月と太陽
寝る前に戸締まりをする。
彼女はもちろんそんなことを厭う類の人間ではなかった。
ただ彼女は夜の帳の下、
孤独な任務に殉じる小さく愛しい同僚が自らの温もりを求め、寄り添う場に壁を設けたくなかっただけである。
扉が開き、そして閉まる音、彼女はいつもその音で目を覚ます。
彼女は、自らの寝床に軽く心地よい振動が伝わったのを確認すると、同僚が脱ぎ散らかしたであろう衣服を整えてやろうとそろそろと寝床から這い出した。
しかし、いつもならそこかしこに散らばっているであろうその衣服は今宵は一着たりとも見つからなかった。
服も脱がずに寝てしまったな、そう思い、彼女が自らの寝床を振り返ると、
そこには愛しくて小さな彼女の待ち人よりもさらに小さく、太陽のような少女が猫のように丸まっていた。
彼女が驚愕し、そして少女を起こしてしまったことは仕方のないことであろう。
なぜなら、彼女にとってその少女は、もちろん何も知らない訳ではないが、決して深い仲ではなかった。
ウジュ、ウジュジュ、と奇妙な鳴き声を発しながら目覚めた少女に彼女は問いただす。
「なんでお前がココにいるんダ?」
少女は問いに答えることもせず、再び目を瞼で覆い始め、ついには寝息をたてはじめた。
眠りに落ちた少女を再び起こせるほど、彼女は優しさに欠けてはおらず、仕方がないといった様子で彼女に布団をかけてやろうとする。
しかし、よくよく見ると彼女はお気に入りらしい毛布を持参しており、既にその毛布をぐるぐると体に巻き付けるように眠っていた。
彼女が、少女には自らよりも寄り添うに値する相手がいるだろうに、と思いをめぐらすとそこで得心に至った。
「あぁ、今日はシャーリーがサーニャのパートナーだったカ。」
しかし、何故私の部屋なのだろう、と彼女は思索する。
少女にとって母の様な存在であるシャーリーを除いたとしても、何故自らが選ばれたかが分からない。
それこそ隊の父母的存在である坂本少佐やミーナ中佐の部屋にでも行けば、彼女たちは少女を暖かく迎えいれてくれるだろう。
そこで彼女は再び得心に至る。
少女は度々の悪戯が過ぎ、それこそ幾度となく彼女たちには叱られているのだろう。
ならば少女が彼女たちの部屋を避けたことは納得がいく。
しかし、それでも彼女が選ばれる理由にはならない。
確かに部屋自体が魔窟と化したハルトマンのところや、幼い妹にやたら執着するバルクホルンのところ、
寝床に侵入しようものなら烈火のごとく怒りそうなペリーヌのところを忌避する気持ちは分かる。
だが残りはリーネと宮藤だ。
彼女には宮藤の部屋を忌避する理由もなんとなく感じられたが問題はリーネのことだ。
彼女は自らが少女の立場であったならば、リーネの部屋に行くと断言することができる。
なぜなら、リーネは少しドジなところを持つものの、芯の強い優しい心を持ち、寂しがる少女をほってはおかないだろう。
それに、なによりリーネはシャーリーとどこか似通ったところがある。
それはもちろん、身体的特徴の分もあるものの、
多少ベクトルの差異はあるにしても大勢に於いて彼女たちの、
どちらも他人に深い愛情を持って接する姿が、強く二人の姿をだぶらせるからだ。
まぁ適当に私を選んだのだろう、彼女はそう自らを納得させ再び眠りについた。
彼女は気づいていない。
彼女自身も、ぶっきらぼうではあるものの深い愛情を他人に注ぐことの出来る人間だと。
しかし、なにより少女が彼女の部屋を選んだのには理由がある。
少女は彼女こそシャーリーとひどく似通っていると思っていたのである。
少女は、自らを精一杯の優しさで迎えてくれるシャーリー、そしてサーニャに惜しみない愛情を注ぐ彼女、
この二人に近しいものを感じて彼女の部屋を訪ねたのだ。
二人はまるで、普段、お互いのパートナーと眠るときのように仲睦まじく眠りについた。
ーーーーーーーー
明朝、サーニャと、そして彼女を部屋まで送りについてきたシャーリーが‘彼女’の部屋を覗くと
そこにはまるで彼女たちのパートナーが自らに与えるように寄り添った二つの影があった。彼女たちは微笑み合う。
私たちもここで寝ちまうか、そう話すシャーリーにサーニャは嬉しそうに頷き、二人は互いのパートナーの隣へと戻っていった。
Fin.