遠い記憶のあるここから
ずっと一緒だった。
ずっと一緒で、これからも一緒で、そんなのは当たり前だと思ってた。
いつからその歯車は狂ってしまったの?
『遠い記憶のあるここから』
ずっと一緒だった。生まれた時から一緒で、そんなのは当たり前だと思ってた。
そう、二人は思ってた。
でも、実はそう思っていたのは、信じていたのは自分だけなのかもしれないと彼女は思う。
シュバルツヴァルトの深い森に抱かれた双子の姉妹。
住人全てが顔見知りのような田舎町のこと。彼女らを人は『黒き森の妖精』と呼んだ。
快活な姉と物静かな妹。
しっかりしているのは常に妹の方で、から回っては失敗する自分をなにかにつけて助けてくれた。
意外に思われるかもしれないけど、幼い時分に人前で器用に立ち回れないのは自分の方で
すぐそばに妹がいなかったら、誰かと話すことさえほとんどなかったかもしれない。
そんな自分でも出来ることがあるのなら。そう考えるのは自然なことだった。
だから、守りたいと思ったのだ。大切な妹を。
それが彼女、エーリカ・ハルトマンの望みだった。
何年ぶりだろう。4年……5年……。離れている日の数を指折り数えていた頃もあったけど、
結局それは出来なくなった。折って数える指の数なんてあっという間に尽きてしまったし、
部屋の小さな机に彫り込んだそれが増えるのになんて、じきに耐えられなくなったから。
でも、会えるなら。どんなに時が経っていても会えるなら関係ない。
その簡潔すぎる返信が届いた時、エーリカは飛び上がらんばかりに喜んだ。
そこにはたった一文だけが記してあった。「家に、帰る」と。
ずっと一緒だった。生まれた時から一緒で、そんなのは当たり前だと思ってた。
そう二人は思ってた。
でも、実はそう思っていたのは、信じていたのは自分だけなのかもしれないと彼女は思う。
信じられないかもしれないけど細やかな気遣いが出来るのは姉の方で、自分の気づく先にはいつも姉がいた。
なにかを思ったときに、それを感情に乗せることなんて出来なくて、
ほんのささやかな思いも、姉がいなければ満足に伝えることさえなかったと思う。
そんな自分でも出来ることがあるのなら。そう考えるのは自然なことだった。
だから、守りたいと思ったのだ。大切な姉を。
それが彼女、ウルスラ・ハルトマンの望みだった。
カールスラントの大地を踏みしめるのが何年ぶりかなんて、とうに忘れてしまった。
そんなことに意味なんてない。帰ってくる事だってないと思っていたのだから。
でも……と彼女は思う。いや、これはほんの気まぐれだ。
遥かオラーシャにまで天性のずぼらさを誇るあの姉がまめに送ってよこす手紙に、
そんな気まぐれを起こしてみたい気になったのだ。
ただ、それだけ。何度も読み返した手の中の手紙を握り締めて、ウルスラはそうつぶやいた。
二人が生まれた当時、家には一本の大きなフユナラの木があった。
暖かな日の昼下がりには、よくその木陰でウルスラは本を読み、エーリカはその隣に寄り添った。
それは、二人にとって最も幸せな時間だったに違いない。
大切な妹がこの幸せの場所にいつまでもいられるように。いつしか抱いたその想い。
だから、自分にウィッチの適性があると知った時、エーリカは迷わず軍に志願した。
ウィッチなら、この幸せを自分の力で守ることが出来るから。
カールスラントの大地を覆ったネウロイの襲撃は豊かだった国のあちこちに爪跡を残した。
それはこのヴュルテンベルクの田舎町においても例外ではなかった。人はまるで住めなくなったし、
両親――町のみんなに慕われた医者の父も、ドナウの泉のように優しかった母も、もういない。
だから、この町に帰ってくるのはためらわれた。だけど、今、もう一度妹に会えるのなら。
その場所はこのフユナラの下以外に考えられなかった。見上げる彼女の視界の隅に、映る一人の少女。
自分と同じその姿。彼女はごちゃまぜになった感情に跳ねる心臓を抑えつけながら、ゆっくりと口を開いた。
「……おかえり、ウーシュ」
「ただいま」
その少女、ウルスラはさっぱりとそう答えた。手には重そうな学術書。
重そうなトランクの中も、もしかしたら本でぎっしりなのではないかとさえ思える。
慌ててエーリカはトランクを持つのを手伝いながら、少し拗ねたような調子になる。
「ウーシュ。一応5年ぶりの姉妹の再会なんだよ?
