The帝ゲーム
「大人のミカドゲームやろっぜーーー!」
酒宴のさなか、へべれけに酔っ払ったシャーリーが上機嫌で叫んだ。
「ねぇシャーリーさん、ちょっと羽目を外しすぎではないかしら。」
「まったくですわ! ガリア貴族の私がそんな品の無い遊戯に参加できると思いまして? これだからリベリアンは……。」
「わっはっはっ! 受けて立つぞシャーリー! どこからでもかかってこい!!」
「と思ったけど、たまにはいいわよね。 お酒の席ですもの。」
「ええ、わたくし丁度甘いものが欲しいと思っていた所ですの。 渡りに船ですわ。」
酒の勢いで叫び返す私。 何とも気分が良い。 ミーナとペリーヌもやる気充分のようだな! わっはっはっ!
「? ミカドゲームって何ですか?」
シャーリーの胸を凝視しながら、約一名が問いかける。 うむ。 ノリで叫んだが私もまったく分からん。
「あ、私知ってるよ。 あのね、ミカドゲームっていうのはね……。」
「じゃすたも~めんっっ!! リーネ、これはあんたの知ってるミカドゲームとは全然違う。 んっふっふっ。 ルッキーニ!」
「あーい!」
含み笑いをしながらシャーリーが取り出したのは、細いスナックにチョコレートをトッピングした菓子だった。
シャーリーがそれを咥えるや否や、それに物凄い勢いで飛びつくルッキーニ。 かじかじかじ。 んちゅ。
我々が呆気に取られる中、ルッキーニが瞬く間にチョコバーをたいらげる。 勢い余ってか、シャーリーの唇に接吻までして。
「う゛ぇぇ゛~。 シャーリーお酒くさい゛~!」
「こんな感じ。 二人で両端からチョコバーを食べるだけ。 折れちゃったらそこでゲーム終了! うひゃひゃ!」
「あのー……これって面白いんですか?」
約一名が、誰もが思っていたであろう事を口にする。 皆も合わせてうんうん頷く。 確かによく理解できん代物だ。
得点を競うわけでもなく、優劣が決まるわけでもない。 ただ単に菓子を食う、それだけ。 一体これのどこが面白いというのか。
「なんだよー、つれない事言うなよー。 やってみれば分かるって! んじゃ王様ゲームと合わせてやってみよか。
ミカドって扶桑語で王様の事だもんね、確か。 王様になった人はミカドゲームをする二人を指名! 失敗したら罰ゲームね!」
「え~、シャーリーさん強引~。」
「ほ、本当に私が知ってるミカドゲームと全然違う……。」
みなホロ酔いのせいか、きゃいきゃい言いながらゲームに参加するようだ。 私も当然受けて立つ!!
即席で番号くじを作り、それを皆で一本ずつそれを引いていく。
「王様だれですかー?」
宮藤の問いかけにニンマリ手を挙げたのは、他ならぬ発案者シャーリーだった。
「うひひ、悪いね、王様あたしだ! そんじゃ誰にすっかなー、えーと……じゃ、一人めは3番!」
「わ、私か!?」
一人めはバルクホルンか。 今まで我関せずといった面持ちだったが、内心興味があったのだろう。
むすっとした表情を取り繕いながらも妙にそわそわしており、普段の彼女とのギャップが微笑ましい。
「こら、2人指名する前に名乗るなよ。 えーと、んで、もう一人は……んし、決めた! お前だ! 10番!」
「あー、10番あたしだー。 まいっちゃうなー、えへへ。」
もう一人はハルトマン。 私は当たらなかったか、残念。 できれば一番槍でやってみたかった。
だがまぁ、この両エースなら手本として申し分無いだろう。 ここは一つ後々のためにお手並み拝見といこう。
みんなの前に出てきて、準備を始める二人。
「うーむ……実際見てみるとこのチョコバー、直径2ミリほどしかないじゃないか。
これではよほど安定しなければ簡単に折れてしまうな。 ……なぁエーリカ。 肩を掴んでもいいか?」
「うん? いいよ?」
チョコバーを咥えたハルトマンの肩を、バルクホルンがガシッと掴む。
バルクホルンの方が背が高い。くいっと形のいいアゴを上げるハルトマン。 ん? む、むむ? な、何だこれは……?
