拝啓、一番近くて遠い君へ


水曜日は、手紙を書く日にすることにしている。
一番近くて遠いあの子に、私のことをつづって送るのだ。

「…ルトマン、ハルトマン!」
「……んあー?」

呼びかけられたので返事をする。ここは私の部屋の、ベッドの上。そして私は仰向けに寝転がって三分の一
ほど埋まった便箋眺めていた。右手ではペンを持って、ううん、と口許を押さえて続きを考えているのだ。

「なにやってるんだ」
「…"トゥルーデ…ゲルトルート・バルクホルンは今日もうるさいです"、っと」
「聞いてるなら返事ぐらいちゃんとしろっ」

つかつかと近づいてきて、つばが飛びそうなほどの近くでそう怒鳴ってくるものだから仕方なしに「はいはい」と
生返事を返してやる。そうやってとりあえず彼女の矛先をいなしたいから。なんてったって私は今とても忙しい
んだ。そうやって人の部屋でガサゴソドタバタと好き勝手に暴れ回っているキミに構ってる暇など無いのだよ、
バルクホルンくん。
…冗談めかしてだってそんなこといったらトゥルーデは怒髪天だろうなあ。ねえ、君はどう思う?彼女に返事を
する前にまた、そんなことを書き込んで。トゥルーデのことなんて何度も何度も書いたから、賢い君は私よりも
トゥルーデの事をわかってるかもしれないね。あれがどんなに面倒で、口うるさくて、でもいいやつだって。そう
なんじゃないの、と呆れ半分、非難半分の表情を浮かべながらも、それを言わない君の姿が頭に浮かぶ。
幼い幼いその姿。最後に顔を合わせたそのときから私も君もたぶん大きくなったはずなのに…ダメだなあ、
今の君がどうしても想像出来ないんだ。

「あー…うん、お疲れ様」
仕方なしに労いの言葉を述べるのに、それでもやっぱりトゥルーデは怒る。怒ってばっかりいる。そんなんじゃ
いつか血が全部沸騰してなくなっちゃうよ。ん?なかなか詩的な表現だと思わない?
「おつかれさま、じゃないっ」
「いいじゃん、寝てるわけでもないしー」
「目を覚ましていても働いてなければ同じだっ」

ちなみに働くと言うのはこの場合、ストライクウィッチである私たちの使命――ネウロイと戦うことを指している
わけでは決してないのだった。だってそれを言うならトゥルーデは私に対する責め句なんて無いはずだもの。
この間の受勲を引き合いに出せばわかるとおり、ちゃんと結果は残してる。だからトゥルーデは私の戦いぶり
には何も言わない。怒鳴りつけて怒ったり、しない。だからと言って「まだまだだな」と言うばかりで褒めても
くれないけど。
まあ、有り体に言ってしまえば彼女のその怒りは私の日常生活のずぼらさに向けられているのであって、更に
言えばいましているのは私の部屋の掃除なのだけれど。…なるほど、これもあなたにとったら労働ですか。
でも残念ながらお給金は発生しませんよ。私の財布の紐は固いのです。
まあ部屋のど真ん中に突っ立ってぷんすかと今日も怒り狂っている同僚にとって見たら、どんな事だって
多分名誉ある労働だろうさ、違いない。

「働かざるもの食うべからず、だぞハルトマン!どんなことも代価を払わなければ手に入らないんだ、」
「あーあー、集中できないからちょっと黙ってて、トゥルーデ!」

前回の掃除から1週間足らずですっかり散らかり果ててしまった私の部屋を見て、「明日は掃除だハルトマン!」
などとトゥルーデが抜かしたのが、昨日。「それはいいことだ」と答えはしたけれど「手伝う」なんて一言も言わ
なかった私は、彼女が手際よく部屋を片付けて、まずはベッドの上からものがなくなるのを見て取ると同時に
引き出しから便箋とペンを取り出してその『労働』を始めることにした。

週に一度、決して忘れてはいけない、とても大切な大切な私の仕事を。


私の不機嫌な大声に、トゥルーデは一瞬あっけに取られてそれから押し黙った。私がいつもへらへらふにゃ
ふにゃしてると思ったら大間違いだ。私にだって、怒鳴りつけてでも我を通したいときがあったりする。そして
ちなみにそれが、今こそだったりするのだ。