もう少し感動してくれてもバチは当たらないと思うんだけど」
「……してる」
「え?」
「感動」
まるで、平静とした口調でウルスラは答える。エーリカは妹の性格を記憶の中からやっと取り戻したが、
しかしそれでもこの答えがどこまで真に迫っているのかは測りかねた。
「そ、そっか。でも本当に会えて嬉しいよ。
もう、二度と会えないんじゃないかって思い始めてたから」
「居場所は分かってたはず」
「それはそうだけど、でも、オラーシャは遠いし。なにより……」
「なにより?」
「えっと……その、さ。ウーシュが会ってくれないんじゃないか、って」
不意に吹いた風にフユナラの葉がザワザワと音を立てた。
エーリカの視線が落ち着かなげに彷徨う。ウルスラが瞬きもしないようにじっと見ていた。
「会わない理由はない。けど、会う理由もない」
「ウーシュは冷たいなあ。でも、そうかもしれないね。
……それでも私は、理由がなくても会いたかったんだけどな。
ここじゃ寒いし、家の中、はいろっか」
ウルスラは小さく頷いた。
その時、彼女はひどく動揺していた。自分には珍しいことだったと今でも思う。
エーリカが軍に志願すると言い出した時のことだ。ウィッチの素質があるのは二人とも。
でも、自分は軍に入るだなんて考えもしなかった。エーリカはなんで、どうして。
二人の考えることも、想いも、それまですれ違うことなんてなかったのに。
ウルスラはエーリカだけにそれと分かる焦りを含んだ声でエーリカに問いただした。
エーリカは何も答えなかった。
「ぼろぼろ」
ウルスラの的確な評価が下る。住む人がいなくなって大分長い家はあちこちが傷んでいる。
それでも丁寧に作られたとおぼしき調度品の数々は、まだそれが綺麗だった頃の面影を失ってはいなかった。
「ごめんね。時々手入れしてたんだけど、私じゃ上手くいかなくて」
「どうせもう使わない」
「でも今日一晩はここになるよ。まあ、一晩くらいなら大丈夫だよね?」
「気にしなければ」
「一部屋だけはちゃんときれいにしたから」
エーリカが案内したのは、その昔二人が使っていた子供部屋。二人の間になつかしい匂いがよみがえる。
ベッドが一つしかないのは一つ壊れたから……ではなく、両親が何故か一つしか置いてくれなかったからだ。
二人でいた時は、何度片付けてもエーリカが散らかすので狭く感じて仕方がなかった。
エーリカが家を出た後は、今まで狭かった部屋がバカみたいに広く感じてたまらなかった。
「二人でくっついて寝たよね。
今私の寝相が悪いのは、ウーシュが抱いてくれないからなんだろうなー」
「寝相が悪いのは元から」
「え、やっぱり? そうなの? いや、私もそうだとは思ってたけどさ。
……そうだ! 久しぶりに一緒に寝ない?」
「本気?」
くるくるとステップを踏みながら言うエーリカに、そう言ってウルスラは複雑な表情を浮かべた。
配属されて1年経つ頃から、エーリカは部隊の中でメキメキと頭角を現していった。
わずか10歳の少女はその高い素質と、それ以上の努力でそれを可能にしていた。
天才。しかし、その言葉は適切でないと彼女は感じていた。それはいつも妹のためにある言葉だったから。
そして自分のウィッチとしての全てはそれを守るためにあるのだから。
だからウルスラが軍に志願すると聞いたとき、エーリカは強硬に反対した。
ウーシュがそんなことする必要なんてない。そう突っぱねた。ウルスラはただ黙ったままだった。
簡単な食事を済ませる頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
慣れない片付けに一日を費やしたエーリカも重い荷物を引き摺ってきたウルスラも疲れているのは同じで。
不毛な言い争いをする気力もなく、結局一つしかない小さなベッドに揃って潜り込んだ。
壁に顔を向けて努めて距離をとろうとするウルスラの背に擦り寄って、エーリカは嬉しそうに笑った。
