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その日の午後、ブリタニア空軍ホニントン基地に、けたたましく忌々しい音が響いた。
「警報だ!」
全員ブリーフィングルームに駆け出す。
間もなく指揮官のブレア中佐が書類を小脇に抱えて入室した。
書類を机に置き、着席したウィッチ全員を一瞥すると、直ちに指揮を開始した。
「作戦本部より承認コードTW1400、これより敵ネウロイを攻撃する。
敵ネウロイはグリッド北021地区を方位2-6-1で本土に向け侵攻中。
ボイラープレート中隊のデッドバック小隊、及びスキッドロウ小隊は直ちに迎撃を開始せよ。急げ」
「了解!」
まだあどけなさの残るウィッチ達が慌ただしくハンガーに駆け出した。
「残りの隊員は基地にて待機、直ちに戦闘行動に移れる様準備せよ。以上だ」
ブレア中佐は用件だけ伝えると部屋を出、小走りに基地の管制所へ向かう。
管制所では既に女性無線通信手が付近の施設や基地と通信を開始していた。
「現在付近を哨戒中の部隊は?」
「ボイラープレート中隊所属のアスプ小隊です」
レーダー観測員が即答する。
「よし、アスプ小隊とコンタクトだ。先行させ直ちに目標との交戦を開始」
「了解。……アスプ小隊、応答願う。状況を報告せよ」
『アスプ1及びアスプ2、現在ホニントン基地北方を飛行中』
「ネウロイだ。アスプ小隊から方位1-1-0、直ちに先行して迎撃に向かえ」
『アスプ1、了解』
『アスプ2、了解』
緊張した声が走る。
「アスプ小隊は受領したばかりのスピットファイアMk.Ⅴだから何とかなるとは思うが……せめて時間稼ぎが出来ればな」
ブレア中佐は苦い顔をした。
「はっ。確かに」
間もなく、基地の滑走路にストライカーを装着したウィッチが四機並んだ。
ハリケーンに旧式のスピットファイアと、まさに今使えるストライカーをかき集めたと言った感じだ。
ブリタニア防空の為には、なりふり構っていられない。とにかくもっと多くのウィッチとストライカーが欲しい。
本当は、今飛んでいるアスプ小隊もそうだが、「小隊」とはシュバルム(四機編隊)で飛ぶのが定石の筈だ。
しかし、決定的に稼働可能なストライカー、そしてウィッチが不足していた。
各小隊とも定数の半分程度と言うのは何とも心苦しい限りが、それはどの基地でも似た様なもの事だった。
「ロッテ(二機編隊)で小隊とはな……」
ブレア少佐は呟いた。
それにしても、ネウロイは何故ガリア地方……いわゆる南方からではなく、北から侵攻して来たのか?
迂回したにしては監視の目がザル過ぎる。そしてもうひとつ気になる事が有った。
「肝心の第501統合戦闘航空団は何をしている?」
「監視所からの通達に大幅な遅延が生じている様で……当基地からの連絡でようやく状況を把握した模様です」
「何!? なんてザマだ。監視所(やつら)の目はザルで、口は縫い合わせてでもいるのか?」
女性らしからぬ侮蔑の言葉を二言ばかり口にすると、ブレア中佐は言葉を続けた。
「直ちに監視所連絡部に抗議しろ! ……で、501はどうすると?」
「直ちに迎撃に向かうとの事ですが、会敵予定時間は二十分後を予定との事……間に合いますかね」
「分からん。我々の魔女(ウィッチ)達に賭けるしかない。だが」
ブレア中佐は額に手をやった。
「これ以上の損失は避けたい」
偽らざる本音。
『デッドバック1、離陸準備よし』
『デッドバック2、離陸準備よし』
『スキッドロウ1、離陸準備よし』
『スキッドロウ2、離陸準備よし』
「デッドバック1、離陸クリア。離陸後無線をスイッチ3に入れて管制官と連絡を取れ」
「デッドバック1、了解」
こうして、間もなく四機のウィッチが大空に揚がっていった。ネウロイを食い止められるのか。
是が非でも食い止めて貰わねば困る。しかし、生きて戻って貰えねばもっと困る。
軽い二律背反を覚えたブレア中佐は表情を曇らせた。
「デッドバック小隊、離陸完了」
「スキッドロウ小隊、離陸完了しました」
「管制所よりデッドバック小隊、スキッドロウ小隊、共にこちらのレーダーで追跡している。
このまま高度を9000に取り、交戦に備えよ。交戦予定時間は四分後。
貴官らに先行してアスプ小隊が迎撃に向かっている。合流しつつ直ちに援護し共同して目標を攻撃、破壊せよ」

