cue


「相談事?」
執務室に現れたトゥルーデを見て、ミーナと美緒は驚いた。
生真面目で隊の中でも優等生、実の妹の事以外は悩みとは無縁の筈の、完璧主義者。
そんな彼女が今、年相応の少女らしき、微かに恥ずかしげな表情をして、もじもじと目の前に立っている。
二人は何処か具合でも悪いのかと心配し顔を見合わせたが、とりあえず話を聞く事にした。
ミーナは椅子に腰掛け机に両肘を乗せ手を組み、美緒はミーナの横に立ったまま片手を机に付いて、
トゥルーデからの相談を待った。
が、いつまで経っても、当の本人から全く言葉が出てこない。
「どうした。何が有った?」
美緒はあくまでも優しい口調で、トゥルーデから言葉を引き出そうと努力した。
「私達にも言えない事?」
ミーナも微笑みつつ、顔を傾げる。
「大丈夫だ、私達はこう見えても口が堅いんだ。安心しろ、バルクホルン」
「そ、それ……それなんだ」
「?」
「『それ』? 何の事かしら?」
「私……いや、私達の名前の事なんだ。姓名」
「……?」
「ほら、この前の全隊休暇の時……その」
「ああ」
「そう言う事ね」
美緒とミーナは顔を見合わせると苦笑した。
「一応、けっけっ結婚するとなると、姓名はどうするんだとか、呼び方は、とか、色々考えてしまって……」
上を向いたり横を見たり床を見つめたりしながら、顔を赤くするトゥルーデ。
「ハルトマンは何と言っているんだ?」
「『今まで通りで良いんじゃないか』って。そんな呑気な……」
「そうねえ」
ミーナは本国の法律を思い出しながら言った。
「まあ、これは男女が結婚する場合の事だけど……私達カールスラントでは、結婚後の名字は、
相手の名字、ダブルネーム、旧姓のまま、の三種類から選ぶのよね。ダブルネームの場合は
自分と相手の姓のどちらを先にするかって事も決めないといけないけど」
「なるほど。我が扶桑では……これも男女が結婚する場合だが……一般的には男の方に姓を合わせる。
勿論『婿入り』や『養子縁組』など例外も結構有るがな」
「婚姻届を出した合衆国ではどうだったかしら。……美緒、知ってる?」
「流石に、私もリベリオンの結婚に関する法律は分からんなあ。……当事者のシャーリーを呼ぶか?」
「えええ!? いや、それは……」
「呼んだ?」
「うわ!? な、なぜ貴様がここに!?」
一同の前にひょっこり現れたシャーリーは数枚の書類を顔の前ではためかせた。
「これこれ。始末書提出しに来たんだけど。ルッキーニといじっててまたストライカー壊しちゃ……
いや、不調になったから一応さ」
「こんな時に壊すな! 書類は預かるからとっとと出てけ!」
「あれ、いいのかな? あたしの国の法律聞きたいんじゃないの?」
「なっ! 貴様いつから聞いていた!?」
「堅物が口ごもってる所辺りからかなあ?」
「◎※◇←#△☆%Я!!!!!!!」
「ま、待てバルクホルン、落ち着け」
わめきながら飛び掛かろうとしたトゥルーデの肩を素早く押さえつける美緒。