「あったかいなー。やっぱりウーシュが一番だね」
「意味が分からない」
「ほんとー? だって毎日こうしてたんだよ。
その頃はウーシュがぎゅってしてくれたんだけどな。今日はしてくれないの?」
「嫌」
エーリカのおねだりにウルスラの答えは簡潔だった。
それでも諦めきれないのかエーリカはまだ甘えるようにひっついていく。
「寂しいこと言わないでよ。二人きりの姉妹なんだよ」
「大体、そんな昔のこと憶えてない」
「うそ? だって、私は忘れたことなんてない」
「そう? だって、私は忘れたかった」
冷たい声でウルスラはそう言った。その言葉に今までふわふわと舞っていたエーリカの心はしぼみ、
エーリカ自身もただ押し黙るしかなかった。きっと、そうさせたのは自分だったから。
本当なら昔のようにぺたぺたとじゃれあったり、もっと他愛もないことを話したり
――年頃の乙女なら、例えば恋の話の一つくらいあるでしょう?――
そうやって、離れていた年月を埋めたかったのに。
エーリカはウルスラの身体に腕を回し、ぎゅっと抱き込んで息をついた。
「……ウーシュは、やっぱりまだ私のこと嫌いなんだ」
「そんなこと言ったことないけど」
「じゃあ、どうしてスオムスやオラーシャに行ったの? スオムスの時も命令じゃなかったのに」
「エーリカもブリタニアに行った」
「それはカールスラントがもう持ち切れなかったからで、ウーシュのとは、違う」
「……なら、どうしてあの時反対しなかったの?」
エーリカの腕の中でウルスラがくるっとロールし、エーリカに向き直る。
普段、感情をほとんど見せないウルスラの瞳が紅く光っている気がした。
オストマルクがネウロイに蹂躙され、カールスラントもその渦に飲み込まれていった頃。
エーリカの部隊とウルスラの部隊は共に国境に近いシュトゥットガルトへの異動が決まった。
攻勢の激しい最前線に不安はたくさんあったけど、ウルスラと一緒に故郷の街を守れるなら。
それだけでエーリカは感じる不安を拭い去ってまだお釣りが来る、そう思ってた。その時まで。
異動の前日、エーリカの部屋に来たウルスラが一方的に告げた。スオムスに行くから、と。
呆然と立ち尽くしたまま、エーリカは立ち去る妹を呼び止めることさえ出来なかった。
「……ウーシュが決めたことだから。私が、反対なんて、できないよ……」
「私がウィッチになるって言った時は? 最後まで反対した」
「だって、ウーシュがウィッチになるんじゃ、私はウーシュを守れない。だから」
「……私だってエーリカを守りたいって思ってた」
一緒にいたかった。ただそれだけでよかったのに。あなたは違ったの?
一番悲しかったのは一緒にいられないことじゃなくて、あなたがそう望んでいないと思うことだった。
当たり前のように、二人ともがずっと二人一緒にいたいと望んでると思っていたのに。
一人きりのベッドでそれを想ううち、自分の感情がただ双子の姉に対してのものでないと気づいた。
そんなこと、一体誰に言える? だからスオムスへの話が出た時、一も二もなく頷いた。
もう、一緒になんていられなかった。一緒にいたら、
「ウーシュが、私を……んっ!?」
だって、こうなるって分かっていたから。ウルスラは心のなかでそっと言った。
エーリカはきっとこんなこと想像だってしてなかったに違いない。
触れ合った口唇に感じる柔らかな感触と甘さに芯まで溶けそうになる。
ほんの数秒。まだ十分にそれを味わってはいなかったけど、ウルスラはそっと口唇を外した。
「エーリカはいつも、そう」
ウルスラは吐き出すようにそう言った。
エーリカはウルスラの彼女らしからぬ糾弾と突然の口付けに混乱して返答に窮する。
ただ、ウルスラの言葉の意味をなんとか読み取ろうとだけ努力した。
「いつもって、どういう」
「一人で軍に志願した時も、私が軍に入るって言った時も、
スオムスへ行くと決めた時も、エーリカは自分の気持ちを何一つ言わなかった」