コールサイン「アスプ1」のウィッチは咳き込み気味のストライカーをなだめすかしながら飛行を続けていた。
整備がまだ完全ではないが、悠長な事を言ってられない。飛べるだけでも整備員達に感謝せねば。
遠くに黒点が見える。高度、飛行速度共に間違いない。
「アスプ1、目標を確認(タリホー)」
『了解。アスプ小隊、交戦を開始せよ』
「アスプ1、攻撃開始」
「アスプ2、攻撃開始」
「よしアスプ2、私に続け。一撃離脱の後急上昇してネウロイの背後に着く」
アスプ1とアスプ2はネウロイの斜め上空に高度を取ると、ロールしながら降下に入る。長い栗毛色の髪が揺れる。
アスプ1はネウロイの姿形に驚いた。まるでフライパンじゃないか、と。
「本土への侵入は絶対に阻止する」
「了解……ああ、神様」
「落ち着け。何も問題ない」
問題は山積しているが、とりあえず僚機を落ち着かせる。
「ここは我々ブリタニアの空だ! 勝手なマネは許さん!」
アスプ1は手にしたイスパノ・スイザ20mm砲を構えると、急降下しつつネウロイを銃撃した。
それで気付いたのか、ビームが整列宜しく直線で飛来する。ぎりぎりスリップしつつかわし、なおも銃撃を続ける。
アスプ2も後方から銃撃を掛けている様で、ネウロイの表面装甲ががりがりと音を立てて削られていく。
急降下し、みるみる地上が迫る。ネウロイから一旦離れたところで腕の高度計を見る。
「よし今だ、アスプ1、アスプ2、プルアップ開始」
「アスプ2、プルアップ」
そのまま急上昇しつつ、ネウロイを背面から攻撃し、一時離脱する。装甲こそ削れるが、致命的なダメージには至っていない。
しかもコアを探さない限りどうにもならない。
「アスプ2、無駄弾の撃ち過ぎに気を付けろ。あとなるべく射線を集束させろ」
「りょ、了解」
無理もない。僚機のアスプ2は配属されてまだ半月の新人だ。それにしてはよく頑張っている。

「アスプ小隊、ネウロイと交戦状態に入りました。本土まで、あと4マイル」
「デッドバックとスキッドロウの両小隊は」
「間もなくかと」
「デッドバック1、見えるか?」
『デッドバック1、まだ目視せず(ノー・ジョイ)』
ブレア中佐は椅子に腰掛けると地図を見、交戦区域の辺りを指さした。
「これを突破されると第二陣を出さざるを得ない。待機中のデコレート中隊に連絡を。出撃に備えさせろ」
「了解」
間もなく通信が入る。
『デッドバック1、目標を発見(タリホー)』
『スキッドロウ1も目標を発見(タリホー)している』
「了解。両小隊、合流し次第直ちに交戦開始せよ」
「了解!」

基地の各小隊はネウロイの前方で合流した。
「ボイラープレート中隊、全機合流完了」
『了解、ボイラープレート。中隊の総力を持ってかかれ』
「了解」
「……なんだ、随分手間取ってるじゃないか」
「遅いぞ、このままだと本土への侵入を許してしまうぞ」
「大丈夫だ。六機がかりなら何とかなるだろう?」
「本来なら十二機なんだけどな!」
「とにかく、何とかなれば良いのだが」
「コアはどこに?」
「まだ分からない。恐らく中央辺りだと思うんだが」
「了解。早速その辺から探してみるか。行くぞデッドバック2」
「りょ、了解」
スピットファイアMk.Ⅰbのデッドバック小隊はイスパノ・スイザを構えてネウロイ向かって降下する。
「スキッドロウ小隊はデッドバック小隊の援護に回れ」
「了解!」
ハリケーンを履いた二人のウィッチがブローニング7.7mm機関銃を構え、降下する。
「我々は正面から牽制する、行くぞアスプ2」
「了解」

