ガリア1944 RISING BLUE LIGHTNING


 ――プロローグ――

 ガリア辺境、カールスラントとの国境近く、上空、高度1000ft。
 マーリンエンジンの出力はマキシマム。
 その力の全てを魔力打撃へと変換し、構えたライフルへと注ぎ込む。
 プロペラも停止。
 今この瞬間、わたしは狙撃するためだけの機械になる。
 32.67ft/sで大地へ向かって加速する世界の中、見据える先には青い雷を纏う私の一番機ブループルミエ。
 さらにその先には禍々しい赤い光を湛えて上空に浮かぶネウロイと、空全体に広がって高度を落としつつある雲。
 いつかミーナ隊長や坂本少佐が言っていた、わたしの固有魔法の事を思い出す。
 弾丸に限界以上の魔力を込めることと、もうひとつ……魔力を利用した弾道の制御。
 試したことなんて無い。
 でも、出来る気がした。
 今なら出来る気がした。
 私を導いてくれた上官の言葉を信じることが出来るから。
 迷いがあった時、いつも笑顔で『リーネちゃんなら出来るよ』って言ってくれる親友の言葉を信じる事が出来るから。
 全力を尽くして戦って傷ついた地上のみんなを守りたいから。
 わたしを信じてくれるペリーヌさんの期待に応えたいから。
 みんなの信じたペリーヌさんの道を拓けるのは、わたししかいないから。

 意志力が魔法の扉を開く。
 心が熱く滾るほど、狙撃手の自分が水鏡の様に静かになっていく。
 そして、最終的に到達する世界は『私』と『的』しか存在しないシンプルな認識。
 『的』がただ、当然の様に『私』に撃ち抜かれるためにある世界。
 だからその世界の当たり前の事をこなす為に必要な動作を……引き鉄を引くという動作を、確実に行った。

 わたしの放った鋼鉄のやじりは緩やかなアーチ描きながら、天へ向かって加速するペリーヌさんを追い抜いて行く。
 その一撃でペリーヌさんへと迫る誘導兵器である超小型のネウロイは連鎖爆発を起こし、近接火力も飽和した魔力によってかき消される。

『トネール……ラピエル!』 

 通信機越しに響く、ペリーヌさんの声。
 収束雷撃の発動。
 魔力が切れて掠れはじめた視界の中、ネウロイの赤い光にめがけて、蒼い雷光が昇るのを感じた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「どういうことですのっ!」

 故郷への帰還の後、ガリア領内残存するネウロイ勢力駆逐の為に前線に赴いた私は、開口一番で怒号を上げる羽目になった。
 だって別便で輸送されているはずの私用にセッティングされたガリア・アーセナルVG.39が無いというのですもの。

「ストライカーは先にこちらに到着している手筈ではありませんでしたのっ!?」

 兵站担当の女性兵はぺこぺこ謝りながら状況を説明している。
 なんでもカールスラント側からのネウロイの反抗が厳しく、物資の輸送が滞って私たちだけが先に到着してしまった模様。
 だからといって、折角故郷へ帰還してからの初戦に愛用してきたVG.39が間に合いそうに無いなんて……看過出来ないお話ですわっ!
 2,3日後には到着するといっていますが、それでは全くお話になりません!
 明日には着任して早速任務に吐くという手筈でしたのにっ!

「まぁまぁ、ペリーヌさん。わたしが予備機運び込んでますから……ブリタニアのガリア自由空軍でスピットのMkⅤは使ってましたよね。
 MkⅨは性能も向上してますからきっと……」

 兵站の担当者に半ば罵倒に近い説教を開始した私に、一緒にガリアまで付いてきてくれたリーネさんが控え目な笑顔で割ってはいる。
 でも勢いのついていた私は、そんなありがたい行動をとってくれたリーネさんに対しても思わず叫んでしまう。

「そういう問題ではありませんわっ!!」

 言ってからしまったと思っても後の祭り。
 咄嗟にうまい謝罪の言葉が出てこない。持って生まれた性格とはいえ、こういったときは恨めしい。

「あ、いえ……その」
「うん、折角故郷帰還後の初陣になるのに、ブリタニア製のストライカーじゃ嫌だよね。ごめんなさい」

 笑顔でこちらの心情を慮るフォロー。
 はぁ……、この娘には毎度迷惑をかけてしまいますわね。
 いえ、本当は私がもっと自制しなければいけないんですけれど……。
 ブリタニアからここまで、ちょっとしたことですぐ他人に当たってしまう私を何度リーネさんがフォローしてくれたことか……。

「い、いぇ……でもまぁ、リーネさんの言うとおり、これはガリア軍人としての私のプライドに関わる問題ですわ。
 ですから、至急対処して頂ける事を希望いたします……よろしいですね」

 その言葉で兵站担当者を解放する。
 そしてリーネさんを振り返ってから、半歩近づき、小声で話しかける。

「リーネさん、その……アリガト……」
「はい」

 リーネさんは強くなりましたわね。
 初めの頃の引っ込み思案で自信のなさげな部分は大分払拭され、変わりに穏やかでいて真の強い、強いて言えば坂本少佐の評価通りミーナ中佐に近い雰囲気を纏い始めている様に見受けられますわ。
 こうして気の強い私の押さえにも回ってくれますし、出会った頃と違って安心して物事を任せられるウィッチになりつつありますわね。
 私も士官として中尉の階級を頂く身、ガリア派遣に伴って昇進したとはいえ、先日まで新兵だった新任少尉に指揮官としての実力で負けませんわよ。


 現在リーネさんはブリタニアのガリア派遣部隊先遣隊の一人としてここガリアにて活動をしている。
 といっても、半分無理矢理私が引っ張ってきたような物で、事実上私の副官として、列機として私が好きに使っているに等しい状態。
 今や私の背中を任せられる掛け替えのない戦友といえますわね。
 まぁ、本来は同じくガリアのウィッチと翼を並べたいという思いはありましたが……。
 ブリタニアとガリア亡命政府の政治的な綱引きで殆ど実戦経験を積む事のできなかったブリタニア駐留のガリア自由空軍は実は未熟者揃い。
 ガリア撤退戦以来のベテランは北アフリカ他の別の戦地にて奮戦中でいまさら引き抜くことも出来ないという状況ですし。
 でも、そんな状態にもかかわらず功を焦ったガリアはネウロイに対する駆逐戦闘に部隊を投入し惨敗……全く情けない話です。
 結局現状ではブリタニア、カールスラント、扶桑、リベリオンの連合軍が再編中のガリア軍に代わってガリア領内に残存するネウロイの掃討を行っていますわ。
 実戦経験自体はガリアよりもリベリオンの方が少ないはずなのに活躍できるのは、やはり兵器の差と戦術の研究、そして各ウィッチの心構えの問題ですかしら。
 今まで祖国が蹂躙していたというのに活躍できずに居て功を焦り、私のような貴族の血筋を受け継ぐものが比較的多く気位の高いものばかりで連携がうまく取れなかった、といった所でしょうか……。
 人のことは言えませんが、これでは勝てる戦いでも落としてしまいますわ……。
 そういった意味でも、いいブレーキ役となってくれるリーネさんと共にある事は私にとって幸いでしたわね。
 本当は、坂本少佐がここにいれば一番なんですけれど……、少佐も立場のあるお方、今頃は遠く扶桑の空の下で後進の指導に精を出していることでしょう。
 ああっ、でもっ! お会いしとう御座いますわっ! 坂本少佐ぁ。

「ペリーヌさん、何をくねくねしてるんです?」

 はっ!? 私としたことがついっ!

「ななな、何でもありませんわっ。そ、それよりも、リーネさん。一応予備のスピットファイアを使えるように手配してくださるかしら?」
「はいっ。じゃ、整備の方にお願いしておきますね」
「それと……、」
「ティータイムもバッチリですよ。今日はレンドリースのビスケットじゃなくて、知り合った炊事担当の人から分けてもらったガリアのお菓子がありますから」
「あら、それは楽しみですわね」
「こちらでの着任の挨拶は明朝の0800でいいんでしたよね」
「ええ、それまでは私たちは事実上の休暇中ですわ」
「じゃ、手配とか準備と架しておきますね」
「宜しくお願いいたしますわ」

 本当によくできた娘ですわよね……。
 優しくて気立てが良くて、スタイルも抜群なんて、なんだか出来すぎですわ。
 でも、坂本少佐と比べるとその、なんというか……そうですわ、凛々しさとか、質実剛健さとか、そういった物が足りませんわねっ、ふふ。
 ええ、足りないですわ。足りないから大丈夫。
 っと、私ったら一体何が大丈夫なのですかしら……ま、とりあえずもうちょっと戦況の方でも確認しておきますかしらね。

