on and on


美緒は台所で、目の前にした大量のご飯……炊いた米を前に、仁王立ちしていた。
扶桑から持ち込んだ割烹着を身に纏い、手は良く洗って湿らせ、準備も万端。
これからちょっとした軽食にと、おにぎりを作る筈なのだが……。
手が出ない。
己の不器用さは身をもって知っていた。おにぎりと言う簡単な料理の筈なのに、どうしても三角が作れない。
まる~いかたちになってしまう。そもそもあれは「まるい」「かたち」といえるのかどうか。
良く出来てせいぜい球体状の何か。あるいは単純な「米の塊」。
「う~む」
扶桑の女ともあろう者がおにぎりくらい作れんでどうする、と落胆する。
空戦や剣術みたいにはいかぬものだな、とため息をつく。
「坂本さん、どうしたんですか?」
同じく割烹着姿の芳佳が美緒の横に来た。
「いや。ここはひとつ、頑張らないとな」
「坂本さん、無理しなくていいですよ。おにぎりくらいなら、私がちゃちゃっと作りますから」
芳佳のなにげない言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
おにぎり“くらい”……そりゃまあ確かに米に具を混ぜ握って形を整えて海苔で巻く程度だから、簡単なのだろうが。
しかしな、宮藤、と内心ひとりごちた。私はその簡単なハードルがどうしても超えられんのだ。
「いや、私もやるぞ。扶桑の女たるもの、これくらいは出来んとな。こう見えても、私はおにぎりは得意な方なんだ」
虚勢を張る。汗が一筋頬を伝う。
「分かりました。私も少し、お手伝いします」
「うむ、頼むぞ宮藤」
こうして、扶桑ウィッチーズによる、軽食の作成が始まろうとしていた。

「あれ芳佳ちゃん、今日は食事当番?」
リーネだ。紅茶か水でも飲みに来たのか、いや、芳佳を探して来たのだろうか。
芳佳をみつけると、とたとたと近付いてきた。
「あ、リーネちゃん。今おにぎり作ってるんだよ」
「おにぎり?」
「ごはんに具を詰めて、丸く握ってね……、こうして海苔を巻いて出来上がり。軽い食事にもなるし、
ブリタニアのサンドイッチみたいに作り置きできて持ち運べるから扶桑では昔からよく作って食べてるんだよ」
説明しながら、いとも簡単におにぎりをひとつ、ふたつと作って皿に置いていく芳佳。
「へえ、すごいね芳佳ちゃん」
感心するリーネ。そして辺りを見回して言った。
「でも、ずいぶんお米炊いたんだね」
「うん。隊のみんなにって、坂本さんが」
「少佐が?」
「ああ。午後の軽食にでもと思ったんだがな。何せ、おにぎりは私の得意料理だからな。宮藤程、器用ではないが」
苦笑いする美緒。
「なら、私もお手伝いします」
リーネは台所に掛けていた自分用のエプロンをささっと身に着けると、芳佳の横に並んだ。
「リーネちゃん、まず手を洗ってね。あと手を濡らさないとご飯くっついちゃうから」
「うん、分かった」
一通り芳佳から作り方のレクチャーを受けるリーネ。美緒もおにぎりを握るフリをしながら必死に聞き入っていた。
説明を聞いてると極めて簡単な筈なのに、どうしてもうまく形にならない。何故だ?
リーネは手を濡らすと、手に塩を軽くまぶし、ご飯を適量手に取り、手前にあった具……扶桑から持ち込んだ
おかかの醤油和え……を入れて、ぎゅっぎゅっと握り始めた。
「ああ、もうちょっと力抜いて。力入れ過ぎるとお米潰れちゃう」
「ごめんね。初めて作るから慣れてなくて」
「いいのいいの、はじめはみんなそうだから」
「ありがとう」
と言いつつも、あっという間におにぎりを完成させてしまうリーネ。海苔を巻いて、皿に置く。
いささか不恰好だが、俵形にほぼ近い、綺麗な丸を作っていた。
横にひとつ置かれていた正体不明の存在……美緒が“握った”おにぎりとは、天と地の差だった。
「パンをこねて形を作るのに、少し似てるね」
リーネは感想を述べ、にこりと笑った。

