あなたが生きている今日は・・・


ごほ、ごほ、ごほん・・・。
乾いた咳の音が部屋に響きました。
「うぅ~・・・苦しいナ・・・」
ガラガラの声で呟きながら、エイラさんはダルそうに寝返りを一つ打ちました。
朦朧としたまま、脇に挟んだ体温計を取り出してみると、目盛りは39℃のところまで上がっています。
咳に頭痛に鼻づまりに発熱。
誰がどう見ても風邪の症状です。
「はぁ・・・やっちまったナ・・・」
大きく溜め息を吐いて、エイラさんは枕元に貼ってあるカレンダーに目をやります。
カレンダーの今日の日付のところには赤いペンで大きな○がつけてあります。
今日はスオムスの独立記念日で、国を上げての大きなお祭りが行われる日でした。

コン、コン・・・。
小さなノックの後、静かにドアが開きました。
「エイラ、入るよ?」
「・・・サーニャか?」
ガンガンする頭を押さえながら、エイラさんが顔を上げるとサーニャさんが入ってきました。
手にはほんのりと湯気の立つカップを持っています。
「大丈夫? ちゃんと熱計った?」
「うん。 ちょっと熱があるけど、寝てれば治るヨ・・・」
「そう・・・ホットミルク持ってきたから飲んで」
「あぁ、ありがとナ・・・」
エイラさんは重たい身体を起こしながら、カップを受け取りました。

ミルクを飲み終えると、サーニャさんがそっとエイラさんの頬に手を添えました。
「・・・サーニャ?」
「・・・ホントだ。エイラの身体、熱くなってるね・・・辛そう・・・」
心配そうな顔でサーニャさんは呟きます。
サーニャさんに心配を掛けさせてはいけないと思い、エイラさんはカップを置いて笑顔を作ります。
「サーニャの手、ヒンヤリしてて気持ちイイナ・・・心が暖かい証拠ダナ」
エイラさんはサーニャさんの手を包み込みように握りながら、そう答えました・・・。

「それよりサーニャ、ごめんナ・・・」
「どうして、謝るの?」
「だって、ホラ。お祭りに連れて行くって約束が守れなかったから・・・」
エイラさんは申し訳なさそうにサーニャさんに頭を下げました。
エイラさんはずっと、生まれ故郷のお祭りを案内してやるとサーニャさんに言っていました。
サーニャさんもエイラさんと一緒にお祭りに行ける事を心待ちにしていました。
だから、自分が風邪で寝込んでしまったせいで、サーニャさんを裏切ってしまった。
サーニャさんに悲しい思いをさせてしまった。
そう思って、エイラさんはサーニャさんに頭を下げたのでした。

「ううん。それはしょうがないよ。エイラが悪いわけじゃないよ」
「いや。風邪を引いたのは私のせいダシ・・・ホントにゴメン」
自分に対して優しい言葉を掛けてくれるサーニャさんに、エイラさんはもう一度、謝ります。
サーニャさんは下を向いたエイラさんをそっと抱きしめました。
「そんな風に謝らないで。顔を上げて、お願い・・・」
サーニャさんの言葉にエイラさんは顔を上げます。
サーニャさんは何も言わずに微笑むと、語りかけるように歌い始めました。

"世界中に定められた どんな記念日なんかより あなたが生きている今日は どんなに素晴らしいだろう"
"世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより あなたが生きている今日は どんなに意味があるだろう"


それはエイラさんが今まで聴いたことの無い歌でした。
聴いた事はないけれど、どこか懐かしくて、心が暖かくなるような歌でした。
透き通るような美しい声で、優しく、ゆっくりとサーニャさんはその歌を歌いました。
そして、歌い終わると、サーニャさんはもう一度エイラさんに微笑みました。
「この歌はね、扶桑で流行ってる歌なんだって。芳佳ちゃんに教えてもらったの」
サーニャさんは照れくさそうに言うと、エイラさんの瞳を見つめました。

「私はね、お祭りに行きたかったんじゃないんだよ? エイラと一緒に居たかったんだよ」
「サーニャ・・・」
サーニャさんはエイラさんの肩に回した腕に力を込めて、エイラさんを抱き寄せました。
「だから、エイラが風邪を引いてくれてちょっと嬉しいな。だって、エイラの力になれるんだもの」
耳元で囁くと、サーニャさんは赤く火照ったエイラさんの頬に優しくキスをしました。
「サ、サーニャ! な、何を?!」
突然、キスをされたエイラさんの頬は、嬉しさと恥ずかしさでますます赤くなっていきます。
サーニャさんはその様子見てクスクスと笑いました。
「ふふふ。 エイラ、可愛い・・・」
「バ、バカ!! 風邪がうつるゾ・・・」
「私が風邪を引いたら、エイラが付きっきりで看病してくれるでしょう?」
「そ、それはそうだケド・・・」
恥ずかしそうにモジモジとするエイラさんを見て、サーニャさんはまた笑いました。

「じゃあ、早く良くなって貰わなきゃね・・・そうだ、私、ボルシチ作るね」
「・・・あんまり食欲が無いナァ」
「ダ~メ。野菜を沢山入れるから、ちゃんと食べてね」
「・・・うん、ワカッタ」
「出来上がるまでちゃんと寝てなきゃダメだからね」
そう言うとサーニャさんは、部屋を出て行こうとします。
「あっ、サーニャ」
「うん? なに?」
「・・・あ、アリガトナ!」
エイラさんはサーニャさんにお礼を言いました。
サーニャさんはエイラさんの言葉に微笑みながら頷くと、キッチンへと向かっていきました。

一人になったエイラさんはふと、自分達がウィッチーズに居た頃の事を思い出しました。
あの頃、サーニャさんはまだ幼くて、年上だった自分がサーニャさんの面倒見てあげていました。
自分が守ってあげなくちゃ。自分がしっかりしなきゃ。
いつもそんな風に思っていました。
だけど、今は違います。
今ではサーニャさんも私の事を守ってくれます。
自分の事を優しくしっかりと支えてくれています。
それがエイラさんには嬉しくて仕方ありませんでした。

「あの歌、いい歌だったナ・・・」
ぼぉーっとした頭でエイラさんは、サーニャさんに歌ってもらった歌の歌詞を思い浮かべました。
・・・そうだ、私もあの歌をサーニャに歌ってあげよう。
歌ってあげる事で、この嬉しい気持ちをサーニャ伝えよう。
言葉で伝えるのは難しいけれど、歌でならキチンと伝えられるだろうから。
「ごほ、ごほ・・・早く風邪治さなきゃナ」
サーニャさんの優しさを思いながら、エイラさんは布団を被って、静かに目を閉じました・・・。
そして、布団の中で、小さなガラガラ声で歌を口ずさみ始めました。

"世界中に定められた どんな記念日なんかより サーニャが生きている今日は どんなに素晴らしいだろう・・・"
"世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより サーニャが生きている今日は どんなに意味があるだろう・・・"


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