 本来私はブリタニアからの移動後に旧領地の確認と復興の為の時間が与えられていた。
 そして、実際にそれを行っていたにもかかわらず他の再編中のガリア部隊との合流もせずにこうして急ぎ足で前線に来る事になったのは、前線での損失の穴を埋める為。
 ここにくるまでに聞いた話だと、カールスラント方面から侵入したと思われる新型のネウロイが暴れまわっているらしい。
 コードネームA3と名付けられたそのネウロイは、陸戦型の頑強さと火力を持って陸戦装甲歩兵を圧倒し、強大な対空火力で航空歩兵を寄せ付けないという中々反則的な強さを持っているとの事。
 その上未確認のうわさでは、ある程度の損害を受けると形態を変化させて空を飛ぶとまでいわれている。
 話だけ聞く限りでは眉唾という感じだったのですが……この根拠地の雰囲気の悪さをみると、噂はかなり真実に近いのではないのですかしら。
 無人になっていた小さな町の一部をまるまる基地として運用している根拠地。
 その通りにはには怪我人や破損した兵器の姿が目立ち、全体的に士気が落ち込んでいる様に見受けられた。


 私が整備施設の様子を見に行ってみると、カールスラント主力歩行脚であるタイプカトルやパンテール、そしてかの陸軍大国が誇る最強の重戦闘装甲歩行脚ティーグレもいくつもそこに並べられていた。
 問題はそれがどうみても通常整備ではなく、明らかに損害を受けて修理中と思われることですわね……。
 さらに幾つかの野戦整備施設を確認すると、ブリタニア製やリベリオン製の歩行脚はそれ以上に多く修理を受けていた。
 事前に聞いていた戦力の展開状況から考えるとこの周辺の陸戦ウィッチの戦力は事実上喪失しているのではないのですかしら。
 そして、手近な整備兵に事を確認すると、残念な事にこの私の予想は正鵠を射ていると言えた。
 A3に関するお話はにわかには信じられないような内容でしたが……この様子では少し考えを改めざるを得ませんですわね。

 次に野戦病院に足を向ける。
 案の定そこには何人ものウィッチが負傷で動けない状態にあった。
 ストライカーの損害が多いことからある程度予想はしていても、まるで敗軍の陣地としかいえない光景には絶句せざるを得なかった。
 とんでもない状況になっていますのね。
 でも、考えてみれば当たり前なのかもしれない。
 ガリア開放は快挙であり、きっと歴史的な転機でもあったはず。
 ですからその事実は連日明るい面だけを報道し、人類の大きな勝利だけが一般の民衆たちへと伝えられる。
 それは後方で復興活動をしていた私たちとて同じで、『掃討戦』と言われ、『ネウロイを駆逐する』という勝利者たちの戦場がこのような悲惨な状況に陥っているなどとは想像していなかった。
 真実は前線に赴いた者のみが知り得る。
 その真実から目を背けたところで逃げ場は無く、ただ私たちはその齟齬を埋め、民衆の知る景気のいいニュースを真実に変える為戦う。
 それが『高貴な義務――noblesse oblige――』であり、ウィッチの力を天から与えられた者の使命であると私は確信しますわ。

 気を強く持ち、情報収集を再開した。
 比較的軽症で話の出来そうなウィッチに聞いてみると、どうやらA3の噂はかなり真実に近い様子。
 ただし、飛ぶのではなく高速形態になるということで、そうなってしまうと陸戦ウィッチでは追随できない速度を発揮できるらしい。
 かといって空戦ウィッチでは持てる武装の都合で決定打を与えられない……そういった意味では私のトネールやリーネさんのボーイズでの狙撃はかなり決め手になるかもしれませんわね。
 うんざりするような強さに関する話だけでなく攻略に役立ちそうな情報も手に入った。
 高速形態は地面の上をすべるように移動するので、広い平地で無いとその実力を発揮しきれないとの事。
 それからもう一つ。A3はその強大な戦闘力と引き換えに活動時間が短そうだというお話。
 実際こちらの部隊を追い込みながらも不可解な撤退をした事が何度かあったようですし。
 つまりは、勝てずとも時間を稼げばなんとかなるということですわね。
 まぁ、その様な消極策は本来の私のような貴族には認められない行為ですが、状況にもよりますわ。
 現状味方部隊の建て直しが終わら無い間は戦場で遭遇してもそうせざるを得ませんわね。
 でも、例えばもしも今この駐屯地を襲撃されたら……?
 多くの怪我人や非戦闘員を抱えた状態で、攻め手をいくつも持つ強力無比な敵から後方を守りつつ戦う……第501統合戦闘航空団全員集合なら可能な事かもしれませんが、今の私達では難しい、と言うよりは無理のある話ですわね。
 だいたい、あの部隊は異常すぎましたわ。中隊規模での部隊の撃墜数が四桁に届きそうだったなんて……。
 ともあれ幸いな事に、最前線からある程度距離をとったこの辺りはその行動範囲から外れる為今のところは安全と言った所でしょうか。
 そこまで情報を収集した後、私はリーネさんの元へと向かった。
 待ち合わせ場所はもともとは喫茶店だったらしき建物のオープンテラス。
 空は雲は大目といえども晴れ。
 使用できる建物も限られている現在では一番冴えた場所選定ですわね。準備でもいい仕事をなさいますわ。


「相変わらずいいお茶ですわね」
「うん、こういう場所でこそ、ティータイムに手を抜きたくは無いからね」
「でも、ブリタニアのティータイムは度が過ぎているとも言われてるようですから、この先戦闘が再開しましたら自重しなければなりませんわよ」
「うーん……戦場にいるからこそ、潤いが欲しいと思うんだけどなぁ」
「私としてもその意見には賛成ですわ。しかしですね……」

 そんな優雅なひと時に発せられる、私の含蓄あるブリタニア人への意見を妨害するように大きくサイレンの音が鳴り響いた。
 空襲警報!?

「ペリーヌさん! 私たちも早くっ」
「そうですわね……って、わたくしまだストライカーが……」
「もしかしたらセッティング終わってるかもしれませんし、飛行場へいけば他にすぐ使える飛行脚があるかもしれません!」
「そうですわね。急ぎましょう」

 野戦飛行場に向かう途中、既に緊急待機の部隊が飛行機雲を引きながら上昇をかけるのが見えていた。その数は8.
 目を凝らしていると、リーネさんが「リベリオンのP-51ですね。サブタイプまではわかりませんけど」と教えてくれた。
 全くよくできた娘ですこと。
 町外れの飛行場に到着するとカールスラント隊のBf-109G6も準備を完了した機体から次々に離陸し、上空で編隊を組み始めていた。
 更に扶桑隊の実機は初めて見るタイプカトル……ガリア語ではラファールと言うペットネームの部隊もタキシングに入っていた。
 出撃している数からするとかなり大規模な爆撃らしい。

「リーネさん、私たちの機材は?」
「あっちの倉庫です」

 倉庫まで走ると、案の定まだスピットファイアの準備は整っていなかった。
 もともとリーネさん様にエンジンのマッピングを変更していたのが裏目に出たのだ。

「ごめんなさい、ペリーヌさん。わたしの予備機だったばかりに調整に時間がかかってしまって……」
「仕方ないですわ、あなたが悪いわけではありません……それに、航空部隊は地上部隊ほどの損害は受けていないようですし、ひとまず現地部隊に任せましょう」
「そう、ですね……ところで地上部隊の損害と言うのは?」
「ええ、それが……」

 私は先程まで調べた状況をリーネさんに伝えた。
 A3の事はリーネさんの方でもある程度把握していたらしく、すぐに状況を理解してくれた。

「なんとなく感じてはいましたけれど、そんな状態だったんですね……」

 話が終わってもまだストライカーの調整は終わらず、回線を開いたままの無線機から聞こえる緊張感に満ちた声は、空戦がまだ続いている事を示していた。
 そして無線から状況を把握した私は焦りを覚える。
 当初、今回のネウロイの攻撃は中規模戦爆連合部隊による根拠地攻撃と考えられていた。
 でも、地上攻撃用と思われていた爆撃型のネウロイの多くは爆弾ではなく対空攻撃用の機銃が増設され、爆撃機の護衛の小型のネウロイもかなり多めに展開していた。
 この第一陣の部隊はある先鋒のリベリオン隊と程度交戦した所で早々に撤退を開始、しかしその直後に第二波が襲来。
 戦力に余裕を残しているリベリオン隊はカールスラント隊と共に撃退し、そこに第三波。
 扶桑隊も参戦し、現在は第五波の迎撃戦を行っているようですが……これは明らかに航空撃滅戦ですわね。
 既に何人かが被弾し、不時着又は帰還している。つまり、敵の戦術が成功しつつあるという事。
 未だ空にいる部隊も滞空時間には限りがありますし、私の予想が正しければ、迎撃に限界が来た時点で敵が本格的な爆撃が来るのではないですかしら……。
 そう、この地を失えば、このあたりがカールスラント側からのネウロイの突破口ともなる可能性が……。

「ペリーヌさん、あれを」


 無線に集中しながら悲観的が観測が顔に出ていたのかもしれない。
 そんな時に明るい声でリーネさんが私を呼び、滑走路の方を見るように促す。
 するとそこには各国の後詰の部隊が暖機をしている姿があった。
 P-38にP-47にFW-190にタイプドゥ。
 その全てが腕に機銃を抱えるだけでなく、背に筒のようなもの=フリーガーファウストを背負っていた。

