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ネウロイの襲来も無く、珍しく501全隊が休暇を取れる事となった。
幾ら「ブリタニアの砦」とは言え流石に休息は必要で、
当日の(万一の時の)防空はブリタニア空軍が引き受けると言う事になった。
休暇前日。
申し送り事項を書類にまとめたあと、ミーナは美緒に言った。
「久々ね、全員一緒の休暇は」
「ああ。この前の時は一悶着有ったが、ハルトマンの勲章も有ったし
あれはあれでなかなか有意義だったな」
「……まあ、他にも少し有ったけどね」
「少しか?」
苦笑いするふたり。
「さて、今度の休暇はどうする。ミーナ、我々にとっても久々の休暇だ」
「そうね。休暇が取れるなんて考えてもいなかったから、まだ何も。美緒は?」
「そうだなあ……」
二人して貴重な休日をどう使うか考える。
その時、執務室のドアが勢い良く開いた。
「お、どうした?」
その人物は後ろ手にドアを閉めると、笑顔を見せた。
休暇当日。
「……遅い」
トゥルーデはエーリカの部屋でいらついていた。
久々の全隊休暇だと言うのに、トゥルーデを誘った当のエーリカに待たされている。
「クリスと面会する約束も有ると言うのに……っ」
イライラが募る。
それから十分程経って、エーリカが元気良くドアを開けた。
「いやっほー、お待ったせ~」
「待たせ過ぎだ! 貴重な時間を何だと思っている!」
「いやーちょっと手間取っちゃってさ~」
「お前はいつもそうだ……」
エーリカはトゥルーデのお説教を出鼻でくじく。
「そうだ、私トゥルーデの部屋に忘れ物しちゃったよ」
「何をやっているんだお前は……早く取ってこい!」
「トゥルーデも一緒に行こう。何処に置いたか忘れたんだ」
「何ぃ?」
殺風景で物らしい物は何もないトゥルーデの部屋に忘れ物。
すぐ見つかるだろうにと頭を抱えながら、エーリカに腕を引っ張られ自室へ向かう。
おもむろにドアを開けると、ベッドの上に大きなぬいぐるみが置かれていた。
最近流行りのものらしい、と言う事は何となく分かる。
サーニャが寝惚けたままぬいぐるみを抱えて部屋から出てくる事がままあり、そこで目にした事がある。
しかし。
トゥルーデはぬいぐるみには興味は無かった。
置かれているぬいぐるみはやたらとでかい。ベッドに腰掛けるエーリカと同じ位背丈がある。
「な、なんだこれは。……これか。と言うかこれだろう」
「そうそう。私からトゥルーデへのプレゼント」
「はあ!?」
時間が無いのに、こんな手の込んだ事を。しかも私に……ぬいぐるみだと?
トゥルーデは小馬鹿にされた様な軽い怒りを覚え、エーリカに何も言わずずかずかとぬいぐるみに近付いた。
ぬいぐるみのつぶらな瞳がトゥルーデを無言でみつめている。
こんなもの私には不要だ、サーニャにでもくれてやれば……と考えかけたところでふと、
ぬいぐるみが手にしているひとつの封筒に目がいく。
封筒を開ける。出て来たのは二枚の紙切れ。
まず、一枚の小さな紙切れに目をやる。
『これにサインすると、幸せになれるかもね♪』
明らかにエーリカの筆跡だ。
もう一枚は、英語で印刷された、妙にかしこまった書類。
内容をつらつらと読んでいるうちに、それがリベリオン合衆国の婚姻届と言う事が分かる。
「なっ! なんだ、これは!」
内容が判った途端、へなへなと腰が抜けるトゥルーデ。
「分からない? 私とトゥルーデのだよ?」
「何故、リベリオンの婚姻届なんだ」
「シャーリー言ってたよ。向こうの国だと、私達結婚できるとこがあるって」
「そ、そうなのか……それは良いとして……で、どうして今なんだ?」
「私達の誕生日にしようかな~なんて考えたんだけど、まだ先だし、ちょうどもうすぐクリスマスでしょ?
