罪を肉んで人を肉まず。


朝起きたら芳佳ちゃんが肉まんになっていた。
とてもほかほかしている。
こういうちょっとした温もりにほっとさせられる季節が来たんだねー。

ほっとしている場合ではなかった。 どう考えても一大事です。
どうして? 魔力の暴走? どんなにうんうん考えても、お馬鹿な私にはちっとも分からない。
そういう難しい話はミーナ中佐に聞くとして、まずは生命反応を確かめた。

とてもほかほかしている。
これだけあったかければ亡くなっているなんて事はないだろう。
とりあえずは一安心。

ほっとしたら途端に芳佳ちゃんが可哀想になってきた。
あれ程くるくる変わってた表情も、いまや蒼白で動きが感じられない。
私をドキドキさせた甘い香りは、食欲を誘う香ばしさに取って変わられていた。

芳佳ちゃんが私の天使だったとすれば、芳佳まん(仮)はさしずめ私の点心……。
坂本少佐のような事を考えて、一人で勝手に恥ずかしくなる私。 よ、芳佳ちゃんのせいだからねっ!

ううん、私が暗い顔してちゃ駄目。 芳佳ちゃんの方がずっとずっと不安なんだから。 リーネ、ファイト!
芳佳ちゃんは肉まんになっても可愛いよ!
どうせなので普段言えないような事をどさくさ紛れに言ってみる。
体から湯気を出す芳佳ちゃん。 はわわ、照れてるのかな。 勢いで言っちゃったけど、こっちまで照れちゃうよぉ……。

はっ! 何やってるのかしら私。 こ、こんな事してないで早く中佐を探しに行かなきゃっ。
冷めないように芳佳ちゃんをタッパーに入れて廊下に駆け出した。

「ちょっと! 廊下は走るものではございませんわよ! まったく貴女、あの豆狸に感化されすぎではなくて?」
うっ。 一番の強敵に一番最初に出会ってしまった。 でも、今の芳佳ちゃんは自分でペリーヌさんとやり合う事ができない。
わ、私が代わりに頑張らなきゃ! ペリーヌさんの視線が私の手元に向く。

「あら、それ……。」
「これは芳佳ちゃんです!」
「へ? あぁ、宮藤さんのぶんという事ですの……。」
「違います! これは芳佳ちゃんです! 芳佳ちゃん自身なんです!」
勇気を振り絞って叫んだ後、恐る恐るペリーヌさんを見る。 ペリーヌさんがこちらを見る目が、未だかつてないほど気の毒そうだった。
ふだん芳佳ちゃんに厳しい人だけど、事の深刻さを理解してくれたのかな。

「そうですこれは芳佳ちゃんなんです! 朝起きたら芳佳ちゃんが肉まんになっていて……」
「ちょ、ちょっと! あまりそのような事を喧伝するものではありませんわ! おっしゃる事は分かりました。
 仕事の方は私に任せてくださいまし。 貴女は今後の事について、中佐にでもとっくり相談してこられたら如何かしら……。」
あ、ありがとうございます! いつにない優しさと同情の眼差しに、なんだか胸が熱くなる。
ペリーヌさんの生暖かい視線に見送られながら、私は再び走り出した。

執務室。 あれ。 こんな時に限って中佐も少佐もいない。 一体何処に行っちゃったのかな。
はっ、はっ。 一所懸命走ってきたせいか、息が苦しい。 ……はっ! 息と言えば! タッパーは密閉空間。
芳佳ちゃん、ひょっとして今頃酸欠に……! 慌ててタッパーを開けてみると、芳佳ちゃんからむわっと湯気が立ち上った。
あぁっ。 ごめんね芳佳ちゃん。 息苦しかったんだよね。 許して芳佳ちゃん。 そう言って、芳佳ちゃんをいたわるように撫でる。

って。 やっ、やだ私。 これ、私が頭って思ってても、芳佳ちゃんにとっては頭じゃないのかも……。
ごっ、ごめんね芳佳ちゃん! こういうのってもっと段階を踏んで、ムードを作ってから、あーなってこーなって……!
一人イヤンイヤンともじもじしていると、突然横からにゅっと手が伸びてきて。 芳佳ちゃんは私の手元からいなくなった。