ガタゴト、ドタガタ。「私は怒ってるんだからな」と言う物言わぬ主張をその行動に伴い発生する音に乗せて
私の部屋専用のお掃除マシーンは再び作業を始めた。はいはい、分かってますって。トゥルーデはほら、
思っていることがすぐに音に出る。
まあ、彼女が私に対して怒ってるのなんていつもの話だ。ふう、とひとつ息をついて私もまた、再びその作業に
戻ることにした。とりあえず、一番最初から読み返してみる。


こんにちは、おげんきですか。私はあいかわらずです。


書き始めの一文は、いつもそれ。私は何にも変わっていない。君の知ってる私のままだよ。
相手がそんなこと気にしているとは思えないのに、むしろ読んだら「少しはしっかりしたらどうなの」なんて眉を
ひそめるのかもしれないのに、どうしても一番最初に伝えたいのはその言葉。相手の無事と、私のこと。
あとに続くのはトゥルーデのことか、ミーナのこととか、今いる部隊のほかの人のこととか、今週はどんな
ネウロイをどれだけ倒したとか、そんなこまごまとしたことだ。思いつくままに書いていくから、文章がうまく
繋がっていないときもある。
自分の部屋で、トゥルーデの部屋で、食堂で、ミーティングルームで…待機中だろうが何かの作業中だろうが、
出撃の最中でなければ一日中便箋とペンとを持ち歩いて、私はそれを書き綴っていくわけだ。今日はたまたま
トゥルーデが部屋の掃除に立ち会えと言うから、私は部屋にいるわけで。

てがみか?
ふと、作業を止めたトゥルーデに小さく小さく尋ねられた。
何でそんな恐る恐る尋ねるのさ。見れば分かるでしょ。「うんー」と、間延びした声で私は答える。毎週水曜日、
こうして手紙をかいているのは別に今に始まったことじゃない。てがみか?うん。そのやりとりは、よく思い
出せば何度か交わしたことのあるものだ。
…けれどそう言えばトゥルーデはその相手を私に尋ねてきたことは無いのだった。何に遠慮しているのか、
それともどうでもいいだけなのかはわからない。まあ、この部隊に配属されるまではそんなこと気にしている
暇なんて無かった、って言うのもあるのだろうけれど。

でもさ、ねえ。
その相手を聞いたら、トゥルーデだってホントの本当に、何にも言わなくなるかもしれないよ。
傍から見ると全然違う、ってよく言われる私たちだけれど、ひとつだけとてもとてもよく似ているところがある。

身長は伸びましたか。私は、この間測ったら154cmでした。そっちはどうですか?もしかしたら私のほうが
大きくなっちゃったんじゃないかなあ。発育のほどはどうでしょう?やっぱり私と同じように、胸は残念な結果
ですか?
髪も全然伸びてません。やっぱりいつもどおりの長さが、一番落ち着きます。そっちはどうですか?一度で
良いから髪を長くしてみたいけれど、やっぱり面倒だよね。
そちらは寒いそうですね。私と同じ部隊の、あなたの今いる国から来た仲間が、こっちは暑いとぼやいてい
ました。
メガネはかけたままですか。やっぱりいつも本を読んでいますか。
ねえ、お変わりありませんか?

尋ねたいことはたくさんあって、それらすべてに答えて欲しいのに、毎週送る私のそれに反して、あちらから
返って来るのは半年に一度くらいで、しかもとても短いものでしかない。たぶん正直、あの子はこの手紙を
少々うざったく感じているのではないかと私は思っている。



それでも送ってしまう理由なんて、たぶんひとつしかない。大切で、大好きで、心配だからだ。
ねえトゥルーデ、それって当たり前の感情でしょう?だって私のほうが、あの子よりも早く生まれたんだもの。
『双子だから変わらないでしょう』なんてあの子はため息をつくのかもしれないけれど、私の中では大いなることだ。


だって同じ両親からあの子より数分でも、数秒でも、早く生れ落ちた。その時点で私はあの子の『お姉ちゃん』
なんだもの。たった一人の、双子の姉。


まるでだめな姉だった。今でもそれは変わらない。相変わらずずぼらで、あの頃君に世話を焼いてもらった
のと同じように今でもいつでも、誰かに世話を焼かれてる。ほら、今この瞬間だってトゥルーデに心配かけて、
世話してもらって、怒られてばかり。一緒にいたあの頃は君がそれをしていたね。
姉らしいことなんて何ひとつしたこと無い。そもそも姉らしいって、一体何なのか分からない。