「あれって、対大型ネウロイ専門の迎撃部隊ですよね。なんだかサーニャちゃんがいっぱいいるようで頼もしいです」
「そう、ですわね……。私ごときの心配など、まともな指揮官でしたら当にお見通しですわよね」
「どうか、したんですか?」
「いえ、いらぬ気をまわしてしまっただけですわ。忘れてくださいませ」

 そして無線は、本格的な爆撃部隊の到来を告げた。
 暖機を行っていた後詰の部隊も次々と出撃していく。
 心が逸る。
 私の為のストライカーの調整の方はと言えば、施されていたチューンが余りにも正規手順から逸脱していたとの事で難航していた。
 すい先ほどに何とか目処が立ったらしい。
 まったく、あの無責任なリベリオン娘は余計な事しかしませんわね……。
 憤慨を押さえ込みながら、すぐ近くでストライカーを装着し、魔道エンジンの起動を行っていたリーネさんに命令を下す。

「リーネさん、私はもう暫くかかりますわ。先に出撃して迎撃の支援を行いなさい」
「ごめんなさい……拒否します」
「ええ……ってぇ! なんですってぇ!?」
「私たちまだ正式に命令系統に組み込まれてないですし……それに、それにあの……私はペリーヌさんの、ブルプルミエの2番機で、ブルーセカンドなんです。だから、一緒に出撃したいんです」
「まったく……あなたと言う方は、本当に気が小さいのですわね。やはりそんな方を一人であげるわけには行きませんわ。私の準備が終わるまで待機なさい」
「あ……はい!」
「ほら、しっかりと復唱なさいな」
「リネット・ビショップ、待機します!」

 ふふ、しっかりしているように見えてまだまだヒヨッコ少尉。私が指揮官として導かねばならないようですわね。
 それにしても、正しい上に嬉しいことを言って頂けるではありませんか。
 あなたの様な方が私の2番機でいてくださる事に、改めて感謝いたしますわ。
 そんな事を思っている間にも爆撃機狩りの部隊が次々と離陸していく。
 晴れていた空はいつの間にか雲が増え、今では雲の切れ間に青空が覗く程度になっていた。
 そんな空模様を眺めながら、私は楽観すると同時にわずかに落胆もしていた。
 現在の状況は、指揮官がネウロイの攻め手を読みきってチェックメイトを掛けに行っていると言っても良かった。
 初期段階での迎撃部隊が消耗するに任せて航空撃滅戦に引きずり出されたと見せかけ、敵本命に対しては温存していた部隊をぶつける。
 いささか冷酷すぎる嫌いはあるが、それは的確な作戦指揮と言えた。
 だからこそ、ストライカーの調整の遅れた今、私たちに出番が回ってくるとは思えない。
 そしてそんな思いに追い討ちを掛けるように、無線機からは大型機撃墜の報がぽつりぽつりと入り始めていた。

「ふぅ、どうやら出番はまわってきそうにありませんわね……」
「そうですね、それに、幾らネウロイでもこれだけの手の込んだ事をしたら暫くは活動も低調になるでしょうし」
「明日の着任以降は、哨戒任務の日々が続きそうですわねぇ……こんなことでしたら、着任前を理由にティータイムを楽しみ続ければよかったですわ」
「ああは、でもそれは余りにも不謹慎すぎたんじゃないですか?」
「ふふ、そうですわね」

 終わりを確信し、肩の力が抜けて二人笑顔で冗談を言い合う。
 出撃していった者達に怪我をしたものもいただろうし、二度と飛べない身体になったものもいたかもしれない。
 それでも、私たちにはその後を埋める覚悟は出来ていたから、今はお互いに今日無事である事を祝う事のできる権利と、義務があった。
 そこに、そんな安堵の空気を吹き飛ばすような通信が入った。

『敵爆撃隊第二波接近! 大型ネウロイ4。緊密な編隊を組んで……違う! 今目視した! なんてことだ……4機でA3を懸架してる!!!』

\n
「!」
「!」 
「リーネさん! 出撃準備を!! 私のストライカーはっ?」

 了解です!と短く応えて架台のボーイズを掴むリーネさん。
 私のスピットファイアも丁度仕上がったようで、整備兵が笑顔で親指を立てていた。
 見ればいつの間にか国籍マークがガリアのものに書き換えられていた。
 とてもありがたいことですわ。

「先に上がりなさい! 私でしたらすぐに追いつけます! ……コンタクト!」
「イエスマム!」

 リーネさんは敬礼してから背を向けて表に出、タキシングに入る。
 回れ……回れ、回れ!!
 野戦設備の貧弱なスターターに対して貴族にあるまじき悪態を吐きそうになってすんでで飲み込み、エンジンへと魔力を流し込む。
 その間にも先程帰還したばかりの先発隊がフリーガーファウストを担いで滑走路に入るのが見えた。
 機銃を持っていない。
 魔力を消耗してまともに空戦の出来ない状態でありながら、せめて一撃を与える為に単射のロケット弾のみを装備して上がるつもりなのだ。
 更に、無茶苦茶な内容の命令がスピーカーから響いた。
 
『現在待機中の全ウィッチへ、ストライカーが起動できるものは全て出撃し、A3を撃退せよ』

 随分と弱気ですわね。上げるだけ上げながらも目標が撃破ではなく撃退とは……。
 規定の出力まで到達し、計器とにらめっこをしていた整備兵が発進ヨシの合図を出す。
 ありがとう、よくやってくれましたわ、とお礼とねぎらいの言葉をかけ、格納庫を後にする。
 滑走路では既にリーネさんが離陸しようとしていた。

『ブリタニア空軍610戦闘機中隊のリネット・ビショップ少尉です。現在ガリア自由空軍602飛行隊に転出しブルー小隊2番機を勤めています。
 ええと、フライシュッツェとお呼び下さい。出撃を以って着任の挨拶とさせて頂きます。宜しくお願いします。OTR、オーバー』
『元501統合戦闘航空団ですね。期待しています。発進許可下りました』
『は、はいっ! 了解です。ガリアンブルーセカンド、離陸します』

 重い対戦車ライフルを構えながらもブレの無い綺麗な離陸を見せ、リーネさんは空の人となった。
 私もブレンガンを架台から取り、腰のレイピアの固定を確認して格納庫を出る。
 空は既に先行きを表すが如く雲が立ち込めた曇天模様だった。雲底高度も下がりつつあるらしく、湿った風が雨の到来を予感させる。
 タキシングから滑走路へ入る。近くで見る出撃待ちの義勇軍の方々はみな消耗し、自身もストライカーも傷だらけだった。
 人によってはガリア軍の識別章をつけた私に向けて恨みがましい目で睨んで来る場合もあった。
 あたりまえですわね。
 あなたがたが今ここで苦しんでいるのは、私の同胞が不甲斐ない戦いをしたせいですもの。
 でも、その様な評価などすぐにひっくり返して差し上げますわ。
 この私がガリアのウィッチの真の実力を示し、共に翼を並べガリアの地を守護した事を誇りに思えるようにして差し上げます。
 そして、数人の間を置いて私の番が回ってくる。

「ガリア自由空軍602飛行隊ブルー小隊長ペリーヌ・クロステルマン中尉、ブループルミエです。以後宜しくお願いいたしますわ。OTR、オーバー」
『確認しました。発進を許可します。現在無傷の翼はあなた方ブルー隊だけです。よろしくお願いします』
「ブルプルミエ、出ますわよっ!」


 離陸、上昇。緩やかな加速で先行していたリーネさんに合流し、進路を調整する。
 地上では陸戦ウィッチと戦車部隊が展開しはじめていた。
 無線通信の情報によると根拠地から約20km地点にA3が降下したらしい。
 対大型ネウロイの重攻撃部隊がA3を懸架していた4機の内1機に致命的な損害を与え、強制的にA3を降下させる事に成功したようだ。
 しかしこの戦闘で部隊はフリーガーファウストを全弾消耗したうえに30%以上の損害を出し、部隊としての機能を喪失しているという。
 それでもこの戦果は大きい。
 A3の主砲のビームの射程は5km以上といわれている。
 つまり後数分撃墜が遅れていれば、根拠地はその直後から砲撃に晒されていた事になる。だからそれは犠牲と損害に見合うだけの戦果と言えた。
 空を飛ぶものにとって20kmの距離などあってないようなもので、雲の隙間からは既に大型ネウロイが目視できていた。
 周囲を飛ぶフリーガーファウストを装備した決死隊の逡巡が伝わってくる。
 フリーガーハマーと違ってファウストは一発使いきりのロケット兵器。今ここで大型ネウロイに使ってしまってはA3への攻め手を失う。
 かといってこれらのネウロイを放置する事もできなかった。
 根拠地は要塞化された軍事施設では無く、無人だった街を接収したものでしかないのだ。
 大型ネウロイの持つ近接防御火力だけでもかなりの損害を受ける事は間違いなかった。

「リーネさん!」
「はいっ!」

 迷っているのは一瞬で、リーネさんには一言だけの呼びかけとアイコンタクトで全てが通じたと確信できた。
 少々乱暴ですが、スピットファイアの慣らしをさせてもらいますわよっ!
 高度を上げながらストライカーのコントロールに集中する。
 加速も舵の効きも魔力の増幅性能も申し分ない。

