無題


この感情が、体の反応が、どんな意味を持つのかなんて分からなかったから、私はただ無我夢中でそれを
求めて貪ったのだった。
これはあなたの求めるものよ、あなたの大好きなものよ。と私と同じ声を顔を姿をした『彼女』がそういって
差し出して来たものだから、無知だった私は何の疑いも持たずに受け取ってかじりついた。――それが甘い
甘い、けれど怖い、禁断の果実だとも知らずに。口にしたその瞬間私はひとつ賢くなって、けれどもそれ以上に
愚かになった。そして、止めることなど出来なくなった。
だってそれが触れてはいけないものだって、今まで誰も教えてくれなかったのだもの。人として生きたと語る
にはあまりにも短い十年と少しの人生の中で、私が教えられたものはたったふたつ。


それは、ピアノの弾き方と、敵の倒し方。それだけだった。


それを初めて「心地よい」と感じたのは、あるとても冷え込んだ朝のことだった。いや、当初はそのような快い
ものだとも知らなかった。それはある種の異常なものであり、けれど私の感情の海の中を頼りなくたゆたう
常識と言う名の小舟を文字通りひっくり返すのに十分な衝撃を持って私に押し迫ったのだ。
甘い甘い痺れのような感覚だった。ガリアンのあの人が放つ電流のようなものが、『それ』が『そこ』に触れた
ときに走った。それはそれは微かな疼きだった。そう、一番最初は、間違なく。


彼女の寝顔の穏やかなことをこの世で一番知っているのはこの私だと、私は胸を張って自負することが
できる。意外な程に寝相の良い彼女は私が夜間の哨戒任務を終えて彼女の居室に潜り込むと、まるで
ひとつの彫刻であるかのように一切の寝乱れもなくベッドに横たわっているのだ。不思議に柔らかな黄味を
帯びた銀色の髪が、まるで絹のように彼女の背中に伸びている。ほう、と言う感嘆の息を、私はなんど吐いた
ことだろう。

(エイラはさ、黙っていれば美人だよな、黙ってれば。)
リベリアンのあの人が、私ごしに彼女を見やりながらそんなことを言っていたのを小耳に挟んだことがある。
じゃあしゃべったら違くなるの?尋ねたロマーニャの子に肩をすくめてこう答えていたっけ。

(そりゃあれだけ『不思議ちゃん』ならなあ)

エイラの考えてることは本当にわかんないよ。そうだね、エイラのことはわかんないね。
あっはっは、と、馬鹿にするわけではなくむしろ親愛のこもった、そんな二人の笑い声を聞きつけたエイラが、
私の頭を追い越しざまにふわりと撫でて「サーニャを笑うなー!」と前に出て行って。何をするのかと思ったら
みぞおちの脇辺りをどこからか持ってきた棒でつつき始めたのだった。どうしてだろう、さらに笑い出す二人を
見て「ざまーみろ」なんてニヤニヤして、そしてすぐに私のところに戻ってきた。私のことじゃないよ、あの人
たちが笑っていたのは。一応そう訂正したら「ああそうなのか、ならよかった」なんてほっとしたように笑って、
それ以上機構ともせずにぜえぜえと苦しげに息をして身悶えしているシャーロットさんとルッキーニさんに
坂本少佐から教えてもらったのだという宣戦布告の合図、『あかんべい』をしてみせた。

それをみながら私はなぜか、たぶんエイラは自分が笑われたのだと聞かされても「ああそうなのか」で済ませ
たろうと思った。



…シャーロットさんの言うとおり、エイラはとてもとても綺麗な人で、それと同時にミステリアスな人でもあるの
だった。どんなに掴み取ろうとしてもエイラの心はつかみとることが出来ないような気がする。それはさながら
頭上にいつも広がっているのにどれほど伸ばしても届かない空のようで。けれどもその空にぽっかりと浮か
んだ雲のような彼女の内心の切れ端に触れることで、なんとか私はここにいても良いのだと、頼りなく認識
していた。けれど実際は、それ以上を求めてもいたのかもしれない。それ以上でも良いのではと、心のどこかで
期待していたのかもしれない。

あの寒い寒い朝、眠るときいつもそうするように衣服を脱ぎ捨ててベッドに入り込んだ。シーツまでも冷たい
空気に冷えていたから倒れこむことはせず、穏やかに眠る彼女の腕を横から抱くように、私はずいと身を
寄せたのだ。

(?)