「ちょうど良かったわシャーリーさん。聞いていたなら話は早いわ。
貴方の国ではどうするか聞かせて貰えないかしら?」
「了解」
じたばたと美緒の腕の中でもがくトゥルーデをよそに、シャーリーは、ええっと、と上を向きながら言葉を選んだ。
「確かあたしの国だと、三種類あって……例えばそこの堅物を例に取るとリベリオンでもカールスラントでも旧姓、
リベリオンでは外国姓でカールスラントでは旧姓のまま、あとはどっちでも外国姓……だったかな」
「微妙に……解りにくいわね」
自らのこめかみを人差し指で押さえるミーナ。
「まあ、多分その辺はカールスラントと似たようなもんだと思いますよ中佐。
あと州によって違った様な気もするけど……忘れた」
「なんだそれは! 答えになってないじゃないか!」
「いいじゃん、好きなの名乗れば」
激怒するトゥルーデを見、頭の後ろで腕を組んでにやけるシャーリー。
「一応は合衆国での婚姻になるから、姓についてはそちらで決めるしかないわね。
目下の実務的な問題としては、このままの方が色々と便利だから良いのだけど……」
ミーナはあくまで実務的な面での希望を述べる。
「そ、そう、か。……なら、このままで行く。悪かった、変な事聞いて」
「いや、この前はいきなりだったからな。解らないと言うのも無理はないさ」
かしこまるトゥルーデをなだめる美緒。
「しっかし、そんなに悩むかね~。好きにすりゃいいじゃん。好き者同士なんだからさ」
「きっ貴様!」
「それじゃ、あたしはこれで。書類宜しく中佐」
書類を預けると、シャーリーはひゅ~と口笛を吹きながら執務室から出ていった。
これから食堂やら風呂場やらロビーやらで、他の奴等に好き勝手言いふらす気だ
と直感したトゥルーデは後を追うべく走り出した。
「待てぇリベリアン!」
「まあ待てバルクホルン。落ち着け」
がしっと肩を掴む美緒。
「し、少佐……」
「別に良いじゃないか、勝手に言わせておけ。これはお前達自身が決める事だ。
分からなければ、ゆっくり時間を掛けて決めるが良いさ」
「そうね。送付した書類が向こうに届くのもまだまだ先だし、確か後で変更も可能な筈よ」
「……」
「ゆっくり、じっくり話し合え。それで結論を出せ。良いな?」
「了解。……すまない、ヘンな事を聞いてしまって」
「何処までも真面目な子なのね、トゥルーデ」
ミーナはくすっと笑った。
「まあ、そこに当の本人が居るから、後はお前らで話し合いを持ってくれ」
「!?」
振り向けばそこにエーリカが。
「わざわざ相談しに来たんだって~?」
ニヤニヤとトゥルーデを眺めている。
「あのお喋りめ……っ!」
「さ、話し合お、話し合お♪ じゃ、ウチのヨメがお邪魔しました~♪」
「ヨメ!? ヨメってどう言う事だ!? おい! ちょっ……」
エーリカに引っ張られるまま、トゥルーデはずるずると執務室から退場した。
突然静寂が戻る執務室。
ミーナと美緒は視線を合わせた。二人同時に苦笑する。
「まったく……」
「さて、私達はどうする? 美緒」
「そうだな、私はミーナの好きな様にしてくれて構わんが……ってまだ何もしてないぞ?」
ミーナにつられて一瞬真面目に答えてしまう美緒。ミーナはくすくすと笑った。

トゥルーデの自室に二人は居た。
エーリカの部屋は周知の通り「がらくた置き場」と化しており、最近は頻繁に……
かなりの率で……いやほぼ毎日……トゥルーデの部屋でふたり一緒に寝起きしていた。
隊半ば公認、いや黙認の“夫婦状態”である。
ふたりはベッドをソファー代わりに腰掛け、「話し合い」の場を持った。
「カールスラント式でいいじゃん」
「そうは言うがな、エーリカ。そうなると、具体的にどうするかとか、色々……」
ごにょごにょと口ごもる姿をみて、エーリカは少々呆れ顔を作った。
「何よトゥルーデ。この前は『結婚式ごっこ』だーとか言っといて、しっかりその気じゃん」
「それは、その。お前が……」
「たまには給料もばーんと使ってみるもんだね」
トゥルーデの手を取り、左の薬指に輝くエンゲージリングを彼女自身に見せつける。
「な、なにを」
「ちゃんと、いつも肌身離さずつけてくれてるんだね。嬉しい。私も、ほら」
エーリカも笑顔で自分の左手をグーパーしてみせる。薬指にお揃いの指輪が光る。
「で、無事書類が受理されて結婚したら、今度はマリッジリング付けるんだよ? ワクワクするよね?」
「……」
「しないの?」
「いや、その……」
エーリカに唇を奪われる。そのままベッドに押し倒される。
唇が離れ、トゥルーデは顔をそむけ、恥ずかしそうに、
「……する」
とだけ言った。
「だよねえ。ワクワクするよね」
「でも、ネウロイとの戦いの時は、外すぞ」
「どうして?」
「大事なものだからだ。もし戦いの時に無くしたり壊したり、傷付けたりしたら駄目だろう」
「大事なもの、ねえ」
エーリカはにやけた。
「か、勘違いするな?」
「じゃあ私も戦闘の時は外すよ。結構高かったんだよね~これ」
「金銭面の問題なのか……」
「短絡的に取らないでよ。私にだって、とっても大事なんだから。トゥルーデと二人だけの……わかるでしょ?」
「ああ……すまない」
トゥルーデは謝罪も込めて、エーリカを優しく抱いた。
エーリカはトゥルーデの耳元で、囁いた。
「マリッジリングはどう言うのがいいかな? シンプルなのにする?
それとも豪華な宝石散りばめたのが良い?」
「私はそう言うの疎いからな……エーリカに任せる」
「つまんないな~。何か希望とか好みとか無いの? せめて色だけでも良いから」
うーむと首をひねるトゥルーデ。しばしの沈思の後、シンプルなシルバーなどどうだろうと提案するも、
「ちょっと地味だね」
と速攻で駄目出しを喰らう。
「聞いておいてそれか? 私なりに必死に考えたんだぞ?」
「いやートゥルーデってばお洒落っ気ないの忘れてたわ」
「エーリカ、お前って奴は……」
「まあ、マリッジリングについてはおいおい考えようよ。まだ時間あるし。
そうだ、みんなに聞いてみようか? どんなのが良いかなって」
「聞いてどうする? ろくな答えなんて返って来る筈もないぞ? ……まさか」
「?」
「皆の反応を見て楽しむつもりだな?」
「トゥルーデ、何で私の心読めたの? エスパー?」
「お前の考えてる事はお見通しだ、エーリカ。隊の皆で遊ぶな」
「遊ぶ権利有ると思うよ、私達」
トゥルーデを抱きしめ、ごろごろとじゃれつくエーリカ。
「見たいじゃん。私達のこ~んな姿みて戸惑うとことかさ~」
「……。“黒い悪魔”の渾名は伊達じゃないな」
んふふ~とエーリカは鼻歌混じりで上機嫌。