「私は、ウーシュのことが大事で、だから」
「私はエーリカの気持ちが知りたかった。
ずっと一緒だったからいつでもわかると思ってたそれが、いつの間にか分からなくなって、
分からないままエーリカは私からどんどん離れていって」
ウルスラはその顔をエーリカの胸元にうずめて、静かな声で話し続けた。
それは確かに静かな声だったけど、そこにこの上ないほどの感情が押し込まれていることに
エーリカは気づいていた。そしてそれは、エーリカでなければ気づけないことだった。
「ウーシュ、私、ウーシュのこと。
きっと、同じ気持ちだったよ。だってどこにいても私はウーシュのことばかり考えてた」
ウルスラは黙って頷いた。そうして顔を上げたウルスラとエーリカの互いの瞳が映し込む。
時間がスローモーションのように流れて、二人はどちらからともなくまた口唇を重ねていった。
絡み合う舌の熱さとぬるぬるとした感覚に頭が沸騰しそうになる。
左手でそっとエーリカの耳を取って、右腕を肩の下あたりに廻す。
優しく、優しく。そう意識したけれど、実行することのなんと難しいことだろうか。
だって、自分のなかにはエーリカを許せない気持ちがわだかまっているのだ。
気を抜けば、この少女を目茶苦茶にしてしまいたいという想いにいつ流されたって不思議ではない。
それでも自分はまだ、と思う。腕の中の少女、エーリカはきっともうなにも考えられてないに違いないから。
自分の背に廻された両腕の込める力の入れ方に全く余裕が感じられないのだ。
それがおかしかったのか、いたずら心半分にウルスラはエーリカの耳たぶをきゅっとつまんだ。
「んぷはっ、ひゃっ……!」
突然の刺激にエーリカは反射的に顔を離した。
エーリカの、勿論ウルスラのもそうに違いないが、その中性的な色合いの声に甘い響きが乗るのを聞いて
ウルスラの心臓の動悸はもう抑え切れないくらい速くなっていた。
右手を自分の心臓の位置に手をやり、それから思いついたようにエーリカのそこに手をやる。
「いい?」
短くそう訊ねた。エーリカもウルスラのそれに手をやって小さく頷く。
二人は服の上からゆっくりと互いの胸の、ささやかな膨らみに手を這わしていった。
「ウーシュ……ねえ?」
「エーリカもそんな、変わらないと思う」
「あはは、そうだよね」
「……エーリカ」
「なに?」
「直接、触りたい」
さすがに驚いて、エーリカの動きが止まった。それを見てとってウルスラはエーリカの服を捲り上げる。
エーリカの細い腹部が露わにされると、ウルスラは右手をそのお腹のあたりからするすると上へ伝わせ、
エーリカの胸の膨らみを覆い隠す下着をずらし上げた。その感触にエーリカはきゅっと身を震わせる。
外の空気と直接触れ合うようになったエーリカの胸を見つめ、そっと触れる。
それだけで、エーリカの声のトーンが半段跳ねた。ゆっくりと小さくとも柔らかなそれを撫でていく。
「ウーシュ、なんか、ダメ……っ」
エーリカの喉からもれる切ない訴えにもう我慢が出来なくなって、
ウルスラは乱暴とも言える勢いでエーリカの胸を揉みしだきはじめた。
はじめは左胸から、止まらない欲求の連鎖はまだ半分覆ったままだった右胸の下着も押しやり、
なめらかな双丘にその指を沈めていく。エーリカは胸の上で動き回る冷たい指の描くラインのせいで
思わず上げそうになる嬌声をなんとか抑えようと、シーツを握り締めぎゅっと身体を強張らせた。
でも。
そんなエーリカの考えなんて、この妹に見透かされないわけがなかった。
だって、その身体を持っているのはウルスラも同じなのだから。
ウルスラはエーリカの耳に口を近づけると悪魔のようにそっとささやいた。
「声、もっと聞きたい」
オラーシャへ行く。自分がそう言った時の同僚の顔がひどく険しかったのを今でも憶えている。
スオムスでともに戦った仲間。自分より6つも年上の少女。長い銀の髪に隠れた素顔はいつも寂しげだった。
