charge


「倦怠期?」
ミーナと美緒は、エーリカの言葉に目を丸くした。
無理もない。あれだけ部隊中を騒がせ、何かと見せつけてきたウルトラエースコンビ……
熱々のカップルが、いきなりその様な状況に陥るとは。
執務室のソファーにどっかと座り、はぁ~と溜め息をつくエーリカ。
「私達……どうすればいいんだろ」
美緒はエーリカに聞いてみた。
「倦怠期、か……バルクホルンに飽きたとかそう言う事か?」
「飽きてはいないよ。いつも通り」
今度はミーナが聞いてみた。
「その、毎日のスキンシップとか、出来てる?」
「そりゃもう毎日毎晩嫌になるくらい」
「喧嘩はしたりするのか」
「喧嘩なんてしてないよ。平穏そのもの」
「平穏ならいいんじゃない? それは倦怠期とかじゃなくて、単純に安定した……」
「……な~んか、違うんだよね~」
目の前でぐずつくエーリカを前に、ミーナも美緒もどうして良いか分からない。
ドアがノックされる。やって来たのはトゥルーデだった。
「こんなところに居たのか。行くぞ、エーリカ」
「うん。行こう、トゥルーデ」
二人仲良く手を繋ぎ……腕を絡ませながら……執務室から出ていった。
その仕草や表情に普段と変わるところは何もなく、ふたりはますます謎に思った。
「あの子達、何か勘違いしてないかしら?」
「うーむ。だとしたら、きちんと『倦怠期』とやらがどういうものか教えてやらんとなあ」
「……どうやって?」
「正直、私も分からん。何せ『倦怠期』と言うものを経験した事が無いからな」
「倦怠期ねえ……」
頬に手をやり、天井の方を見るミーナ。何かを思い出したのか。
「ミーナは、覚えが有るのか?」
珍しく美緒が顔色を変えた。
「無いわよ。私そんなに経験豊富じゃないわよ?」
笑って手を振り答えるミーナ。しかし、一瞬でも誤解させるとは、おそるべき十八歳だ。
「とりあえず調べてみよう。ちょうど明日ロンドンに行く用事が有ったな」
「そうだったわね」
「では、そのついでだ。私がハルトマンを連れて、行って来よう」
「大丈夫?」
「心配要らない。調べものをするだけさ」

翌日。
渋るエーリカを引き連れ、美緒はキューベルワーゲンに乗り込み一路ロンドンを目指した。
ブリタニア空軍、カールスラント空軍、扶桑海軍の連絡所と足早に用事をこなしたふたりは
ロンドン市街の一角に建つ、とある図書館へと足を踏み入れた。
「少佐、ここは?」
「色々な学問やら科学やら、……まあ、知識の宝庫だな」
「図書館だって事位私にも分かるよ。で、探し物は何?」
「お前さ」
指をさされてぎくりとするエーリカ。
「私? どう言う事?」
エーリカの仕草を見て豪快に笑い飛ばすも、エーリカに慌てて口を押さえられる美緒。
「図書館は静かにしないと」
「……すまん、つい」
ふたりは周囲の痛い視線を避けつつ、本を探した。