「お行きなさい! あなた方はA3を討つ為に空に来たのでしょう! でしたら初志を貫徹なさい!」
『しかし3機の大型ネウロイはどうするつもりです? ガリアンブルーリーダー』

 幾らか焦りを含んだ指揮官らしき人物からの通信が返る。

「我々ブルー小隊にお任せして頂ければ万事解決いたしますわ!」
『中尉、無傷とはいえたった2機では危険です。こちらの判断に……』
「時間の無駄ですわっ!」

 一番距離の近いネウロイに対し小刻みにロールを行い、相手に照準の暇を与えずに高速で航過。その刹那に胴体部へとブレンガンの連射を叩き込む。
 案の定先程の重攻撃隊との交戦で損害が癒え切っていないネウロイの体表は普段からは想像できないほどあっさりとはじけ飛んで光を散らす。
 攻撃と同時に回避行動に移った視界の隅――眼鏡のレンズの外――に一瞬だけ露出したコアの赤い光が流れ去る。
 その一瞬の隙を、私の僚機である魔弾の射手は逃さなかった。
 断雲と爆煙の隙間を塗って青白い魔力光を纏った弾丸が飛来し、そのネウロイはただの一撃で無数の光の欠片となって霧消する。

「ブルーセカンドへ、次を狙いますわよ!」
『ブルーセカンド了解です』

 断雲を視界の遮蔽に利用し次の獲物へと切り込む。視界の中で大きさを増す巨体の左側面側のダメージがひどく、弾幕も薄い。
 火線の死角から滑り込むように機動し、トリガーを引きっぱなしにして薙ぎ払う。
 表面構造が弾け、内部が露出する。
 同時にネウロイの巨体が失速覚悟の鋭敏な左ロールを打って傾き、死角を利用して離脱に入った私の背面を無理矢理射界に収めようとする。
 でもそんな動きはすでに計算済みですわ。
 死に物狂いで休み無く大気を引き裂き続ける火力の顎が私を捉えるよりも早く、砕けたまま再生の終わらない装甲の隙間へと蒼白の魔弾が飛び込む気配を感じた。
 振り返る必要などありませんわっ!


「っで、そこのあなた方、私たちブルー小隊の華麗なる空戦に見惚れている暇がありまして?」
『くっ……全機、ここはブルー小隊に任せA3に向かいなさい!』『イエスマム!』『ヤーヴォール!』『了解!』

 各々の母国語で応え、フリーガーファウストを抱えた決死隊の乙女たちがA3へと向かう。
 ここまでは添え物切り……今の撃墜は事実上重攻撃部隊の戦果ですわね。
 残った一体のネウロイはどうやらリーネさんを最大の脅威と考えたらしく、彼女へとその機首を向けて加速する。
 射程や一発の威力ではリーネさんが圧倒的に有利でも、近づかれてしまえばリーネさんには私のようにネウロイの近接火力を避けるだけの回避技術は無い。
 射撃時に足を止めているリーネさんはあっという間に距離を詰められていく。
 リーネさんはボーイズで応射しているが、この個体が一番受けていた損害が低いらしく、着弾点から光を散らしながらもその突進は止まらない。
 ネウロイにしてはいい判断ですわ。
 ですが、私という存在を疎かにしていた時点であなたの敗北は決定していましてよ。
 その近接火力がリーネさんを射程に捕らえようとする寸前、一旦上昇をかけていた私の高度差運動エネルギーを乗せたレイピアの一撃が、ネウロイの胴体中心を刺し貫く。
 魔力を込められたその刺突は、ネウロイにとっては大口径砲弾よりも剣呑な打撃となってその巨体を崩壊させる。
 坂本少佐の扶桑刀の一閃はあまりにも素晴らしく見事で凛々しさと美しさに溢れ、その威力はどのような敵相手でも一撃必殺。
 だから、普段はその後ろに付かせて頂けても私の出番などまわってくる事はありませんでしたけれど、私のレイピアもこの程度のネウロイを倒すには十分ですのよ。

「いい判断でしたわ、リーネさん」
「ペリーヌさんこそ、ありがとう。絶対に倒してくれるって信じてたよ」

 本当にさすがですわ。
 咄嗟の囮役の交代だけでなく、私の攻撃を信じて殆ど魔力を込めない牽制のみの攻撃を行い、戦力の温存を図るという先を見越した行動にも感嘆する。
 あとはそうした気遣いが無駄になるほど簡単に終わっていただけると嬉しいのですが……そううまくはいきそうにありませんわね。
 A3に到達し攻撃を開始した部隊からの流れてくる無線は、案の定苦境を告げていた。

『防御が硬い! 踏み込んでから撃て!』『扶桑隊、全弾消耗。帰還します』『火力が足りない!』
『撃ったら飛べるうちに帰還しろ。そして出られるならもう一度上がれ』『くっ、被弾した……誰かわたしのファウストを、頼む!』
『陸の連中は展開できないのか?』『メイデイ!メイデイ! きゃああああああ!!!』

「さっきの皆さん、状況あまりよろしくないようですわね……」
「そうですね、急ぎましょう」
「ええ、言われるまでもありませんわ」

 高度を下げながら戦闘領域へと加速をかける
 戦闘爆撃隊が健在ならもう少しやりようもあるんでしょうけれど、制空部隊で地上攻撃では苦戦は免れませんわね。
 私のトネールとリーネさんの狙撃が素直に通じればよいのですが……。
 思考する暇もなく一分程度で雲の切れ間からA3を目視。
 その六本脚の巨体は、まだ数kmの距離があるというのに圧倒的な存在感を持ち、その大きさの割には小さめの砲塔に赤い光を湛えていた。

「あれが、A3……」
「ペリーヌさん、あれ……ビームが……」

 その光の開放の瞬間の光景は、臆病者でなくとも戦慄に身を竦ませるに十分な衝撃を持っていた。
 余りにも強烈な赤の奔流は回避の遅れた航空歩兵を展開したシールドごと吹き飛ばし、薙ぎ払い、大地を大きく穿ち、巨大な破孔を作ってからやっと止まった。
 ビームを撃ち終わったA3は悠々とその脚を交互に動かして前進を再開する。
 くっ、急がなければなりませんわっ!
 加速をかけて距離を詰める。
 しかし、現在の航空隊の総指揮官であるらしいカールスラントの士官――先程の決死隊指揮官とは別の方、どうやら重攻撃部隊の指揮官らしい――が私たちの存在を認めて放った命令は、余りにも意外なものだった。


『ガリアンブラウ小隊はその場にて待機しろ』
「ど、どういう事ですのっ!? 先程の大型ネウロイは全て撃墜してきましたわっ! 一体なぜ?」

 そのあんまりな内容の命令に困惑してしまう。
 そしてリーネさんの返事が私の混乱に拍車をかける。

「了解しました。ブルーセカンド、待機します」
「ちょっとリーネさん! そんなに簡単に了解して頂いては困りますわっ!」

 ここまできて、あんなに傷ついてまで奮戦している仲間たちがいると言うのに、なぜ待機しなければいけないんですのっ!?
 でもリーネさんは緊張しつつも冷静な様子で私に小声で話しかけてくる。

「ペリーヌさん、あの指揮官の人って、かなり無茶ですよ」
「ええ、本当ですわ。この期に及んで私たちに待機などと……」
「わたし達の戦力を温存してるんです。多分ですけど、高速形態になったA3を私たちだけに対応させるつもりじゃないでしょうか」
「なっ!?」

 まさかそんな無茶な……と一瞬思っては見たものの、確かに間違った選択でもありませんわね。
 A3はある程度のダメージで形態を変化させる。高速形態に変わってしまえば、現在の六本足での歩行とは比べ物にならない速度になるのだろう。
 しかもここから根拠地の町まではその動きを阻む森林や河川、急峻な地形などは無く、なだらかな丘陵と平野、草原が続いているのみ。
 温存した私たちの力で、敵に行動する隙を与えず一気に決着をつける。そういう戦術ですのね。
 先程の短い戦闘で実力を認めてくれていたのでしたらありがたい話ですわ。
 
『ブラウリーダー、復唱は?』
「了解しましたわ、ブルーリーダーも待機いたします」
『逸る必要は無いぞ中尉。道は我々がつけてやる。止めは君たちでやれ』
「ふふっ……ありがとう、ございますわ」

 緊張を隠す為、微笑を混ぜて返事を返す。
 失敗は許されませんわ。
 了解を伝えてから改めて交戦空域を見やると、既に戦闘を継続している航空歩兵は10人を割る程度にまで減っていた。
 驚くべきことにその中には重攻撃部隊のFw-190を装備したウィッチが二人も混ざり、疲れを感じさせない軽快な起動で果敢な攻撃を仕掛けていた。
 多分あのどちらかが総指揮官……まさかまだ戦闘を継続していたなんて。てっきり距離をとって指揮に専念しているものとばかり思っていましたわ。