しかし、ネウロイの侵攻は速度こそ遅いが、じわじわと着実に本土へと迫りつつあった。
各小隊の間にも焦りが出てくる。既に何発も防御シールドでビームを防いでいるが、かなりの危険水域だ。
海岸線がくっきり見えてきた。周辺に陣地を構えた高射砲部隊が見える。
「まずいな」
「あの……」
「どうした、アスプ2」
「高射砲部隊に支援を要請しては如何でしょうか」
「我々も巻き添えを喰らうぞ」
「時間を同期させて、交互に攻撃するんです。そうすれば」
「成る程。良いアイディアだ」
アスプ1は無線のチャンネルを通じて高射砲部隊と連絡を取った。
『……ボイラープレート中隊か』
「高射砲部隊聞こえるか、あのネウロイに支援砲撃を頼む」
『しかし、それでは貴官らを巻き込む恐れが』
「構わんから全弾ありったけぶち込んでくれ! 予定時間は四十秒後に設定する。我々は一旦距離を取るからその隙を狙え」
『了解』
「全機聞こえたか、我々はまもなくネウロイから離れ距離を取る。地上部隊から素敵なプレゼントが来る筈だ」
「了解」
「よし、全機一時転進!」
六機は一斉にネウロイとの距離を取った。
沿岸に設置された、カールスラントご自慢の8.8cm高射砲三基が火を噴く。
ネウロイに高い効果を上げているので、ブリタニア沿岸の重要拠点や防御地点にはこの8.8cm高射砲が据え置かれ、
睨みを利かせている。
ネウロイの表面で弾頭が炸裂し、ぐらりとゆらめく。ウィッチ達は固唾を呑んで見守った。
確かに、ネウロイは傷付いた。だが……
コアが見当たらない。下面はかなりダメージを与えたが、肝心のコアが無い。
ひとしきり徹甲弾を見舞ったが、ネウロイはコアにダメージが無いので何とも悠長にブリタニアの空を飛び、
本土に差し掛かりつつあった。
「ダメか!?」
「高射砲部隊、感謝する。後は我々が何とかする」
『後は頼んだぞ、ウィッチ諸君!』
「間もなくお茶の時間なのにすまんな」

ネウロイは本土ぎりぎりまで迫っていた。必死の攻撃も虚しく、無尽蔵に浴びせてくるビームを被弾し、
遂にデッドバック2のストライカーから煙が吹き出した。
「デッドバック2被弾。帰還する」
「無事を祈る……無理するなよ」
「すまん」
「後は任せろ」
援護に回っていたスキッドロウ1も相次いで被弾する。まともにビームの直撃を受けたらしく、
ストライカーの右半分が吹き飛んでいた。
「スキッドロウ1被弾……」
「大丈夫か!」
「ハリケーンは頑丈です、ちょっとやそっとじゃびくともしませんよ」
「早く背中の落下傘を!」
「ぎりぎりまで粘ります、ネウロイに落下傘撃たれたらシャレになりませんから」
「……生きろよ」
「お先に失礼しますよ、“中尉殿”」
そのままスキッドロウ1はふらふらと落下していった。風に流され、地上すれすれで落下傘が開いたが、大丈夫だろうか。
既に管制所を通じて、ブリタニア陸軍の救護班が到着する筈だ。うまく連絡が取れているならば。
「残り四機……管制所、増援は?」
『間もなく出撃させる、あと十分持ち堪えられるか』
「じゅ、十分?」
絶望的な時間だ。彼女達の防御シールドは、もってあと数分。ヘタしたら一分も保たない。
「救護班の要請を予めしておくよ」
『諦めるのか? それを敗北主義と言うんだぞ』
「ジョークだよジョーク」
増援も寄越せない方こそ敗北主義者じゃないか、とアスプ1は毒付いた。
「アスプ2、付いてこい。射撃ポイントを私に合わせろ」
「了解です」

