ワンモアタイム・ワンモアセッ
「フンッ!」
「わー! エイラさん、力こぶ! すごーい! ね、触ってもいいですか?」
それは小さな力こぶ。 最近体を鍛え始めた。 フフフ。 これも全てサーニャのため。 私ナイト化計画の第一歩なんダナ。
今は大した事ないけど、いずれは鋼の肉体になる予定。 鍛えあがった私の体を見たら、サーニャは私に惚れ直す事間違い無しなんダナ!
手始めに宮藤に力こぶを見せて調子に乗っていると、折りよくサーニャが現れた。
「フッフッフッ。 サーニャ、見るんダナ、この肉体美を! これがいわゆる力こぶって奴なんダナ!」
「わ。 エイラも筋トレ始めたんだね。 ふふ。 お揃いだね、私たち。 私も、ほら。」
サーニャにも力こぶを見せて調子に乗ろうとすると、サーニャも笑って袖まくりをした。 そのまま肘を折り曲げる。
ずんぼこっ。
…………え?
「わ、わ。 サーニャちゃんすっごーーーい! サーニャちゃんの力こぶ。 冗談抜きで私の頭くらいあるよ!!!」
「あんまり見られると恥ずかしいな……。 私、まだ鍛え始めたばかりだから……。」
…………え? …………え? …………………………………………え?
「サーニャが凄い力こぶ……。 サーニャが凄い力こぶ……。」
「もう、まだ気にしてるんですかエイラさん? ほら、背中流してあげますから。 元気出しましょう!」
汗を流すために風呂に来た私たち。 でも正直、さっきの光景が衝撃すぎて体を洗う気力すら湧いてこない。
わ、私の努力は何だったんダナ……? いや。 問題はそこではない。 あの華奢で可憐なサーニャが……。 サーニャが……。
「もうエイラさん。 私たち、明けても暮れても訓練訓練じゃないですか。 あのくらいの筋肉、はっきり言って普通ですよ!」
「そ、そうカナ……?」
「そうですよ! ほら見てくださいあの人のお尻。 筋肉がつきすぎて、とても女の人のお尻じゃありませんよ!」
「こ、こら宮藤、聞こえるゾ! まったく……ふふ。」
宮藤が耳元でひそひそ囁くその他愛もない話で、ようやく笑顔が漏れる。
人のお尻の品評なんて、ちょっと失礼じゃないか? なんて思ったりはするんだけど、宮藤を責めるわけにもいかない。
だって、今入ってきた人のそのお尻。 ものすごく屈強で、割り箸くらいは軽く折れそうな代物なんだもんな! あはは。
「あれ。 ……エイラに芳佳ちゃん。 二人もお風呂だったんだね。」
見上げてみれば、ほーら思ったとおりミーナ中佐だぞー。 そんな私の思惑は外れた。 口がぱくぱくするだけで言葉が出てこない。
だってその恐るべきケツの持ち主は。 誰あろう、サーニャ・V・リトヴャクその人だったのだから。
「あってはならないんダナ! あってはならないんダナ!」
ベッドの上をごろごろ転げ回る私。 あの硝子細工のようだったサーニャが! 神の作った芸術品だったサーニャがぁ!!
ダビデ像のようなケツも、メロン大の強靭な上腕二頭筋も、全部サーニャには必要ないものだ。
あんまりだヨ神様! 世の中には筋肉質にしていい人と悪い人がいるんだヨ!! こんなの耐えられないヨーーー!!!
どれくらい自分の無力さに号泣していたのだろう。 こんこん。 私はドアをノックする音で我に返った。
「エイラ……入ってもいい?」
「さっ。 サーニャ……。 う、うん。 どうゾ。」
サーニャが部屋に入ってきた。 でも、今の私はどんな顔をしてサーニャと話したらいいか分からないヨ……。
そう思ってチラリとサーニャを見た瞬間、その表情に私は胸を打たれた。 あぁ。 悲しんでいる。 悲しみを押し隠している。
他の誰にも分からなくたって、私には分かる。 誰がサーニャにこんな顔させてんだ? ……こんにゃろ、お前だ、エイラ。
「エイラ……変かな? 私の体。 私ね……エイラを守りたかったの。 どんな危機が訪れても。 時代の変化に晒されても。
エイラを守れるようになりたかった。 もっと強くなりたかった。 ただ……それだけだったのに……。」
涙の粒がはらりと床に落ちる。
表に出ろ、エイラ・イルマタル・ユーティライネン。 お前なんてぶん殴られて地面におねんねしてるのがお似合いだ。
私はなんて醜い人間なんだ。 物事の上辺ばかり見て、なぜサーニャが変わろうとしていたのかなんて、考えもしなかった。
こんな小さな力こぶで、一体何を誇ろうとしていたんだろう。 サーニャの手。 もう、細腕とは呼べないけれど。
私よりもずっと大きい力こぶ。 私が想うよりも、ずっとずっと深く。 サーニャは私の事を想ってくれてたんじゃないか。
「ゴメンナ、サーニャ。 私が馬鹿だった。 でも気付いたヨ。 どんなに見た目が変わったって……サーニャは変わらないって。」
「エイラ……。」
もう私の言葉なんかに価値はなかった。 だから態度で示す事にした。 私は部屋着を脱いで、サーニャに笑いかける。
言葉なんかいらない。 いつもみたいに一緒に眠ればいい。 きっと私の下らない妄執なんて、まどろみに溶けて消えてくれるから。
サーニャも気恥ずかしそうに笑って部屋着を脱ぎ始める。 なんだ。 早とちりしすぎたかもしれない。
こうして眺めていると、ボディラインは以前と変わりないじゃないか。 ただ、ちょっと引き締まってしまっただけだ。
そう思うと、これまでのこだわりが嘘のように消えてなくなった気がする。
そうさ。 サーニャは今でも嘘みたいに綺麗だ。 ぷちぷちとボタンを外していく様を、ちょっとした陶酔の気持ちで眺める私。
その下から現れたのは、一部の隙もない六分割腹筋だった。
「やっぱりイヤだああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
力の限り大絶叫する私。 物凄い勢いで布団を蹴っ飛ばして飛び起きる。
ごめんちょっと嘘ついた! これ物事の上辺じゃないヨ!! めっちゃ本質ダヨ!!!
