滴
私だって人間だ。
機嫌が悪い時、気がのらない時。
そんな時はシャーリーじゃないけど、空を無性に飛びたくなる。
でもそんな時は、天すらも私に味方をしてくれない。
「エッ、エーリカっ!お前どうしたんだっ…!」
「…雨に降られた」
……雨のバカ。
――滴――
「とりあえず風呂に入って来い。そのままじゃ風邪をひく」
「や」
「……エーリカ」
「トゥルーデ、拭いて」
「拭いてってお前、子供じゃあるまいし…」
「拭いて」
「……タオル持ってくる」
そう言ってトゥルーデはタオルを取りに部屋に戻っていった。
―――――――――――――――――――
「まったく、こんなにびしょ濡れになるまで何をしていたんだ」
「気晴らしだよ、気晴らし。
私だっていろいろあるのよ」
「まったく、あまり心配をかけるなよ?
風邪なんかひいたら隊の皆にもっと迷惑がかかるからな」
「わかってるわかってる」
タオル越しとは言え、トゥルーデの指の感触が、私の頭に伝わってくる。
そんな事ですら幸せを感じてしまう私は、トゥルーデに“好き”の一言も言えない情けないヘタレなワケで。
髪から滴り落ちる雨の雫は、私の膝に零れ落ちる。
「いやあ、なんだかんだ言っても、やっぱりトゥルーデは面倒見いいよね」
「…お前がズボラだから私が面倒を見てやってるだけだ」
「またまた~♪
そんな事言って意外と世話を焼くの楽しいんじゃないのぉ?」
「……まあ、嫌いでは無いな」
「あれ、今日はなんか素直だね。
いつもならここで『そんな事はない』とか怒鳴るのに」
「…まあ心境の変化というヤツだ」
トゥルーデの声から覇気が消え失せた。
言っちゃいけないんだろうけど、私はトゥルーデに問い掛けてみた。
「……ミーナと上手くいってないの?」
「……」
トゥルーデは答えない。
ミーナとトゥルーデが恋人同士だという事は知っていた。
本人達は自分達の関係を隠していたつもりだろうけど、みんな知ってる。
「…それを知ってどうする」
「別に。
二人の仲を応援する者としては、知っておきたいなって思っただけ」
…嘘。
本当は二人の仲なんか応援してない。
むしろ早く別れたらいいのに。
そう願う自分がいる。
「お前にそこまで報告する義務は無い」
トゥルーデの指の力が強くなる。
トゥルーデは隠すのが下手だ。
すぐ態度に出る。
「私はトゥルーデの友達だよ?
トゥルーデの事なら何でも知りたいなあ」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか?」
「……」
更にトゥルーデの指の力は強まっていく。
「…トゥルーデ、指に力入れすぎ」
「ああ、スマン」
雨足は更に強くなる。
「…ミーナとなんか別れちゃえばいいのに」
私は心の中で呟いていた言葉をいつの間にか口に出していた。
「……」
「エーリカ」
「………ごめん」
沈黙が痛い。
聞こえるのは、時計の針の耳障りな音と、雨音だけ。
そして、トゥルーデが沈黙を破った。
「…エーリカ、お前が思うほど人と付き合う事は楽じゃないんだ」
「そんな事…分かってるよ」
「……そうか」
「ね、トゥルーデ。キス、して」
「またいきなりだな」
「私トゥルーデとキス出来たら、トゥルーデの事諦めるよ」
「エーリカ」
…また、嘘、ついちゃった。
キスくらいで諦められるワケ無いじゃん。
「キスくらいで諦められるのか?」
「神に誓うね。私良い子だもん」
「…そうか。…ならこっちを向け」
「おっ、してくれるんだ」
「断っても無駄だからな。一回くらい許してやる」
「…ありがと」
私は向きを変える。
目の前にはトゥルーデ。
「するよ?いい?いいよね?」
「しつこい。冷めるだろう」
「うん、そうだね。ごめん」
私達は唇を近付ける。
そして、わざとトゥルーデに聞こえるように呟く。
『トゥルーデの、バカ。』
私の髪からは、まだ雫が零れ落ちていた。
雨は、まだ止まない。
END