無題
ドアがギイッと音を立てて、誰かが入ってきた
もう、足音だけで誰だか分かる
サーニャだ
トテ、トテ ポフッ
いつものように、サーニャはふらふらとベッドに向かい、倒れこんだ
そして、すやすやと安らかな寝息を立てるのだった
「今日だけだかんナー」
隣で寝ている、そのかわいらしい女の子を起こさないように、小さく呼びかけ、優しく毛布を被せてやる
エイラはそろそろとベッドから抜け出し、サーニャの足跡を指し示めすように点々と脱ぎ落とされた、サーニャの衣服を拾い上げ、一つずつ丁寧に畳んでゆく
衣服をすっかり畳み終えると、エイラはまたそろそろとベッドに舞い戻った
サーニャと二人で、ベッドの上で過ごす一時、それはただ隣同士寝るだけのものではあるが、エイラにとってなにものにも代えられない幸せな時間だった
おやすみ、サーニャ
心の中で、そう呟いて、エイラは幸せな眠りに落ちていった
「……う~ん…」
ごそごそと体を起こし、ぐうっと体を伸ばして、
まさに起き抜けの猫のような仕草で、サーニャは目を醒ました
「ふわ~ぁ…」
小さな口をしっかりと大きく開けて、空気を胸一杯に吸い込む
欠伸のおかげで潤んだ目を擦りながら、サーニャは辺りを見回した
隣には、エイラが居た
…部屋、また間違えちゃったんだ
サーニャの部屋とエイラの部屋は隣同士で、ドアは同じものだし、外からではネームプレートでしか判別出来ない
間違えやすい、といえば間違えやすいのは確かだ
一応、間違えないようには気を付けているつもりなのだが、
ふと気がつくとエイラの部屋で寝てしまっている
何度か、エイラに謝っているのだが、その度にエイラは、「いいヨ きにすんナッテ」と、笑って返してくれる
そんなエイラの優しさに甘えてしまっているのだろうか
無意識のうちに足はエイラの部屋を目指して進んでしまう
いつも、エイラに迷惑をかけてしまっている、そんな自分が嫌になる
でも、だからこそ、自分をあたたかく迎え入れてくれる、隣ですやすやと寝ているこの人が愛おしいのだ
さて、まだいつもは寝ている時間だ
だからといって、またここで寝なおすというのも、なんだか図々しい気がする
仮にも人の部屋で、勝手に寝ているのだから
…たまには早く起きてみよう
サーニャはエイラを起こさないように、ゆっくりとベッドからおりて、エイラが畳んでくれたのであろう、きちんと折りたたまれいる制服を身につけた
そして、いまだぐっすりと眠っているエイラの側に座って、毛布からはみ出ているエイラに、優しく毛布をかけなおしてやる
「いつもありがとう、エイラ」
たぶん、エイラには聞こえてない
でも、今はこれでいい
もう少し、自分の言葉をうまく紡ぐことができるようになったら―そうしたら、ちゃんと感謝の気持ちを伝えよう
そんなことを考えながら、サーニャはエイラの部屋を後にした
とりあえず起きたけれど、これからどうしよう…
そういえば、昼間の基地を歩くのもひさしぶりだな
まずは食堂に行こう、誰かいるかもしれない…
サーニャは頭の中でこれからのことについて整理しながら、ひとまず食堂へ向かった
食堂に到着し、サーニャはおずおずと食堂の扉を少しずつ開く
立て付けが悪いのか、予想外に大きな音がなってしまって少しびっくりした
なんでこんな情けない性格なのかな…
軽く自己嫌悪に陥りながら、サーニャはそっと中を覗いた
「あ、サーニャちゃん! どうしたの? 珍しいね!」
食堂のテーブルから、宮藤芳佳の明るい声が発せられた
「あ、芳佳ちゃん… おはよう」