まだ当日じゃないけど、ちょうど今日休暇だから良いかな~なんて思って」
「なんて適当なんだ……」
呆れ顔をつくる。
「ねえ、トゥルーデ」
エーリカはトゥルーデの横に腰を下ろすと、軽く口吻した。
「エーリカ……」
名を呼ばれた本人は、懐からもう一枚の紙切れを渡し、見る様言った。
「今度は何だ」
簡単な地図。基地からロンドンへ、そして街の一角のとある場所へ行け、と記してある。
そしてもう一言付記されていた。。
『そこへ行くと、大切な人に出会えるかもよ』
「?」
クリスの事か? と咄嗟に思い出す。
「そうだ、今日は面会だったんだ! エーリカ、ぐずぐずしてる暇はない! 行くぞ!」
「あーもうトゥルーデってば。大丈夫だよ」
基地の隅に留められていたキューベルワーゲンに飛び乗ると、一路ロンドンを目指した。
運転はいつもと同じ、エーリカだ。
そこは手慣れたもので、ロンドンの市街に入ると、突然向きを変えた。
「おい、こっちは病院の方向じゃ……」
「はいはい。まずは私の方に付き合って貰うよ」
「何だと!?」
「すぐ終わるからさ。ね、良いでしょトゥルーデ?」
「お前との宝探しごっこに、何故付き合わなきゃ……」
ぶつくさ言いながら、手にしたままの婚姻届をじっと見る。
何処から手に入れたのだろう。
リベリオン合衆国……隊員に出身者がひとりだけ居た。陽気で楽観的過ぎなリベリアン。
あいつか。
でも、なら何故に奴がこんな書類を持っている? 座席で揺られながら考えを巡らせる。
「着いたよ」
ワーゲンを街角に留める。喧噪から少し離れた場所。
大きくはないが、小綺麗なレストランの前。
「ブリタニア料理か? 何が待っているんだ? ハギスか? あれはとても喰えたもんじゃ……」
「いいから、入って入って」
トゥルーデの背中を押すエーリカ。
レストランに入る。
中はがらんとして、席はひとつも埋まってない。無理もない。まだ昼下がり、食事をする時間帯じゃない。
しかし何故……と辺りを見回しているうち、トゥルーデは仰天した。
奥の席でひとり待っていたのは、何と愛すべき実の妹クリスだったからだ。
妙にかしこまった、婚礼の時に着る様な服を身に纏い、じっと待っていた。
トゥルーデの姿をみつけると手を振ってにこっと笑った。大慌てで駆け寄るトゥルーデ。
「クリス! どうしてここに! 体の調子は大丈夫なのか!? 病院は!?」
「もう、お姉ちゃんたら相変わらずなんだから」
クリスは苦笑いした。
「さ、座ってよ、お姉ちゃん」
クリスに勧められるがまま、訳も分からずクリスと向かいの席に着く。
トゥルーデの横にはエーリカが座った。
ウェイターが食器を並べ、注文を取りにエーリカに何か聞いた。エーリカが一言二言呟くと、
かしこまりました、とだけ言ってすぐに席を外した。
「クリス。外出出来る様になるとは、随分元気になったんだな。嬉しいぞ。もっと元気になれよ」
「もうかなり良くなったよ。こうして外でお姉ちゃん達と食事も出来る様になったし」
「そうか……良かった」
微笑むトゥルーデ。
「ちょっとぉ、私の事忘れてない?」
エーリカが少しむくれる。
「ああすまん。何か、休みの日に色々手配して貰ったみたいで……全部エーリカが?」
「もう、ホント鈍いんだから~」
「お姉ちゃん」
クリスが小さな箱をトゥルーデに見せた。
「これは?」
「エーリカさんから預かってたの。お姉ちゃんにって。開けてみて」
そっと開けると、中に入っていたのはエンゲージリング。
トゥルーデは驚きを通り越して、固まった。
クリスとエーリカ二人の顔をふるふると見る。二人とも笑ってる。
「ほら」
エーリカが自分の指を見せる。彼女の指にも、同じものがはめられていた。
「はめてみて」
トゥルーデは恐る恐る指輪をはめる。サイズはぴったりだ。
「これで決まりだね」
「決まり?」
「お姉ちゃん、エーリカさん、おめでとう」
クリスが満面の笑顔で祝福した。
「これから一緒になるんだから、最初のお祝いは、まずは大事な家族と一緒に。な~んてね」
