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「ふうん……。それで、私に相談、と」
私の言葉にこくりと頷くサーニャ。
「エイラ、酷いんだもん」
ここは基地のロビー。午後の休憩でぐーたらしてたら、妙に思い詰めた様な顔したサーニャが通り掛かって、
気になって思わず声を掛けたら「相談がある」と言われた。
そして私とサーニャはロビーの隅っこの方で今まさに話の最中。
他のみんなはと言うと、私達の事は殆ど気にしてないみたい。その方が好都合だけどね。
さて、サーニャはと言うと……出てくる言葉はエイラの名前と、ひどい、とか、悲しいとか、ネガティブな言葉ばっかり。
どうしちゃったんだろうね。
当のエイラはトゥルーデと一緒に昼の哨戒任務中。エイラとサーニャ二人まとめて話が出来たら楽なんだけどな。
私はサーニャに適当に言葉を合わせながら、解決の為の方向性を少し考えてみる。
「まあねえ。エイラもヘタレだからなあ~。いや、決めるとこはビシッと決めるんだけどね。
無傷で回避出来るってのは羨ましいよね。……あ、戦闘の話しじゃなかったね」
サーニャは口数が極端に少ない。だから自然と私がリードする感じになる。
普段はエイラと一緒に居て、何か有っても何かと彼女がサーニャの「盾」になってる感じがするから、
余計に隠れてる感じがするんだよね。この子。
確かに夜間戦闘の腕は抜群で、私とトゥルーデは勿論、隊の他のみんなもその点に関しては百二十点満点をつけてる。
彼女の魔導レーダーの威力はハンパないからね。
でも、そんな脅威の魔導レーダーでも捉えきれないのがエイラってか。確かに“避けまくる”からね~。
……って私何つまらない事考えてるんだ。もっと真面目に聞いてあげなきゃ。
でも、相談しに来るって事は、その時点で既にある程度自分の中で考えと答えがまとまって、
それをあとひと押しして欲しい、頷いて欲しい、認めて欲しいって時も多かったりする。
そう言う場合、なまじっか具体的に解決策とか真面目に考えたりして、それが彼女に受け容れられなかったりすると
これがまた悲惨なんだよね。……何で知ってるかって? トゥルーデと私だけのヒミツ。
よし、ここは直球でいってみよう。
「サーニャとしては、どうしたいの? エイラにどうして欲しい?」
サーニャはうつむき加減で私の指を見てる。トゥルーデとお揃いのエンゲージリングに目が行ってる。
いつかこれにマリッジリングが加わるんだ~。……いや、私達の事はどうでもいいんだ。
サーニャ、そんなに指輪見てもこれはあげられないよ? ゴメンね、なんか見せつけてるみたいで。
……随分沈黙が長いね。大丈夫? 思い詰め過ぎてない?
「私の事、もっと見ていて欲しい」
お、やっと答えが返って来た。
「なるほどねえ。最近エイラも色々有るから仕方ないとこはあるけど……。
でも、サーニャを放っておくのはちょっとダメだよね」
私の言葉に小さく頷いてうつむくサーニャ。
地味だけど、仕草とか細かいところが可愛いんだよね、この子。エイラが惚れるのがよく分かるわ。
「私としては、幾つか提案したい事は有るけど、……なんて言えばいいかな、ちょっとした冒険が必要だから
もしミスった時うまくフォロー出来ないと後々……『危険な橋』? うん、人によってはそう言うかも」
思い詰めた顔しないで。ちょっと言葉を間違えた。ああ、トゥルーデ居たら……いや、いなくて良かったかも。
トゥルーデちょうど哨戒に出てて良かったわ。トゥルーデは微妙に鈍くて固くてヘンに一直線なとこあるから
華奢なこの子には荷が重すぎるよ。
ではまず提案その一。軽く牽制的に。
「今度休暇貰ったらさ、二人でロンドンに買い物に行きなよ。確かサーニャはぬいぐるみ好きだったよね?」
「うん」
「で、エイラにそれを買って貰うとか。サーニャも喜ぶと思うし、エイラもきっと同じ気持ちになると思うよ」
「でも、あのぬいぐるみ、売ってない」
「何で? 人気があるから? そっか。この前トゥルーデに買ったのはたまたまラッキーだったんだね。
……でもあれはもう確かエイラが持ってった筈だけど?」
「私に、渡してくれないの」
「ええっ、どうして? エイラ自ら勇んで持ってったのに」
「私がぬいぐるみ抱く癖知ってるから……かも」
少し顔を赤くするサーニャ。抱くのはみんな知ってるから大丈夫だよ。
でもそれはさておき。
はは~ん、エイラの魂胆が読めたよ。ぬいぐるみ貰ったはいいけど、そのぬいぐるみに嫉妬してるんだ。
サーニャはホントはエイラに抱きつきたいしエイラもそうして欲しいんだね。
でも、それはちょっとヘタレ過ぎるね。
「サーニャ、まずそこを言ってみなよ。ぬいぐるみどうしたのって。多分ね、エイラは何かと誤魔化すと思う」
「……」
「で、その先にね。『私とぬいぐるみどっちが?』って聞けばいいよ」
「それ、もう聞いた……」
私は思わず頭を抱えてしまった。エイラみたいに先読みできたらなあ。
くじけずに先を続けよう。
「そうしたらエイラは何て?」
サーニャは何も答えない。
なるほど。エイラは多分「サーニャ」と答えたんだろう。でもその後が良くないね。
ぬいぐるみはぬいぐるみでちゃんと渡してあげないと。……何でエイラの方心配してるんだろう。
「エイラ……」
悲しい顔をしないで。せっかくのオラーシャ美人が台無しだよ。
そう言えば、この前少佐と一緒に「倦怠期の解決法」を探しにロンドンまで行ったのを思い出した。
何か役に立つかも。ええっと……有った有った。一応適当だけどメモしておいたんだよね。……この紙切れなにって?
