dark knight


ペリーヌはその日も夜間哨戒任務に就いていた。もう3日連続になる。
何しろサーニャとシフトを交代したその日から、彼女は本格的に体調を崩し
寝込んでしまっていたのだ。また、他の部隊員も未だ完璧な体調ではない。
比較的治りの早いペリーヌが重用されるのも当然の成り行きと言えた。
「……まっったく、あの二人と来たら」
ペリーヌはあくびを噛み殺しながら呟いた。上弦の月が海面に映える。
エイラを看病すべく食事を運ぶサーニャに出くわしてから、薄々こうなるのではないかと予想は出来た。
しかし、それにしても……方々から話を伝え聞く限りでは……エイラとサーニャに限らず……部隊内では……
「乱れきっているっ!」
と、吐き捨てた。

同時にくしゃみをするシャーリーとルッキーニ。
「あれ? あたしの風邪うつったか?」
「へへ~ん。たまたまだもんね~」
「そっか。まあ、皆治ってきてるしな」
「そうそう。あたしは大丈夫だよ」
にかっと笑うルッキーニ。

大きなくしゃみをするエイラ。
「あれ、また具合悪くなった?」
ベッドに横になるサーニャが心配してエイラの顔を見る。ランプの灯が二人を温かく包み込む。
「大丈夫ダ。誰かがきっと悪い噂でもしてるんダナ」
きっとアレだ、と言いかけたエイラの手をサーニャが握った。
「ねえ、エイラ」
「なんだサーニャ? 喉乾いたカ? 少しお腹減ったカ?」
「ううん。……私嬉しいの。エイラが横にいてくれる事が」
「ああ当たり前ジャナイカ。サーニャが嫌だって言うまで、私は横に居るゾ?」
くすっと笑うサーニャ。
「ともかく、ゆっくり休むンダナ。大丈夫、私が横に居ル」
サーニャは微笑むと、手を握ったまま、小さく呟いた。
「寝る前の、おまじない……」
手をくいと引っ張る。エイラがうん? と首を傾げてサーニャに顔を近付ける。
サーニャはエイラの顔にそっと触れると、口吻を交わした。
最初は少しびっくりしたエイラだが、サーニャのしたい様に、自由にさせる。
やがて、互いの唇が離れる。サーニャは満足したのか、静かに、ゆっくりと眠りについた。
眠りが深くなったらしく、サーニャの手がベッドに降りる。エイラはヤレヤレと呟きながら
サーニャの手を暖かいベッドの中にそっと差し入れ、毛布を上にずらし、掛けてあげた。
(寝顔も可愛いんダナ)
不思議とにやけてしまうエイラ。いつ見ても……いつまで見ても見飽きない。不思議な感覚だ。
しかしいつまでも病人の寝顔を見ている訳にもいかず、エイラはひとり横のテーブルを使い
暇潰しにタロットを始めた。
手慣れた指先が、カードをさっと円陣に配し、中の一枚をぴっとめくる。
「……」
少し背伸びし、大きく息を吸い、吐く。
寝ている筈のサーニャの頭には、うっすらと魔導アンテナが見えていた。
急いでカードを仕舞うと、安らかな寝息を立てるサーニャにそっと呟いた。
「ゴメンな、サーニャ。用事が出来た。でも大丈夫、すぐに戻るカラナ」
エイラは椅子から立ち上がり、医務室を出ると、自然と駆け足になった。