「ペリーヌさん……」

 すぐ後ろで、リーネさんが心配そうに声を書ける。
 多分、気持ちは同じですわね。
 ひと呼吸で詰められる距離で、友軍たちが視力を尽くして戦い、一人、また一人と力尽きて落ちていく。
 何も出来ずにただ見守るだけなんてこんな拷問はありませんわ……。
 既にA3も味方のウィッチも満身創痍に見えた。
 A3は六本あった脚のうち右中央と後ろの二本を失い、各所も装甲が剥げ落ちていた。
 ウィッチもついにFw-190装備の二人だけになってしまった。
 戦闘時間を考えたら当に限界を迎えてもおかしくないはずなのに、二人はまだ空にいた。
 でも、そんな奮戦にも終焉が訪れようとしていた。
 放たれたビームが、片方のストライカーを直撃し、バランスを崩す。
 敵にとって絶好の好機。
 案の定A3の火力が被弾したウィッチへと集中する。
 その時、もう一人のウィッチ採った行動は私が個人的には到底認められるものではなかった。
 列機に攻撃が集中し自分への圧力が減ったその瞬間を、攻撃の好機と判断したのだ。
 なんという冷酷な人!
 しかしその攻撃はあまりにも見事だった。
 何処にそんな力が残っていたのだと思う程爆発的な加速で懐に飛び込むと、A3が近接迎撃の為に腕の様に振り上げた左中脚を回避して肉厚のグルカナイフで根元から切断。
 主砲がそちらを向くよりも早く俯角限界よりも下へ飛び込んで左後足を切断。
 そして、その動きはまだ止まらず、胴体上面側に向かって飛び出すと、驚くべき事に主砲の射線にその身を晒したのだ。
 先程までの非難の感情など彼方へと消え、その身を案ずる叫びを私が発するよりも早く、あの強烈な主砲が放たれた。


「指揮官殿っ!」

 驚愕は終わらなかった。
 そのウィッチはストライカーの先に強固なシールドを展開。
 シールドは耐え切れずに崩壊し、片脚のストライカーが犠牲になる。
 しかし、それと同時に主砲の威力を受けて加速し、両足のストライカーを砕かれて墜死の危機にあった列機の救出に入ったのだ。
 思惑は見事に当たり、二人のFw-190ウィッチは抱き合って不時着した。
 逆算してみると、もしかしてですけれど、はじめのウィッチの被弾からの一連の動きまでが全て計算された動きにも思えますわね。
 まさか……ですわよね。

『ブラウリーダー、見とれている暇は無いぞ。待機は終わりだ。奴を倒せ。確実にだ』
「は、はいっ! この私にお任せ下さいませ。行きますわよ、ブルーセカンド」
「イエスマム、ブループルミエ」

 まさかあの距離あの状態から、私の方を見ていましたのかしら……それこそ、まさか、ですわね。
 意識を不時着した二人からA3へと視線を移す。
 一見残骸の山にも見える状態のA3は、一瞬身震いすると余分な外装を吹き飛ばして変形していく。

「一先ず私が接近して様子を見ます。ブルーセカンドは援護を」

 言いながら一気に高度を下げ、未だ変形の途上にあるA3への襲撃コースへと入る。
 戦闘を客観的に観察していたお陰で、その体のどの部位にどのような兵器が存在しているかはある程度理解できていた。
 変形してもと元の形態の面影を残す部分の役割には大きな変化は無いはず。
 先程の戦闘を見ていて、直射型の対空火力よりもあの誘導兵器が多く味方を撃墜しているように思えた。
 だとすれば、狙いは胴体後部の誘導兵器発射口。
 攻撃を警戒するだけでは終わらせません! 発射の瞬間を見切って、全て誘爆させますわっ!
 対空ビームが断続的に放たれる。
 火線を見切ってロールを打ち、回避。
 巨体が迫る。
 トリガーを引く衝動を押さえ込んで踏み込む。
 上空を航過。
 ピッチを下げて前転気味の姿勢で減速し、A3胴体後部を視認。
 今この瞬間にも発射されようとしている誘導兵器を照準に捉える。
 その時。

『ペリーヌさん! 避けてっ!!』

 トリガーを引き絞ろうとした瞬間に鋭いリーネさんの警告。
 戦闘中だというのファーストネームで呼ぶ。焦っている証拠。
 その張り詰めた空気を一瞬で理解し、勘の赴くままに逆宙返りを打ってA3の後方側から前面側に向かって加速。
 支援射撃が駆け抜け、左後方から断続的に炸裂する爆音と衝撃波が鼓膜と脳を全身を揺さぶる。
 展開したシールドで受け切れなかった対空砲火が翼や髪を掠める。
 更なる悪寒を感じて、未だ状況を理解しない頭の混乱を無視して脊髄反射的に最大加速。
 な、なんなんですのっ!?
 やっとそこで目線だけで左右を確認し、改めて戦慄する。
 例の誘導兵器――超小型の自爆型ネウロイらしい――が後方側から私を包囲し、今にもその囲みを閉じようとしていた。
 そんなっ!? まだ発射前だったはずですわっ!!
 驚愕を感想の言葉にする間も、回避行動を継続する。
 限界まで加速。
 トップスピードに乗った所で左へと急旋回。
 魔法による物理保護の限界を超えて、首が、腕が、背骨が、脚が、体の全てが軋みを上げる。
 割れよとばかりに奥歯を噛んで耐える。
 重量が何倍にもなったブレンガンを取り落とさないよう、しっかりと抱える。
 安全係数を超えたストライカーユニットから嫌な破砕音が響き始め、眼球からは血の気が引いて、視界が暗闇に閉ざされる。


「んっ…………ぐぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………」

 品の無い獣のような唸り声が響く。
 それが私の口から発せられているのだと気付くまでにかなりの長い時間がかかった気がした。
 でも実際は1秒の何分の一にも満たないような時間だったのかもしれない。
 そんな遠い世界での出来事を見ているような感覚は、再び全身に届いた爆砕の響きによって中断された。
 リーネさんの声が聞こえたような気がしましたけれど、あいにく鼓膜が馬鹿になってますわっ!
 うっすらと回復し始めた視界で周囲を確認すると、超小型自爆ネウロイとの距離は思ったより開いているように見えた。
 危機的状況は変わりませんが……これならばっ!
 失速しないようバランスを保ちつつ、身体を折って後方に射撃。
 加速して迫りつつある自爆ネウロイたちを撃ち抜き、誘爆させる。
 更にその後方には別の誘導兵器群が迫りつつあったが、距離が合って動きが見えているのだったら大した敵ではない。
 余裕を持ってその一群を片付ける。
 だが何か機動に違和感を感じる。もしかして、先程の急旋回の時に舵が破損しているのかもしれない。
 
『……リーヌさんっ! ペリーヌさんっ! 大丈夫ですかっ!』
「戦闘中ですわよ、ブルーセカンド」
『あ、ごっごめんなさいブループルミエ』
「構いませんわ。にしても今のは一体何がありましたの!?」

 体勢を立て直し、呼吸を整えつつ戦場全体を見ていたはずのリーネさんに尋ねる。
 確かに、あの警戒すべき誘導兵器はまだ放たれていなかったはず。
 だというのに射撃位置に付いた時には既に私はその術中に嵌っていた……解せませんわ。

『あのA3の破片です。排除した破片が変化して襲い掛かってきていました』
「そんなまさか……」
『でも、狙撃が間に合ってよかった……一番初めに直撃しそうな一群だけは排除できたんで……』
「本当に、助かりましたわ、リーネさん」

 言いながらA3の姿を求めて視線を巡らせる。
 高速形態と呼ばれたその姿は伊達ではなかった。
 再び上部の砲塔部分に赤い光を湛えながら遮るもののない平原を加速し、根拠地へと迫っている。
 痛恨のミス。
 私は相手が動いていないという絶好の好機を棒に振ってしまった。
 それでも、あきらめるわけにはいきませんわっ!

「追撃しますわよ! ブルーセカンドは後部側から誘導ネウロイの発射口を重点的に狙いなさい」
『イエスマム。ブループルミエ』

 A3は地上物とは思えないほどの速度が出ていた。
 こちらがかなり増速していると言うのに、攻撃を回避するたびに打つロールでわずかに減速せざるを得ない為、中々有効射程へと踏み込ませてくれない。
 その上、やはり先程破損したらしく舵の効きが悪い。
 普段よりも丁寧に操作を行わなければ回避どころか失速しかねない為、慎重にならざるを得なくなり、結果的に距離が詰まらない。
 幸いな事に例の誘導兵器は発射される度にリーネさんの狙撃によって殆どが無効化されていた。
 それどころか発射口の一部は狙撃によって破壊に成功し、その存在のプレッシャーはかなり低下していた。
 リーネさんは狙撃手として十分以上の仕事をしている。
 にもかかわらずフォワードである私が仕事を全う出来ないのであれば、末代までの恥ですわっ!
 対空攻撃をかわしながら、少しずつ、少しずつ、確実に距離を詰める。
 恐らくコアはあの砲塔直下の辺りにある。
 コアから直接力を呼び出して放つからこそあれだけ強力なビームを形成できるはず。
 でもその前面側も後面側も分厚い装甲に護られていた。
 実際リーネさんの狙撃がそのあたりに命中した事はあったけれどその装甲を打ち抜くことは出来ず、2発目が着弾する頃には既に回復が進んでいた。
 ならば、ギリギリまで近接した上でトネールで装甲を破壊し、リーネさんの一撃に任せれば万事解決ですわっ!
 長い様でいて短いエアチェイスは終焉を迎えようとしていた。
 勿論それは私たちの勝利による大団円ですわよっ!
 既に誘導兵器発射口はリーネさんの狙撃によって全て沈黙し、私は後面側の地面スレスレに身を置き、A3の対空砲火の死角に入り込んでいた。
 届く! そう実感した瞬間、主砲塔が赤い光を湛えたままぐるりとこちらを振り返り、その凶悪な一撃を開放した。