「そ、そうか……って待てよ。それじゃあお前の妹のウルスラは?」
「はい」
差し出された紙。電報だった。手短に
「おめでとう。末永くお幸せに。姉をよろしく ウルスラ・ハルトマン」
とだけ書かれていた。
「ウルスラをスオムスからいきなり呼び出すのは流石にちょっと無理だったわ」
苦笑いするエーリカ。
「スオムスの方も結構忙しいらしいからさ。今回は電報で代わりにね。
今度休暇取って、私達の方からスオムスに行こう」
「あ、ああ……」
クリスが何かに気付いて、微笑んだ。
「お姉ちゃん、料理が来たよ」
「お待たせしました~」
「バルクホルンさん、おめでとうございます!」
「リーネに宮藤! お前ら何やってんだ!?」
「お二人のお祝いに、お食事お運びしたんですよ?」
「ち違う! どうしてここに居るんだと聞いている。まさかレストランのアルバイト……」
「相変わらずだね~カールスラントの堅物は」
「リベリアン! きっ貴様まで!」
「あたしも居るよ?」
シャーリーの脇からひょっこり顔を出して八重歯を見せて笑うルッキーニ。
「おめでとう、ナンダナ。……先越されたな、サーニャ」
「……おめでとうございます」
「お前らも居たのか……」
「ナア、後であのぬいぐるみサーニャにくれヨ? 人気あってナカナカ手に入らないんダゾ?」
「そうなのか」
「婚礼の席と言えば、このわたくしが……」
ひょっこり現れたペリーヌを遮ってミーナが全員を見渡した。
「はいはい、皆集まったわね?」
「よーし、全員席につけ~」
いつもとあまり変わらぬ感じで全員に号令を掛ける美緒。
「中佐! 少佐!?」
「いちいち驚くんだね、トゥルーデ。リアクション面白いよ」
「う、うるさい! 何だってこんな……せっかくの休暇なのに、皆をわざわざ呼ぶ必要も無いだろう?」
「だからよ、トゥルーデ」
「ミーナ……」
「まあ、状況が飲み込めないのもわからんではないが、もう少し、いつもらしくどんと構えたらどうだ?」
豪快に笑う美緒。
「隊のみんなは家族でしょう? だったら、皆でお祝いしてあげたいじゃない」
ミーナが優しくトゥルーデに言った。
「そうそう。だからトゥルーデには内緒で、みんなにお願いしたんだ。クリスちゃんにも」
エーリカが分かり易く説明する。
「そうか」
ようやく状況が飲み込めた。
「トゥルーデ、さっきの婚姻届、有ったよね」
「あ、ああ」
「はい。サインして」
「……」
言われるままにサインしてしまうトゥルーデ。エーリカもささっと素早くサインすると、ミーナに渡した。
「では、これは合衆国に……」
「どうしたの、トゥルーデ? うつむいて」
「……」
状況が全て解ったトゥルーデは、言葉が出てこなかった。
何か言おうとすると、それは嗚咽になってしまうから。
勿論悲しいのではなく、嬉しいからだ。
涙が一粒、二粒と、頬を伝って落ちる。エーリカはトゥルーデの頬を優しく拭った。
それが決定打となったのか、トゥルーデは顔を覆うと、人目もはばからず泣いた。
「お姉ちゃん、嬉しいの?」
「堅物でも泣くんだなあ」
「うれし泣きカ。大尉もテレ屋ナンダナ」
「女が泣いて良いのはうれし泣きだけ、と扶桑で言い伝えがあってな」
顔をぐしゃぐしゃにしながら、皆にはやしたてられ、途切れ途切れに言葉を出す。
「エーリカ。お前には……振り回されっぱなし、だ……いつも」
「振り回すよ、これからも。一緒に、ね?」
「ありがとう」
「トゥルーデの為だもん」
周りで二人のやり取りを聞いていた隊員も賑やかさが増す。
「なんだか、私も泣けてきちゃいました」
「しかし手の込んだプロポーズするよね」
「キザだね~さすがだよ」
「シャーリー、あたしの時にはもっと凄いのして?」
「ぅえ? それは結構難しいぞ?」
エイラはうーむと考えていたが、サーニャが「別にいいから」と耳元で囁き、顔を赤くする。
ぐすん、と涙を止めると、トゥルーデは周りを見回した。