「ペリーヌ、聞こえるか?」
司令所では美緒がペリーヌに向けて無線通信を試みていた。声に焦りが出る。
『……少佐、ネウロ……き機影を発見……た。距離は……以上』
途切れ途切れにしか聞こえない。と言う事はこちらからの呼び掛けも似た様なものだろう。
「ペリーヌ、繰り返す、帰投せよ。交戦は回避しろ。繰り返す、直ちに帰投せよ、交戦は避けろ!」
「こんなに短いサイクルでネウロイが現れるなんて……正直のところ、想定外だわ」
ペリーヌが現在哨戒中と思しき地点を地図上で示し、監視所との通信も含めて詳細な情報を分析するミーナ。
「奴一人では危険過ぎるな。私達が出よう。現在位置は?」
トゥルーデがミーナに真剣な面持ちで言った。ミーナは地図を示し、答えた。
「位置は……現在恐らくグリッド東116地区、高度9000前後。深追いしていなければ良いのだけど」
「分かった、すぐに出撃する。行くぞ、ハルトマン」
オフの時はエーリカと呼ぶが、そうでない時は呼び方が変わる。トゥルーデならではの分かり易い癖だ。
「よし、行きますか」
エーリカがトゥルーデに呼応してソファーから立ち上がった時、ばたんと司令所のドアが開いた。
「エイラさん」
ミーナは驚きの声を上げた。

想定外の事態にペリーヌは内心慌てつつ、胸に手を当て大きく息を吸い、吐いた。声に出す。
「落ち着きなさいペリーヌ・クロステルマン。こういう時こそ冷静に……そう、冷静に」
美緒達の悲観的予測は外れ、辛うじてペリーヌに指示は伝わっていた。
『帰投せよ、交戦は避けろ』と。
勿論深追いなどするつもりは毛頭無かった。だがネウロイの速度が予想よりも速く、
撤退の際に牽制で撃った数発の銃弾がネウロイ本体に当たるや否や、
突然に本体が雲霞の如く散り散りになり、そのまま無数の超小型ネウロイとなり全方位から襲い掛かったのだ。
「こんな形態のネウロイ、前にも居ましたわね」
右側面から突撃してくる超小型ネウロイ……人の丈半分程の筒状形態……を一連射で仕留めると、
ペリーヌは速度を上げた。
前方に月明かりで一瞬光る影が。ネウロイだ。数発小刻みに撃射し、砕けた破片をシールドで防ぐ。
「この数……多過ぎる」
襲い来る、とはまさにこの事かとペリーヌは驚いた。ざっと見回しただけでも数百は下らない。
ヤブ蚊の群に突っ込んでしまったかの様な嫌悪感が身体を走る。夜空に紛れても、その圧倒感は凄まじい。
しかもネウロイはビームによる攻撃もそこそこに、もっぱら体当たりを狙って来るのだ。
「仕方有りませんわね……」
ふっと息を吸い、気を引き締め、急旋回する。つられてネウロイの群れも旋回を始める。
ぐるりと一周程回った所で、ほぼ全てのネウロイが“射程圏内”に入り込んで来た。
「トネール!」
ペリーヌの全身から稲妻がほとばしり、周囲のネウロイを次々と撃滅していく。
電撃は連鎖し、ネウロイからネウロイへと雷光が無数に走り、粉々に砕け散る。
「勲章は幾つ頂けるかしら?」
ぼさぼさになった髪の毛をたしなめながら、ペリーヌは辺りを眺めた。
表情から余裕が消える。
一網打尽にした筈だった。
いつもなら、この程度で済む筈なのだ。
そうでなくては困るのだ。
ただ、余りに数が多かった。それだけの事なのだが……余りに重く厳しい事実。
ぽっかりと空いた空間に、休む暇なくネウロイがひしめき合い、無策に突っ込んでくる。
無策では有ったが余りの物量で押してくる。数の暴力とはまさにこの事。
「せめてもう少し時間を置かないと……トネールが連発出来れば、突破出来たかも知れませんわね」
ペリーヌは回避行動を取りつつ、左旋回し迫るネウロイを立て続けに撃破する。
時間稼ぎの為とは言え、回避の機動が長くなればなるほど高度と速度の優位性は落ちる。
しかしヘタに急上昇や急下降すると、ネウロイの餌食になってしまうのは明らかだ。
ローリングでぎりぎりのところをかわし、すり抜けざまに銃撃、ネウロイを数体屠る。撃墜数など数えていられない。
しかしこんな事をしていてはすぐに弾薬も尽きる。弾薬以上に、もっと大事なものも。
乱れる息を整える。
「もう一度……」
再度の急旋回。無数のネウロイをぎりぎりまで引き寄せる。幸い、敵の群れは誘いに乗った。
魔力は切れかかっていた。本来ならばこの様な機動も戦い方もしない。
残る魔力を魔導エンジンに注ぎ込み、文字通りの総力戦を演じる。
途中で雨あられと飛んでくる超小型ネウロイも可能な限り撃破する。
ガキンと音がし、銃の弾薬が尽きた事を知らせる。銃身も焼け付く寸前だ。
だが、今度こそ。次さえ行ければ……
「トネール!」
再度の稲妻。周囲を閃光が走り、ネウロイは微塵に砕けた。
「流石にもう……」
言いかけて愕然とした。
まだ居る。しかも大量に。
息が上がり、呼吸が乱れる。魔力も底を尽きかけていた。
出口は見えている。もう少し飛べば、あの馴染みの基地が見える筈なのに……。
目の前には無数のネウロイが行く手を阻んでいる。
真上から二機、ネウロイが飛来する。辛うじてかわした先に飛んで来たのは三体のネウロイ。
まともに突撃を受けた防御シールド。立て続けに二回爆発する。
“最後の砦”に穴が開いた。
「!」
それの光景はスローモーションに見えた。
目の前に、ネウロイが迫る。
自爆覚悟で、ペリーヌの身体を破壊する……。

