ブリタニア1944 format by LYNETTE UPDATE MISSION
「……ネ……ん」
耳元からから声が聞こえる。
「リーネちゃん」
わたしの大好きな優しい声が、すぐ近くで私の事を呼んでる。
「リーネちゃん、ねぇ、起きて」
「ふわ……おはよう……よしかちゃん」
あれ? わたし……どうしたんだっけ?
とりあえず挨拶だけ返しながら困惑する。
芳佳ちゃんの可愛らしい声で目を覚ませたのは幸せなんだけど、状況がつかめない。
身体を起こそうとして、仄かに香る匂いと、頬をくすぐるちょっと外側に跳ねた髪、皮製の手袋越しの控え目な柔らかさが全てを教えてくれる。
わたし、芳佳ちゃんの身体の上でうつ伏せになって、肩の上にあごを乗せるような姿勢になってるみたい。
少し首を動かすと、芳佳ちゃんの耳が目に入る。
特に理由は無かったんだけどなんとなくそうしたくなったから、柔らかそうなその耳たぶを、あむっ、と唇で噛んだ。
「ひゃっ!? りーねちゃんっ!?」
「よしかちゃん、おはよ」
もう一度そう言ってから、やわやわと耳を刺激する。
「あっ、んっ、だめっ! リーネちゃんっ……やめ……っ」
そんな甘い響きの混じった静止の声がかえって私を燃えさせるんだけど……椅子のたてる軋みと、鎖の金属音がまだ半分寝ぼけてるわたしを現実へと引き戻す。
「ああっ、ごめんなさい芳佳ちゃんっ! こんな事してる場合じゃなかったよっ!」
慌てて身体を起こして立ち上がろうとしたわたしは、自分で自分の腕を拘束していた事を完全に忘れていた。
芳佳ちゃんの胸に手をついたまま、ぐっと引き起こした上半身は、5インチの距離で引っぱられてバランスを崩す。
横にずり落ちそうになって、焦ったままう自由な手をつこうとしたのが芳佳ちゃんの腕。
でも、怪我してるそこを刺激しちゃいけないと思ったわたしは別の手がかりを探す。
逡巡したのは一瞬だけど、崩壊が進むには十分な時間だった。
前のめりになった身体のバランスを回復するために、訓練で鍛えた腹筋背筋に力を込め、えいっと後ろへ身体を反らせようとする。
でも、ここでもまた不自由な腕が災いして、今度は後ろに大きく振れる。
「わ、わ、わっ……」
「あああああっ、リーネちゃんっ!」
「ひゃあっ!」
どっすん。と、背中から落ちた。
「大丈夫っ! リーネちゃんっ!?」
「あいたたたたた……だ、大丈夫……うう、いたた……」
一瞬痛みに意識が遠のいたけど、何とか耐える。
おちついてから、一連の元凶である首輪と手枷を繋ぐ細い鎖を外す。焦ってる時と違って簡単に外れる。
まだ痛む背中をさすりながら芳佳ちゃんを安心させる為に声をかける。
「ふぅ、心配かけちゃってごめんね、芳佳ちゃん」
「ううん、でも、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。あ、ちょっとまってね、すぐにそこから降ろすから」
返事をしながら芳佳ちゃんの拘束を解いていく。
「あ、ありがと……でも、その……なんで……」
「なあに? 芳佳ちゃん」
「なんで、あんな事したのかな?って、リーネちゃん、なんだか怖かったよ……それに、私たち早く帰らないと」
「怖がらせちゃってゴメンね。でもね、必要な事だったの」
「必要?」
「うん、必要だから。まだ帰りたくない。二人がここに導かれたのは、二人の為のチャンスだから」
「な、何を言ってるの……? 意味が、解らないよ……リーネちゃん。何か変だよ……やっぱり、リーネちゃん怖いよ」
「怖がらせちゃって、ゴメンネ。でもね、芳佳ちゃんも悪いんだよ。私の事ずっと見てて、今だってずっと見てるのに、わたしの事だけを見てくれてるわけじゃないんだもん」