カールスラントに帰らなくていいのか? そう彼女は訊いてきた。姉が待っているんだろう? とも。
関係ない。ウルスラは短くそうとだけ答えた。少女はそれを聞きながらゆっくり煙草をくゆらせ、
そして悲しそうな声でこう言った。失ってから、その声を聞けなくなってから後悔したって遅いんだ、と。
ウルスラはもう何も言わずに少女に背を向けた。
その時にだって、もう後悔なんてし尽くしていた。
後悔ばかりが積み重なって、その重みがカールスラントへ帰る足を鈍らせるくらいに。
帰って、姉の声を聞いて。それに自分がどんな反応をしてしまうのか、考えただけで怖かった。
多分、その不安は杞憂なんかじゃなかった。実際今それを聞いて、まるで冷静でなんていられないのだから。
「ウーシュがそんなこと言う、なんて、思わなかったな」
触れたそばから駆け巡っているはずの甘くぴりぴりとした感覚にもてあそばれながら、
エーリカはまだそんなことを言う。
お願いだからもう、黙って! ちがう。そうだ。もっと、啼いて……っ。
心の中で叫びながらウルスラはエーリカの首筋に口唇を押し付けた。
痕が残るようにわざと強く吸い込んで、今度こそ聞こえる悲鳴のような鳴き声。
飛びそうな意識の中でエーリカはなんとかウルスラの胸にぴたと手をあて、押しつぶすように力を込めた。
その圧力にウルスラの身体がびくりと反応する。それでもウルスラは口唇を離さなかった。
むしろもっと強く押し付ける。そうしなければ、必死に押し殺している自分の声が洩れてしまうから。
その時、ウルスラは気づいていなかった。本当はもう、その声はとっくにエーリカの耳に届いていることを。
ただ二人の上げる声が自分たちでも区別が付かないくらい同じで、
だから、まともな感覚をすでに手放した二人にはそれが自分の声と確かめることが出来なかっただけだった。
「ん……んっ、エーリカ……」
「ウーシュ、もう、や、あ……っ」
首筋から鎖骨へ、そして胸元へ。ウルスラは少しずつ口唇を伝わせながらエーリカのその肌に
赤い一筋の痕を書き込んでいく。そこまで来てふとウルスラは顔を上げて、震える姉の顔を覗き見た。
眼鏡を外した自分と、姉の顔。水鏡で映したように揺れる同じ輪郭、同じ瞳。
分かっていても、狂いそうになる。まるで自分で自分をどうにかしてるみたいな気がした。
だけどそれも間違いじゃない。だってエーリカは、目の前の少女は、きっともうひとりの自分だ。
そんなことを考えながらウルスラは片手でエーリカの膨らみを包み込み、その頂に触れる。
エーリカの微かな反応を感じて、見つめ合う瞳のままにウルスラは訊く。
「エーリカ、」
こくり。ウルスラが全てを言い終わる前に、もうエーリカは頷いていた。
ウルスラはエーリカのまだ空いている方の胸の膨らみに顔をよせ、そっと頂の蕾を含んだ。
若い花の匂い。くらくらする頭。ウルスラはもうすっかり硬くなったそれを強く強く吸い上げる。
「ふああああああああああっ!」
瞬間、エーリカのその爆ぜるような甘い声が狭い部屋を埋め尽くしていた。
妹が死んだら、自分の前から消え去ったら、私はどうなるんだろう? そんなことを言った同僚がいた。
彼女は同僚で親友で、妹のことをなによりも大事に想い、優先する人だった。
……自分と同じように。捨てるように自分の前から去った妹。
ねえ、トゥルーデ。どうなるかなんて、わかるでしょ? 私を見れば。
それを聞いた彼女は目を見開いて、それからエーリカに何度も謝り続けた。
エーリカは寂しそうに言った。――一緒にいられるなら、きっとどんなことも平気だよ――
「ねえ、ウーシュ」
「……エーリカ?」
「一緒にいて」
「えっ?」
「お願いだから、一緒にいて。私を置いてどこかへ行くなんて、もう言わないで。
一緒にいられればそれだけでいいんだから。他に望むことなんてなにもないんだから」
「エー……リカ……」
エーリカはぎゅっとウルスラの身体を抱きしめた。精一杯の力を込めて。