「気にしない気にしない。ちょっとしたメモだから」
メモをちらりと見ながら、サーニャが置かれている状況を彼女のことばから推測してみる。
ふたりは倦怠期ではないと思うけど、こりゃ喧嘩に近いね。手っ取り早く仲直り出来たら……そもそも私に話してないか。
よし、提案その二、むしろ本命を一発。
「もっと、エイラと距離を縮めてみたらどうかな?」
「どんな風に?」
「物理的に。ぎゅっと近付いて。スキンシップのつもりで、手を取って、腕を組む。顔を近付ける。抱きしめる。色々あるよね」
「エイラ、いつも固まる」
何処までヘタレなんだよ、エイラ……。
「サーニャ。多分、エイラはサーニャの事を大事に想い過ぎて、動けなくなってるんだと思うよ」
「そうなの?」
「思い当たる事、無い?」
ぽっと頬が染まり、顔を手で覆い隠してる。有り過ぎるんだね。すぐに分かるよ。
そもそも、二人の間で色々有るってのは隊の中でも有名だからね。
「動けなければ、サーニャの方から動かしてあげなよ、エイラを。あと一押ししてごらん? きっと変わると思うよ」
「本当に?」
私は大きく頷いてみせると、サーニャに励ましになるよう、言葉を選んで応援した。
「サーニャにとってはすごく勇気のいる一歩だと思うけど、最初の一歩さえ乗り越えちゃえば、後は大丈夫。だと思う」
「そう。分かった。次の夜間哨戒が終わったら、私、頑張ってみる」
「頑張りなよ。応援してるからさ」
言葉に偽りは無いよ。応援したいじゃない。
「そうだ。もし良かったら、後でどうなったか少しだけ教えてくれる? 私ならアフターフォローもバッチリだよ」
こくりと頷くサーニャ。こんな健気な子、ほっとくなんて可哀想過ぎるよ。
「それじゃ、私、そろそろ夜間哨戒の準備……」
ゆらりと立ち上がるサーニャ。眠いのか、今にも倒れそうだよ。
「気を付けて。哨戒中何か有ったらすぐ駆け付けるからね。隊の大切な仲間は、私が守るよ」
「……」
「ホントは、エイラが守れば良いんだけどね。私で良ければ」
「ありがとう」
サーニャは一瞬だけ、柔らかな笑みを見せた。すぐにいつもの眠そうな顔に戻ったけど……
多分、あの笑顔……あれ以上の笑顔は、エイラかミヤフジ位にしか見せた事無いだろうね。
ともかく。彼女ならきっと。
うまく行くといいね、サーニャ。
私はいつの間にか誰も居なくなったロビーに一人ぽつんと腰掛けていた。
一人って言うのも確かに気楽で良いよね。誰にも気を遣わなくてさ。思いっきり自由に出来る。
でも、どうしようもない孤独感ってのも有るよね。
どっちを取るか。
私ならトゥルーデを取るね。迷う余地何て欠片も無いよ。
次の日の夕方まで、サーニャ達は起きて来なかった。
私は少し気になったけど、すぐに目の前に居るトゥルーデの事で頭が一杯になった。
翌日の朝食の時、ひどく眠そうなサーニャが私の所にやって来て、一言だけ言った。
「ありがとう、エーリカさん」
前よりもだいぶ……、いやとっても素敵な笑顔。やっぱりサーニャは笑顔が合ってるよ。
「良かったね。頑張りなよ」
「うん」
それだけ言葉を交わすと、サーニャは私から離れ、エイラの横の席に座った。
エイラはと言うと、いつもと違う様子。何が有ったかすぐに分かる。良かったね、お二人さん。
「どうしたエーリカ。サーニャと何か有ったのか?」
おっ、気になるトゥルーデ? 食いつきがいいね~。
本当はサーニャとの秘密にしておきたかったけど、トゥルーデと私はお互い隠し事しないって決めてたんだっけ。
「後で話すよ」
私はそう言って、トゥルーデの左手をきゅっと握った。
「分かった」
少し顔を赤らめるトゥルーデがまた愛しい。
話を聞いてどんなリアクションするか、ちょっと楽しみ。その意味では私もサーニャにお礼を言わないと。
ふたりきりになれる時間が、とても待ち遠しい。
サーニャとエイラも同じ気分だろう。
きっと。
end