トゥルーデはエーリカをぎゅっと抱きしめた。顔にはちょっとした決意と照れが混じり、頬が紅潮する。
「どうしたのトゥルーデ?」
「今日はお前を部屋から外に出さない。ヘンに聞かれたりしたらろくな事にならない」
「何その理由。もっと違う理由(わけ)、あるんじゃない?」
「……」
「……妬いてる?」
「誰が? 誰に?」
「もう、可愛いんだからトゥルーデは」
言いながら、トゥルーデの上着のボタンをぽちぽちと外し、えいっと軽く脱がせた。
「エーリカ。何してる」
「だって、外に出ちゃいけないんでしょ? なら、やる事と言ったら……」
「……なんか自爆した気分だ」
「そんな事ないって」
エーリカももぞもぞと上着を脱いで捨てた。
「この前の続き、しよう?」
肌が密着する。数ミリ近付けばすぐにでも触れ合える距離にある、お互いの顔。
拒む理由は何も無かった。勿論、拒む勇気も理性も元々無かった。
瞳の奥に見えるもの。それは形容し難い、ただひとつの共通した情念。
「エーリカ」
「トゥルーデ」
お互いの名を呼んだ。熱いキスを交わし、行為に耽るその間ずっと、身体で感じる。
二人の手が、指が絡まる。指輪が部屋の明かりを照らし、鈍く輝いた。

「もうそろそろ寝ないと」
「まだ夜始まったばかりだよ?」
ベッドの上でひそひそと話す二人。エーリカは髪しばりが解けたトゥルーデの髪を触った。
意外にしなやかで感触も悪くない。勿論、トゥルーデの匂いも。
「この前もそう言って寝過ごしただろ?」
「トゥルーデも寝過ごすって珍しいよね」
「私とした事が……」
「でも大丈夫」
エーリカはトゥルーデをきつく抱きしめた。
「愛しのひとだもん。いつも一緒じゃなきゃ」
トゥルーデは少し呆れた。
でもいつもだったら「カールスラント軍人たるもの……」と説教をする筈なのに、
今は、どうにもそう言う気分になれなかった。
トゥルーデに抱きつき目を閉じ、寄り添うエーリカを見る。
幸せそうな顔をしてる。
指には、お揃いの指輪。
そっと指輪を近付け、重ねてみる。
不思議な気分だ。
「顔がにやけてるよ~」
エーリカが片目を開けて微笑んだ。
「私だって、……良いじゃないか。たまには、こう言う顔したって」
「たまになんてダ~メ。トゥルーデにはいつも笑ってて欲しいよ」
「エーリカ」
「愛してるから」
「私も、愛してる」
二人は大きく呼吸すると、再び余韻に浸るのか……新たに始めるのか分からなかったが
再び逢瀬を重ねた。

end



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