turn up


「聞きたい事って何だ?」
ベッドに腰掛け質問前のリラックスとばかりに軽いキスを交わした後、トゥルーデはエーリカに問い掛けた。
「少佐に言われたんだけど。ついこの前のネウロイ戦の事、覚えてる?」
「ああ。リーネが一発で仕留めたやつだな。あれは見事だった」
「そうそれ。でねトゥルーデ、その後の事。教えてよ」
「その後?」
「トゥルーデ、裏庭でペリーヌと何か話してたでしょ」
「ああ……あれか」
思い出して、苦笑いするトゥルーデ。
「何が有ったの?」
「少し気落ちしてるみたいだったから、声を掛けた」
「ホントに?」
「嘘は言わない」
「確かに、嘘ついてる顔はしてないね」
「だろ?」
「でも、何か隠してるって顔はしてる」
「なっ」
「私には分かるよ、トゥルーデ。……教えてよ」
真剣な眼差し。
瞳の奥に映る自分の影が、無言で自分を覗いている。
トゥルーデ観念したかの如くひとつ息をつくと、ペリーヌとのやり取りを聞かせた。
何故か落ち込んでいたこと。マリーゴールドの扱いが酷くぞんざいだった事。
声を掛けたら泣いた事。ハンカチを貸したままの事、結局立ち直って今に至る事
……洗いざらい、思い付く限りを話して聞かせた。
「ふ~ん」
「な、なんだ? これで全部だぞ?」
「トゥルーデ、優しいんだね」
「二番機の状態を把握するのは一番機の務めだろう? それはエーリカも分かっている筈だ」
「分かるよ。理解は出来る」
「それに、少佐に言われたんだ。見てやれって。だから……な、何だその顔」
「私、今どんな顔してる?」
「……」
気怠そうな、それでいてどこか寂しげな、エーリカの顔。
「確かに、お前にきちんと話をするべきだった。すまない」
「遅いよ、トゥルーデ」
「済まなかった、この通りだ」
「何だか私ひとり浮いちゃったみたいでさ。バカみたいじゃん」
「すまない、エーリカ」
謝る事しか出来ないトゥルーデ。
エーリカはうつむいた。そのままごろんとベッドに横になり、トゥルーデに背を向けた。
唇に指を当て、何か言いたげで、でもその後ろ姿はもの悲しげで……。
「エーリカ。許してくれ」
「別に、いいよ。もう」
それっきり、エーリカは何も言わなくなった。
トゥルーデはいたたまれなくなって、エーリカをすぐにでも抱きしめたかった。でも、下手にエーリカに触って
「触らないで!」
と拒絶されるのが怖くて、手が出せなかった。
だが、沈黙に耐えかねて、トゥルーデはエーリカの肩に触れた。
「トゥルーデ」
名を呼ばれ、びくりとした。思わず手を引っ込める。
「どうして止めるの?」
「お前が、嫌がるかと思って」
「私をそんな風に見てたの? 待ってるんだよ。ずっと」
トゥルーデは言葉を聞くなり、後ろから力強く抱きしめた。
「すまない」
「何度謝れば気が済むのよ……私が何だか重い女に見えちゃうじゃん」
「私の気持ちが私を許さないんだ。お前を裏切る様な事をしてしまったと」

エーリカは小さく凍えながら息を吸い、吐いた。ぽつりと呟く。
「私達……やっぱり……」
「な、何を言い出すんだ」
「そうだよね。私達、カールスラントの軍人だもんね」
自嘲するエーリカ。
「トゥルーデは、私よりも部隊の方を……」
「違う!」
根っからの軍人である筈のトゥルーデらしからぬ、重く、激しい情念のこもった一言。
エーリカは思わずびくりとして、トゥルーデの顔を振り返り、見た。
「お前を想う私の気持ちは、……そう、この指輪と一緒で」
トゥルーデはエーリカの左手を取って、自分のと合わせて彼女に見せつけた。
「私の気持ちは、このふたつ一緒の指輪の輝きと同じく、一点の曇りも無い!」
エーリカが固まる。
トゥルーデは、エーリカの身体を自分の正面に持ち上げると、真剣な表情で見つめ、
もう一度、しっかりと抱きしめた。
「そんな事言って良いの? 任務放棄だよ?」
微かに震えるエーリカの声。トゥルーデは構わず、エーリカを抱いたまま、
「それだけの覚悟が有る。お前に知って欲しかった。私は……」
トゥルーデは、ひとつ息を付いてから、気持ちを全て吐き出すべく、言った。
「私は、お前を愛しているから」
しばしの沈黙。
ぼんやりと揺れるランプの灯火が、ふたりを照らす。
「トゥルーデ、重いよ。その言葉。重過ぎるよ」
エーリカは嘲る様に呟いた。トゥルーデはそれでも、エーリカを離さない。
二人はまたも沈黙した。肌を通して、お互いの鼓動、息遣いが聞こえ、伝わってくる。
「でも、だからこそ。私もトゥルーデの事、愛してるんだろうね」
エーリカは他人事みたいに言ってのけた。
息を吸うも、いつの間にかすすり上げるみたいになってしまって、涙が一粒こぼれた事も気付かず。
トゥルーデは自らの肌でエーリカの涙を知り、指でそっと拭いた。優しく、名を呼ぶ。
「エーリカ」
「トゥルーデの、ばかぁ」
エーリカはトゥルーデに抱きついて、泣いた。
トゥルーデも目にじわりと来たが、自分が泣いてどうすると何とか踏み止まり……それでも涙はあふれかけたが……
エーリカを抱きしめた。
今私に出来る事、それはエーリカが閉ざしかけたこころを開いて、曇りを消し去る事。
その為には、言葉も大切だが、やっぱり身体で触れ合わないといけない。
『私達は、身体に聞いて……身体に覚えこませて……刻み込まないと、わかんない』
前にエーリカが言った事を、ただ、実践するのみ。
エーリカはトゥルーデの胸で、ただひたすらに泣いた。涙が服を濡らし、肌を伝わるのもお構いなしに、
トゥルーデは抱きしめる力を弱めなかった。