「やーやーおはようリーネ。 ザッツ肉まん。 うーん実においしそう。 どーもどーも。 ……いっただっきまーす。」
「きゃあああ! 駄目ですハルトマン中尉! それは肉まんじゃありません! 芳佳ちゃんなんです!!!」
ぴたりと止まるハルトマン中尉。 よかった、分かってくれて……。

「めんご。 ちょっぴりかじっちゃった……。」
「きゃあああああ!!!!!」
確かに、端の方の薄皮がちょっぴり無くなっていた。 うぅ。 芳佳ちゃんの残量が95パーセントになってしまった。
中尉の口が小さかったのがせめてもの救いかしら……。

「これ宮藤なんだ。 随分イメチェンしたねー、うん。 ……これまで気付かなかったけど、宮藤って。 ……美味しそう(はぁと)」
なっ! なんですって! 中尉の言葉に動揺を隠せない私。 ちゅ、中尉が芳佳ちゃんの事をそんな目で見てたなんて……!
これまでノーマークだったからすっかり油断してたけど、これからは中尉の動向にも気を配らないと……。
半ばひったくるように駆け出して、再び芳佳ちゃんをタッパーに押し込める私。 ごめんね芳佳ちゃん、もうちょっとだけ我慢してね。

「おはようリーネ、早いじゃないか。」
「おはようございます、バルクホルン大尉。 唐突ですけどこれ芳佳ちゃんなんです! どうしたらいいですか!?」
食堂を覗いてみると大尉が朝刊を読んでいた。 佐官の二人が見つからない以上、実務面で一番信頼できるのはこの人だ。

「な!? 宮藤? これが? …………いや。 私の知っている宮藤は、もっと人間味のある奴だったと思うんだが……。」

「何味かだなんて今は問題じゃありません! そりゃ人間じゃなくなっちゃったんだから、人間味のはずがないですよ!
 塩味かもしれません! ケチャップ味かもしれません! でもどっちでも芳佳ちゃんは芳佳ちゃんです! それでいいじゃないですか!
 それとも何ですか!? 大尉もハルトマン中尉みたいに、やっぱり芳佳ちゃんを食べちゃいたいと思ってるんですかー!」

「へっ!? い、いや、そういう意味でなくて……。 と言うか、私が宮藤をたっ、たっ、食べ!?
 ハルトマンも!!? や、と、とにかく落ち着けリーネ! もう、何が何だかさっぱり意味が分からん!!」

言い切った後で自分でも支離滅裂な言動だったと気付く。 お、思わず興奮しちゃった。
だって大尉は要注意人物なんだもん! いつも芳佳ちゃんを目で追っかけてるの知ってるんですから!!
どうすればいいか教えてほしいけど、大尉に芳佳ちゃんポイントを稼いでほしくもないんだもん!!!

「うーむ、にわかには信じがたいが、これが宮藤か。 実地検分してみんと何とも言えんな……。」
そう言うと、大尉は芳佳ちゃんをつまみあげて、舌を出して、ぺろっ。 きゃあああああ!!!!
なっ、なっ、何してるんですかっっ! なな、なめっ、舐めましたね!? 芳佳ちゃんを!
更に、おもむろに芳佳ちゃんを裏返す大尉。 くんくん。 かっ! かっ、かっ、かっ。 今度は嗅いでるぅ!
芳佳ちゃんを仰向けにして、あんな所やそんな所を!!!

「た、大尉っ! こんな公共の場でなんて事をするんですかっ!! ふっっ。 不潔ですっっ!!!」
「な、なんだ。 お前がどうすればいいって聞くから調べたんじゃないか。 ちなみに私の結論を言うとそれは単なる肉まんだ。」
「肉まんじゃありません!! 芳佳ちゃんです!!!!」
馬鹿! 私の馬鹿馬鹿馬鹿!! どうしていっつももっとよく考えてから行動しないのだろう。
心なしか芳佳ちゃんのお肌はしっとりと赤らんでいる。 肉まんなら自然な事よ、と必死に自分に言い聞かせる私。

芳佳ちゃんが大事なお友達だってのは分かってた。 でも。
私以外の誰かに芳佳ちゃんが変えられてしまうこと。 それがこんなに私を落ち込ませるなんて、思ってもみなかった。
私は芳佳ちゃんを優しく包み込んで、ギュッと目を閉じた。

