無題


ぶるりとひとつ震えて、息を吐いたら部屋の中なのにまっしろ。
着込んだパーカーの首元をつかんで、体を縮めてひとこと。

「さむい」

ねえそれは魔法の言葉になるとおもうよ。


こんなことを言ったら「お前北国出身だろ」なんてシャーリー辺りは笑うのかもしれないけれど、出身なんて
私には関係ない。どんな温度だって寒いと思ったら寒いのだ。そりゃたしかにスオムスの冬に比べたらこちらの
冬なんて恐ろしく穏やかだけれど、けれども寒いことには変わりない。

だってほら、それは私が起き上がったその拍子に目を覚まして、顔をしかめて肩を抱いてるあの子とおんなじ。
…今日も来てたのか、と眠たそうに目をこするその仕草を見やって思う。へへへ、とついこぼれてしまう笑みは
あの子に見つかっちゃいけない。だって、恥ずかしいじゃないか。こうして勝手に部屋に上がりこまれて、ベッドの
半分を占領されてる。普通の人だったら怒って当然なのに何だか嬉しいなんて、正気じゃないんだろう、きっと。

いいよ、まだ寝てていいよ。私は今日昼からだからさ。

そう言って手を伸ばして、その子の額をなでてやる。朝ごはんは…この際どうでもいいや、あとでも。バルク
ホルン大尉に「またか」と怒られるかもしれないけれど、ミーナ中佐はきっと許してくれる。ミーナ中佐の言う
ことなら、バルクホルン大尉はそれ以上何も言わないから。

部屋を見渡すと、ああ、やっぱり。散乱したモノトーンの衣服が部屋の床に置き捨てられている。…こうして
明らかに部屋を間違えているのに、テーブルの上においておいた私の上着をきちんと着込んでいる辺り、
さすがはウィッチと言ったところなんだろうか。寝ぼけた人間なんて今まで生きてりゃそりゃ何度も見たこと
あるけれど、寝ぼけたサーニャのすることはその中でも群を抜いてよくわからない。
けど、それ以上によくわからないのは、それだのに別にいやな気持ちにならない自分だったりする。おかしいな。
どんなことだってサーニャのすることならなんとなく許せちゃうんだ。許せちゃう、って言うのとはなんか違う
かな。なんだか嬉しくて、顔が緩んでしまうんだ。それを隠すために懸命に顔をしかめるから、ルッキーニに
よく「変な顔」とおなかを抱えて笑われたりする。だってしょうがないじゃないか。笑いたいわけじゃないのに
どうしてかにやけてしまうんだもの。

ベッドから下りて、それらを片付けようとする。なんだか一瞬服のすそを摘まれたような気がしたけれど、
ほどけてしまったのか気のせいだったのか、すぐにその感覚は消えてしまった。ぼふ、とサーニャが再び
ベッドに倒れこむ音。私は振り返って、彼女に毛布をかけなおしてやる。さっきまで私の方を向いていてくれた
のに、今はそっぽを向くようにあちら側を向いてしまった。名残惜しくて頭をそっと撫でる。目を覚ましていても
眠っていても、この子の気持ちはつかめない。寝ぼけてでも良いから必要とされたい、示されたい、なんて
切望している自分が少し情けないくらいだ。それだのに口から出る言葉は全然違う、裏腹の言葉だけ。
きょうだけだかんな。突き放すような言葉だけ。本当は明日だって明後日だって、来てくれていいのに。

床に散らばっている衣服を一つ一つ取り上げて、丁寧に折りたたんで。
部屋の冷え込みのせいか、それらにはもうサーニャの温もりなんて残っていない。…残っていたら残って
いたで、なんだか疚しいことを考えてしまいそうだったからむしろありがたかったのだけれど。
私のものと並べてベッドの端に置くと、そのタイミングでサーニャが寝返りを打って私の衣服を下に落として
しまった。あー、と情けない声を上げてもサーニャはそ知らぬ顔。多分ぐっすりと眠りについている。うう、
ひどい。…でも許せてしまう自分が、何だかやっぱり情けない。だって寝ぼけているんだ、仕方がない。

自分のものをもう一度畳んでベッドの上において、私はまたベッドに上がりこむ。真ん中を占拠している
サーニャの邪魔にならないように、彼女が背を向けた端のほうにいく。サーニャときたら毛布までも占有
してしまって、私に掛かるのはほんの少しだ。ねえ、寒いよ。少し分けてよ。思うけれども、やっぱり言えない。


「…さむい」

もう一度、呟いた。締め切られたカーテンの向こうから、冷たい空気がしんしんとやってくる。外はもっと
寒いんだろう。もうすぐ雪も降るかな。一面の白銀世界を夢想すると、なぜか心が安らぐ。視界をいっぱいに
する白と、空の青。私のとても好きな色だ。
…だからこんな、寒いのに雪の降らない、多分どんよりと曇ったような日はあまり好きじゃない。気分まで
暗くなってきてしまう。

(いたずらしてやろうか)

丸まった背中を見やりながら考えた。銀色の髪から覗くかすかなうなじを見ながら、思った。
だって寝ぼけたこの子は私にいつもいじわるばかりしてくるんだ。ちょっとぐらい仕返ししたっていいじゃないか。
数十センチ開けたその向こうから、ほのかに感じる明らかな熱の塊。眠っているせいだろうか、さっきの作業で
冷え込んでしまった私よりもずっと温かに感じる。

触れるか触れないかのところまで手を伸ばす。ああ、やっぱり温かい。
身じろいだ振りをして体を近づける。ゼロ距離からほんの少し離して一度思いとどまる。けれどもやっぱり、
さっきよりもずっと温かい。
どうする?ここで止めるか?…でも、確かに近づいている温かさの誘惑に抗えず、私はそれを実行する
ことにした。

「さむい。」

ぽつりと口にして、後ろから、ぎゅう、と。
サーニャの体を抱きしめた。だってすごく寒いんだ。仕方ないだろ。仕方ないって思うだろ。そりゃちょっとは
恥ずかしいし、何だかすごくどきどきするけど…仕方ないだろ、寒いんだ。寒いんだから仕方ないんだ。

びくり、とサーニャが体を震わせた。やばい、起こしちゃったかな。思うけれどもまあいいか、なんてここまで
きたら諦めだってつく。だって寒いんだ。なら温かさを求めるのは当然だ。そんな魔法の言葉なんだ。
ふう、と息を吐くとサーニャの体に反射して、温かい吐息が返って来る。うん、いい感じだ。あったかい。ちょうど
首筋に掛かったからくすぐったかったのかな、サーニャが再び身じろいだ。ごめんよ。謝らない代わりにまた
ぎゅうと体を近づける。さむい。もう一回呟いて。

とつぜん、腕の中のサーニャがぐるりと寝返りを打った。少しだけ腕を緩めてそれを許すと、サーニャの顔が
こちら側に来る。薄目を開けてこちらをにらみつけるように見上げてる。うわ、やっぱり起こしちゃってた。
…でもいまさら謝ってこの温かさを失うのが嫌だったから、やっぱり何も言わずに抱き寄せることにする。
サーニャの熱い息が私の首辺りにかかってほら、くすぐったいけれども温かい。

エイラ、ずるいよ、ずるい。
ぼそぼそと文句を言われたけれど、私は謝らないことにした。だって寒いんだから、許してくれよ。普段だったら
絶対にしないけれど、今日だけは特別なんだ。きょうだけだかんな、ホントのホントに。…寒い日がこない限り、
だけど。

諦めたように私の背中に手を回してくるサーニャの温かさに満足して、私は呟いた。


「あったかい。」


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