knights of the round table
澄みきった空。雲一つない快晴のブリタニア。
こんな日は任務なんか関係なしに何処まで行けるか、上昇出来るか飛んでみたくなる。
時折そよそよと吹く風に揺られ、ペリーヌは基地の裏庭で洗濯物を干していた。
「良い日ですこと」
誰に言うでもなく、呟く。
裏庭といえど、基地は広大だからここにも十分な程陽が当たる。
そして余り外からは人目に付かない。洗濯物を干すには絶好の場所だ。
ルッキーニは近くの茂みか木の上にでも、秘密の隠れ家をひとつかふたつ作っている筈だ。
もっとも裏庭なので、ガリアの方角は見えないのだが、今はそれでも良かった。
たまには、綺麗なだけの空も、見てみたい。
「いやー、よく晴れてるね~」
呑気な声でやってきたのはシャーリーだった。
「あら大尉。どうしましたの?」
「見ての通り、洗濯当番さ」
かご一杯に詰められた洗濯物を山ほど抱え、よいこらしょと脇に積んだ。
「今日はエイラさんじゃ」
「そのエイラと交代だよ。ペリーヌこそ今日は当番じゃないだろ」
「わたくしも……エイラさんに押しつけられたんですわっ!」
「ほう、そうかい」
にやけるシャーリー。
「もう、これで二回目ですわ! あと一回分残ってるなんて勝手な事を……」
「あたしはあと三回分残ってるぞ」
「まったく、エイラさんと言う人は……」
「ほらほら、シーツの裾噛んじゃだめだって。洗いたてなんだから」
「……わたくしとしたことが」
シーツをはっと放し、慌てて洗濯ばさみでロープに留めた。
「それにしても何なんですのエイラさんは」
「まあ、ああ言う奴だからなぁ」
「それにしても、大尉は何故そんなにエイラさんと交代を?」
「エイラが言うには、『回避してやったのと同じ数だけヤッテモラウゾ~』だってさ」
「わたくしも全く同じ事を言われましたわ」
「あいつ卑怯だよな~。絶対当たらないのを良いことに、あたしらをダシに使って……いや、洗濯当番に使ってさ」
「まったくですわ」
「で、空いた時間は……まあいいや」
「何で追及を止めるんですの?」
「いや……なんか“ブーメラン”になりそうな気がして」
「何をおっしゃいます! だいたい、エイラさんはサーニャさんに構い過ぎなんですわ!」
くどくどと説教じみた愚痴がペリーヌの口から呪詛の如く垂れ流される。
「……まったく、不埒にも程がありましてよ。あんなザマでは隊の規律が乱れます。規律と言えば、大尉」
苦笑いして聞いていたシャーリーは、突然その矛先が向けられた事にぎくりとし、
内心ああやっぱりこっちにも来たかと観念した。
「規律違反は大尉もたくさんされてますわよね? 謹慎もそうです。勿論ルッキーニさんとの事も……
その、余り良くない噂も耳にしてましてよ? ねえ聞いてまして?」
「いや聞いてるよ」
「だったら、尚更大尉も……」
「あー、そう言えばこの前の扶桑の風呂での酒盛り、あれ楽しかったよなぁ」
「話を逸らさないでください!」
「あの時、ペリーヌは少佐に……」
「!!! そ、それは……扶桑のお酒は、口当たりとは別に酔いの回り方が……その……」
突然しどろもどろになる。
先日、ペリーヌが孤軍奮闘した夜間戦闘から帰った後、美緒の言葉通り「風呂で酒盛り」と言う、
少し趣向の変わった宴会が開かれた。風呂に入り、熱くした扶桑の酒をちびりちびりとやるのだが、
風呂ならではの血の巡りの良さと相まってペリーヌはへべれけに酔い潰れて記憶を無くし、
目が覚めたらそこは医務室。その後ミーナに「ちょっと」と呼び出され説教を喰らった。
そのいきさつを思い出し……記憶にない部分も多かったが……真っ赤になり、言葉が止まる。
そんなペリーヌをニヤニヤと眺めるシャーリー。