「おお、有った。『夫婦の倦怠期に見られる諸症状とその解消法について』……探してみるもんだな」
「へえ、そんな本有るんだ」
かなり分厚い。英語で書かれた専門書籍らしく、本の重さだけで気分が萎えてくる。
「なんかだるい……」
「お前達の為だ。一緒に読んでやるから、頑張って読め。必要ならメモを取れ」
「勉強しに来たって感じだね」
美緒とエーリカは分厚い解説書のページをめくった。
一ページ毎に、症例とその詳細な解説、その治療法が書かれていたが、どうにも眠くなる内容で、
十分後にはふたり揃って本に突っ伏していた。はっと目覚めると、周囲の痛い視線を浴びている。
二人は平謝りすると、人気の無い所に移動し、改めて、睡魔と格闘しながらページをめくった。
美緒がメモしながら、エーリカに小声で質問する。
「では行くぞ。まず症状その一。『一緒にいても楽しくない』
「そんな事無いよ。一緒にいるといつもドキドキするよ」
「その二。『一緒にいると窒息感・閉塞感を覚える』
「キスのし過ぎで息苦しくなる事は有るね」
「意味が違うんじゃないか? その三。『会話が減り、会話のも面倒に感じる』
「会話はいつもと変わらないよ。私が良く喋る位かな」
「その四。『一緒に行動する機会が減る』
「いつも一緒だよ?」
「そうだったな。その五。『相手の嫌なところが目につく』
「トゥルーデの事しか見えないよ」
「その六。『スキンシップが義務的になる。または無くなる。性的行為も含む』
「毎朝毎晩してる。キス位なら人目がなければ何処でも」
「お前達は……。その七。『しばらく会わなくても平気になる』
「毎日一緒に寝起きしてるのに? トゥルーデ居ない生活なんて耐えられないよ」
「その八……『何をしようが相手の行動が気にならない』
「気になるよ。トゥルーデのする事だもん」
本から目を離すと、美緒はエーリカの顔を見て、言ってのけた。
「若干微妙な点も有るが、お前達は大丈夫だ。問題ない」
「ええっ? ホントに?」
「全然当てはまらないじゃないか。問題無いって事だろう」
う~ん、と首をひねるエーリカ。
「なら一応、解消法についても読んでみるか?」
「興味有るね」
美緒は本のページをめくり、つらつらと読みながら、また小声でエーリカに質問する。
「解消法、一。『二人が経験した事の無い新しい刺激を見つける』
「あー、刺激はちょっと少ないかもね。……ネウロイとの戦いは緊張の連続だけど」
「それはちょっと意味が違うだろう。二。『二人で夢中になれる共通の楽しみを見つける』
「毎晩楽しんでるよ」
「そうか。三。『たまに友人・知人と一緒に遊びに出かける。もしくは楽しく素敵な催し物を計画する』
「シフト組んでるからこれが案外難しいんだよね」
「そうだな、我々は仮にも軍人だからな。四。『たまに日常から離れた行動を取ってみる』
「この前徹夜して……ミーナに怒られたっけ」
「そうだったな。五。『旅行等の大きな計画を立て、共にプランを考える』
「旅行かあ。トゥルーデと一緒にスオムス行ってウルスラと会う約束はしてるけど」
「ほう、それは結構な事じゃないか。……六『スキンシップに遊び心を加え、新鮮さを保つ』
「この前ちょっと変わったプレイして、トゥルーデに怒られたっけ」
「何だそれは。七。『驚きや感動を与えるプレゼントを贈る』
「この前マリッジリングの話ししたよ」
「楽しそうだな。八。『二人で一緒の目標をつくり、達成をめざす』
「目標ねえ……カールスラント奪還とかそう言うのはダメ?」
「真面目にやる気あるのか」
「真面目だよぉ」
美緒は一通りメモした紙をしまうと、本を書架に戻した。
「行くぞ」
「え、もう終わり?」
「私が見る限り、お前達は問題ない。解消法も、有って無い様なものじゃないか」
「う~ん……」
「とりあえず出るぞ。ここはどうにも息苦しくてかなわん」
軍服姿の二人はそそくさと図書館を後にした。

「いやー、ブリタニアってお茶とお菓子はイケルんだよねえ」
「確かにな」
本と向き合い過ぎて気が滅入った二人は、帰り際、気分転換にと喫茶店に寄った。
昼下がり、戦時下とは言え、市街は思った以上に活気があり、喫茶店内もちょうど
時間帯と見えて割合席が埋まっている。
スコーンとベイクドケーキをお茶請け代わりに、紅茶を頂く。
「緑茶も良いが、紅茶は紅茶で趣が有るな」
静かに言う美緒。
「いっただきー」
エーリカはお菓子を頬張り、幸せそうな顔をした。
しばしお茶と菓子を楽しんだ後、美緒は椅子にもたれ、腕組みしてエーリカに質問した。
「しかし分からんな、ハルトマン。何故、お前が倦怠期だと言いだしたのか」
「う~ん。何でだろ」
「私に聞かれても困る。何か切欠みたいなものはなかったのか?」
「切欠ねえ……特に」
「いつ頃からそう感じる様になった?」
「……この前辺り、かな」
「この前とは」
「トゥルーデと少佐達が出撃した時。ほら、あっさりネウロイを撃墜した時。リーネが一撃で仕留めたって言う……」
「ああ。ついこの前のネウロイ戦か」
「そうそう。あの後、なんだよね。何かちょっと違うなあって」
美緒はその時何か有ったか、何が起きたか必死で思い出そうと努力した。
「あの時……」
美緒ははっとした。
そう言えば、あの時ペリーヌが少し気落ちしていた様にみえたので、
当時の一番機であるトゥルーデに「様子を見て来い、何なら励ましてやれ」と言いつけた事を思い出す。
まさかそれを見ていたのか? その事が気になっているのか?
エーリカを見る。少しふてくされた感じで、紅茶に口をつけている。
美緒は笑った。唐突に笑い始めたので、エーリカは少し驚いた。
「ハルトマン。それは倦怠期ではないぞ。ちょっとした勘違い、軽い嫉妬だ」
「勘違い? 嫉妬? 誰に? 私誰にも嫉妬なんてしてないよ」
「言わなくてもいい。確かにあれは私の失策だったかも知れんな。すまん」
「?」
突然謝られて訳の分からないエーリカ。
「少佐、どう言う事?」
「直接バルクホルンに聞いてみろ。戦闘後何が有ったか。それで全ては解決する」
美緒は紅茶を飲み干し、告げた。
「そろそろ戻ろうか。時間だ」
「りょ、了解」