なぜだろう。 手がじっとりと汗ばむ。 見ている私の方が緊張してきた。
気が付けば食堂は静まり返り。 得体の知れない緊張感と期待感が辺りに満ちていた。
「とぅ、トゥルーデ。 そんなに見られたら何だか恥ずかしいよ……。」
「し、仕方ないだろ! 見なかったら食べられないじゃないか!」
「それはそうだけど……。」
な、何だろうこの気持ちは。 何だか妙にドキドキしてきた。 あの、いつも屈託のないハルトマンが固くなっている。
それが何だか、奇妙なくすぐったさを私に与えていた。 こっそりと皆の表情を伺ってみる。
固唾を飲んでいる宮藤。 落ち着かず手をソワソワさせているリーネ。 確信した。 私だけではない。
皆がこの正体不明の緊張感に、居心地の悪さと。 おそらくは……高揚感に近いそれを、感じているのだ。
「い、いくぞ、エーリカ!」
「う、うん。 ……お願いします……。」
しーん……。 ぽり。 ぽり。 二人が少しずつ、少しずつ、チョコバーをかじりはじめた。 二人ともガチガチに緊張している。
そこにいるのは歴戦のエースなどではなく、単なる二人の少女だった。 ゆっくりと、でも確実に縮まる二人の距離。
遂にその距離1センチ。 固唾を飲んで見守る私たち。 二人は嘘みたいに動かなくなって、呼吸の音しか聞こえない。
やがて。 二人がどちらからともなく動き出し、全く同時に最後の距離をゼロにした。
ちゅっ。 小さな。 でも確かに聞こえた、その音。 一瞬後、食堂は黄色い声に満たされた。
「え、えへ。 ど、どうかな、トゥルーデ?」
「あっ、ああ。 う、うまく行ったんじゃないか? ちょ、チョコバーも折れなかったしな。」
「そ、そうだね。 えへ、へ、えへへへへ。 …………わ、わたし。 ちょっと風に当たってくる!」
「あ、お、おい!」
私は信じられない気持ちで二人を眺めていた。 あのハルトマンが、ムードに耐えられず逃げ出した。
どんな時だろうと柳に風といった風情のハルトマンが。 小走りで走り去る横顔を見れば、耳の裏まで真っ赤っ赤。
残されたバルクホルンは暫くその場で所在なさげにしていたが、やがてハルトマンを追ってかバルコニーの方へ歩き去った。
「どうよ! どうよ! 盛り上がるだろー! あいつらの顔見た? みんな、この面白さ、分かってくれた?」
得意気に同意を求めるシャーリー。 思わず頷き返している者も何名かいるようだ。 が。
どっこぉーん! 全力で机に拳を叩きつけると、私は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「面白くない!!! この遊戯は不道徳だ! 不謹慎だ!! ふしだらだ!!! 即刻中止すべきだ!!!!」
唇を重ねるバルクホルンとハルトマンの姿がぐるぐると頭を回り、とても冷静になれない。
そうだ。 ようやく、この胸の動悸の理由が分かった。 それは、他人の接吻を見物しているという背徳感に他ならなかったのだ。
他人の逢瀬を覗き見するような行為に、私は喜びを感じていたのだ。
慎み深きをよしとする扶桑の道徳観が刷り込まれた私にとって、それは耐え難い事だった。
「美緒、落ち着いて。 あなた、ちょっと熱くなりすぎてるわ。 アルコールのせいかしらね。 ふふ。」
ミーナの手が肩に乗り、私は少し冷静さを取り戻した。 佐官が一個人の感情を爆発させるなど、あまり見目よろしい事ではない。
酒のせいにし、笑顔を作る事で場の雰囲気を和らげてくれたミーナに、私は心の中で感謝した。
「ねぇ美緒。 あなたが不道徳と考えたのも分かるわ。 扶桑の人にとってキスは特別な行為だものね。
でも私たち欧米の人間にとっては、キスというのは気軽な親愛の挨拶なの。 そんなに重く考えないで、続けましょうよ。」
「そ、そうですわ。 少佐ほどの方なら、下々の余興に目を向けるのも決して損にはならないはずですわ。 続けましょう!」
「少佐はいつも背筋が張ってるカラ、お酒の席では少しだらけるくらいがいいですヨ! 続けまショウ!」
「わ、私もこのルールのミカドゲーム知らなかったし、もうちょっと経験しておきたいですっ! 続けませんか!?」
わっと言い募られてひるむ私。 し、親愛の挨拶というのは分かるんだが、なんか、ほら、そんなに軽くていいのかと思わないか?
