今日だけの優しさ


「なぁイッル…どうしてお前がここにいるんだ?」
「ん~。私もう訓練疲れタ…だからニパんとこ遊びにきたンダ。」

実際にはエイラの目的は少し違う。
エイラの趣味はニッカをからかうこと。もちろん現在の目的もそれだ。

「ふうん、それはそれは嬉しいよイッル…で、もう一度聞くけど本当は何しに来たんだ?」
「だからニパに会いにきたって言ってるじゃないカー!私たち友達ダロ?」

エイラの声には多少の喜色が見られる一方、ニッカのそれには苛立ち、まさにそう形容すべき感情が多分に含まれていた。
それはエイラの言葉と本心には若干の差異が存在するためである。

会いにきた。ただこの一点についてはエイラの言葉は決して正確ではなかったのだ。

「あのダイヤのエースがこんな所まで会いにきてくださるなんて私はなんて幸せ者なんだ。」

言葉とは裏腹に、ニッカの声色には感情は著しく希薄であった。
ニッカはもちろんエイラがなんのためにやってきたのかを知っている。

「なにを言っているんだニパ!お前もスオムスのエースダロ!」

いよいよ嬉しさを押し隠せないといった様子で、エイラは返答をおこなう。
エイラはどうしてもニッカにある事実を答えさせたいのだ。

「生憎私は本日から地上勤務だからな。そんなにここにくるのが楽しいのならイッルも私と二人で掃除のトップエースでも目指すか!!」

ニッカの言葉には既に明確な怒りの感情が見て取れた。
そう、本日よりニッカ・エドワーディン・カタヤイネンの所属は名誉あるスオムス空軍第24戦闘機隊第3中隊ではなく、ハンガーの掃除係であった。
その理由はニッカの持つ固有魔法とはまた違う特性である。
それはニッカが人並みはずれてツいてないということだ。
ニッカはそれこそ数えることすら億劫になるほどの被撃墜、事故、故障などのトラブルに巻き込まれるのだ。
ニッカ自身の空戦の能力は決して低くない、むしろ高いぐらいである。
しかしそれでもニッカは幾度となく撃墜される。
それは無傷の撃墜王であるエイラとは正反対の所業であった。

事故や故障についても同様である。
幾度となく降りかかる不運のため、ニッカは神経質なほど気を使い、ストライカーの調整をおこなっている。
それでもニッカのストライカーは問題を引き起こし壊れてしまうのだ。
度重なる被撃墜や事故で破壊したストライカーは相当数に達し、とうとうニッカは戦闘員からはずされてしまったのだ。

「いや、私はいいヨ。ニッカの新しい門出を邪魔しちゃ悪いシナ。」

求めていた答えを引き出すことに成功したエイラは喜色満面だ。
そう、本日のエイラの目的はエースから掃除係という見事な転身を遂げた戦友をいつも通りからかうことであった。

「そうか、それならさっさと私の前から消え失せてくれ。」

ニッカは不機嫌そうに訴える。
ニッカはこのような状態で、エイラにだけは会いたくなかったのだ。

ニッカは空を飛ぶことが好きだ。それは空を飛んでいる時は自らの不運を忘れられる。
まぁ実際にはその空で多くの不運に遭っているのだが。

それに何より空にはエイラがいる。

エイラに自らの背中を預け、自らもその背中を守る。
ニッカはその役目を誰か別の人間に渡したくはなかったのだ。
ニッカにとって、エイラの相棒は自分だけの居場所だった。
しかし今回の異動によってニッカの居場所は無くなってしまった。
たとえエイラが危険な目に遭っても自分にはどうする事もできない。
新しい居場所が与えてくれるのはその冷たい事実だけだった。
実際にはエイラは危険な目になど遭うことなく凱旋してくるだろう。
しかし、ニッカが自らの無力さを痛感するにはその事実だけで十分だった。

「なんだニパ、気にしてたのカ?」

エイラがニッカを抱きしめる。
なにもエイラはニッカをからかうためだけにやってきたわけではない。
エイラはニッカが落ち込んでいることなどお見通しだったのである。
しかしニッカはエイラへと弱さを見せることを嫌う。
なので自らがニッカの痛みを拾ってやらなくてはならない事を知っていた。

「うっ、うるさい!ほっといてくれよ!」

ニッカもまた、エイラが自分を慰めにきたことを知っていた。
しかしニッカが求めるものは慰めなどではない。
慰められてしまったら、与えられることを当然だと思ってしまったなら、自分はエイラと対等ではなくなってしまう。
ニッカにはそれが耐えられなかった。

「ニパ、そんなに俯くナヨ?」

そう言ってエイラはニッカに口づけをおとす。
エイラはニッカがなぜ悩んでいるかを知っている。
それでもなお口づけをおとし続ける。
エイラは自らがニッカに与えているだけとは思っていない。
自分の中に確かに存在する気持ちは、ニッカが与えてくれたものだと分かっているのだ。

「今日だけだからナ?」

エイラがニッカの耳元で囁く。

そう、今日だけ。
エイラから与えられるのは今日だけの優しさ。それは決して当然のものではない。

「ふん!今日の分はいつかまとめて返してやるよ!」

ニッカは自らに言い聞かせるようにそう答えるとエイラの胸に頭を預けた。

Fin.


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