鳥
――堕ちていく。
私は貴女へと。
私は翼を失った鳥。
もう貴女の傍にいる事しか出来なくなった、愚か過ぎる黒い鳥。
羽根を散らして、奈落へと堕ちていく。
でも私は、それでも良いとすら思っている。
貴女の意識の中に、私が少しでも存在するのなら。
私はそれだけで、幸せなのだから。
貴女の為なら、堕ちたっていい。
――鳥――
「ミーナ」
「あら、どうしたの?美緒」
「ネウロイのデータ、纏めておいた」
「ああ、ありがとう、美緒」
しばしの沈黙を美緒が破る。
「…ミーナ」
「ん?何かしら、美緒」
「まだ…バルクホルンが好きなのか…?」
突然の質問。
予想はしていたけれど。
「…それを貴女が知ってどうするのかしら」
「…ミーナ」
「言ったはずよ。私はトゥルーデを愛してる。
貴女がいくら言い寄って来たとしても……私は貴女の期待に応える事は出来ない、と」
「……分かってる。…だが、私はそれでも…!」
バンッ
私は机を強く叩き付ける。
美緒の言葉が途切れる。
「……美緒。貴女の事は好きよ。
でも、それは私がトゥルーデに抱いてる感情とは違う“好き”。
貴女と私の想いが交わる事は多分無いわ」
「……そうか」
「…美緒、私は」
「だがミーナ、生憎私は諦めが悪い性格でな。
お前がいくら言おうが、私はお前を諦める事は出来ない」
「美緒、貴女」
「…ミーナ」
そう言うと、美緒は私を抱き締めた。
美緒の吐息が、私の耳を擽る。
「美緒、やめて」
「…ミーナ、一度だけでいい。
…私を抱いてくれないか」
美緒の声は震えていた。
そして、熱を帯びていた。
「…それは無理よ、美緒」
「何故なんだ、ミーナ」
「一度だけとは言え、私達は一線を越えたらいけない…そんな気がするの」
すると美緒は私の肩を強く掴んで来た。
「…私はこんなにお前の事を愛しているのに…何故だっ…!ミーナ!」
「ちょっと…やめてっ…!美緒っ!」
「私に何が足りないんだっ!ミーナっ!…お前の為なら、私はっ…!!」
「っ…!」
私は美緒を突き飛ばした。
そして、私達の間の時間が凍る。
「ミーナ…」
「…ごめん…なさい…美緒」
「…お前、そんなにもバルクホルンの事を…」
「……」
「……ミーナ…私はお前の一番にはなれないのか…?」
ガチャ
「何処へ行くんだ」
「…ちょっと買い出しに」
「…そうか…気をつけて行って来いよ」
「ええ」
――私は逃げた。
買い出しなんて無いのに、私は美緒から逃げた。
正直、今の美緒は私には怖かった。
美緒は私を愛してしまってから、変わってしまった。
そして私は、美緒を変えてしまった。
そんな深い罪悪感を抱えたまま、廊下を歩いていると私の目の前にはトゥルーデ。
心なしか、目の色がくすんでいるみたいで。
「ミーナ」
「あら、トゥルーデ」
「…私達は、もう汚れきっているな」
「…何の事かしら」
「……いや、なんでもない」
「…そう」
トゥルーデは私の傍を足早に立ち去ろうとしていて。
私はトゥルーデに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、呟く。
「私達、もう逃げられないのね」
たった一言、そう、小さく、小さく。
――堕ちていく。
私は貴女へと。
私は翼を失った鳥。
誰を犠牲にしても、自分が幸せになりたい。
そう思ってしまった自分は醜く、朽ち果てた黒い鳥。
自分の中に渦巻く黒い黒い感情。
それは誰にも吐露する事は無いけど、永遠に廻り続ける。
散った羽根は空に戻る事は無いし、もう羽ばたく事は出来ない。
それでも、せめて夢の中だけでも羽ばたけるのなら少しだけ、綺麗でいられる気がする。
…でも、羽根は地に堕ちた。
もう、果てる事の無い螺旋へと。
END