「私を離さないで、ウーシュ。私も離さないから」
「……私は、エーリカが離れたがってるんだと」
「そんなわけ、ないよ。だってウーシュとずっと一緒にいたくて、そのための力がほしくて、
……ゴメン。ちゃんと言えばよかったんだ。言わなくても、伝わってるのが当たり前だったから。
だから……言えなかったんだ」
何十通も書いた手紙。迷惑がられるかもしれない、読んでももらえないかもしれない。
でも、少しでも繋がっていられる可能性はそれしかなかった。
半年経ってようやく届いた短い返信。バカみたいに嬉しくて涙が止まらなかった。
それからも、とりとめのないことを書き続けた。季節の移る頃に決まったように届く返事が楽しみだった。
でも、出来ることなら。その矢先に届いた『帰る』の言葉。信じられなくて、何度も何度も読み返した。
読み返すたびに身体が熱くてたまらなかった。
でもきっと、それも今の熱さにはかなわない。
「あっ……」
「はっ……ふあっ、ウーシュ、ウーシュっ、ウーシュ……っ」
「エーリカ?」
「んっ、だって、名前呼んでないと、わけがわかんなくなって」
「大丈夫。エーリカ」
抱き合う身体と身体の感覚も、熱も意識も、その境界線が消えていく。どっちが自分? どっちがあなた?
きっともうどっちでもいい。だって最初から私たちは一つだった。そこに戻るだけ。
ねえ、そうでしょう?
真っ白になる意識の中で、二人は感じていた。
響き渡る二つの高い高い声が、重なるようにただ一つに溶けていったことを。
「……んうん?」
「朝」
寝ぼけまなこで振り向いたエーリカに、ウルスラは素っ気無くそう告げた。
あれ? 昨夜の情熱的なあれやこれやは全部、夢? エーリカの頭を一瞬、そんな考えが過ぎり、
すぐにそれが夢じゃないと分かる。だって、二人ともズボンの一つだって身に着けてなくて、
なにより身体の芯には、そのうんぬんかんぬんの余韻がはっきりと残っていたのだから。
よくよく見れば、ウルスラの頬には今まで自分だって見たことのないような赤みが差している。
もしかして、
「照れてる? それとも、したりない?」
「……エーリカ」
恐ろしいほどの声が返ってきた。でもね、ウーシュ。
「私は、たりないよ。だって、5年も離れてたんだもん。
……でも、これからいつだってできるよね。一緒にいられるよね」
その言葉にしばらく考え込んでからウルスラはエーリカに向き直ると、そっと口づけた。
その行動に今度、顔が赤くなるのはエーリカの番だった。熱くなる頬を両手で抑える。
「そう、だったらいいと思う」
「だね! ……そろそろ着替えて、出よっか」
ウルスラは小さく頷いた。
「……これ?」
ウルスラが指差した先。昨日は気づかなかったあのフユナラの根元、小さなシルバーのクルス。
「うん。本当はちゃんとお墓作らないと、って思ってるんだけどなかなか……ね。時間もなくて。
……でも、姉妹二人でこんな……なんて母さん泣いちゃうかな?」
「あの人たちはそんなこと気にしない」
「ええ!? そ、そっかな……」
「そう」
きっぱりと答えて、ウルスラはさっさと歩き出す。まだ納得しきれないエーリカの上で
そうだよ、とでも言いたげにフユナラがさらさらと風に揺れた。見上げた空にはあの日と同じスカイブルー。
ああ、そうか。遠い日の記憶も、守りたかった大切な全ても。ちゃんとここにあったんだ。
「待ってよ、ウーシュ!」
エーリカの声にウルスラがくるりと振り返った。綺麗な綺麗な笑顔で。
そんな綺麗な笑顔、初めて見たとエーリカは思った。勿論、今まで見た全ての人の笑顔の中で、だ。
つられるようにエーリカも笑う。そしてあわてて走って妹の横に並んでいった。
ずっと一緒は、当たり前のことなんかじゃなかったけれど。
だからこそ、私はそうでありたいと望むんだ。
だからこれからは、いつまでも一緒にいよう。もうひとりの、私と――――。 fin.