々考えた中で、一番シンプルで一番短いそれ。
息を吸い込んで、サーニャだけを見つめる。 二人の視線が絡まり合う。 そしてゆっくり口を開いて。
はじまりの一言を口にした。
わたしは……。
おしまい