夕食後、シフト以外で自由時間を持て余す者達は風呂に入っていた。
エーリカは広い湯船でひとしきり自由に泳いだあと、ふうと息をついて天井を見上げた。
「……なんだろ」
美緒は直接トゥルーデに聞けと言った。しかし当のトゥルーデは勤務中……夕方から夜にかけての
哨戒任務に就いているので聞く暇などない。司令所に殴り込んで無線で聞きたい気もしたが
そこまでする程の気持ちも無ければ、軍規違反を起こす気にもなれなかった。
「でも、気になる」
そこに美緒がやって来た。遠くで聞こえるペリーヌのうわずった声ですぐに分かる。
美緒はエーリカの姿をみとめると、つつと横に来て、言った。
「どうした。まだ考えてるのか」
「少佐……」
「そうか、バルクホルンは哨戒任務中だったな」
「うん」
湯船に少し顔を浸け、目を伏せるエーリカ。
「余り思い詰めるな。いつものお前らしくないじゃないか」
「だって、トゥルーデは私の大事な人だもの。私だって考えちゃうよ。どうしたら良いのか」
「私は既に答えを言った筈だぞ?」
「……分かってる」
「まあ、焦るな。焦りが更なるミスを生む。空戦と同じだ。じっくり向き合え」
「そうは言っても……じゃあ少佐、少佐は私みたいな気持ちになった事、有るの?」
「私、か?」
いつしか、ペリーヌがそっと美緒の様子を伺っている。美緒は気付いていないのか、しばし黙り込んだ後、不意に言った。
「有る」
「少佐も、有るんだ」
「ああ。離れていたりすると、不安になったりする事はある」
「……」
「でも、それは好きだからこそ、じゃないか? でなければこんな感情など起きんぞ?」
「確かに」
「ハルトマン、お前は面白い奴だな。この前の酒の時もそうだったが、不意に周りが見えなくなる時が有るんだな」
美緒は我が子をあやす様に……当人は本当にそんな軽い気持ちのまま……、エーリカの肩を抱き、頭を撫でた。
突然の事に、かっと顔が赤くなるエーリカ。
「しょ、少佐! なんてことなさいまし……」
ざばと風呂から立ち上がり、ペリーヌが叫びかけた。
「少佐!」
横から厳しく激しい声が挙がる。いつの間に帰還したのか、トゥルーデその人だった。
エーリカと美緒の前に仁王立ちになる。
「少佐、エーリカが何か」
「トゥルーデ……」
トゥルーデは抑え気味に問うたが、その声の低さから、答え次第では何をするか分からない雰囲気を持っていた。
「ん? いや、ちょっと相談事を受けてな。慰めていた」
「私のエーリカが、少佐に迷惑を」
妙に必死なトゥルーデの姿を見て、美緒はふっと笑った。
笑い声がいつもと同じ、特徴的な高笑いに変わった。
一同は、いつもの豪快な笑いを突然聞かされ、いささか脱力する。
「ほら、行けハルトマン。ちゃんと話をするんだぞ」
どんとエーリカの肩を突き、トゥルーデのもとに寄越す。
「すまんなバルクホルン。この通りだ。私のせいでお前達を勘違いさせてしまった様だ」
「は、はあ」
唐突な謝罪を受け、どう答えていいか戸惑うトゥルーデ。
「さて、身体でも洗うか」
美緒は湯船から立ち上がった。
「しょ、少佐、お背中お流し致しますわ!」
「おおすまんなペリーヌ」
勝手にくっついて行くペリーヌと共に、美緒は二人のもとから去った。
エーリカはトゥルーデとふたりっきりになった。
「エーリカ、今のは一体……」
「少佐の言う通りだから。誤解しないでよね」
「……まあ、少佐が嘘を付く様な人じゃないって事は、私も分かっている。心配するな」
「なら、安心した。後で話し有るんだけど、つきあってよ」

その日の夜更け。
「で、美緒。教えて頂戴。どうしてエーリカにそこまで深入りしようとしたの」
「深入り?」
「隊の皆から聞いたわよ。風呂場で肩を抱いたとか」
「あれはちょっとした、私なりの気休めと言うか慰めのつもりだったんだがな。皆を誤解させてしまった様だ」
「貴方って人は……」
「すまん」
呆れるミーナ、苦笑いして頭をかく美緒。
「で、本題をまだ聞いていないわよ。何故?」
「いやあ、ハルトマンにこう言うのもアレだが……これは絶対に口外無用だぞ?」
「?」
「もしもの時の、事前学習を兼ねてだよ」
美緒は図書館で取ったメモを見せた。ミーナは奪い取るなり、食い入る様に読みふけっている。
「おい、ミーナ?」
「私達も、頑張りましょう」
「??」
それだけ言うと、ミーナは何か言いたそうな美緒の唇を塞いだ。

end



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