それは甘い疼きだった。エイラの体の横に当然のように倒れこんだ二本の腕の右側の、その先にある右手。
それが私の腰の辺り、有り体に言ってしまえば股間に触れてしまった。そこは自分で洗いなさい、とエイラが
いつも困った顔をして言う二つの場所の片方だ。もうひとつはそれよりももっと上にある、ささやかでしかない
二つのふくらみで。

なんであろう、ともう一度、腰をくいと動かした。エイラの指と私の下着とその下にあるその器官とが、それぞれ
こすれて熱を持って。ああ、なるほどこの感じはここをこすると生まれるのか、とそんな機械的な感想を
抱いた記憶がある。くすぐったくて少し不快な気もするのに、どうしてだろう、やめられない。それはそれは
とても不思議な感覚だった。

自慰、なんて言葉は知らなかった。性のことなんて誰も教えてくれなかった。
…だからこれが禁断の果実だなんて、私は知りもしなかったのだった。
口にしたら戻れない、けれども甘い、熱い欲望のことだったなんて。


…それは週に何回くらいだろうか。不意にそれが募って仕方がなくなることがある。欲しい、と体が言うもの
だから、抗えずに私はエイラに寄り添ってしまう。彼女の美しい肢体にほう、と息をついたあと、起こさない
ように静かに身を寄せて、下部のほうへと潜り込んで──まずは彼女のその指を、口に含んで濡らすのだ。
いっぽん、にほん、さんぼん。なぜだろう、そうしているだけで私の体は何かの期待に高まって更に熱くなって
いく。くちゅ、くちゅと部屋に微かに響く水音にエイラが起きはしないかとおびえながら、けれども止めることが
出来ずに夢中でその指をむさぼるように舐めまわす。綺麗な綺麗な指だった。真っ白で、長くて、細い。つめ
は短く切りそろえられているから、痛めることも無い。なによりもそれは、あの綺麗なエイラの指なのだった。
私にとっては彼女そのものでさえあった。

準備を終えると姿勢を正して、彼女の横顔を見るように倒れこんで。そしてその手を私の下の下着のところに
自ら導くのだった。右手を添えて、意のままに動かしても、自分の指ではないというだけで全然違う。エイラ。
ポツリ呟くとそれだけでまた体が熱くなった。目を閉じる。にこ、と笑うエイラの顔を、私は簡単に思い浮かべる
ことが出来る。サーニャ。私に呼びかけるのを、簡単に想像することが出来る。残された左手で口をふさいで、
懸命に声を抑えながら何度も何度も叫ぶ。エイラ、エイラ、エイラ。妄りの想像の中でエイラが私の股間を
まさぐって、あのいたずらっぽい顔で尋ねるのだった。

(サーニャ、気持ちイイの?)



そうして、胸に手を伸ばす。エイラが面白半分でリネットさんやシャーロットさんにするのと同じように、ちょっと
乱暴に揉みしだく。もちろん現実にエイラがそうしているわけではないから、実際は私自身の小さな手だ。
それでもそんな想像をするだけでどうしてか気持ちはどんどんと高まっていくのだった。いつの間にか口を
おさえるのも忘れて私は声を上げている。

「エイ、ラ、ああ、あ、そこがイイの、気持ち良いのっ」

先ほどとは別の水音が部屋に響く。エイラの指に触れた箇所は、下着なんてもう何の意味も成さないくらい
ぐしょぐしょに濡れていると知っている。…この無色透明な液体が一体なにを意味するものなのかも、私には
まだわからないのだった。でもエイラに聞いてはいけないのだということだけはわかった。だって必要なことなら
エイラは教えてくれたろう。ここを触るとこんなものが出てしまうから、だからここは自分で洗わなくちゃいけ
ないんだよ、なんてお風呂で教えてくれたろう。それをしなかったということはやはり、教えられない事情が
あったのだ、多分。
じゃあ、これはもしかして悪いものなのだろうか。生理現象として定期的に排泄されるものとは明らかに違う
このおかしな液体を無意識にもらしてしまう私の体は、もしかしてどこかおかしいのではないだろうか──

(そんなこと、どうでもいい)

けれどつまるところ、そんな結論に行き着いてしまうのだった。…ふと思いついて、懸命に押し付けていた
エイラの手をはずして下着までもずりおろしてしまう。だってどちらにしても濡れているのだ、なら直接触れて
しまえ。そう言い訳して、再び禁断の果実をひとかじりした。含めば含むほどに甘い味が広がるその果実から、
私はもう離れられそうな気がしない。