「リーネちゃん器用だね。扶桑に来たらいいお嫁さんになれるよ?」
「やだ、芳佳ちゃんたら」
リーネのおにぎりを見、ふたりの会話を聞きながら、へなへなと崩れ落ちる美緒。
……初めて作ったブリタニア人に負けた? 扶桑撫子としてのプライドが打ち砕かれた瞬間だった。
「坂本さん、どうしたんですか!? 具合でも悪いんですか?」
しゃがみこんだ美緒を心配する芳佳。
「いや、気のせいだ。そう、気のせい」
立ち上がると、美緒は気合を入れなおし、深呼吸した。

「そこで何やってるんだ? まだ食事の時間じゃないだろう」
次に現れたのはトゥルーデ。訓練を終え軽くシャワーを浴びた後、たまたま食堂の前を通りがかったのだ。
台所で芳佳達が和気藹々……一部で微妙なオーラを漂わせながら……、楽しそうに何かしている姿が気になり、
思わず声を掛ける。
「おお、バルクホルンか」
美緒が振り向いた。心なしかいつもの元気がない。
「少佐もご一緒とは。何をしておられるので?」
「訓練だ」
「く、訓練? はあ……」
トゥルーデは美緒の姿を見た。扶桑の調理用衣服を着て……大量の炊いた米が大量に付着している。
「少佐、両手が凄い事に! その米は一体?」
「え? ああ、いや……くっついてしまってな」
「宮藤、お前がついていながら少佐になんて事を! 早く少佐の手を……」
「い、良いんだバルクホルン」
「?」
「これは『おにぎり』と言ってな。扶桑の米料理のひとつなんだが、それを作ろうとな」
「な、なるほど……」
美緒の両手にべっとりとへばりつく米からは、とても“料理”と言う言葉は想像出来なかった。
「おにぎりは便利なんですよ。持ち運びも簡単だし、作り置きも出来て、何処でも食べられるんです。
かたちもほら、三角、俵、まる、色々できるんです。具も変えれば味も変わるし、保存も利くんですよ」
綺麗なかたちに握られたおにぎりをみせて微笑む芳佳。
「ほう。携帯保存食と言う訳か」
三人が作ったと思しく幾つかのおにぎり……一部、何かの塊……を見てトゥルーデは感心した。
「まさにライスボールと言ったところだな」
トゥルーデは興味津々とばかりに、芳佳達の中に入った。
今エーリカは哨戒任務中だ。帰って来たら少し腹も減っている事だろう。
ここはひとつ、私が扶桑の携帯保存食とやらを作って食べさせてやろう。
そんな事を思いながら、腕をまくった。
「よし、私も挑戦するぞ宮藤。早速だが、作り方を教えてくれ」
「はい、喜んで」
「バルクホルンさん。エプロンです、どうぞ」
「すまんなリーネ。気が利くな」
「いえ」
美緒は内心どぎまぎしていた。
(バルクホルンも交えて皆で楽しく作る事に関しては問題無い。異国の隊員同士の交流を深める為にも、
それは良い事だ。ミーナもきっと喜ぶだろう)
しかし。
(これでバルクホルンにうまく作られてしまったら……私の立つ瀬がないじゃないか)
「あ、バルクホルンさん。すいません、指輪は外してください」
「ん? ああ」
「お米が付いちゃいますから。あとでべたべたになりますよ」
「それはいかんな。しまおう」
胸のポケットにそっと指輪をしまう。エプロン姿のトゥルーデは、芳佳の言われた通り綺麗に手を洗い、
指の隅々まで水で湿らせると手に少し塩を振り、早速とばかりにほかほかのご飯を掴んだ。
美緒が横でガン見している事には気付かず、トゥルーデは、よっ、ほっ、おおっと、と小さく声を上げながら、
熱々のご飯から、何とかかたちを作ろうと奮闘する。