第一、本当に気軽な行為なのか? なんかこいつら右も左も目が血走っている気がするんだが……。
「わ、分かった。 すまなかったなシャーリー。 私は横で見ているとするよ。」
「じゃすたも~めんっっ!!」
痛だだだだっ!! 横に引っ込もうとした所を凄まじい腕力で腕を掴まれ、振り返ると笑顔のミーナ。
み、ミーナだったのか。 魔法を使ったバルクホルンにしか思えなかったぞ。
「ね、ねぇ美緒。 私、あなたに欧米の文化を誤解されたままでいるのはとても辛いわ。 お願い。 美緒も一緒にやりましょうよ。」
「わ、分かったから腕を離してくれ!! もげる!!!!!」
ミーナには先ほど取り成してもらった借りがある。 私は渋々ながら再びゲームに参加する事にした。
「いぇーい! 王様あったしー! えっとね、うーとね、そいじゃね~……ごばんと、はっちばーん!!
……って、あ。 自分を指名しないと、チョコバー食べらんないじゃん! ……うーーー!」
今度の王様はルッキーニ。 色気より食い気な彼女を見て、思わず笑いが漏れる。 そうだな。
ちょっと過敏になりすぎていたかもしれん。 もっと単純にゲームとして参加すれば良いのだ。 酒のせいだとしておくか。
「あ……5番、わたし……。」
小さく手を挙げたのはサーニャ。 ぶほっ! ふと横を向くとエイラがこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
一体何なんだ! 思わず噴出してしまったじゃないか!! 釈然としない気持ちが蘇る。 これ本当に気軽なゲームなんだろうな?
「? はちばんだれ? シャーリー? 芳佳? エイラ?」
「私じゃないよん。」
「私でもないよー。」
「私でもないんダナ……。」
しーん。 ? なんだ? どうして誰も手を挙げないんだ……?
あとエイラ! 無言で謎のマイナスエネルギーを撒き散らすのはやめてくれ! 気になる!!!
「あ。 そう言えばバルクホルン大尉とハルトマン中尉が抜けたから……。」
「あ、そっかー! 二人いないんだ! んじゃ、選びなおしねー! もう一人は勿論あった……。」
「ちょっとルッキーニさん! 既に1人プレイヤーが判明してるんですのよ! そこからご自分を選ぶなんてアンフェアではなくて?」
「う、むー、分かったよー……ペリーヌのケチ! メガネ! ガリア! そんじゃね、うじゅー……決めた! にばん!」
「オオォォーー! 2番? 今2番って言ったのカ? 2番って言ったんだよナ! 聞き間違いじゃないよナ!!」
「そ、そだよ……。 エイラなの? にばん。」
「ちょ、ちょっと! なんかスルーしそうになりましたけど、私いま馬鹿にされましたわよね? ね?」
エイラの凄まじい剣幕にルッキーニが後ずさる。 無理もない。 普段の彼女とあまりに違いすぎる。 そんなに参加したかったのか?
そしてエイラ! 無言で謎のプラスエネルギーを撒き散らすのはやめてくれ! 鬱陶しい!!!