筈だった。
ペリーヌは我に返り、やがて心の底から驚いた。
てっきりネウロイに身体を裂かれたと思っていたが、自分はまだ空を飛んでいる。
いや、飛ばされている。
しかもペリーヌの身体は、後ろから誰かに抱きかかえられている。
ペリーヌを抱いた主は、そのまま急反転するなり、捻り込み運動を始め、急降下した。
急制動についていけないネウロイ同士が衝突し、爆発し砕け散る。
「大丈夫カ?」
「わたくし、死んだのじゃなくて?」
「生きてるヨ」
ペリーヌを掴まえている背後の人物……未来予測能力の持ち主、無傷のエースを肌で感じ取る。
「それはともかく……いつもより放電時間が長かったダロ」
「なっ!?」
「お陰でとばっちり喰らったゾ。髪の毛の端が焦げたし、指先がヒリヒリするンダナ」
愚痴を言いながらも、回避行動に真剣な表情が窺える。
何故だか分からないが、ペリーヌははふっと息を吐いた。緊張の糸が切れた。
再度上昇する二人目掛けて突っ込んでくるネウロイを、いとも簡単に避けて回る。
まるで幼子に難解なステップのダンスを教える親の様だ。
その斜め背後から突然二丁のMG42が火を吹いた。次々と破壊されるネウロイ。
「よし、何とか間に合ったな。よくやった」
「ナイスキャッチ」
トゥルーデの安堵とエーリカの言葉に、左の親指を立てて応えるエイラ。
「トゥルーデ、こいつらこんな小さいのにコアが有るよ?」
「その様だな。やはりエイラを同伴させて正解だった」
「スコア稼ぎにもってこいだね」
「だな。ボーナス上乗せだ!」
何も出来ない状態のペリーヌはただ呆気に取られ、エイラの回避機動をなすがまま受け容れ、
トゥルーデとエーリカの流麗な援護射撃を見つめた。