「意外と難しいな」
「最初は仕方ないですよ」
芳佳が笑う。
「ある程度かたちがまとまったら、海苔を巻いて……できましたね」
美緒は自分の才覚の無さに愕然とした。トゥルーデのそれも不恰好だが、一応まるに握れている。
それなのに私ときたら……。
「粘土遊びに少し似ているな。食べ物で遊ぶのは良くないが……ふむ、実に面白い」
トゥルーデも、自分でにぎったおにぎりを見て、それなりに気に入った様だ。
「しかし、みんな形がそれぞれなんだな。これは……」
美緒の握ったと思しき“何か”を見ていぶかる。
「これは……何かの魚か?」
「そ、そうだバルクホルン。かたちを自由に出来るからな、色々と、その、かたちを研究しているんだ」
「なるほど。さすが少佐」
美緒の空笑いが虚しく台所にこだまする。いかん、泣きそう。美緒は笑いながら軽く絶望しかかっていた。
横ではせっせと芳佳がおにぎりを握っていた。ペースも速ければ形も綺麗に整っている。
三角、俵、球と、三種類を器用に握り分ける。
「さすが宮藤、扶桑料理は見事だな」
「いや~、私の唯一の得意分野ですから」
「芳佳ちゃんこそ、いいお嫁さんになれるよ?」
「そうかな、えへへ」
三人が談笑する横で、美緒はひとり離れて、孤軍奮闘していた。
何としてでも、それらしいかたちで良いから…おにぎりを作りたい。力が入る。どんどん体積が少なくなっていく。
「坂本さん、力入れすぎです」
「何っ!?」
確かに球形にはなったが、かちこちに固まってしまった。食べる時に難儀しそうだ。
「少佐……」
「いや、どこまで小さく出来るか実験をだな」
「な、なるほど」
「さて、続きだ、次行くぞ」
自分に言い聞かせる様に、気合を入れる。
「少佐がそんなに研究熱心とは」
「これも扶桑の撫子のたしなみというものだ。な、なあ宮藤?」
「は、はい」
美緒の惨状と妙な圧力を受け、芳佳は頷くしかなかった。芳佳は話題を変えるべく、手元の具材を指して言った。
「つ、次は混ぜご飯で作りましょう。かつおぶしと、鮭と、ごま塩のふりかけを用意しました。
これでおにぎり作ると、また色合いも変わって、味も変わるんですよ」
「ケーキに似てるね、芳佳ちゃん」
「そうだね。こっちは塩味だけど」
「なるほど、シンプルだが奥が深いんだな」
感想を述べるリーネとトゥルーデ。
「今度は手に塩振らなくて良いです。もう味がついてますから。手を水で湿らせて、握って下さい。弱めに握ると、
食べたときふんわりしておいしいですよ。保存用に作るなら少し固めに握った方がいいんですけど、すぐ食べるから……」
「確かにな。どれ」
トゥルーデは粘土をこねる様な要領で、適当だがまるいおにぎりを握り始めた。
リーネは芳佳に習い、いささか不揃いながらも三角のおにぎりを綺麗に作っていく。
芳佳は“おにぎりマイスター”とでも言うべく、ほいほいといとも簡単に、かたちも自在に握っていく。
さて、美緒はどうか。手の中で踊る無数の米粒とひたすら格闘していた。まるを作る。まるがだめなら三角、
三角が崩れたのでもう一度まる、まるも駄目なら球だと、こねくりまわしているうちに……、
自分でも良く分からないものが出来た。
「少佐、それは……棒、ですか?」
リーネが首をかしげる。
「そ、そうだ。棒だ。こんな形もいいかと思って」
「坂本さん、器用ですね。おにぎりで棒作るなんて」
「いやあ……」
「でも、それ食べたら、きっとぼろぼろに崩れちゃいますよ……」
芳佳の遠慮がちな指摘でとどめを刺されたのか、美緒はへなへなと腰を落とし、がっくりと頭を垂れた。
「しょ、少佐!」
「大丈夫ですか、坂本さん」
「なんだか熱が有るぞ。医務室だ! ストレッチャーをもってこい!」
美緒の突然の変調に、基地中が大騒ぎになった。