どれくらい時が過ぎただろう。エーリカはゆるゆると顔を上げ、トゥルーデを見つめた。
泣きはらした、赤く染まる目。
「もう泣けないよ。涙も枯れたよ」
「すまない、私のせいで」
「違うよ」
エーリカはトゥルーデの胸に顔を埋めた。
「トゥルーデ、重いんだもん。重過ぎて……私、見事にカウンター貰っちゃったよ」
「エーリカを泣かせるなんて、最低だな。私は」
「嬉しかったせいも、あるんだよ」
「嬉し泣き?」
「何よりも、大切なものよりも、私を選んでくれた。重いけど、嬉しいよ。とっても」
「そうか」
「トゥルーデらしいね。何処までも真面目でさ。周りが見えなくなったりひきずったりするけど」
「わ、悪かったな」
「その一途なとこが、好き」
「ありがとう」
エーリカはもう一度トゥルーデの顔を見上げた。トゥルーデも涙目になってるじゃん、ヘンなの。
エーリカは不意におかしさを感じた。
「どうした?」
「私達、何やってんだろうね。お互い目を腫らしてさ」
トゥルーデを見つめる。その潤みきった瞳は鈍く光を反射していたが、その奥にみえるものは、
以前となにひとつ変わる事は無かった。
どちらからと言う訳でもなく、頬に手を添え、そっと口吻を交わした。
気持ちをもう一度深く、強く結びつける為に。
その為に何をすべきか、二人は心得ていた。
ベッドに倒れ込むと、お互いのこころを遠慮なくぶつけあい、
身体の五感全てを使って、お互いを知る。それがいつになろうとも構わずに。
熱い吐息を絡ませながら、トゥルーデはいとしの人の名を呼ぶ。
「エーリカ」
「なに、トゥルーデ?」
「決めた。お前には今後、何一つ隠し事はしないって。エーリカが悲しむのはもう嫌だから」
「ありがとう。私も隠し事はしないよ。まあ、今までもしてなかったけどね、大して」
「……大して?」
「言葉のあやだよ。ほら、例えば私、トゥルーデの事何でも知ってるでしょ?」
「まあ……な」
ひそひそと耳元で何かを囁くエーリカ。トゥルーデは耳まで真っ赤になってエーリカを見た。
「お、お前……なんでそんな事まで」
「トゥルーデの事なら何でも知ってるって言ったじゃん」
エーリカはトゥルーデの秘密を暴露すべく、手を伸ばした。トゥルーデが反射的に甘い声を出す。
声がひとつのトリガーとなって、エーリカの心と身体を更に刺激した。
二人は時を忘れて、お互いを知る。

夜明け前。ふたりはベッドの上で、ケーキをひとつ分け合って食べていた。
「はい、口開けて……美味しい?」
「ああ、うまい。これ、ロンドンで?」
「そう。行ったついでに買って来たんだ」
ふたりは生クリームたっぷりのブリタニア風ケーキを手でちぎり、むしっては、クリームが顔や手に
付くのも構わず、食べ合った。
お互い、指に絡むクリームを舌で絡め取り、頬にぺとりと付いたクリームを舌で舐め、余韻を味わう。
「もうひとつ買ってくれば良かったね」
「また買えばいいさ。今度クリスの見舞いが有る、その時にでも行こう」
「いいね。楽しみがひとつ増えたね」
お互いを舐め合う。子犬か子猫のじゃれ合いみたいだ。でもその姿は何処か艶めかしく、
二人の関係とこころの結びつきを示すには最高のバロメータ。
二人の唇と舌は、最後、お互いの唇にとまり、接点を増し、熱くなる。
また再び、そこから愛が始まった。

end



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