皆、笑顔。トゥルーデとエーリカを祝福している。
エーリカはトゥルーデが泣き止むのを見ると、トゥルーデと肩を組み、立ち上がった。
「今日はみんな、ありがと! 私達、結婚するよ! 先にごめんね!」
「皆、せっかくの休暇なのにすまない。私達の為に」
「水臭いぞ!」
「お幸せに!」
「見せつけるね~!」
「おめでとうございます!」
「隊のエース同士で結婚だなんて……」
皆から祝福やらはやし立てやら、色々な声が飛んで来た。エーリカはとびっきりの笑顔で、
トゥルーデもエーリカにつられてぎくしゃくした笑顔をつくった。
つつ、と指輪が光るエーリカの手が、トゥルーデの頬に伸びた。
そっと口吻を交わす。
「おめでとう!」
「幸せ者~!」
またも歓声が上がる。
「よおし、乾杯だ! 皆グラスを持て!」
美緒が威勢良く声を掛ける。酒と言えば美緒だ。
「バルクホルンとハルトマンの結婚を祝して!」
「乾杯!」
宴が始まった。
ふと、トゥルーデは気付いた。時間を過ぎても、レストランには他に客が居ない事に。
今日は501部隊の貸し切り、と言う事にも。
後で解った事だが、レストランはわざわざミーナが手を回したのだった。
宴の最中、トゥルーデは席を立つと、ルッキーニと一緒に酒を飲むシャーリーに近付いた。
「なあ、リベリアン」
「おう、堅物殿。おめでとう。何か用か?」
「お前の国では結婚出来ると聞いたが」
「ああ。出来るとこあるよ?」
余りにもあっさり言ってのけるシャーリー。居酒屋でありがちな「新酒あります」位の軽さだ。
「あの書類、どうして持っていた?」
「あー。まあ、話すと長くなるから。実はまだ何枚か有るんだけどね」
「な、なにぃ?」
二人の会話を聞いていた隊員の数人の耳がぴくり、と動いたが、トゥルーデ達には解らない事だった。
「とにかくおめでとうな。あたしの国の書類でって事は、いずれあたしの国に来て貰うよ」
「そう言う事になるな。当分先になるだろうが」
「ま、歓迎するよ。大尉殿?」
「ありがとう」
あはは、と笑うとシャーリーは言った。
「何処までもカタいんだから。ほら、エーリカのとこに戻ってやれよ」
「すまない」
「今日はあんたに代わって隊の記録係だ。ほら、笑って」
シャーリーはぎこちない様子でカメラを準備すると、エーリカと肩を組ませ、トゥルーデを一枚撮影した。
「記念になるな、大尉殿?」
「ああ。……ありがとう」
エーリカがトゥルーデを窓のところに引っ張った。外を見て、トゥルーデに囁いた。
「今日は冷えるらしいよ。ロンドンでも雪が降るかも、だってさ」
「帰りが面倒だな」
「無粋だね~。私達のせっかくのお祝いなのに。ロマンチックじゃない?」
「……そうかもな」
トゥルーデはエーリカを抱き寄せると、一緒に窓の外を見た。
ロンドンの空はいつも濁っている。
でも、そんな混濁した空も、今日はどこか優しく包んでくれている気がして。
肩を抱く力が無意識のうちに強くなる。
「トゥルーデ」
「エーリカ」
名を呼び合う。そっと口吻を交わす。
周囲の喧噪も気にせず、今はそれだけで十分だった。
トゥルーデはがばと勢い良く飛び起きた。
辺りを見回す。ここはトゥルーデの自室。ベッドの上。
身体が重い。横を見る。エーリカがぴったりと一糸纏わぬ姿で横になっている。
「……夢、か」
トゥルーデはぽつりと呟いた。
「何のこと?」
エーリカが薄く目を開けた。
「いや……夢を見た。とんでもない夢だ」
「どんな?」
トゥルーデは自分が見た夢を聞かせた。エーリカに散々引っ張り回されて、
クリスまで使って“結婚”のまねごとをさせられた事。
「へえ。面白そうだね」
「何て夢だ……」
「ホントに?」
エーリカは自分の指をトゥルーデに見せた。きらりと光る指輪。
トゥルーデはぎくりとして、自分の指を見る。
確かに自分もはめていた。エーリカとお揃いの、エンゲージリング。
「昨日の夜は、凄い熱かったね、トゥルーデ」
エーリカはそう言うと、とびっきりの口吻をトゥルーデにした。
end