「っ!!!」

 咄嗟のバレルロール。
 何とか直撃だけは回避するが、ブレンガンをその光の奔流に飲み込まれて喪失する。
 同時に、ストライカーユニットにも限界が来た。
 バキンと大きく音が響いて先程の対空攻撃を受けた左翼が崩壊する。
 空力のバランスが崩れ、ロール状態から回復できず、地表スレスレを飛んでいた私は無様にも失墜する。
 くっ……何たる失態!
 勝利への油断がこのような……。

「ペリーヌさんっ、無事ですかっ!」
「くっ……大丈夫、ですわっ!!!」

 追いついたリーネさんの肉声に応えながらガバッとその身を起こし、片翼のまま無理矢理離陸に入る。
 私が、皆の期待を背負って、結果を出さねばならない私が、こんな所で負けてなるものですか!
 しかし、視線の先遠ざかるA3との距離は絶望的な程離れているように見え、それを意識してしまった私の心は力なく魔道エンジンを振るわせるだけで離陸できなかった。
 涙が込み上げてくる。
 こんなところで諦める訳にはいけない。根拠地の仲間たちを、ガリアの為に戦う戦友たちを護らなくてはいけない。
 でも、どうしていいのかわからない。
 武器を失い、飛び立つこともできず、ただ憎むべき敵の後背を拝むことしかできない。

「っ……」

 何かを言おうとして、言葉を飲み込んだリーネさんが無言で肩を貸してくれた。
 その力に押され、柔らかに離陸する。
 今の私には、思ったことを素直に口にして頂ける方が嬉しいですわ。
 無様な私を罵りでも、何でも言って頂ける方が……。
 そんなことを考えながら、まだ肩を組んだままの至近距離のリーネさんの横顔を見つめる。
 思いが通じたのか、こちらを向き直って口を開いた。

「無駄じゃないですし、まだ……負けてません」
「リーネさん……」

 真摯な瞳で私の弱い心を射抜きながら、リーネさんが加速する。
 私も豊かな体の感触に護られながら、つられて加速。

「あのネウロイって、やっぱり無理があると思うんです」
「無理、ですの?」
「高速で走行しながらだと、主砲を打つための力を溜めるのに、かなり時間がかかるんだと思います」

 力強く、私を励ます為に言葉を捜し、紡いでくれるリーネさん。

「だから、多分ですけど、根拠地が射程に入ってもすぐには撃てないと思います。だから、その……さっきビームを撃たせたのは無駄じゃないと思うんです」
「リーネさん……」
「あ、あのそのっ、予想と言うかっ……勝手な想像ですっ。根拠なんか無くて……そうだったらいいなって、あの……」

 多分潤んでしまっているであろう目で見つめ返し、その名前を呼ぶとそれだけでいつもの少し自信なさげな雰囲気に戻ってしまうリーネさん。

「ふふ、十分ですわ。そうですわね。私の行動の全ては無駄にはしませんし、負けるつもりもありませんわ」
「ペリーヌさん……」
「行きますわよ。相手が嫌がるのでしたら同じ方法で、何度でも!」
「はいっ!」

 ストライカーに魔力を込め、更に加速。
 組んだ肩を離し、私が前衛、リーネさんが後衛。
 かなり損害を受けて片翼と機銃を既に喪っているはいえ、相手も誘導兵器という一番剣呑な迎撃方法を喪っている。
 ならばいい条件ですわっ!
 距離を詰めるうちに、根拠地隊からの通信が入る。

『航空兵、そちらの状況を教えろ。敵ネウロイは丘陵の陰になっていて見えない』
『ブルーセカンドよりブループルミエ。根拠地こちら側に地上部隊が展開しています。内訳は装甲歩兵多数が塹壕に待機、88mm砲二門がこちら方向を指向しています!』

 気色ばんだリーネさんの報告。
 出会い頭に火力を集中するつもりですわね。
 考えながら、傷だらけだった陸戦ウィッチたちの姿を思い出す。
 あんな状態の方々が、無理をしてまで動いて防衛網を敷いていますのね……。
 胸に熱いものがこみ上げるのを感じながら指示を飛ばす。

「ブルーセカンド、私では高度が低くて確認できませんわっ! そちらで根拠地隊の誘導を行いなさい」
『イエスマム!』

 直後から無線での情報の応酬が開始。
 私の方は超低空飛行で火線を避けつつA3との距離を詰める。
 そしてエアチェイスの第二幕もクライマックスに差し掛かる。
 根拠地外縁から距離約4kmのなだらかな丘陵。
 A3の砲撃能力ならばここで足を止めて砲撃に移ってもおかしくないはずですわ……でも、ここを超えても前進するようならば……。
 果たして、A3は丘陵を超え、更に前進を続けた。
 やりましたわっ! 奴はまだ主砲の発射準備を終えていません!
 無様に這いつくばった行為が無駄ではなかった。ただそれだけの事実が私の心を、身体を、今以上に奮い立たせる。
 そのままレイピアを構え、いつでも攻撃に移れる距離で追跡を続ける。
 当初の目的通り根拠地を砲撃するか、それとも邪魔な私を確実に始末するか……ネウロイの逡巡が手に取るようですわ。
 そんな困惑を湛えた獲物を、猛獣たちが見逃すはずも無かった。
 根拠地外縁から約2km離れた前進壕に運び込まれた88mm高射砲二門のカモフラージュカバーが取り払われ、既に射撃準備の終わっていた砲はウィッチたちによる若干の方位修正の後に放たれる。
 その間、僅か1秒。
 同時に塹壕を飛び出した装甲戦闘歩行脚部隊が各々の砲を構えて前進し、航空歩兵のそれよりも濃厚な魔力の込められた一斉砲撃が始まった。
 88mm砲も恐ろしいほどの速さで次弾を装填し、速射。
 まさに、十字砲火ですわね。
 私は余りに圧倒的な攻撃に巻き込まれぬ様高度を上げ、その光景を見守った。
 砲身が赤熱化しても構わずに砲撃を継続する者、自らの砲による衝撃で傷口が開いたのか苦悶の表情で膝をつく者、弾が切れたというのに引鉄を引き続ける者。
 誰もが必死で戦っていた。
 熱狂的な10秒余りの宴が過ぎ、砲撃の余韻だけが残される。
 A3の巨体は、舞い上がった濃密は砂埃に覆われて上空からでも視認することができなかった。
 どんなに強力なネウロイであろうとも、あれだけの火力の集中を凌げているとは思えない。
 それでも、もう油断をするつもりはありませんわ。
 緊張状態を保ち、右腕のレイピアに充填した魔力を維持する。
 そこで、胸騒ぎがした。
 既に二度もチェックメイトと思った状況をひっくり返されて疑心暗鬼に陥っているのだと、自分に言い聞かせたかった。
 それでも言葉にできない不安が心中に広がっていく。
 エイラさんならこんな時にもっと明確なことを言えるのでしょうけれど……。

 最悪な事に、いやな予感は的中した。


 立ち昇る爆煙の余韻の向こうに赤い光が煌めいた。

「陸の皆さんっ! シールドをっ!」

 私が叫ぶのと、それが姿を現したのはほぼ同時だった。
 それは破損したパーツを排除して人間の上半身を模したような姿に変わりながら上昇を開始し、数十メートル上空から地上に向かって無数のビームを放つ。
 くっ……なんたるバケモノ! はじめの噂の通りではありませんかっ!!
 地上では魔力の残っているものはシールドを展開し、そうでないものは地に伏せたり塹壕に飛び込んだりしていたが、重症で動けないものもいた。
 大物から狙われたらしく、88mm砲からその攻撃を受け、弾薬が誘爆し、付近にいたウィッチが吹き飛ばされる。
 護らなくてはっ!

「リーネさんっ! 先程のプラン通りで行きますわよっ!」
「はいっ! 任せて下さい!」

 既にボーイズを構えた姿勢で応えるリーネさん。
 私も、今度こそ失敗は致しませんわっ!
 魔力を込め、爆発的な加速で機動。
 破損で低下したスピットファイアの性能を、漲る魔力を以って補い、翔る。
 シールドを展開しつつ今正に地上に倒れる陸戦ウィッチへと放たれたビームの火線に割り込んで弾く。
 この程度の普通のビームならば、なんてことは御座いませんわ!
 その背の名も知らぬ戦友を振り返らずにレイピアを構え、ネウロイに向かって突進をかける。
 私の存在を認めたネウロイが上昇をかけつつ火線をこちらへと集中する。
 それだけで地上への圧力が減らせるのであれば本望っ! この程度の弾幕、全て凌ぎきって見せますわっ!