「美緒、無理し過ぎなんだから」
ベッドに寝かしつけられた美緒の傍らで、ミーナが心配そうに呟いた。
「いや、まあ、その……」
普段は明瞭快活な美緒らしくもなく、妙に言葉に覇気がなく、歯切れも悪い。
ミーナは美緒の額に手をやると、呟いた。
「熱も下がったみたいね。安心したわ。トゥルーデとリーネさん、宮藤さんがストレッチャーで美緒を医務室に運んだ、
と聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ。戦闘でもないのにどうしたのかと……」
「すまない、心配かけて」
「具合が悪いのに、どうして食事を作るなんて言い出したの?」
「元々具合が悪いって訳じゃなかったんだ」
苦笑いする美緒。
「そうそう、これ。宮藤さん達から差し入れだって」
「ま、まさか」
ミーナは幾つか皿に置かれたおにぎりの中から、固く小さなお米の玉をつまんだ。
「これ、美緒が作ったおにぎりでしょ?」
何とも恥ずかしくなり、ミーナに背を向け、毛布をかぶった。
「頑張り過ぎよ。でも、美緒らしい味だわ。おいしい」
「そ、そうか?」
そおっと振り返った美緒に、ミーナは微笑んだ。

一方、ロビーでは哨戒任務を終えた隊員も含めて、おにぎりの試食会が始まっていた。
エーリカは、自分の目の前に置かれた皿を見て驚いた。皿の上には幾つかのおにぎりが整然と並んでいる。
「へえ。これ、トゥルーデがねえ」
「ああ。お前の為に作った。扶桑の携帯保存食だそうだ」
「結構カラフルだね」
「色々異なる味が有るらしい」
既に指輪をはめ直したトゥルーデは、エーリカに自分が作ったおにぎりを勧めた。
「なるほどね。じゃあこれいっただきー」
白飯のおにぎりを手に取り、一口頬張る。
「哨戒で少し腹が減ったかと思ってな。……どうだ?」
「……ちょっぴり塩辛いね」
「そうか」
「でもまあ、トゥルーデが作ったんだなあ、って感じるよ。美味しいよ」
おにぎりを持つエーリカの指にも指輪が輝く。おにぎりを一口二口頬張り、エーリカは微笑んだ。
「作った甲斐があった」
トゥルーデもほっとした笑みを浮かべる。
「トゥルーデも一緒に食べようよ。せっかくだし」
その横では、沢山並ぶおにぎりを隊員達がぱくついていた。
「あ、ルッキーニ、その大きいのあたしのだろ!」
「ニヒヒ」
「何ですの、この野暮ったい形……まるで奇っ怪、悪趣味ですわね」
「それ、坂本さんが握ったののひとつで……」
「少佐が自らお作りに!? このわたくしが、ありがたく!」
強引に引っつかんで口にするも、ぼろっと脆くも崩れ落ちた。
「ああ、やっぱり」
無言で机に散らばった米粒をちまちまと拾うペリーヌ。
「エイラさん、そのおにぎり何処へ?」
「これ、携帯出来るんだロ? 夜間哨戒の準備してるサーニャに、少し食べさせてやろうと思っテ」
「たくさん持ってって下さいね。エイラさんも一緒に食べるんでしょ?」
「そ、そんなんじゃネーヨ……」
リーネは芳佳の横に座り、微笑んだ。
「芳佳ちゃん、みんな喜んでくれてるみたいだね」
「うん。良かった。……でも、坂本さん大丈夫かな」
「大丈夫だよ、きっと」
「今度は、もっとしっかり教えてあげなくちゃ」
「頑張って、芳佳ちゃん。……私にも今度教えてね?、もっと」
リーネは芳佳の裾をきゅっと握って、耳元で囁いた。
何故だか分からないが、芳佳の顔が少し紅くなった。

end




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