無題
紺碧の空、焼け付く陽
今日は素敵な海日和
今日は宮藤さんとリネットさんの海上訓練ということで、隊のみんなで海に行くことになっている
私は迷っていた
私の手元には水着がふたつ
「サーニャちゃんは肌が綺麗で、刺激に弱いでしょう?こういう水着がいいと思うの、乙女の白肌柔肌は大事にするものよ?」
というミーナ中佐のアドバイスで購入した露出度の低い水着と
「こんだけ可愛い水着なら『あのコ』もイチコロだぜ?この色ならサーニャに似合うと思うんだけど、どうかな?」
というシャーリーさんのアドバイスで購入した、露出度の高い水着だ
暗く閉め切った部屋のカーテンを少しめくり開けるだけで、目に伝わる強烈な刺激
おそらく今日の日光は凄まじい威力をもって私の肌を焼き尽くすだろう、考えるだけで恐ろしい
しかし、頭の中で反芻されるシャーリーさんの言葉「あのコもイチコロ」
私はさらに考え、迷う
「サーニャぁ、まだ決まんないのかヨ~。もうみんな行っちゃったぞぅ」
聞こえてくるのは、私の着替えを部屋の外で待ってくれている『あのコ』の声
私はシャーリーさんの言葉を信じて、露出度の高い黒の水着を手に取った
着替えが終わり、ドアノブに手をかけた所で、沸き上がる思考はピンク色
『サ、サーニャぁ~・・・そ、そんな恰好されたら・・・わたし・・・わたし・・海どころじゃないんだナ!』ガバッ
『いや・・・エイラったらもう・・わたしたちだけはお部屋の中で真夏の海水浴だね・・んちゅっ・・・・んっ・・』
・・・いや、いやいや無い、これは無い『あのコ』に限ってこれは無い
纏わり付いた桃色の妄想を、頭をふるふると振って振り払いドアを開ける
「もう、遅かったじゃないカー!早く行くゾー!」
そう言うと『あのコ』はわたしの手を取り、引っ張って行く
わたしの姿を見て頬を赤らめたり、言葉を詰まらせたり・・・そういうわたしの望んだ反応は見られなかった
いちおう『あのコ』に初めて見せるおろしたての水着なのだから、そこに言及してくれてもいいと思うのだが
『あのコ』はわたしの手を引きながら水着とはとんと関係ないことを喋り立てている
少しふてくされたわたしは、話をほとんど聞かずに、二つ返事をしていた
太陽に痛めつけられるわたしの肌を見れば『あのコ』もわたしを気にかけてくれるだろうなどと考えていた
灼けつく砂浜に響くのは
穏やかな波音
ぶつかり弾ける水音
乙女達の歓声
北欧生まれで、海を楽しむということがないわたしたち以外は皆、生き生きと海を味わっていた
わたしたちはずっと、砂浜に座りそんな様子を眺めていた
容赦なく降り注ぐ光線はわたしの肌を容赦なく痛めつける
となりの『あのコ』はわたしの気持ちなど、つゆ知らずの様子だ
「・・・肌がヒリヒリする・・」
ぼやいてみる
「・・・腹減ったナ・・・」
彼女もぼやいた
「・・・・・・・・・・・・」
流れるのは沈黙と波の音だけになった
ここまで訴えても、彼女は応えてくれない
本当に哀しくなってきて、つい涙ぐんでしまい、『あのコ』に見られないよう、「眠い」とぼやいて膝に顔を埋めた
それからわたしは、ひそかに持って来ていた日焼け止めクリームをわざとらしく取り出してみたり
幾度となく肌が太陽に傷付けられていることをぼやいてみたが
彼女から返ってくるのはたわいの無いぼやきのみであった
この際、海に飛び込んで溺れたフリでもしてやろうかとでも思っていた、その時
ゆっくり流れていた時間を砕く非常サイレンの音、突如慌ただしくなる部隊の皆
これはもしかして、いやもしかしなくともだ
「敵襲のサイレン!ネウロイだサーニャ!!行くゾ!」
彼女は茫然とするわたしを置いて走り出した
失われた今日というチャンス
わたしの肌を痛めての決死のアピールは無駄骨と終わった
夏の日の晴れ、なのにわたしの顔を、塩辛い雨粒が流れ落ちた
その後現れたネウロイは、音速を越えたシャーリーさんに文字通り「貫かれた」らしい
わたし自ら、憎しみのフリーガーハマーをあらん限り叩き込んでやりたくて、ミーナ中佐に出撃許可を求めたが
「今のサーニャちゃんは、戦闘に出撃させるわけにはいかないわ」と言われた
自分の精神状態を見事に見抜かれていたようだった
流石ミーナ隊長は、皆の心を見る目が備わっているようだった・・・誰かさんと、違って
わたしは涙をごまかすため、体全体に染みわたる痛みを我慢しながら強く目をつむって湯舟にもぐる
わたし以外にこの浴場には、誰もいないのに
わたしはいつもより熱く、体を刺すようなお湯の中で
いつもより強く、彼女を、『あのコ』を、エイラ・イルマタル・ユーティライネンを想った