「はあああああああっっっ!!!」

 裂帛の気合と共に前へ、前へと切り込む。
 シールドは張らない。
 そんなものは一振りの剣と化した私にとっては余計であり無粋。
 ビームの火線を見切り、回避。
 避けられないものは魔力を充填したレイピアの切っ先で弾き、軌道を逸らす。
 剣士たる者、白刃に身を晒し、肉を切らせる覚悟こそが重要。
 坂本少佐の教えが心に蘇る。
 その手に握る剣は違い、戦い方が異なろうとも、根底に流れる思いは一つ!
 魔道エンジンが限界を超える出力を叩き出し、A3との間合いを一気に詰める。
 そこで、ふと、砲火が止む。

『ブループルミエッ!』

 リーネさんの警告の声を認識するよりも早く、私の体が反応する。
 地上、未だ収まらぬ粉塵の底から駆け上がる無数の誘導兵器が一瞬で間合いを詰め、私を包み込むようにして迫る。
 同じ手が……。

「何度も通用すると思っては大間違いですわっ……トネール!!」

 固有魔法、発動。
 私を中心にして雷光が輝き、周囲に向かって無数の稲光が放たれる。
 稲光の直撃を受けた誘導兵器は爆散。
 貫く紫電のその威力は衰えず、止まらない。
 雷の力は次の目標を求め、光の速さで到達して爆裂の花を咲かせ、更に次の目標を打ち抜く。
 一秒の何分の一にも満たない時間の中で、無数に繰り返される雷光と爆散の乱舞。
 そんな破滅の回廊を突き抜け、コアのあると思しき部位の装甲へとレイピアを撃ち込み、魔力を爆発させる。
 A3の強固な胸部装甲が吹き飛び、同時に私は離脱。
 そこにハンドコッキングとは思えない速度と精密さで、リーネさんのボーイズから放たれた濃厚な魔力を含んだ徹鋼弾3発がA3のコアへと飛び込んだ。

「やった! やりましたわっ!!」

 歓喜の声を上げる。
 でもその喜びを打ち消すように、無線機からリーネさんの悲痛な声が響く。

『そんなっ……まだ隠し玉があるなんて……』
「な、なんですのっ!?」

 驚愕しながらA3を見やると、ネウロイとして致命的な打撃を受けたはずのその巨体が未だ空に浮かび、ゆっくりとだが上昇を続けている。
 な……、リーネさんの狙撃を3発もコアに受けて、無事なはずがありませんわ……何かの間違いですわっ!

『物理攻撃を無効化する格子状のコアバリアをもったネウロイです。前に出たときは芳佳ちゃんとルッキーニちゃんが協力して倒しましたけど……』
「く……そんな、またしても……」

 A3の胸部をよく見ると、コアを覆うようにバリアが展開しているのが見えた。
 そして、更にそこを覆うように装甲の再生が開始している。
 地上からの射撃が散発的ながら再開された。
 A3は時折命中する砲撃にその身を揺らせつつも不気味な沈黙を保ち、静かに上昇していく。
 余りの悔しさと絶望感に泣きそうだった。
 それでも……それでも、考えるまでも無く、まだやれる事はありますわ。
 私は近接したリーネさんへと話しかける。

「リーネさん、まだやれる事は残っていますわ」
「はい。でも、ペリーヌさん、トネールを使ってしまって、魔力は大丈夫ですか?」
「まだまだやれますわよ。なんと言うことはありませんわ。それよりリーネさん、戦術を」

 実の所限界が近かった。
 それでも、足りない魔力を気力で支えられる気がした。
 今の私はそれほどまでに闘志に満ちていた。
 そして私はリーネさんの戦場を見る目に賭け、二人でタクティクスを構築する。
 リーネさんの先程の狙撃の3発の内一発は不完全ながらもコアに届いていたらしい。
 コアを損傷したA3はその再生に専念している。
 その為に現在攻撃を中断している可能性が高い。
 今も行われている地上からの狙撃も、ネウロイにとってはかなりの圧力になっているようだ。
 どうやらA3は飛行ではなく浮上程度の航空能力しか持っておらず、回避がままならない。
 装甲で受ける事はできても、ダメージがあっては主砲の発射に集中できない。
 その結果高高度へと逃れ、対空砲火をある程度無効化してから捨て身の一撃を計ってくる。
 それがリーネさんの見立てで、事実状況はその様に流れつつあった。
 私はリーネさんと会話しながら自分の中の魔力の流れを整え、もう一度トネールを放てる所までその密度を高める。

「ペリーヌさん、やっぱり、止めはトネールでしかさせないと思うんです。でも……」
「この場にあのネウロイに止めをさせるのは私しかいない……ふふ、中々やりがいのある状況では御座いません事?」
「ペリーヌさん……そうですよね……ガリアのブループルミエの電撃魔法でしか、あれを止められません」
「もう一度、トネールを放ちます。なんとしても!」
「はいっ!」

 一旦気合を入れて空高く間合いを取るA3を見上げながら決意を口にする。
 そのあと、ちょっとだけ力を抜いてリーネさんに微笑みかけ、呟く。

「リーネさんのお陰ですのよ」
「え?」

 私の読みの甘さや心の弱さを何度も埋め合わせ、支えて頂いて、本当に助かっていますのよ。
 でも、お礼を言うのは全て終わらせてから。
 今は、リーネさんの狙撃でもぎ取った貴重な時間を利用して、最後の一撃の為の魔力を練り上げる事に集中する。

「リーネさん、無茶なお願い、よろしいですかしら?」
「はいっ! あいつを倒す為だったら、どんな事だって!」
「よいお返事ですわ」
「では、A3の誘導兵器の処理と物理装甲の破壊をお願いいたしますわ」
「……はい」
「先程と同じ手で行きます。リーネさん、あなたの腕、可能性、その魔法……。全てを、信じますわ」

 実戦での一秒は1000時間の訓練に勝る。
 戦闘開始からここまで、並のウィッチでは不可能なレベルの狙撃を何度も成功させてきたリーネさん。
 私に弱い所を見せまいと、気丈に振舞ってはいても、乱れた呼吸とうっすらと目の下に描かれたくまはかなり体力魔力共に消耗している様子が見て取れた。
 ま、私も今は同じ様な感じなのでしょうね。
 でも、だからこそ……追い詰められているからこそ、なせる事もありますわ。
 だから、信じますわ、リーネさん。
 敬愛する坂本少佐が前に語った言葉。
 リーネさんの可能性。
 その固有魔法を。

「ペリーヌさん。A3が上昇を止めました」
「その様ですわね」
「真下からの攻撃でお願いします」

 厚みを増した低い雲によってその姿を遮られ、見え隠れしながら町の直上へと水平移動しつつ赤い光を湛え始めるその姿を、私も視認する。
 レイピアを握る右腕に力を込めながらその直下へ移動し、改めて天に座するネウロイを見据えた。
 地上部隊も既に攻め手を失い、攻撃を停止していた。
 私とリーネさん。
 二人だけがこの戦場に立つ人類の代表であり、最後の剣だった。

「目に物見せて……差し上げますわっ!!!」

 根拠地の町並み、上空約100m。
 ブリタニア製最高の魔道エンジンであるマーリンが限界を超えて発動。
 重力に逆らっているとは思えないほどの鋭い加速で上昇。
 視線の先のA3は無数の誘導兵器を展開し、私を待ち構えている。
 対空ビームは無い。
 きっとその力の全てを、町を焼き払う主砲の一撃の為に注ぎ込んでいるから。
 正面から真っ直ぐに疾走。
 迎撃の回避策などありませんわ。
 ただ仲間を信じ、自分を信じ、無心で魔法を練り上げるのみ!

 右腕に、魔力を収束。

 背面から青い光を纏う徹鋼弾が私の加速を追い抜いて弾ける。
 鉄の雨となって私に降り注ごうとした誘導兵器はその衝撃波によって連鎖爆発。

 トネールを発動。

 勢いは止まらず、強烈なライフルの一撃はA3のその頑強な胸部装甲を撃ち抜いて破裂。
 対物理障壁によって頑強に護られたコアがむき出しになる。

 レイピアにその雷を纏わせ、赤城の機関部の扉を打ち抜いた時のイメージを刃へと被せる。

「トネールッ…………ラピエル!!!!!」

 雷光の突剣を構えた私は、青い雷そのものとなってネウロイの胴体を貫き、その背へと抜けた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――エピローグ――

 状況は絶望的だった。
 為すべき事はもう何も残っていなかった。
 そんなわたしたちを哀れむように雨も降り出し、灰色の世界が無力感を演出する。
 魔力を使い果たして意識を失い、失墜するその細い身体を何とか受け止めたところで、さっきの射撃で魔力を使い果たしたわたしも、力尽きて不時着するしかなかった。
 ペリーヌさんを背中から抱き、せめてその眠りが妨げられないよう、わたしの身体をクッションにして落ちる。
 見ればそこは、つい何時間か前までティータイムを楽しんでいたオープンテラスの目の前で、食べられることなく残されたスイーツ達がただ雨に打たれるがままになっていた。