「ちょ、ちょっと! 一体何の騒ぎですの? 時間を考えてくださいまし!」
「なんだ、何があった! 敵襲か!!!?」
「い、今の声ここからですか? 鼓膜が破れるかと思いました!」
「もぉ~、なぁ~にぃ~? こんな夜中にう・る・さ・い~~~!!!」
宿舎全体に響き渡るほどの大声だったのだろう。 みんなが次々と部屋に集まってきた。
「エイラ……どうしたの?」
隣でサーニャが、眠そうに目をこすりながら起き上がる。 どうしたもこうしたもないんダナ! サーニャが! サーニャが!
……え? 隣から、起き上がった?
慌てて前を向くと、当然ながらそこに服を脱いでいるサーニャはいなかった。 ……という事は。 これは。 これはまさしく。
「サーニャぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!」
「きゃああああああああ!!!???」
嬉しさのあまりサーニャに抱きついて、おなかやらお尻やらを夢中で撫で回す私。 夢だ! 夢だったんだ! やっほーい!!
ああ! スベスベだヨ! フニフニだヨ! つるーんのぺたーんのポヨンポヨンだヨーーーーー!!!!!
「こらーーー!!!」
あいた! どこに持っていたのか、中佐にスリッパではたかれた。 ちょっと赤面した感じで中佐ががなり立てる。
「ちょっとエイラさん、何なのこれは? 奇っ怪な大声で安眠妨害したばかりか、みんなの面前で痴漢行為なんて! 非常識よ!」
ちっ、痴漢? 私が、サーニャに!? なんて誤解だろう。 私には、やましい気持ちなんて一切無かったのに。
現実に戻ってこれた、その喜びを噛み締めていただけなのに!
「誤解です中佐! これはやましい動機による行為ではないのです! スオムスの威信に関わる発言です。 訂正してください!」
毅然と言い返してみる。 ちょっと逆ギレちっくだけど、サーニャにだけは分かってほしかったから。
「う……ま、まぁ、ちょっと強い言葉を使ってしまったかしらね。 私もあなたを信じたいです、ユーティライネン少尉。
教えてくれますか? あなたが、えと……夜中に大声を出しながらサーニャさんの足やお尻を嬉々として触っていた、その理由を。」
こんな時に萎縮するのは逆効果だと知っている。 コクリと頷いた私は、まっすぐ顔を上げて説明を始めた。
「私は眠りの中、リトヴャク中尉のヒップや二の腕がカチカチの筋肉と化しているのではないかと危惧しておりました。
そのため、可及的速やかに彼女の柔らかさを確認する必要があったのです。 そこにいやらしい気持ちは、微塵もありませんでした!」
胸を張って言い切る。 うム。 100点! 顔をめぐらして反応を見ると、みな、何とも言えない目でこちらを見ている。
……何か、おかしい所があったカナ?
「そ、そう……。 そんなにサーニャさんの感触が知りたかったの……。 それで?
それほど待望していたものだったんですものね。 触ってみた感想はいかがだったのかしら? エイラさん?」
心なしか中佐の顔がヒクついているように見える。
うーん、中佐は笑顔が怒ってるように見えるって奴ダナ。 せっかく美人なのに勿体ない事だ。
ともあれ。 サーニャの感触と言われて顔がニヤけそうになるが、ここはふざけていられる場面ではない。
背筋を正し敬礼の姿勢をとった私は、中佐の瞳を見据えて言った。
「はっ! 超~~~やわらかかったであります! フニフニでスベスベでポヨポヨ。 さらに決定的なまでのつるぺた!
もうこれ以上は決して成長しないだろうという確信を得る事ができました! 満点であります!!!!!」
ベストを尽くしたはずの私は、なぜかサーニャにしこたましばかれたあと反省室送りになった。
軍隊って奴はいつだって理不尽なんダナ。
fin