壊れた瞳


「ごめん…あたしはあんたの気持ちを受け入れられない」

…分かっていた。

分かっていたはずなのに、私は言ってしまった。

バカみたいだ。
勝手に押し倒して勝手に振られた。

「―――すまん―――」

私はリベリアンにこんな陳腐な言葉しかかける事が出来なかった。


――私はもう、戻れない。


――壊れた瞳――


外をふと見れば憎らしいほどの青空。
この青空は今の私にとっては、あまりにも眩しすぎる。
直視出来ない。

私はあまりにも汚れすぎた。

何故あの時リベリアンを押し倒してしまったんだろう。

楽しそうにルッキーニの話をするリベリアンが憎くなったのかも知れない。

私は嫉妬心に操られてしまった。

いくら弾みとは言え、私はやってはいけない事をしてしまった。

……これからリベリアンとどう接すれば良いのか。
考えても……分からなくなってしまった。


「トゥルーデ」

床に座り込んだまま、黄昏る私の背後から聞き慣れた声。


「…エー…リカ」
「なんかボロボロだね。そんなにシャーリーの事が好きだったんだ」
「…見てたのか」
「うん、一部始終、しっかり見させていただきました」
「……なんだ、私を笑いに来たのか?
…笑いたかったら勝手に笑え。
……私はとんだ道化だ……」
「道化…か」
「私はつまらない女だな…自分の欲望をリベリアンにぶつけてしまった。
リベリアンに好きな人がいると知りながら…」
「トゥルーデ、涙拭いて」

エーリカは私にハンカチを差し出す。
この優しさが今の私にとっては、痛い。

「ああ、すまんな」

エーリカは私の傍に座る。

「トゥルーデ」
「……エーリカ。
お前は私と一緒といない方がいい。私の汚さがお前にまで…」
「トゥルーデ、私トゥルーデが汚いとか思った事は無いよ。
今日だってシャーリーが好きだから、その本能に従ったんでしょ?」
「…なんだ、フォローか?
…悪いが、それは余計辛いだけだ。…やめてくれないか」
「フォローじゃないよ。これは私の本心。想いを伝えられるって凄いよ」

エーリカは途端に真剣な顔になって。

「想いを伝えたくても言えない人もいるのに、さ」


知っていた。エーリカは私の事が好きだと。

知っていたのに、私は気付かないフリをしていた。

どうしてだろう。
エーリカが自分に想いを寄せている事を認めたくなかったのかも知れない。

いや、それだけじゃない。

「…言えば良いじゃないか」
「…簡単な事じゃないよ。
それはトゥルーデも分かってるクセに」

似ていたから、かも知れない。
こんな愚かな私と。
私はエーリカに自分を見るみたいで、自然と目を背けていたのかも知れない。

「そう、だな」
「…ねぇトゥルーデ、知ってる?」
「何がだ」
「ミーナってトゥルーデの事が好きなんだって」

それも分かっていた。
ミーナの私を見る目が最近熱を帯びていたのには、気付いていた。
…だがミーナは坂本少佐に想いを寄せられている。

「……爛れているな、私達」
「恋愛ってのは大体爛れてるもんだよ」
「やけに達観した意見だな、全く」
「カッコよく言うなら“愛欲のスパイラル”かな」
「…バカか…」

エーリカは私に更に寄ってきた。

「でもトゥルーデ。私も汚れてるのかも知れないよ」
「エーリカ」
「今のトゥルーデなら…私を受け入れてくれるかなって、思っちゃったんだ」
「……もう既に汚れていたんだな、お前も」
「みんな汚れちゃってるよ、私達」

「さてと」
「何処行くの?」
「今日はもう疲れたからな。少し寝てくる」
「そう。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「あ、トゥルーデ」
「なんだ。まだ何かあるのか?」
「……いや、なんでもない」
「…そうか」
「じゃあ、ゆっくり寝てきて」
「ああ、ありがとう」

私は食堂を離れて、廊下を歩く。
私の前からはミーナが歩いて来た。

ミーナの瞳には、悲しみが宿っているように見えた。

「ミーナ」
「あら、トゥルーデ」
「…私達は、もう汚れきっているな」
「…何の事かしら」
「……いや、なんでもない」
「…そう」


私はミーナの傍を足早に立ち去る。
すると、背後から何かを呟く声が聞こえた。

「―――――」

ミーナが何か呟いたみたいだったが、私は聞こえないフリをした。

何を言ったかは分からないが、今の私にはそれを知る勇気は無い。

だが、そんな私にも分かる事が一つある。
それは、たった一つ。

私達はもう、戻れない。

END


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