 結果的に、ペリーヌさんの攻撃は失敗した。
 命中直前に雷光の切っ先へと命中したなんらかの攻撃によって打点をずらされ、コアを完全に破壊する事ができなかったのだ。
 だから、捨て身の一撃はさっきのわたしの狙撃と同様に、破滅を先延ばしにするだけに終わった。
 どんなに考えても、もう反撃の手は思いつかなかった。
 ストライカーを履いたままの脚を前に投げ出し、お揃いのストライカーのペリーヌさんを体の前に抱いたまま、雨に霞む上空の赤い光を見つめる。
 あの光が堕ちるとき、全部終わっちゃうんだ。
 そう思うと、余計に悲しくなった。
 もう、ペリーヌさんを励ました時のような空元気も出せない。
 
 こんなのって、無いよ……。

「こんなところで……終わっちゃうのかな……」

 ぽつりと呟いた言葉に、胸に頭を預けたままのペリーヌさんが反応して、意識を取り戻す。

「それは……聞き捨てなりません、わね……」
「ペリーヌさん……」
「訂正を、お願いいたしますわ……」
「え?」
「ここは偉大なるガリアの地。私が生まれ育った土地。人類がネウロイから取り戻した栄えある場所。それをさして『こんなところ』とは、侮辱もいいところですわ」

 力なく途切れ途切れではあるけれど、わたしの胸の中でいつもの調子を崩さないペリーヌさんに半ば呆れ、半ば感嘆しながら同意する。

「そう、だね。失礼な事を言ってしまってごめんなさい」
「ふふ、わかればよろしいですわよ」
「うん。ありがとう」
「リーネさん。私を、信じていただけますか?」
「え? それは勿論信じるよ」
「何度も失敗ばかりのこの私を、信じていただけますか?」
「違う! ペリーヌさんは失敗してないよ。だってわたしたちまだ生きてるから……。でも、でももう手が無いのっ! わたし、どうしたらいいかわかんないのっ! わたし死にたくない。 死にたくないし、ここの皆も守りたいっ!」

 話しているうちに、感情が昂ぶってしまう。
 だって、もうここから逃げられる気もしないし、まともにシールドを晴れる魔力だってない。
 もう、あのビームが降り注いだら死ぬしかないんだよ……。


「泣くものではありませんわ……そうですわね、私だけでなく、私のおばあさまのおばあさまのそのまたおばあさまも信じていただけますか?」

 ペリーヌさんが左手でわたしの涙をぬぐってくれる。
 その右手はさっきの攻撃の時から、意識を失っている間もレイピアを握っているまま。

「うん、うんっ……信じる。信じるよっ! わたし、ペリーヌさんの事、全部信じるっ!」
「ふふふ、では、マリーゴールドの一件も謝罪して頂きたいですわ」
「え、いやあのっ、それは……ごめんなさい……」
「構いませんわ。では、私を信じて、魔力を貸してくださいな」
「う、うん」

 ちょっとしたやり取り。
 でも、これだけの事で少しだけ元気が出てきた。
 どうなるかなんて解らない。
 解らないけど、こんな状況だけど、ペリーヌさんを信じられる。
 ペリーヌさんが右手にもつレイピアを掲げようと腕を持ち上げる。
 その腕にわたしも右手を添えて、二人で剣を掲げる。
 魔力を貸すなんて具体的にどうしていいかなんてわからないまま集中する。
 もう残ってなんかいないと思っていた力が僅かに溢れて、青い光となる。

「暖かいですわ、リーネさん」
「うん、そうだね。暖かいね」
「ふふ、それではいきますわよ……トネール」

 剣先から、パシッと小さく紫電が弾けた。
 一回目や二回目のトネールとは比べ物にならないほど小さな、ささやかな雷光だった。
 胸の中で、今度こそ完全に魔力と精神力を使い果たしたペリーヌさんが小さく何かをつぶやいて意識を失うのを感じながら、これでいいと思った。
 落胆がないといえば、嘘だと思う。
 でも、満ち足りた表情と、こうして意識を失いながらも未だレイピアを手放さないペリーヌさんの意思を感じて、ここまでがんばったのが無駄じゃないと思えたからわたしも満足だった。
 最後に見上げる空が雨模様なのが残念だったかな、と空を見上げた瞬間、光が来た。

 更に高度を下げた雲底に飲み込まれ、赤い光だけを不気味に灯していたネウロイ。
 その赤を飲み込んでかき消すほどの強烈な雷光が天で弾け、雲間には無数の稲光が走った。
 まるで夢を見ているような、美しい光の乱舞。
 その幻想的な光景は、2秒ほどの間をおいてこの世の終わりのような大音響と共に現実になる。
 陸戦ウィッチの一斉砲撃など比べ物にならない衝撃。
 目の前で起きていることが余りにも非現実的で、わたしは耳をふさぐ事も忘れ、体の上にペリーヌさんを乗せたまま大の字になって、ただただ呆然と空を見上げる事しかできなかった。
 鼓膜を突き抜け、頭の中を直接シェイクされるほどの暴力的な雷音は何秒も続いて、唐突に終わりを告げる。
 後には韻韻と残響が残り、ぽっかりとそこだけ開いた青空に光が舞い散る様を見上げながら、体力気力の限界によって訪れた睡魔に身を任し、わたしも意識を閉じた。



 ………………。
 2日後、わたしはやっと野戦病院のベッドから開放された。
 ペリーヌさんは本当に魔力が本当に0になるまで頑張ったせいか先程やっと目を覚まし、まだ後数日は休息をとれと命令されていた。

「でもさ~、ホント凄かったよ~あの雷。わたし引き返そうかと思ったくらいだもん」
「何てことを言うかハルトマン。口を慎め! しかし、本当にお前たちが無事でよかった」
「アハッ、そうだね。わたしたちも駆けつけた甲斐があったってもんだよ」
「ええ、本当に助かりましたわ、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉」
「わたしも、あの時は今度こそ終わりだって思ってましたから……」

 ベッドサイドには別の戦区で戦っていたはずのカールスラントのトップエースコンビが居た。
 あの奇跡のような雷撃のあと、ダメ押しの様に大型ネウロイの爆撃隊が根拠地に接近してきた。
 そこに比較的近所まで進出していたカールスラントのJG52が救援要請を受けて駆けつけたのだ。
 この根拠地はそのお陰で無事に防衛され、現在は静穏を保っている。

「そういえば確認したかったのだが、あの雷はやはりお前が関係していたのか? ペリーヌ」
「あ、私も聞きたいですペリーヌさん」
「ええ……一か八かでしたが、我が家に伝わる真なるトネールを試してみましたの」
「真なる……」
「トネール?」
「ええ、普段のトネールは魔力で電撃を発生させますが、あれは自然現象に魔力を乗せましたの」
「へ~そんな事ってできるんだ~」

 ハルトマン中尉が目を輝かせて相槌を打つ。
 でも凄いなぁ、ペリーヌさん。
 わたしの使った魔法なんて、ほんとちっぽけな力でしかないよ。

「当然ですわっ! 私のおばあさまのおばあさまのそのまたおばあさまの代では、晴れ間に雲を呼んで雷を落としたと伝えられておりますわ。天候を利用した私など、まだまだ未熟」

 賞賛されている空気に乗って、あっという間に普段のペリーヌさんのペースを取り戻す。
 これならすぐにベッドから開放されそうで嬉しいな。

「とんでもない力を秘めていたのだな……そしてよくぞ土壇場でそれだけの力を引き出す事ができた。よくやったぞ、クロステルマン中尉」
「お褒めに預かり光栄ですわ、大尉。しかし、私と致しましては当然の事をしたまでと考えておりますわ」
「うむ、そうだな。必要とあらば奇跡さえ起こしてでも皆の力となるのが我々ウィッチの本懐……」
「ねぇねぇそれよりさっ、わたしのシュトルムも自然の風に乗っけたりできるのかな?」

 腕を組んで頷きながら語るバルクホルン大尉の態度になんとなく難しくなりそうな気配を感じ取ったのか、ハルトマン中尉が興味津々で割って入る。

「こ、こらエーリカっ、人の話を遮るなっ」
「あ、ええと……あまり、そういった魔法は使わない方がいいですわ……」

 一瞬前までとは一転して歯切れが悪くなるペリーヌさん。

「え~なんで~? 楽そうで便利じゃな~い」
「何か、使わない方が良いような理由でもあるんですか?」
「あの、実は制御が殆ど効きませんの……」
「でも、うまくいったんでしょ」
「目標が空にあって、一つだけでしたから……」
「では、失敗していたらどうなっていたのだ?」
「そ、それは……たぶん……」
「もしかして、地上に雷が降り注ぐんですか?」
「え、ええ……まぁ……そんな可能性も……無くは無いかと、思いますわ~……おほほほほ」

 笑ってごまかすペリーヌさんに対して、バルクホルン大尉のお説教が始まった。
 その様子にわたしとハルトマン中尉は顔を見合わせて苦笑するばかり。
 まだ501が解散してからそんなに時間がたっているわけでもないのにやけに目の前の光景を懐かしく感じてしまったわたしは、ティータイムの準備を行う事で感情をごまかす。
 そして思った。

 またいつか、近いうちに全員で同窓会みたいなものをひらけたらいいな、って。


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