「え!? いや、えっと……それは……」
「男の子よりもえっちな目でわたしのおっぱいを見てたの、わたししってるよ」
「いっ、いえっ、別にっ、そそそそんなことないないないっ! ないよっ!」
真っ赤になって一生懸命否定する芳佳ちゃんの前で、えっちなデザインの服で強調された胸をもっと見せ付けるように胸の下のほうで腕を組んで、少し前かがみになる。
明らかに照れて動揺してる芳佳ちゃんの様子を見るのと、心に押しとどめてた感情を面と向かって言葉に出来るのがうれしくて、自然と頬が緩む。
「でも、そうやって見て貰えるの。嬉しかったんだ……。だって、きっとそれはわたしの想いが一方通行じゃないって希望を持てたから」
「リーネちゃん……」
芳佳ちゃんの目がおっぱいに釘付けのなるのがわかる。わたしの身体を見てくれる芳佳ちゃんの視線が好き。
でもその後のちょっと目を伏せながらの芳佳ちゃんの言葉は、私の心を冷えさせるのに十分だった。
「あ、あのね、リーネちゃん。あの……さっきまでの事とか、全部忘れるから、普通しよう。
リーネちゃんが私の事助けてくれて、看病してくれて凄くうれしいの。でも、きっとリーネちゃん今疲れてるんだよ。
だから、何か変なんだよ。だから、早く基地に、皆の所に帰る方法を考えようよ」
笑顔のまま、表情が凍りついたのが自分でも解った。そのまま、なんとか言葉を繋げる。
「忘れちゃうんだ……。そうだね……うん。芳佳ちゃんは、早く坂本少佐のところに帰りたいんだね」
「うん、帰りたいよ。リーネちゃんは帰りたくないの?」
そっか。そうなんだね。
あんなことまでしたのに、二人で気持ちよくなったりしたのに、忘れようなんていう芳佳ちゃんの態度がわからなかった。
少しは心が通じたんじゃないかって思ってたのに、わたし、ただ空回りしてただけだったのかな?
でも、だからといって芳佳ちゃんが悪いとは思いたくなくて、わたしが焦りすぎたのがいけないんだって考えようとして……ダメだった。
どうしたらいいんだろう……。
「お話とかもっとしたいけど、その前に身体拭いたりとか、包帯替えたりとか、食事の用意とか、色々しなきゃだよね。すぐ準備するから、待っててね、芳佳ちゃん」
「あっ、リーネちゃん」
張り付いた笑顔の仮面のまま、そんな言葉がすらすらと出てきて、不安そうな顔の芳佳ちゃんを部屋に残したままいろんなことの準備の為にそこを後にした。
芳佳ちゃんの前を離れてから少しづつ考えがまとまり始める。
わたしの事をいっぱいいっぱいわかってもらって、芳佳ちゃんの事をわたしがもっともっと知る為にはわたしの努力が必要なんだ。
いままでみたいに優しくするんじゃなくて、もっと強く強引な手に出ないと鈍感な芳佳ちゃんはちゃんと解ってくれない。
忘れようなんて言葉が出てこなくなる程しっかりと、確実にわたしの事を刻み込んであげないといけない。
わたし以外に何もいらなくなるまで徹底的に調教してあげなくちゃ、二人の未来は拓けない。
そっか、調教だ。
ノートにあった言葉。
そんな表現を芳佳ちゃんに使ってはいけないような気がして避けていた言葉。
芳佳ちゃんを……。
「芳佳ちゃんを、調教する」
口に出してみて、その言葉の甘美な響きに酔う。
ふふ、そうだね……調教だよ。
ここから先は、ふれあいとか悪戯とかじゃなくて、調教。
芳佳ちゃんが、みんなの芳佳ちゃんからわたしのかわいい芳佳ちゃんに変わる為の、素敵な時間。
わたしは心のどこかで今まで無意識に緩めていたスロットルを、全開にした。
待っててね、芳佳ちゃん。
すぐにわたしの物にしてあげるからね……。