「サ、サーニャ……私でいい、カ? ……あ、イヤ、ウソ! 今のなし! やっぱり返事しないデ!」
「クスッ……。 エイラ。 ルッキーニちゃんは王様。 王様が決めた事は、絶対なんだよ。 ……ね?」
サーニャがそっとチョコバーを上に向ける。 くっ。 まただ。 自分を恥じるべきなのだろうが、胸の高鳴りが抑えられない。
かじかじかじ。 一定のペースでかじっていくサーニャに対して、エイラは止まったり動いたりせわしない。
残り1センチ。 どきどきどき。 誰もが手を握り締めて見守っている。 ……のだが。
それきり二人はピタリと動かなくなってしまった。 気持ちは分かる。 私でも、躊躇するだろう。
エイラがプルプル震えている。 精神的にもう限界なのがアリアリと見てとれる。 おやおや。 この二人はここまでか。
私がふっと緊張を解いたその時、最後の1センチがゼロになった。 その距離を無くしたのは、意外にもエイラではなくサーニャだった。
「さっ……サーニャ……。」
目を白黒させているエイラの頬に、サーニャが額を押し付ける。 ここから見える耳はやはり真っ赤だ。
ばたーん! エイラ!? どうやらエイラは気絶してしまったようだ。
だがこの死に顔を見てほしい。 こんなに幸せな顔で逝ける者が、この世に何人いるだろうか……。
「やっっっっっぱり駄目だ! 中止! 中止ぃ!! こ、こんな他人の接吻を凝視するなど!
しかも、我々は女同士ではないか! ますます道徳的とは言えないだろう! は、は。 恥を知れお前たち!!!」
ミーナの顔を立てて残留はしてみたものの、やはり私には刺激が強すぎる。
思えば幼い頃より一軍人として生きてきた私だ。 自分でも気付かなかったが、まさかここまで免疫が無かったとは。
「落ち着いて美緒。 発想を逆転してみて。 女同士だから許されるのよ。」
「お、女同士だから許される? お前何を言って……あだだだだ! こら! だから掴むな!! もげると言ってるだろうが!!」
「これが仮に男女のキスだったら、そうね、品が無いわよね。 私だってどうかと思うわ。 でも、私たち女の子同士じゃない。
子供がふざけてキスしあうのと一緒よ。 何の罪も無いじゃない。 それが不潔だなんて考える方が汚れてるわよ、美緒!」
「そうですよ! 女の子同士ですよ!」
「女の子同士ですわ!!」
「ウジューごごごごドッカーン! ニヒッ!!!」
だからお前たちなんでそんなに息が荒いんだよ!!! 怖いわ!!! あとなんかよく分かんないの混じってた!!!
「分かった。 分かりましたよ坂本少佐。 じゃあ最後にあと1回だけやって、それでお開きって事にしません? ね!」
「あ、あと1回か……。 そうだな、私も大人げなかった。 これも己を磨く良い機会だ。 最後まで付き合うとしよう。」
「「「 あと1回ですってーーー!!!??? 」」」
シャーリーの心遣いが胸に痛い。 私も最後まで参加できるように心を砕いてくれたのが分かる。
ミーナもリーネもペリーヌもシャーリーの提案に感動しているようだ。 私は素晴らしい同胞を持った……。
「そうですよ、少佐。 私たちは最後まで一緒です。 ご相伴致します。」
「おぉ……バルクホルン! ハルトマン!」
「ン。 私たちだっているんダナ。 な、サーニャ。」
「エイラ! サーニャ!」
((( ただでさえ確率低いのに帰ってくんなー!!! )))
501の面々がここに全員再集結した。 みんな、こんな身勝手ばかり言った私を許してくれるのか……。
熱い気持ちがこみ上げるのをこらえきれない。 ミーナたちは何か言いたげに震えているが、それでも言葉を発する事はしない。
そうだな。 こんな気持ち言葉にできない。 ここまで来たら言葉は要らない。 そういうわけだな、皆!