「朝ご飯まだだよね?今取ってくるから、ここ座ってて!」
宮藤は、そう言って自分の隣の椅子を引くと、台所に向かって駆け出していった
サーニャは、言われた通り、宮藤の隣の椅子に腰かけて宮藤を待つことにした
芳佳ちゃんは、自分の思っていることをまっすぐ人に伝えることができる
時々空回りもしてしまうけれど、すごく純粋で、
ああ、芳佳ちゃんがうらやましいな…
きっと生まれもっての特性のようなもので、どんなに努力したって、芳佳ちゃんと同じようになることなんてできない
それは分かっているけれど、やっぱり、芳佳ちゃんみたいになれたら、もうほんの少しでも、自分の気持ちを素直に伝えられたら―
そんなことを考えている間に、宮藤が食堂に戻ってきた
「サーニャちゃん、お待たせ!」
宮藤の持ってきたお盆には、扶桑食がところせましと並んでいる
「はい、どうぞ召し上がれ!」
「いただきます…」
サーニャは銀色のスプーンを手にとり、みそ汁を掬って、飲んだ
ほわっと、素朴なあたたかさが起き抜けの体に心地よく染み渡っていく
「おいしい…」
宮藤は何も言わず、ただただ優しい表情でサーニャを見つめている
つづいて、大根を漬けて、その上に醤油を少しかけてある、お漬物をひとつつまんで、口に入れた
酸味のある、それでいて少し甘味もある、爽やかな味
これが、あたたかいご飯と良く合うのだった
一口一口、しっかりと噛み締める度に、不思議な味が口いっぱいに広がってゆく
宮藤が基地に来てから、扶桑料理がふるまわれることが増えたが、
サーニャはこの扶桑料理が好きだった
比較的食が細い方サーニャだが、時間はかかったものの、綺麗に完食した
「ごちそうさま…おいしかった…」
ありがとう、芳佳ちゃん
サーニャは、そんな気持ちを込めてそう言った
「こんなに綺麗に食べて貰って、一生懸命作ったかいがあるってもんだよ! ありがとうサーニャちゃん!」
何故か食事を用意した側の宮藤にそんなことを言われて、サーニャは驚いた
やっぱり、芳佳ちゃんはいい人だな
サーニャから、自然と笑みがこぼれた
「ふふっ…芳佳ちゃん…変なの」
「えー?なんでー?」
「だって、私がご飯を作って貰った方なのに、芳佳ちゃんがお礼を言うなんて、なんかおかしくて」
「そーかなー?」
「そうだよ」
フフフ、アハハ
二人の間に笑いが巻き起こった
端から見たらくだらないことかもしれないけれど、
でもそんなくだらないやりとりで、お互いに笑っていられるというのは素敵なことだ
「ありがとう、芳佳ちゃん ごちそうさま」
今度は、しっかりと口に出して言えた
「どういたしまして!」
「ウーン…」
「サ、サーニャ!!!」
布団から勢いよく、がばっと起き上がったエイラは、全身に汗をかいていた
「夢…カ…」
あんな夢を見るなんて
サーニャがどこか遠くに行ってしまって、二度と会えなくなる夢なんて
エイラにとって、それはまさに悪夢だった
「ハァ…」
胸に渦巻く嫌なものと、夢でよかったという安心感を、同時に吐き出すような深いため息をしたら、少し頭が落ち着いてきた
あれ?サーニャは?
隣にいるはずのサーニャが、いない
「サーニャ?」
今にも泣いてしまいそうな、情けない声で、サーニャを呼ぶけれども、
返事はない
「サーニャ!?」
半分、錯乱状態に陥っていると言ってもよかった
目覚めてみれば、親がいない、そんな時の子供みたいに、部屋中を探しまわった
居ない―
「どこいっちゃったんだヨ…」
先ほどまで見ていた夢と、今の状況が嫌でもリンクしてしまう
突然、目の前から、一番大切で、一番大好きで、一番側にいてほしい人が消えてしまう、そんな夢だったのだ