「ペリーヌ、怪我は無いか?」
背後でトゥルーデが声を掛ける。
「ペリーヌ、どうした。気を失っているのか?」
「まさか一撃キツいの貰っちゃってる?」
心配するカールスラントコンビ。ペリーヌを気遣いながらも、周囲のネウロイを片っ端から粉微塵に変えていく。
その様子はまるで片手間の暇潰しと言わんばかり。
エイラは不敵な笑みを浮かべると、緊張の糸をもう一度結べとばかりに、突然インメルマンターンで上昇する。
直後にサイドスリップを掛け、ネウロイの突撃とビームをひらひらとかわす。
その派手な機動で“目を覚ました”のか、ペリーヌは我を取り戻した。そして叫んだ。
「な、なんて事なさいましてエイラさん!」
「何て事ナイッテ」
しかし、普段通りの“我”を取り戻したペリーヌは一方的にがなり立てた。
「貴方一体何ですの! トネールの最中に突っ込んであたくしの身体を掴む!
無闇にぶんぶん振り回す! 『何て事無い』なんて意味不明な事を言い出す!
かと思ったら大尉達も含めて撃ち合いに巻き込んで大量のネウロイを破壊する!
挙句は無茶なインメルマンターン! お次はサイドスリップと来ましたわ!
だいたい、サーニャさんがエイラさんを看病するって言うから夜間シフトを交代しましてよ!
そしたらわたくしがこの有様ですわ! このネウロイは一体何なのか教えなさい!」
「ひとつ貸しダナ」
「貸しィ!? そんなぁ……今日は厄日ですわ!」
休む暇なくバレルロールの後急上昇。危うく舌を噛みそうになるペリーヌ。
エイラの能力と機動は見事なもので、二人には攻撃や突撃が全く当たらない。
その斜め後方から、トゥルーデがMG42を連射し、追いすがるネウロイを易々と撃破していく。
トゥルーデの後方はと言うと、エーリカがしっかりガードしていた。
全くスキがない鉄壁の布陣。
トゥルーデとエーリカはピッチを上げるとエイラ達の前方に躍り出た。
「エイラ、このまま前方を我々が切り開く、行けるか」
「余裕ヨユウ」
「よし。では……行くぞ! 全機突入!」
ネウロイの群れの真っ直中、変則的ケッテ(三機編隊)が突っ込んだ。

混戦の最中、MG42を軽々と振り回しながら唐突にトゥルーデは問うた。
「中佐から下った我々の任務は何だ?」
エイラはさらっと答えた。
「全員生きて、基地に帰る事」
驚いた顔をするペリーヌに、トゥルーデは言った。
「心配ない、既に他の動ける者全員が戦闘待機している筈だ。お出迎えなら大勢の方が良いだろう?」
「そう言う事」
にんまりと笑うエーリカ。
「それに、まだ礼を言ってなかったんダナ」
背後でぼそぼそと言うエイラ。照れ隠しか、上の空を向いているが回避にはぬかりない。
「礼? 何の事ですの?」
「ま、今回の貸しでチャラダナ」
「はあ?」
「洗濯当番の交代でイイゾ?」
ニヤリと笑うエイラを、いささか不可解・不機嫌な顔で眺めるペリーヌ。
基地はもう視界に入っていた。滑走路に光る誘導灯がうっすらと海面に伸びる。
追いすがるネウロイもだいぶ数を減らした。
それ以上にペリーヌを安堵させたのは、サーニャ以外のウィッチ全員が、すぐそこまで飛んで来ている事だった。
「よく頑張ったなペリーヌ。あとで風呂でも入って、扶桑の酒で乾杯でもするか」
豪快に笑う美緒の声が、はっきりと通信機を通じて聞こえる。
「しょ、少佐! それはもう喜んで!」
「急に元気になったナ。現金な奴ダ」
「失敬な! わたくしが一体どんな状況下で戦って来たか……」
「分かるさ」
トゥルーデがペリーヌの顔を見て言った。
「私達は、仲間だし、家族だからな」
「トゥルーデ、カッコつけてる~」
「な、何をいきなり、ハルトマン」
「やっぱりトゥルーデも変わったよね~」
にやけるエーリカ。

「全機揃いましたね?」
ミーナが声を掛ける。
「ペリーヌさんは基地まで飛行出来る? 無理ならこのままエイラさんのサポートで帰投なさい。
滑走路には救護班も待機してるわ」
頷くペリーヌとエイラ。
ミーナはネウロイの方向を向くと、帰投する二人をカバーする形で布陣を組み、新たな指示を出した。
「ストライクウィッチーズ、全機攻撃態勢に移れ。目標、残存ネウロイ」
「了解!」
弾けるばかりの、元気一杯の隊員達の応答。
ストライクウィッチーズの、全力、本気の戦いが始まった。

end


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