「あ、私また王様だ。 私に始まり、私に終わる、か。 それじゃあ最後のプレイヤーは……1番と7番! 誰かな!」
シャーリーのコール。 とくん。 心臓が大きく跳ね上がる。 手元の数字を確認する。 ……1。
あぁ。 考えなかったわけじゃない。 でも。 本当に、私の番が来てしまうなんて。
「い、1番は……私だ。」
「えっ! さ、坂本さんが1番なんですか!?」
「あ、あぁ。 ん? あぁ、えぇと、そういう反応を返すという事はつまり……。」
「は、はい。 私が7番です……。」
「「「 そっ。 そんなぁーーー!!! 」」」
おずおずと挙がった細い腕。 宮藤が、7番。 瞳と瞳が交錯する。 恥ずかしそうに俯く宮藤を見て、不思議な感情がこみ上げる。
ミーナたちが叫び声をあげる。 それだけやってみたかったのだろう。 代われるものなら代わってやりたい。
でも、すまない。 宮藤の瞳を覗き込んだ時に、思ったんだ。 私も変わりたいと。
「み、宮藤……すまんな。 お前も扶桑の撫子。 こんな事は恥ずかしいだろうに……。」
「い、いえ……いいんです。 坂本さんなら、わたし……。」
「え?」
潤んだ瞳で私を見上げてくる宮藤。 知らなかったわけじゃない。 でも改めて見てみると。
あぁ、こいつはなんて澄み切った瞳をしているんだろう。 その瞳がゆっくり閉じられる。 駄目だ。 血管が脈打つ。
今になって、私はようやくハルトマンたちの気持ちが分かった。
「わ、私、初めて坂本さんと飛んだ時から、ずっと。 坂本さんにまっすぐ見てもらえる人間になりたいって、思ってました。
たとえ、こんな形でも。 ……さ、坂本さんはどうですか? 私なんかが相手で、嫌じゃないですか?」
あぁ。 純粋だ。 いつだってお前はまっすぐだ。 思い起こせば、お前の可能性を信じたのも。
そのまっすぐさに惹かれたからだった。
「馬鹿を言うな。 今は、お前しか考えられない。 ……始めるぞ、宮藤。」
少しずつ、少しずつ。 私の唇が宮藤の唇に近付いていく。 平常心など何処かに行ってしまった。
けれど、私が手を添えた宮藤の小さな肩が、細かく震えているから。 私の臆病さもまた何処かに行ってしまったみたいだ。
私が、宮藤を守らねば。 宮藤には一人の軍人である事を求め続けてきた。 でも今だけは。
何も宮藤に求めようとは思わない。 宮藤はもう、私にくれている。 この暖かい気持ちに応えたい、それだけだ。
「ふぎゃっ!?」
唐突に宮藤が叫びを上げる。 な、なんだ? バランスが崩れる!
「あ~ら失敬! 緊張して見ていたら、思わず魔法が発動してしまったようですわ!! ごめんあそばせ!!」
どうやらペリーヌが宮藤にトネールを放ったようだ。 ま、まずい。 チョコバーが折れふぐっ!?
恐るべき激痛。 唐突に脇腹に凄まじいミドルキックが叩き込まれた。 は、吐き気が……。
「やだ、ごめんなさい美緒。 私もペリーヌさんみたいに、ドキドキしすぎて魔力が漏れちゃったみたい!」
「いつからお前の魔法はミドルキックになったんだ馬鹿!! 一撃で足が動かなくなったぞ!!! 殺す気か!!!!!」
な、なぜここに来て妨害の連発が? そう思って顔を上げてギョッとする私。 リーネがボーイズを構えているじゃないか!