まさか…正夢じゃ…
自分の固有魔法である、未来予知
それが夢にも現われているのか、そんなことはわからない
でも、もし、そうだったら…
自然と、我慢していた涙が溢れてくる
「グスッ…」
涙をパーカーの袖で拭いながら、少し冷静になるように努力した
きっとサーニャは基地内のどこかにいるはずだ
遠いどこかに消えてしまうなんてことはあるはずがない
あれは、夢なんだ
「サウナ…それか食堂かナ…」
恐らくサーニャはそのどちらかにいるだろうと当たりをつけ、
エイラはクローゼットから水色の軍服を手にとって、すぐに着替えた
サーニャを探しに、サーニャが一人だと心配だから―
エイラは、部屋を出て行った
食堂に向かう途中の廊下で、エイラはサーニャを見つけた
「サー…?」
サーニャと誰かが一緒にいる
宮藤だった
それを見てとるやいなや、エイラは廊下の角に隠れてしまった
サーニャと宮藤は楽しそうに何かを話している
サーニャがあんな風に笑っているところ、最近はあまり見ていないような気がした
「どうして隠れてるんだよワタシハ…」
なぜだろう、なぜかは分からないが、胸がぎゅーっと締め付けられるような、そんな不快感が襲ってくる
おはよう、サーニャ、宮藤
出て行って、ただそういえばいいだけなのに、何故かそれが出来なかった
「サーニャ…」
ぎゅっと袖の裾をつかんで、その場に座り込む
「何やってんだロ…」
自分が急に情けなくなって、もうどうしようもなかった
しばらくして、角から様子を窺うとそこにはもうサーニャも宮藤もいなかった
エイラは、いたたまれないまま、ふらふらと歩きだした
ボスンッ
勢いよく自室のベッドに倒れこむと、一気にさきほどまでの暗い気持ちが渦巻いてくる
「なんで宮藤なんかと…」
宮藤はいいやつだ
そんなこと分かってる
でも、だけど、
今までずっと、サーニャの面倒は私が見てきたのだ
今日だって、サーニャの服を畳んで、サーニャに毛布をかけて、
全部私がやったんだ
なのに、最近来たばっかりの宮藤なんかと仲良くして…
「ひどいじゃないか…サーニャ…」
馬鹿みたいだ
枕に強く顔を押しつけて、気を紛らわそうとした
「プハッ…!」
窒息しかけた
これじゃほんとのばかだよ…
「ハァ…」
本日二度目の深いため息をついて、また思考は先ほどまでと同じところに向かってゆく
でも、良く考えてみたら、
サーニャがひどいんじゃない
だって、サーニャが誰と仲良くしたって、それはサーニャの自由じゃないか
サーニャがあんなに楽しそうにしているなんて珍しいのに
サーニャが幸せなら、それでいいはずなのに
私は、宮藤を憎らしく思ってしまった
もちろん宮藤のせいでもないのに
今まで隊のみんなとなかなか仲良くなれなかったサーニャにとって、
宮藤と仲良くするってことは、とても勇気がいるはずだ
もし、宮藤がペリーヌみたいにツンツンしてたら、サーニャが仲良くするのは無理だったかもしれない
宮藤は、いうなればサーニャにチャンスを与えてくれたのだ
これから、サーニャは、宮藤をキッカケにして、今まで以上に隊のみんなと交流できるようになっていくはずだ
全部宮藤のおかげじゃないか?
なのに―なのに私は…
結局私は、サーニャを自分のモノにしたいだけじゃないか…
サーニャを独り占めにしたいだけで、サーニャのことなんか、サーニャのためなんか、なんにも考えてなかったんじゃないか…
サーニャを守っているつもりで、サーニャを皆から遠ざけて…
全て、自分のためでしかなかった…?