私はブリタニア、君はスオムス。離れ離れになった私たちはお互いの場所でお互いの仲間と、一生懸命戦って
いる。自分のために、世界のために。
一緒に生まれた、一緒に育った。そんな一番近い相手なのに、今いる場所はとてもとても遠い。
こうして手紙を送ることでそれが縮まったり埋まったりするなんて考えてない。私はそんなことまで考えて
行動する性質ではないからだ。

けれども綴ってしまう理由なんてやっぱり、ひとつしかないだろう?だって私は君のお姉ちゃんだもの。
お姉ちゃんなんだから、妹の心配をするなんて当たり前でしょう?
ちょっと緊張して普段の口調よりもなぜかよっぽど堅苦しい言葉遣いになっちゃうけど、「らしくない」「そんなのいらない」
なんて君は言うのかもしれないけど、やっぱりお姉ちゃんは君がとっても心配です。だから書くんです。

私は大丈夫だよ。ねえ、あなたはおげんきですか、って。

「…トゥルーデ、君は」
「…なんだ」
「さみしんぼうさんなのかね」
「なに言ってるんだお前はっ」

先ほどからすっかり手を止めて、痛いほどに視線を送ってくる同僚にひとつため息をついて、言ってやる。
手紙の相手が気になるのなら教えてあげるのに。私だって別にトゥルーデがどうでもいいわけじゃないよ。
なんでそんなに怒るのかわからないけれど、しょうがない、今のところは折れてやろう。ごめんね、とりあえず
今は目の前の人のほうを優先させてね。
サイドテーブルに便箋とペンを置いて、起き上がる。

「いつも思ってたんだが…その、手紙の相手は…なんだ、お前の大切な相手なのか」
「?うん。」
「…」
「なにさあ、歯切れの悪い」
「…いや、なんでもない」

いつの間にやら部屋は最初の惨状から見たらひどく綺麗になっていた。出来ればこの部屋のビフォーと
アフターを写真にとって送り付けたいけれど、それをしたところであっちは戸惑うだけだろうから止めておこう。

「ねえトゥルーデ」
「なんだよ」
さきほどよりもよっぽど柔らかな声の調子に肩をすくめる。本当に分かりやすいねえ、トゥルーデは。無視
すると怒る。そうでないと普段の調子を取り戻してやっぱり説教を垂れてくる。でもずっとご機嫌な口調で。



「クリスのお見舞い、次はいつ行くのー?」
「…まだ決めてないが…」
「じゃ、私も行くから休暇一緒に組んどいてー」
「…またか?なぜなんだ?」
怪訝そうな顔をするトゥルーデお姉ちゃんは、妹がとっても大好きだ。シスコンの気がないとは言わない
けれど、とりあえず妹思いのお姉ちゃんだ。…おかしいね、私のほうが『お姉ちゃん』としては大分先輩なのに。

「…まあ、将来にむけて、見学かな?」
「はあ?…まあいいが…」

ねえ、例えばトゥルーデがクリスにするのと同じように君に接したら、君はどうするだろうねえ。
心底嫌そうな顔をしそうだなあ。でも一度やってみたいなあ。別に君を困らせたいわけじゃないよ。ただ、たま
にはお姉ちゃんっていう立場の特権を思いっきり行使してみたいんだ。要するに君を甘やかしてみたいんだ。
…それが、いつになるのかは分からないから今は目下、研究中。君には到底及ばないけれど、なかなか熱心に
やっているんだよ。

あとはこの麻袋をゴミ捨て場に持っていって、洗濯物を出したらすべての作業は終わりだ。要するに、トゥルーデ
の労働も、説教も、そこで終了する。サイドテーブルの上に乗っかったままの便箋に向かって呼びかける。
待っててね、そうしたらまた構ってあげるからね。ほら、今はトゥルーデがとってもうるさいからさ。
…とか言っても、別に君はなんとも思わないのかもしれないけどさ。まるで片想いでもしてる気分だよ。実際
そうなのかもしれないね。だって君ってば、昔からつれないんだもの。
でも大丈夫。もう慣れちゃったから、いまさらくじけたりなんてしないさ。お姉ちゃんの愛は無限大だよ、誰より
大切に想っているよ、ウルスラ。
だって切ろうとしたって切れないんだから。それならとことん大切にしたいじゃないか、ね、ウーシュ?


こんにちは。わたしはとてもげんきです。


半年に一度だけ、けれど忘れずに届く短い短い君からの返事の手紙を、最初のその一文を、今からもう待ちわびている。


ウルスラ視点:0480

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