「…あっ!!?」

私の操るエイラの指が、今度は直接そこに触れた。水音がひときわ大きくなる。ぐちゅぐちゅと液体がかき
回される音。指の感触が直接伝わる。ああ、こんなに気持ちよいのなら最初からこうしておけばよかった。
こうして下着の上から触れられるだけで我慢していた最初の頃なんて想像付かないくらいに、いつの間にか
私は大胆になっていた。毛布の中とはいえ、私は今ほとんど裸なのだ。

想像の中のエイラはいつもと同じように優しく、けれども激しく、私の一番気持ちよいところを的確に突いて
いくのだった。…こうして、エイラに触れられているのを想像するとさらに気持ちが良いと知ったのは、この
行為を知ってすぐのことだった。自室で何気なく触れても何だか心地が悪いだけだった。けれどあの、エイラの
指を想像した途端に、エイラの顔を思い起こした途端に、突然あの透明な液体が股間からあふれ出した。
そして私は理解した。ああ、気持ちよくなるとこれは出てくるのだと。と言うことはきっと悪いものではないの
だろう、と勝手に解釈をした。

「あ、ああ、あ、ああ」

口にする声はもう、言葉にならない。直接の刺激が心地よすぎて、快楽の波から抜け出すことが出来ない
のだ。あん、あん、と情けない犬の鳴き声のような音を漏らして、それだのに体はどんどんと高まっていく。

「えい、ら、えいら、えいら…ぁ!!!」



想像の中で、手を伸ばす。ねえ、ねえ。キスをせがむ。なぜこの行為からそこに繋がるのかは分からなかった
けれど、とにかくその唇で何もかもに触れて欲しかった。そうしたら体だけでなく、どこかぽっかりと穴の開いた
この心までも満たされる気がした。
けれども想像は想像でしかなく、伸ばした腕も空を切るだけで。
突然、白いペンキをぶちまけたように視界が真っ白に染まり始めた。エイラの姿も消えていく。
いや、いやなの。消えないで、いなくならないで。愛して欲しいの。


…けれど想像の中のエイラは淡く笑うだけで、やっぱりキスなどしてくれないのだった。





(…また、やっちゃった)


『それ』をしたあとはいつも、言いようのない自己嫌悪に陥るのが常だった。あんなに耳元で大声を出した
のにもかかわらず、最初と同じ彫刻のような美しさで横たわっているエイラと、はしたなく下着をはだけさせて
荒い息をついている自分のこの違いに愕然とするのだ。果実を口にして賢くなった私には分かっていた。
これはたぶん、人間としてとてもとても恥ずかしい行為なのだろうと。

私の足と足との間から溢れたそれでぐしょぐしょになったエイラの指を、最初にそうしたように丹念に丹念に
もう一度舐め取っていく。罪滅ぼしになどなりようも無い、ただ自分で満足したいだけの行為。…こうしている
だけなのにまた、微かに興奮をしている自分が情けない。シーツも微かに濡れているけれど、とりあえずタオル
で軽くふき取ることしかできない。
じい、とエイラの顔を見つめる。まるで人形のように綺麗な綺麗なその寝顔。このひとはきっと私のあんな
ところに触れたりなんかしないだろう。それだのに、私が汚した。いつもいつも、汚してる。現実でも、想像でも。

ねえ、ねえ、どうか、だれか。
教えてください。この気持ちの意味を。私のしていることは悪いことですか。なんで分かっているのに止められ
ないのですか。私にはわからないのです。だって誰も教えてくれなかった。私の知っているのはピアノの
弾き方とネウロイの倒し方、たったそのふたつきり。

理由の分からない背徳感にさいなまれて、私は今日も部屋を出て行く。逃げるように隣の部屋へ、自らの
居室へ。エイラは目覚めて部屋を見回して、私のいないことを悲しいと思ったりするだろうか。…そんなことは
ないだろう。だってエイラは私の来訪を決して歓迎しているわけではないのだから。

それが小さな、けれども確かな、性欲の芽生えだとは幼い私はまだ知りもせず。
それまで懸命に寝たふりを決め込んでいたその部屋の住人がぱたりと扉の閉じた直後に大きなため息を
ついて、顔を真っ赤にしていることにさえ、気付かないでいる。




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