「す、すみません坂本少佐! 魔力が暴走して、今からボーイズで生卵を超連射しちゃう感じです! てへっ。」
「てへっ。じゃない!!! 普通に死ぬぞ!!! 片付けで!!!」
いかに生卵と言えど、魔力を込めて撃ち出されればその威力は推して知るべし。 私は宮藤を庇うようにかき抱いた。 ぽきゃっ。
「あ。」
……。 チョコバーはアッサリと折れた。 気まずい沈黙が辺りを満たす。 リーネがボーイズを置いて、決まり悪そうに笑う。
「あ、あはは……は。 ……や。 やりすぎちゃいましたよね。 ごめんなさい! うっ……ひっく……。」
リーネの泣き顔を見て、私はいつもの坂本美緒が戻ってくるのを感じた。 そうだ。 私は自分を見失っていた。
「泣くなリーネ。 これは私の未熟さが招いた事態だ。 陽動に引っ掛かるようでは、戦士としてまだまだという事だ。」
短い時間だったが、私はこのゲームで一つ自分の殻を破れた気がする。
むしろ感謝しているんだ。 だから涙を拭け、リーネ。 わっはっはっ!」
腹の底から笑う私。 そうだ。 私は一つ殻を破ったのだ。 未知なる物を恐れ、拒絶し、目を背けていた私。
そんな小さな私の器量を、この目の前にいる同胞たちが広げてくれたのだ。 感謝してもし足りないくらいだ。
それに。 正直な所、接吻がうやむやになった事に、私は少なからぬ安堵を感じていた。
やはり、私にはまだ早い。 それが分かっただけでも収穫、という事にしておこう。
「坂本さん……。 私、やっぱり坂本さんが相手でよかった。 でも……ちょっとだけ、残念だったかも。 えへへ。」
「な、何? こっ、こら宮藤! 上官をからかうとは何事だ!!」
宮藤が舌を出し、笑い声が巻き起こる。 ただ、その瞳に移っていた色は……本当に冗談だったのだろうか?
なぜだろう。 少しだけ、本当に少しだけ。 私は、惜しかったかも、という気持ちになった。
「いやいや、さすが少佐、感服です! ……でも、ま。 失敗は失敗ですよね? 少佐! 最初に言ったルール覚えてます?」
「……え? えーと……。」
シャーリーがにやにやと笑いを浮かべる。 そうだ、確か。 チョコバーが折れたら。 罰、ゲーム。
「そ! 皆さんお待ちかね、罰ゲームの時間です! いやー少佐。 ゲーム中は散々ごねてくれましたね!
私、軽くムカつきました! ささやかながら、その仕返しをさせて頂きたいと思います!」
なっ! 何ぃーーーっ!!! 予想外の展開にパニックになる私。
ま、まさかシャーリーが怒りを押し殺していたとは。 心を砕いてくれたというのは思い込みだったのか!
途方に暮れてシャーリーを見る。 だが。 そこにあったのは予想とは全然違う表情で。
悪戯っぽく、そして分かっていますよとでも言いたげに。 シャーリーは優しく笑っていたのだった。
「そうですねぇ……罰ゲームは……。 ふっふっ。 宮藤と二人で、キスすること!!! よろしく!!!」
「な!?」
「なん!!?」
「「「 何ですってーーー!!! 」」」
シャーリーの言葉を聞いて、沸騰した薬缶のようになった私。
思わず視線を彷徨わせると、宮藤も同じような顔でこちらを見詰めている。
やられた。 このゲーム、どっちに転んでもこうなる代物だったのだ。
宮藤の肩に手を置くのは本日2回目。 違うのは、さっきと違って二人の唇を隔てるものが何も無いということ。
「さ、坂本さん。 わ、わたし、もう、覚悟はできてましたから! ……よろしく、おねがい、します……。」
いつもの元気の良さが嘘のように影を潜め、モニョモニョと呟く宮藤。
わ、私は一皮剥けたはずだ。 こっ、こっ。 この程度のこと……。
全身から汗が噴出す。
配属されたばかりの新兵の如く震えている私を、皆はどういう気持ちで見つめているのだろうか?
ミーナやリーネやペリーヌが親の仇を見るような目でこちらを見ているというのも、私の神経過敏から来る思い込みなのだろうか?
宮藤が驚くほど美しく見える。 ふっ。 不道徳だ。 こんなの本当に不道徳だ。
なんでこんなに美しいんだ? 私はひょっとして……心のどこかで、この状況を期待していたのだろうか。
もう駄目だ。 頭がクラクラしてきた。 酔いが残っている内に、勢いで突貫するしかない!
私は扶桑海軍少佐、坂本美緒。 恋愛無縁暦19年と数ヶ月。
やはり人間そう簡単に変われるものではない……。
おしまい