「芳佳ちゃん……。」
「え、なになにリーネちゃん? あ、肉まんだ。 おいしそう!」

………………。 石鹸の香りが鼻をくすぐる。 頬を冷や汗が伝うのが分かる。
あぁ、目を開くのが怖い。 いつもは鈍い癖に、こういう時だけ大張り切りで仕事する自分の直感が憎い。

「わっはっはっ! どうだ宮藤、懐かしいだろう! 最近冷え込むからな、今朝の朝食は肉まんにしてみた。
 冷めないように厨房であっためてるぞ。 沢山作ってあるから、好きなだけ食べろ!!」
「ほんとですかぁー! わーい!」
………………。 パタパタと厨房へ駆けていく足音が聞こえる。 ああぁ。 現実と向き合いたくない。

「あれ? リーネ、まだ食べてなかったのかー。 せっかく部屋まで届けてあけたのに。 冷めちゃうよん!」
「こら、そういうルッキーニは食べすぎ。 太っちゃってもしらないぞ。」
ルッキーニちゃんとシャーリーさんの無邪気なやり取りが近付いてくるのが分かる。 ハンガーで食べてたのだろうか。
せめて食堂で食べていてくださいよ! そしたら……そしたら、こんな……うぅ。

「リーネちゃん、食べないの? 美味しいよ!」
恐る恐る目を開けてみる。 目の前には、まごう事なき芳佳ちゃん。 私の手には、まごう事なき肉まん。
このまま気絶できたらどんなに嬉しいかしら。

「あれぇ、宮藤がふたり。 もとい、ひとりとひとまんじゅう。 ねぇねぇリーネ。 それただの肉まんじゃない?」
「ちょ、ちょっとハルトマン中尉! もう少し言葉をオブラートに包んだ方がよろしくてよ!」
「リーネ……まさか本気で言っていたのか? す、すまん。 私にイェーガー大尉のようなユーモアがあれば笑い話にできたのだが……。」
「おはようみんな。 ? 何か盛り上がってるじゃない。 私にも聞かせてちょうだい。」
「え、リーネちゃんが……?」
「ブリテンジョークにしちゃパンチが効いてるねぇ……。」

みんなが食堂に集まってきた。 女の子同士のコミュニティって怖いもので。 話は耳から耳へと瞬く間に広がり。
食堂には私に一声かけるのを躊躇わせるようなある種の重苦しい空気が立ち込めていた。
うぅ、何か壁を感じるその目。 なんだか気絶にぐんと近付いたような気がするよ、芳佳ちゃん……。

気まずさにオロオロしていたサーニャちゃんがエイラさんを肘で突っつく。
気が無さそうに少しだけ首を捻って、エイラさんがぼそりと呟いた。

「リーネヲソンナメデミンナー。」
「優しくしないでーーーーーーー!!!!!!!!!」
恥ずかしさの絶頂と同時に何かがプツリと切れる音。 遠のいてゆく意識。
あぁ、願わくば主よ、我らが父よ。 どうか目覚めたら全てが夢になっていますように……。



「ふぁーーーあ。」

あくびを出して、大きく伸びをする。 んんんー、今日もいい天気!

扶桑無線体操だいいちー! 朝は大きくのびのびと、あくびの運動からー!
なーんちゃって。 えへへ。

さて。 それはともかくどうしようかな。
隣のベッドを横目に考え込む私。

朝起きたらリーネちゃんが肉まんになっていた。
とてもほかほかしている。

そんなに肉まんになってしまうほど昨日の事が恥ずかしかったのだろうか。
私はリーネちゃんらしくて可愛いと思ったんだけどな。

萌えている場合ではなかった。 どう考えても一大事です。
どうして? 魔力の暴走? どんなにうんうん考えても、お馬鹿な私にはちっとも分からない。
そういう難しい話は坂本少佐に聞くとして、まずは生命反応を確かめた。

もみもみ。 もみもみ。

「うん。 いつも通りのリーネちゃんだ!!」
満面の笑顔を浮かべる私。
私はそのまま満ち足りた気持ちで朝稽古へと出かけていった。

                                           おしまい


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