最低だ、私
エイラは、もう一度枕に顔を押し付けた
強く、強く
息が苦しい
死にそうだ
ううん、もう死んじゃったほうがいい
私にサーニャに会う資格なんてない
サーニャを一番"ソンナメ"で見ていたのは私じゃないか…
「…プハァッ!!」
あまりにも自分がバカらしくて、情けなかった
エイラはたった一人の自室で、咽び泣いた
それからというもの、エイラはサーニャを避けるようになった
サーニャが部屋を間違えないよう、ドアに鍵をかけて
それまでサーニャと一緒になることが多かった夜間哨戒のシフトも、ミーナ中佐に頼んで他の人に代えて貰った
「これでいいんだよナ…これで…」
サーニャは、宮藤と居た方がいいんだ
その方がサーニャのためになるんだ
激しい自己嫌悪と、いつも一緒だったサーニャが傍にいないということで、エイラの心はぽっかりと空白ができてしまった
エイラは、その空白を埋めるように、ネウロイと戦うことだけに日々没頭した
訓練・哨戒・戦闘―
そうやって戦うことで、サーニャのことを少しでも忘れようとした
でも、できなかった どうしてもサーニャを自分の中から消せないのだ
あまりに戦いに執着するエイラに、シャーリーやミーナが心配して何か言ってきても、もうそれはエイラにとって何の意味もない、空虚な言葉にしか感じられなかった
サーニャのことを考えないように、考えないようにすることは、つまりサーニャのことを考えるのと同じで、
頭の中はサーニャのことでいっぱいだった
でもそれは、許されないことだ
独占欲の塊のような自分と、サーニャとは到底釣り合わないのだ
サーニャは本当に純粋で、かわいくて、優しくて
サーニャがこの世に存在してるのは奇跡なんじゃないか、そんなことを大真面目に思えるような女の子なのだ
だからこそ、自分のせいでサーニャが幸せじゃなくなるなんてことはあってほしくなかった
いつでもサーニャには笑っていてほしいから、束縛したくないから
エイラは、サーニャを避け続けた
夜、月明かりの下で、静かな空を飛行する二人
それは、サーニャと、そしてエイラの代わりにシフトに入った、宮藤だった
ついこの間出現したばかりのネウロイが、今日も現れるとは思えなかったし、レーダーにもそんな兆候はない
サーニャはここ数日ずっと胸に抱えている悩みを、宮藤に打ち明けることにした
「ねえ…芳佳ちゃん…私、エイラに嫌われちゃったのかな…」
「え?どうして?」
「最近、エイラが私のこと避けてる気がするの…」
「そういえば…、でも、でも、そんなことあるはずないよ! だって、エイラさんは、サーニャちゃんのことを一番大事に思ってるはずだもん!」
宮藤は、強い気持ちを秘めた目で、サーニャの目をしっかりと見つめながら言った
「でも…だったらどうして…」
「それは…分からないけど…何か思い当たるようなことはないの?」
サーニャは、無言で首を横に振った
二人の間に重苦しい空気が漂い始める
「でも…最近は全然顔を合わせてくれないし、部屋にも鍵がかかってて… 夜間哨戒のシフトも…」
だんだんと、消え入りそうになっていくサーニャの声
「わたし…もう…」
サーニャの目からポロポロと涙が零れ落ちた
エイラ、どうして
何か悪いことをしたのなら、謝るから
謝る機会さえくれないなんて、ひどいよ…
戻ってきて…
胸の中の言葉が、どんどん涙に変換されてゆく
とめどなく零れ落ちる涙を前にして、宮藤はただサーニャの背中を優しく叩くことしかできなかった
夜間哨戒を終えて、基地の滑走路に着陸体勢に移る二人
もう太陽はすでに顔を出し、清涼感のある空が広がっている
いつもなら、サーニャの隣にはエイラがいたし、そうでなくても、滑走路に迎えに来ているエイラがいた
でも、今は、違う
誰も迎えのない滑走路はやけに無機質で、怖かった
また涙が溢れてくる
「サーニャちゃん…」
今にももらい泣きをしそうな顔をして、宮藤はサーニャを慰めた
「大丈夫、きっと大丈夫だから…」
「…うん…ありがとう…」
二人は滑走路に着陸し、ストライカーを外して、それぞれの部屋に戻った
別れ際、宮藤はサーニャの手を固く握ると、しっかりした目で「大丈夫」と一言、サーニャに励ましの言葉をくれた
それでも、いくら励まされたって、元気にはなれない
自分の部屋に続く廊下、それは、エイラの部屋に続く廊下でもあった
エイラの部屋―
サーニャは淡い期待を胸に、ドアノブに手を伸ばした
やはり、鍵はかかっていた
悲しいぐらい小さな期待すら打ち砕かれて、サーニャは傷心のまま自室のドアを開け、ベッドに倒れこんだ
サーニャは、ネコペンギンのぬいぐるみをギュッと抱きしめた
このぬいぐるみは、エイラとロンドンに買い物に出かけたとき、商店の隅っこにぽつんと転がっていたものだ
エイラと、一緒に行った買い物で買った、思い出の品だった
自分の部屋で寝るときはいつもこのぬいぐるみを抱いて寝た
それは、エイラの、代わりだったのかもしれない
今ならわかる
部屋を間違えて、いつもエイラの部屋に行っていたのは、エイラが恋しかったのだ
いつも優しく、自分を包み込んでくれる
いつも凛としていて、自分を守ってくれる
まるで、騎士のようなエイラを、
それでいて、弱いところもある、エイラを
また涙が出てくる
今まで気がつかなかった
あまりに近すぎて、あまりに優しすぎて
それがいなくなって、初めてそれの大切さに気がつくなんて
なんてばかだったんだろう…
「エイラ…」
サーニャは、ネコペンギンを力いっぱい抱きしめて、嗚咽した
ウゥーーン!!!