狙いを定めて、発砲する。ネウロイもかなりのダメージの蓄積こそあれ、まだコアは見えない。
アスプ1は己の勘を信じて、一点を集中して狙った。ちょうど楕円に膨らんだ、中心よりやや右方。
アスプ2もややブレながら、射撃を加えている。
きらりと光る何かが見えた。
「コアだ!」
アスプ1は叫び、続けざまに全機に指示を出した。
「アスプ1より全機、コアを発見した。中心より右方、今僅かに露出した。全機攻撃を集中させろ」
しかし、返ってきた言葉は酷く残酷なものだった。
「デッドバック1、全弾消耗」
「スキッドロウ2、左部分に被弾です。何とか飛べますが、残弾僅か……」
「なんてこった……」
僚機が近寄って告げた。
「私も残り僅かですが、まだ有ります」
「よし。私もだアスプ2、残りで何とかするしかない。必ず奴を仕留めるぞ」
絶え間なく飛んでくるビームをかわしつつ、右方に回り込む。ネウロイは弱点を隠すべく、旋回を始めた。
「この期に及んで悪あがきか!」
ビームをシールドが弾く。激しい衝撃を受けながらも、ストライカーに魔力を注ぎ込み、旋回についていこうとしたその時。

コアが突然破壊された。
どこからともなく飛来したたった一発の銃弾が、コアの中心を綺麗に撃ち抜いたのだ。

轟音を響かせてネウロイはよろめき、間もなく爆発した。美しい塵が、辺りを覆う。
ホバリング体勢に移ったアスプ1は僚機と並び、何が起きたか状況の把握につとめた。
遙か遠くの空に、小さな点が見える。手元の双眼鏡で覗いてみる。
双眼鏡を通してもまだ豆粒みたいに見えたが、それは確かにウィッチだった。
二人居る。
扶桑海軍の制服を着た小柄なウィッチと……もう一人は、ブリタニア空軍のスピットファイアじゃないか!
アスプ1は驚いた。扶桑のウィッチと同じくらい小柄なのに、やけに大柄な対戦車ライフルを担いで、
こっちに向かって大きく手を振っている。
幾ら何でも遠過ぎて見えないだろうとアスプ1は苦笑いすると、おもむろにぐるっと大きく縦旋回して、手を振ってみせた。
見えているか分からないが、……いや、多分見えているだろう。
流石だな、リネット・ビショップ軍曹。アスプ1は誰に聞こえるとでもなく呟いた。
昔、貴官の姉妹達と皆で一緒に遊んだのを覚えているだろうか。覚えていなくて当たり前だが、流石は501所属、
ブリタニア空軍が誇るウィッチ。きっちり仕事をこなしてくれる。
「どうか、されましたか」
「いや、何でもない。501の連中が余りに遅かったから、ちょっとな」
「はあ」
「アスプ2。高射砲の提案、あれは時間稼ぎとしてはなかなか良かったぞ」
「有り難うございます」
「……よし」
残りの機が集まってきた。アスプ1は大きく溜め息をつき、銃を担ぐと管制所に告げた。
「ボイラープレート中隊、これより帰還する」
『了解した。不時着したスキッドロウ1は地上のブリタニア陸軍が収容済みだ。農場に落ちたらしい。
これから贅沢な食事が待っているそうだ』
「デッドバック2は?」
『基地に無事帰還している。一足先にパーティーの準備をするらしいぞ?』
「了解。とびっきりのご馳走を楽しみにしてるよ」
四機は連れ添って、基地へと帰還した。

飛び去る四機のウィッチを見送りながら……余りに遠かったのですぐに見えなくなったが……
リーネは大きく振っていた手を休めた。
「ブリタニア空軍の皆さん、無事だったのかな」
「みんな帰ってったから、大丈夫だと思うよ」
「でも凄いねリーネちゃん。私には全然ネウロイなんて見えなかったよ」
「大丈夫」
リーネはボーイズを担ぐと、芳佳を抱きしめた。
「芳佳ちゃんの魔力を分けて貰ったお陰だよ」
「私に出来る事、だっけ」
「芳佳ちゃんにしか、出来ない事だよ?」
「なんか、そう言って貰えると、役に立てたかな~って思えるよ」
「芳佳ちゃんが居なかったら、私……」
『聞こえるか? リーネ、宮藤、状況を報告しろ』
「は、はい!」
ブリタニアの空は茜色に染まりつつあった。二人は頷くと、ホバリングから飛行体勢に移った。
目指すは、我が家。みんなの待つ、あの基地へ。

end


参考:0468

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