「扶桑の酒は口に合わないって?」
「そんな事ありませんわ! 少佐のお持ちになったものはどれも素晴らしいものばかりです!」
「肝油もか?」
「そ、それは……国によって嗜好も違いますから……」
あの独特な味を思い出し、げんなりするペリーヌ。
「エンジンオイルみたいだったな」
苦笑いするシャーリー。彼女も肝油は苦手らしい。
一通り洗濯物を干し終わって一息つく。
横に置かれた長椅子に、ひと一人分少し離れて座る。
空を見上げる。ちょうど訓練中なのか、トゥルーデとエーリカがロッテ(二機編隊)を組んで飛んでいる。
この前の怪我から復帰したばかりなのに大丈夫なのかしら、と少し心配になる。
「あいつらよくやるね~。この前の分裂ネウロイ戦で怪我したばっかなのにな」
同じ事を考えていたらしい。空を見つめ、シャーリーが口にした。
「二人はエースですから、それなりの活躍はして頂かなくては隊として困りますけど、やり過ぎはもっと困りますわ」
「まあ、あの堅物は多分治んないよ」
「まったく……」
二人のすぐそばをエーリカが飛び過ぎる。突き抜ける様な風圧が二人の間を少し遅れて駆け抜ける。
洗濯物がはたはたとゆらめいた。
「でもまあ、ここ数日はネウロイも来ないし……さすがに奴等も連続出勤に疲れたかな?」
シャーリーが空を見たまま口にする。カールスラントコンビのロッテは見事な動きで、流石はうちのエースだと感心する。
シャーリーの言う通り、この数日はネウロイの襲来も無く、穏やかな日々が戻りつつあった。
緊張から解放されたのか、堂々と寝こける者が続出したが、ミーナは特別何も言わなかった。
美緒は相変わらず早朝からの訓練を欠かさなかったが、他の隊員は以前のかなりグダグダなペースに戻りつつあった。
「まあ、平和なのが一番だけどさ……あれ?」
シャーリーはペリーヌの返事が無い事に気付く。
いつの間にか、ペリーヌは眠っていた。こくりこくりと頷く様に頭を垂れる。
「おっと」
横に頭がぶれた。シャーリーはさっと間を詰め、ペリーヌの頭を肩でそっとキャッチした。
「疲れてるのは皆一緒か」
静かなもんだ。シャーリーは内心呟いた。ルッキーニも恐らくどこかの隠れ家で夢を見てる筈。
そして今空を飛んでいる二人、指揮を執る上官二人以外は……きっとそれぞれが何処かで、束の間の休息を楽しんでいるに違いない。
「平和って良いよな」
誰に言うとでもなくシャーリーは口にした。直後、大きなあくびが喉の奥から出てくる。
「あたしも眠くなってきた」
シャーリーに身を預けてぐっすりと眠るペリーヌ。
いつもは気丈に……時には過敏・過激・過剰に振る舞う彼女も、やっぱり何処か頑張っちゃってるところがあるんだろうな。
無理しなくて良いのにさ。あたしら家族みたいなもんなんだから。
シャーリーはそう呟いた。当然ペリーヌの耳には入っていない。でもそれで良かった。
それよりも、今はほのかな風が語りかける方が良い。
爽やかな風は、地上の全てのものを平等に癒してくれる。洗濯物もよく乾く。
「あと三回か」
ふう、と溜め息をつくシャーリー。
明日の天気はどうだろう。また晴れたら、洗濯当番は同じように心地よい空の下で洗濯物に囲まれるんだろうか。
そんなどうでも良い事を考えているうちに、シャーリーも瞼が重くなってきた。
ペリーヌと寄り添う様に、静かに目を閉じる。風の音、鳥の囁き、洗濯物のはためきを感じる。
そこに迫り来る一陣の風。
ぶわっと勢いの良い風圧がシャーリーとペリーヌの髪をかき乱した。
よ~く聞き覚えのある、あのプロペラ音にエンジン音……Fw190D-6だな。
「まったく、無粋な奴だよ」
これだから……と呟くと、再びシャーリーはゆっくり目を閉じた。
end