基地にサイレンが鳴り響く
「ネウロイか!?」
坂本がブリーフィングルームから観測所に連絡を入れる
「敵襲!グリッド08!進路はロンドン!」
「わかったわ、今出られるのは―」
ミーナが隊員の状況を確認しようとしたとき、勢いよくブリーフィングルームの扉が開いた
「ワタシガイク!!」
鬼気迫る表情のエイラに、少し圧倒されながらも、ミーナは冷静に状況を伝える
「いいわ、エイラさん みんなに先行してちょうだい、すぐ私たちも上がるわ」
「ワカッタ!マカセテクレ!」
エイラはそう言うなり、すぐにブリーフィングルームを飛び出して行った
そんなエイラを見て、少し悲しげな表情で坂本は言った
「…エイラに、何かあったのか」
「そうね…最近少し変わった気がするわ」
「ここ数日なんだか様子が変だった 心配だな 早く私達も行こう」
「ええ、そうね」
「あれが、敵カ!」
エイラはネウロイを見つけるやいなや、すぐに銃撃を加える
ネウロイは鋭敏な機動でエイラの弾丸をよけて行く
「クソッ!喰らエ!」
冷静さを欠いたエイラは、闇雲にネウロイに向かって弾丸をまき散らす
だが、全て寸でのところでかわされてしまう
「どうなってるんダ!いつものネウロイと違うのカ!?」
エイラの首筋にひやりと嫌な汗が垂れた
落ち着け、落ち着くんダ!
今度は外さない―
ネウロイを完全に射程距離に加えて、精密な射撃を加える
「イッケエエエ!!!」
ババババババ!!
MG42から勢いよく弾丸が飛び出していく、
曳光弾が吸いつけられるようにネウロイに向かっていった
「ヤッタカ!?」
しかし、しかしネウロイはまたしても弾丸を交わした
この距離で外すなんて、有り得ない!
こんなの、それこそ未来でも読めない限り―
そこまで考えて、ハッとする
前に現れた、サーニャを真似たネウロイ
あれと同じタイプで、もし私の能力を、未来予知を真似出来るネウロイが居たとしたら―
エイラは全身の毛が逆立つような感覚に襲われる
数瞬先の未来が見えた
自分が、撃墜される未来が
「ウワアアアアア!!!」
ネウロイから幾重ものレーザー光線が射出され、エイラに迫って、そして、
ぼんやりと白い何かが見える
なんだろう、どこだろうかここは
天国かな?
思ってたより、つまんないんだな、天国って
手足の感覚がない、というか、全身の感覚がない
やはり、死んでしまったのか
ちょうどいいや、自分なんて、生きていてもしょうがなかった
サーニャのためにも、自分はいない方がいいんだ
ああ、でも、死ぬ前にもう一度、もう一度だけ、サーニャと一緒に寝たかったナ…
ん…?何か、あったかい
天国でも、あったかいって感覚はあるんだナ
なんだろうこれ
みず…?
「ラ… イラ… だ… いや… しん…」
なんの音だろう…なんだか懐かしいや
「エイラ…死なないで…いや…!!」
サーニャ!?なんでサーニャが?
これ、涙…?
急激に現実に揺り戻されたかのように、一気に全身の感覚が戻ってくる
白い天井、焼けるように痛む体、そして、涙でくしゃくしゃになった、サーニャの顔
「ウゥ…」
「エイラ!!」
「さ…にゃ…」
自分ではうまくしゃべれているつもりなのに、うまく声が出ない
「エイラ…よかった…ほんとうに…」
ボタボタボタッっと、サーニャの瞳から一気に涙があふれて、顔にかかった
サーニャの涙って、あったかいんだナ…
「しんぱいしたんだから…エイラ…よかった…」
「さー…にゃ」
「エイラ…」
私のために…?サーニャは私のために涙を流しているのか…?
こんな、嫌なやつの、私に…
「サーニャ…」
そういい終わると、私の目からは、涙が溢れてきて
どんなに止めようとしても止まらなくて
情けない、恥ずかしいのに
「エイラッ!」
サーニャはそうさけぶと、エイラの体にがっしと抱きついた
「サーニャ…イタイヨ…」
「あっ…ごめん…」
サーニャをそういうと、すぐ飛びのいて、申し訳なさそうな顔をしている
痛かったけど、あのままでも良かったかナ…
今、きっと泣いているのか笑っているのか、苦しいのか、良くわからない顔になっているんだろうな、私は
「エイラ…エイラが生きててくれて…良かった…」
うつむいていたサーニャは気を取り直したのか、今度は優しく、身体を抱きしめてきた
サーニャは、とても優しく、そして、ほんとにサーニャが話しているのか、疑ってしまうぐらい、力強い声で、エイラに語りかけた
「私ね…エイラが居なくて、すごく寂しかった」
「今までずっと、エイラに甘えるだけで、それが当たり前だって、そう思ってて」
「でも、そうじゃない…当たり前なんかじゃないって、気がついたの」
「エイラが私の傍に居てくれるっていうのは、とっても幸せで、ありがたいことだって」
「サーニャ…」
「だから、そんな一日一日を大切にしなきゃって」
「今までずっとわがままで、迷惑ばっかりかけてごめんね…」
「だから、私のこと嫌いにならないで…!」
「これからも、ずっと一緒にいてほしいの…!」
涙を湛えた、綺麗なエメラルドグリーンの瞳で、力強く見つめてくるサーニャを見て、
いかに自分が馬鹿だったかということを思い知らされる
サーニャに、こんなにつらい思いをさせて、
サーニャに、こんな心配を掛けさせて、
本当に馬鹿だった
でも、もう、馬鹿な私とはお別れしよう
ほかでもない、サーニャがそれに気づかせてくれたのだから
「サーニャ」
「サーニャは何も悪くない…悪いのは私ダ」
「辛い思いさせて悪カッタ…許してクレ」
サーニャは、一言一言、しっかりと頷きながら聞いている
「もし、許してくれるなら…」
「これから、私とずっと一緒にいてくれるカ?」
精一杯、今出せる、最高の声でそういった
「うん…!」
サーニャの顔が笑顔に変わる
眼尻に浮かぶ涙と、サーニャのかわいらしい笑顔の織りなすハーモニーは破壊力抜群だ
こんな顔されたら、もう言うしかないじゃないか
ずーっと、ずーっと心の中にしまっていた、あの言葉
「さーにゃ」
「大好きだヨ…」
サーニャは、少し驚いて、眼を見開いて、そして、ふわりとやわらかな表情になった
「私も、大好きだよ…エイラ」
今度は、私から、サーニャを抱き寄せた
これからは、ずっと一緒だ
楽しいことも、苦しいことも、
いろいろあるだろうけど、お互い支えあって生きて行くんだ
「サーニャ」
「エイラ」
「いっしょだよ」
二人は、唇を、軽く、そしてしっかりと重ねあった
いつまでも…いつまでも…
数日後 基地内サウナにて
「あ゛ー、やっぱ風呂よりサウナだナ!」
「お風呂の方が気持ちいいと思いますけど…」
「宮藤、お前の意見は聞いてナイ」
「なんですかそれー!」
「サーニャはどっちが好きナンダ?」
「私は…どっちも好きだな」
「そっか、じゃあ私もどっちも好きダ!」
「なんですかそれ… ところで、サーニャちゃんちょっと胸おっきくなったよね?」
「え…」
「ゴルァー!宮藤!どこ見てんだオマエー!」
「ちょっと触ってもいい…?」
「サーニャヲソンナメデ…!!まあサーニャはカワイイからナ そういう目で見るのも仕方ないカ」
「エイラ…何言って…」
「デモナ!宮藤!一つだけ言ってオク!サーニャは私のヨメ!手を出すナヨ!!」
「なんかエイラさん変わったよね…」
「ほんとだね、変なエイラ ふふっ」
「あ~、さ~にゃ~なんで笑うンダヨ~」
「フフフッ、アハハハハハ」
そこには、いつもの、三人の笑顔と、三人の笑い声がいつまでも絶えることがなかったという…
おわり